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43. キースとレティーツィア

「じゃあおやすみ」

「うん、おやすみなさい」


 しばらく星空の下でとりとめのない話をしながらお茶を飲んだ。あんなに穏やかな気持ちでいられたのはおばあちゃんが生きていた時以来だったと思う。ゲイルに伝えた事は全部心から思っていることで、先の事を考えるとゲイルを一番に考えてしまうし、でもそれはクライスに対して感じるような気持ちではない。そんな私にゲイルが出してくれた答えはストンと落ちて、穴が空いて不安定だった私の心にぴたりと嵌った。


「おばあちゃん、私にも家族がまだいたんだよ」


 ベッドに潜り込みながら小さい声で報告をした。スコットに話を聞いた夜とはまた違う、ふわふわとした温かい気持ちに包まれて眠りに落ちていった。


 翌朝、今度はゲイルにきちんとした食事を出したくてまずはキッチンへと向かった。村のみんながくれたお土産を改めて見て、メニューを決める。サリタニア達がいる時も思ったが、お客様ではない誰かの為に作る料理は楽しい。


 お土産に村でパン作りが得意なおじさんが作ったパイ生地が入っていたのでそれを使ってキッシュを作り始めた。夕食に、と用意していたところにゲイルが宿に向かうと聞きつけて持たせてくれたらしい。メインの食材がなくなってしまって夕食は大丈夫だったかしら、と少し心配しつつもありがたく使わせてもらう。村の人達は本当に親切で、おばあちゃんが亡くなった時もみんな親身になって心配してくれた。ゲイルが一番だけれど、私には家族のような人達が村にもたくさんいるんだな、と気づいた。


「おはよう、なんかうまそうな香りがする…」


 昨日は寝るのがいつもより遅かったのか、いつも早起きのゲイルが眠そうな顔をして起きてきた。


「おはよう。もらったパイ生地でキッシュを作ってるよ。あとオーブンで焼くだけだからちょっと待ってね」

「お、やった。おっちゃんにお礼言わなきゃだな」


 キッシュをオーブンに入れてお茶を淹れている間にゲイルは窓の方へ行き花壇を眺めていた。村では朝一で畑仕事をしてから朝食をとるらしいので、もう職業病みたいなものなんだろう。


「土作るの大変そう?」

「いや?畑に比べたら全然」


 お茶の入ったカップを渡すと、そのまま花壇を見ながら飲み始めた。色々と段取りを考えてくれているのだろう。邪魔をしてはいけないと私もキッシュが焼き上がるまで自分の仕事をしようと受け付けカウンターを拭き始めた。今日はお客様が来るといいな。


 キッシュが焼き上がり朝食を済ませると、ゲイルは花壇を整えると言って早速外へと出て行った。私は掃除を終わらせたら行くと伝え、道具を持って2階へと上がる。いつも通りに一番手前の部屋のドアノブに手をかけ、いけない、と一度出した手を引いた。ここはゲイルが泊まっている部屋だから、後でどうするか聞いてからにしないと。家族だって踏み入れて良いところとそうでないところがある。


 窓を開けて掃除をしていると、外から花壇に鍬を入れるサク、サクという心地よい音が聞こえてきた。整ったリズムで聞こえてくる音に、ゲイルの腕の良さが伺える。そういえば大人になってからはあまり村に行かなくなってしまったから、ゲイルが一人前に畑仕事をしている姿をきちんと見るのは初めてかもしれない。音に誘われて窓からゲイルの姿を見ていると、何故か気付かれて上を見上げたゲイルに睨まれた。


「さぼってんなよ?」

「さ、さぼってないよ!」


 慌てて掃除に戻り、一部屋終わらせると一度キッチンへと向かった。汗を拭っていたから後で果実水を出してあげようと果物を切ってポットに水と一緒に入れ再び掃除に戻る。全部屋の掃除を終わらせ果実水を差し入れする頃には土を耕す音も止んでいた。


「お疲れ様、果実水作ったからどうぞ」

「ありがと」

「これで土の準備は終わり?」


 ふかふかになっている土を見ながら訊くと、わかってないな、と言わんばかりの顔を返された。


「まだまだ。後で森から土を持ってきて混ぜるんだよ。森の土は栄養が多いからな。ついでに花瓶の花と植える花も摘んできてやるよ、どういうのかいい?」

「じゃあ黄色の花は絶対で、あと明るい色の育てやすい花をお願い」


 花の生態や名前は詳しくないので、ゲイルの判断にお任せしたい。


「俺も花はあんま詳しくないからな…うーん、土を採ったところの近くの花ならいけるか?」

「ここ、日当たりはすごく良いから日陰の花は合わないかも」

「そうだな、じゃあ同じ環境のとこで土と花を採ってくる」

「お願いします」


 果実水を飲み終わると、ゲイルは休憩終わりと言って早速森へと出かけてしまった。本当に働き者だなぁと感心しながら背中を見送り、私も宿の仕事へと戻った。3人が出かける数日前に換えた花瓶の花はもうそろそろ元気がなくなってきているので宿中の花瓶を1階に持ってきて中身を取り出し綺麗に拭き上げる。


 花瓶をすべて拭き終わり、ゲイルが帰ってくるのはお昼頃になるだろうかとキッチンへと向かった。村の人達がくれたお土産を整理して昼食のメニューを考える。動いて暑そうだったから冷製のものが良いだろうか。


「こんにちはー」


 昼食の下ごしらえをしていると、入り口から声がかかった。お昼前に珍しいな、お客様かなとキッチンから出て行くと、扉の前で知っている顔がきょろきょろと宿を見回していた。


「キース?」

「あっカティア!久しぶりー!」


 宿の扉にいたのはゲイルの村にいたキースだった。私達より3つ程年上で一緒に遊んだ期間は短いが、村に行った時はよく面倒をみてくれた。今は城下の街に住んでいるそうだが、村に帰る時はこうして宿に寄って顔を見せてくれる。昨晩少しだけ話に出たから、なんという偶然かとびっくりしていると丁度ゲイルも帰ってきた。


「は?キース?」

「おっゲイルまで!あれ、お前また背伸びたんじゃない?カティアは美人になったねー」

「やだな、久しぶりに会ったから良く見えてるだけだよ」

「そうかなぁ?何かこう、前とは違った女性らしい魅力があるというか…」

「キース、商売の時に使う話術をカティアに使うなよ…」

「そんな事ないよ、幼馴染への心からの賞賛だ」

「あの…とりあえず中に入らない?よかったらお昼ご飯食べながら話そう?」


 商人になると言って村を出て行ったキースは元々褒め上手だったのに加えて、仕事で鍛えられたのか更に口が上手くなっているようだ。


「じゃあお言葉に甘えようかな。…とその前に紹介するよ、レティ!」


 キースが声をかけると小柄な女性が入ってきた。サリタニアも似合いそうな華奢なワンピースの裾をふわりと揺らしている。だが軽快な足取りで顔を上げ笑顔で入ってきた彼女はなんだがとてもパワフルに感じた。


「はじめまして!キースの妻のレティーツィアと申します」

『妻!?』

「お前らさすが息ぴったりだね」


 思わずゲイルも私も声を上げてしまった。というかレティーツィアって、貴族みたいな名前だけど…。


「男爵の娘さんだが、萎縮する必要はないよ。な、レティ?」

「はい!男爵といっても名ばかりの家なのでキースと同じ様に接してくれたら嬉しいです!」


 詳細は中で、というキースの言葉で宿の中へと入って椅子を勧めた。私は昼食を用意する為にキッチンへと入り、ゲイルも手伝うと言って続いてキッチンへと入ってくるなり眉間に皺を寄せて私を手招きしてきた。


「ど、どうしたの」

「良いから耳貸せ」


 ゲイルが小さい声でそう言うので言われた通りに耳をゲイルの方に向けた。キッチンでの内緒話は前にクライスともしたなぁなんて思い出していけないいけない、とゲイルの話に耳を傾ける。


「村を出てくる時に村のみんなが張り切ってたから、もしかしたらクライスさん達足止めくって今日くらいまで村に泊まるかもしれない」

「あぁ…みんな外から来る人へのおもてなし大好きだもんね」

「レティーツィアさん、貴族だろ?ターニャさんとかの顔知ってるんじゃないか?」

「あ!」

「ばか、しーー!」


 思わず声を出してしまってゲイルに小声で注意される。キッチンの外へと注意を向けるが、キースとレティーツィアの仲良さそうな話し声が聞こえてきたので気付かれてはいないようだ。


「さすがにクライスさん達にも目的があるから村の人達が引き止めても明日はじいちゃんが口出ししてくれて旅立てるはずだ」

「…じゃあ今日は何が何でも2人にここに泊まってもらわなきゃいけないって事だね」


 ゲイルの村も旅の予定に入っていると言っていたから、村の人達が引き止めなくても今日くらいは留まっていたかもしれない。10日程で帰って来ると言ったからきっと明日の朝には村を出て国境の村へと向かうはずだ。


「気付いてくれてありがとう。ゲイルがいてくれて良かった」

「まぁレティーツィアさんと鉢合わせてもクライスさんがいればどうにかなるとは思うけどな」

「でもゲイルが気付いて対処してくれたって知ったらみんなきっと喜ぶと思うよ」


 そう返すとゲイルは少し驚いたような顔を一瞬して、そうかな?と嬉しそうにはにかんだ。その顔を見て私も嬉しくなる。


「よし、じゃあ今夜はお祝いをしたいから泊まって欲しいって言おう!」

「ああ、俺もお祝いの準備手伝うから言ってくれ」


 お祝いをしたいというのは本心だからきっと自然に提案出来るだろう。ご馳走を作らなきゃ、と少しわくわくしながら昼食の準備を始めた。朝のキッシュが半分残っているからそれを出して、あまり待たせるのもなんだしと思って作りかけの冷製スープを仕上げてテーブルに持っていった。


「おまたせしました、2人の好き嫌いが分からなかったからお口に合うかわからないけど」

「わぁ、キッシュ!」

「朝の残りなので申し訳ないですが」

「いいえいいえ、城では簡単なまかない料理なのでキッシュは実家に帰った時しか食べれないから嬉しいです!」


 危ない、お城で働いてる人だった。


「レティは城のキッチンメイドをしているんだ」

「さっきも言ったけど男爵なんて名ばかりで、私は5番目の子供だから働きたいって言って父様にお願いしてお城で働かせてもらってるんです」

「俺達平民からしたら貴族の人達はメイドなんてしないと思っちゃうけど、結構城で働いてるご令嬢って多いんだよ」

「男爵なんて政略結婚は蚊帳の外ですからね、娘に出来ることは少ないんです。お城は警備もされていて安全だし、働く人の身分もしっかりしてますから人気の就職先なんですよ」


 そうなんだ、貴族にも色々あるんだなぁと思いながら話を聞いていると、ふとレティーツィアがキースの方に視線を移し顔を紅くして嬉しそうに笑ってこちらを見た。


「着飾る予算に頭を悩ませながら夜会でお相手を探すよりも良い出会いもありますしね」


 そう言うレティーツィアは本当に幸せそうに笑った。キースはこんなに素敵なお嫁さんをもらって幸せ者だ。


「そういやキースは城に出入りの商人になったんだよな」

「そうそう、王都で良い師匠に弟子入りできてね、穀物を扱ってる商団なんだけど。そこで修行して、城っていっても調理場だけだけどね、出入り出来るようになって、レティと会ったんだ」

「そうなの、最初に会った時にキースったら納品物の袋を落としてしまって」

「緊張してたんだよー。で、ぶち撒けた小麦の掃除を手伝ってくれたのがレティなんだ」


 2人の馴れ初めを聞いているとこちらも幸せな気持ちになれる。こういうのが、誰からも祝福される結婚っていうんだろうな。


「でも丁度その時上の人の納品チェックが入ってさー。あの頃はまだ俺も下っ端だったから怖かったなぁあのお偉いさん。綺麗な顔して鬼の形相で」

「あぁ隊長ね…怖かったねぇ」


 …綺麗な顔してって、クライスの顔が思い浮かんだが隊長って呼んでるし違うよね。綺麗な顔をした貴族なんてたくさんいるだろうし。あぁでも少しでも可能性があるならやっぱり引き止めなくては。


「ねぇ、2人はこれから村に報告に行くの?」


 綺麗な顔の鬼の形相を思い出してか顔を見合わせて笑っている2人に尋ねる。


「そうだよ。妻って言ってもまだ正式じゃないんだ。レティの家族には許可をもらったけどこれから俺の家族に紹介して、父さんの許可をもらって結婚する」

「そっか、キースのお父さんならきっと喜んでくれるね」

「へへ、そうかな」

「ねぇ、私もお祝いしたいんだけど、今日泊まってもらうことって出来る?ご馳走作るくらいしかできないけど。あ、もちろんお祝いだから宿泊料はいらないよ」


 そういう事なら出来るだけ早く村に行きたいだろうな、と申し訳なく思いながらも提案すると、2人ともぱっと顔を輝かせて喜んでくれた。


「嬉しい!よかったらキースの昔の話も聞かせてほしいです」

「カティアのご飯美味しいから嬉しいなぁ、ありがたく気持ちを受け取るよ」


 良かった、2人も喜んでくれた。ほっとしてゲイルの方を向くと、ゲイルも安心したような顔をしていた。あとは気合を入れてご馳走を作るだけだ。


「俺達も何か出来れば良かったなぁ、土産の茶葉くらいしかないんだよね。知ってたら何かお祝い買ってきたんだけど」

「うん?何のお祝い?」

「お前らの。結婚したんでしょ?」

『してないよ』


 とんでもない勘違いをしていたキースに思わずゲイルと声を揃えて返してしまった。昨日があったから冷静に受け止められるがそうでなければ気まずくなっていただろう。


「えー!?嘘だろ!?報告してくれなかった事にちょっと腹立ててたんだけど違うの!?」

『違うよ』


 その後も納得いかないという声を上げるキースを無視して私はレティーツィアが話すキースとの馴れ初めの続きに耳を傾け、ゲイルは静かに昼食を食べ進めていた。


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