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42. 家族(ゲイルside)

 村に着いた時にはもう日がだいぶ低くなっていた。じいちゃんにクライスさん達を預けてすぐに荷物をまとめて馬を走らせた。あまり時間もなかったのに村の人達からカティアのところに行くなら、と土産を沢山持たされた。みんな普段からカティアの事を気にかけてるんだな。


「テオ、重くて悪いが頑張ってくれな」


 愛馬のテオの首を撫でてやりながらスピードを上げる。森の中は馬を走らせにくいが、テオは慣れているのでうまく走ってくれた。このスピードならカティアが寝るまでには宿に着けるだろう。


 宿の屋根が見えてきたところでテオを減速させる。無意識に焦っていたのか急激に減速させてしまったようでテオが嫌がって高く鳴いた。


「わ、悪い、ごめんなテオ。よく頑張ってくれた」


 テオをなだめながらゆっくり歩かせていると、丁度宿からカティアが出て来ていた。


「カティア!」

「ゲイル?」


 驚いた顔をしたカティアに馬から降りて告げた。


「クライスさんに頼まれた。お前がしばらく一人だからこっちに来てくれって」

「え?!」

「あとこれ」

「鍬?」

「エディさんに頼まれた。花壇を作ってくれって」


 エディさんとはあの後すっかり元通りに話せるようになって、花壇の事を頼まれた。柵だけ作ってきたがカティア一人じゃ花壇を作るのも大変だろうと頼まれた。渡すものは他にもあるけど、鍬を両手で握りしめながら複雑そうな顔をしているカティアを見て、これはゆっくり説明しないといけないと思ってとりあえずテオを厩舎に預けることにする。


「色々思ってくれてるんだろうけどとりあえず気にすんな。じいちゃんからも行って来いって言われたから」

「そ、そう…」


 厩舎にテオを繋げて、土産の中に入っていたテオの好きな果物をいつもより多めにあげた。カティアへの土産だけどこれくらい許してくれるだろう。


「ありがとうな、テオ」


 テオを撫でてやり鞍に付けていた土産の入った籠を担いで宿の方に戻ると、カティアはまだ鍬を両手で持ったまま立っていた。


「何やってんだ」

「え、あ、ごめん。なんか頭が追いつかなくて」

「説明してやるから、ほら、中に入るぞ」

「あ、うん」


 宿に入ると良い香りがしたが、どうやら宿泊している人はいないようだった。こんな日に限ってカティア一人だったんだな、うん、来て良かった。改めてそう思っていると、ぐうと腹が鳴った。


「お腹すいてる?スープなら作ってあるけど」

「すげぇありがたい。色々あって朝飯しか食べてないんだ」

「そうなの?!他に何かすぐ出せるものあったかな…」

「いいよ、スープとパンがあればご馳走だ」

「そう?じゃあ一緒に食べよ、私もこれからだったんだ」


 俺が来なかったら誰もいないこの広い宿で、客がいないから最低限の灯りしかつけていないこの空間で一人で飯を食べていたんだろう。嬉しそうに笑いながらそう言うカティアを見て、本当に来て良かったと思った。


 持たされたお土産をカティアに見せるとこちらも嬉しそうに喜んだ。少し重いのでキッチンへと運んでやり俺も自分の少ない荷物を2階の客室に運んだ。繁忙期じゃないから一部屋陣取ってても平気だろう。1階に降りるとテーブルに食事が用意されていた。スープとパンだけで良いと言ったが、いくつか瓶詰めも出ている。たぶんピクルスだろう、あれうまいんだよな。


「ごめんね、やっぱりこれくらいしかなかった」

「いや、全然いいんだけど、お前一人の時もちゃんと食べろよな」

「お客様がいる時はちゃんとしたもの食べるよ?」

「残りものをだろ」


 図星だったんだろう、バツの悪そうな顔をして目を逸らした。それを笑いながら食事を用意してくれた事にお礼を言ってスープを口に運んだ。


「ん、なんだこれ美味いな」

「でしょ!?この前スコットさんから珍しいスパイスを買ってね、どんな料理に合うか色々研究してるところなんだ。これは成功例」

「そういやこの前うちの村にも来てたな…てことは失敗例もあるのか」

「うん…びっくりするくらい合わないものもあった…。でも面白いね、外には色んな料理があるんだなぁって」


 カティアが外の話をするのは初めてじゃないだろうか。ここは商人が客として来る事が多いけど、外に憧れたり外のものに興味を示すことは今までなかったと思う。だから、ずっとこのままこの宿は続いていくのだろうと疑わなかったのかもしれない。


「あのな、カティア」


 スプーンを一度皿の縁に置いた事で、カティアも食事を止めて俺の方を見た。少しだけ不安そうな顔をしている。


「前に言った、1年だけ俺にチャンスをくれって言ったやつ、アレなしにしてくれないか」


 テオを走らせながらもずっと考えていた。カティアの負担にならないようにと思って言った事だけど、今となってはそれすら重荷になるんじゃないかと。


「……」


 不安そうだった顔は今度は困惑の色を見せて何を言ったら良いものかと考えているようで、口が小さく開いたり閉じたりしている。考えている事の一つに俺に他に好きな人ができた、とかありそうだなぁ、それを口に出したら流石にデコピンでもしてやろうかなどと考えている自分に安堵した。うん、辛くはないな。


「聞いたんだ、クライスさん達の事。聞いたっていうか見ちゃったって感じなんだけど」


 森であった事をクライスさんに忘れろと言われた事を除いて全部話した。エディさんに剣を向けられた時の話をした時は顔を青くしながらもカティアは黙って最後まで聞いてふぅ、と小さく息を吐いた。


「だからさ、もしターニャさん達がお前に城に来てほしいって言ったら、俺の言った事を気にせずにお前はお前のしたいようにして欲しいんだ」

「まって、どうしてそこに繋がるの?私は城になんて呼ばれてないよ」


 クライスさんには黙っておくと言ったけど、単なる俺の想像を話すだけなら良いだろう。


「そうなるかもしれないってだけだよ。ターニャさんなんてめちゃくちゃカティアに懐いてるし、みんなカティアの料理に胃袋掴まれてるし」

「それだけでお城になんて呼ばれるわけないじゃない」

「わかんないだろ、商人になるって言って村を出たキースなんて、今王城出入りの商人になってるらしいし」

「そうなの!?」

「キースの母さんが最近もらった手紙に書いてあったって言ってた。城には俺達には想像出来ないくらいの人が働いてるらしいから、カティアだってそこに呼ばれるかもしんないだろ?城に入ればここよりは会えるんだから」


 俺の貧相な知識じゃクライスさんが何を考えてカティアをどう城に連れて行こうとしているかなんてわからない。これは俺がターニャさんが王族だからっていう事実だけから想像した考えだ。だからクライスさんとの約束を破ってはいない。


「1年後なんて先までカティアの選択を縛りたくないからさ」

「ゲイル…」


 また泣かせてしまうかもしれないと緊張しながらそう告げると、予想外にカティアは視線を一瞬迷わせた後まっすぐに強い眼差しでこちらを見てきた。


「…あれからたくさん考えたんだけど、私がどうしたいか考える度に、ゲイルはどうしたいのかなってどうしても考えちゃうの」


 カティアは一つ一つ言葉を選んでゆっくりと話し始めた。


「ねぇゲイル、ゲイルが私の事を考えて、大事に思ってそういう事を言ってくれてるってすごく伝わってくるよ。でも、私だってゲイルを大事にしたい。もう取り繕った言葉で傷つけたくない」


 その言葉に胸が熱くなってくる。あれから色々考えてくれていたんだな。


「でも、ゲイルを悲しませたくないからってそうしないように選択をしていくのもゲイルに失礼だと思うの…この間スコットさんと話す機会があってね、私は狭い世界しか知らなくて、今までは色んな事に流されて生きてきてたんだなって思って…あれ、何かうまくまとまらなくなってきた…」


 一生懸命に眉間に皺を寄せて話すカティアに愛おしさでいっぱいになってくる。何となく、その正体がわかってきた気がする。


「とにかくね、色々考えてぐるぐるしちゃってまだ何も結論が出てないんだけど、私の為にゲイルが辛かったり苦しかったりする事を選ぶのは、私だってゲイルに幸せになって欲しいと思ってるから、苦しい…ごめん、すごい我儘言ってるかもしれない」

「…なぁカティア、例えばさ、例えばの話だぞ?俺が村の誰かと結婚するってなったらどう思う?」


 そう言うと、ものすごく複雑そうな顔になった。眉間に寄せていた皺は一瞬なくなって驚いた顔になったが、次の瞬間更に深く刻まれて目を泳がせた。


「ゲイルが選んだ人なら、ゲイルが幸せそうなら嬉しい…けど…」

「けど?」

「ちょっとだけ…あぁ嫌だな、私さっきからすごい我儘だ」

「いいよ、で?」


 言いにくそうにしているカティアを促す。


「ちょっとだけ、淋しい…」


 カティアはいじけたような顔をして目を逸らしてぽそりと呟いた。叱られた時のカイルみたいだな、そういえばさっきクライスさんもこんな顔してたななんて思い出したらおかしくなってきた。


「ふ…あははっ」

「ゲイル…?」


 思わず笑い出してしまった。カティアは何を笑われているかわからずに困ったように俺を見ている。


「…ごめん、同じだなって思ってさ」

「同じ?」

「そう、同じ。お前と俺は同じようにお互いを想ってるんだなってわかったら何か気が抜けた」


 たぶん、この愛おしさと、宿で初めてターニャさん達といるカティアを見た時の苛立ちと、クライスさんへカティアの気持ちが向いている事に感じる淋しさは恋愛のそれじゃない。


「結婚するとさ、家族になるって言うじゃん?」

「う、うん」

「俺達はさ、もう家族なんだよ」

「うん?」


 カティアは更にわからないというように首を傾げた。


「カイルにクライスさん達が宿に来てるって聞いた時、カティアがヤバイ奴に騙されてるんじゃないか、俺が守ってやらなきゃって思ったんだ。雨季明けに実際クライスさん達といるカティアを見て、危険はないとは分かったけどカティアが俺から離れていった気がしてすごい淋しかった…まぁ、だから色々早まったわけだけど」


 確かに最初は女の子としてカティアの事が好きだった。これは確かだと思う。でも、一緒に成長していくうちにその気持ちは家族に対するものと同じように変わっていったんだろう。大事にしすぎたんだろうな。


「今は、クライスさん達がどんな人かわかったし、正体も知ったから、カティアがあの人達と一緒にいたいって思ってついて行ってもカティアが幸せなら嬉しいしカティアがやりたいように選択してほしい。淋しいけどな」

「…一緒だね」

「だろ?」


 少しだけ照れているようにはにかみながらそう言うカティアに俺も安心して笑った。カティアの表情と声色が、この答えが正解だと思わせてくれる。安心したら、おあずけをくらっていた腹がぐうと鳴った。


「ふふ、食べよっか」


 食事を再開した後は難しい話は食べながらするもんじゃないと、スパイスの話をしたり花壇の話をしたりした。食事を終えて片付けも済ませると、カティアが外で星を見ながらお茶を飲もうと提案してきた。


 外に出ると空は星でいっぱいでランタンがなくても歩けるほどだった。そういやこっちは雨降らなかったんだな。ふとそう思いながら渡されたお茶を飲むと良い香りが鼻をくすぐる。


「お客様がいない日はよくおばあちゃんとこうしてたんだ」

「…家族って言われて嬉しいか?」

「うん、すごく嬉しい。私、家族はおばあちゃんしかいないと思ってたから、ぽっかり空いた穴をゲイルが塞いでくれた気がする」


 そう言ってお茶を一口飲むとカティアはこちらを見上げてきた。その顔はここ最近で一番穏やかな笑顔だった。


「ねぇゲイル、これからどうなるかなんて全然わからないけど、どうなっても私は一番にゲイルの幸せを祈ってるからね」

「…良いのか?一番なんて言って。クライスさんはどうするんだよ」

「え、なんで、クライスさん?」


 こいつ、誤魔化すつもりか。


「それ、クライスさんに貰ったの知ってるんだからな。好きなんだろ?クライスさん」

「う…ゲイルは何でもわかっちゃうんだね…」


 わかってないのは本人達だけだと思うんだけどな、と思いながら頬を紅くして目を逸らすカティアを見ていると、ネックレスを握りしめた指に新しく指輪を見つけた。


(増えてる…)


 俺にここに来るように言う事を迷ってたみたいだから牽制のつもりだったんだろうか。少しだけムカついたから、これ以上カティアの背中を押すのはやめることにした。


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