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40. 村までの道行(サリタニアside)

 カティアに教えてもらった通り細い森の道をひたすらに歩いて行くと、小さな泉に出ました。カティアは時計を使っていないので太陽の角度でどれくらいかかるかを示してくれましたが、おそらくここで合っているでしょう。


「カティアはここで休憩出来ると言っていましたね」

「そうですね、姫様、よく歩かれましたね」


 貴族は基本的に馬車移動ですから、わたくしも少し不安でした。カティアには最初は足が靴で擦れて痛くなるかも、と言われましたが今のところ平気そうです。宿では立ってお仕事をしていましたから、わたくしもだいぶ体力がついたのではないでしょうか。


「さて、ここで休憩がてらカティアさんのお弁当をいただきましょうか」

「あぁ。今日は朝食が早かったから腹が減ったよ」


 クライスが着けていた外套を外して広げて敷いてくれました。ありがとう、とお礼を言い座ります。固いかと思っていた地面は茂った草がクッションになって思ったよりも座りやすく、心地よい風も吹いてきてよく体を休められそうです。視察なのですからいけないと思いつつもピクニックに来たような心持ちになってリュックからお弁当を出します。


「ら、ら、るん」

「姫様、魔力が漏れております」

「あ、あらごめんなさい」


 思わず口ずさんでしまいました。わたくしの魔力の適性は風なのですが、王族としての魔力も持っています。魔術として使えるものではないのですが、わたくしが気持ちを乗せて歌うと魔法として発動して、周りにいる者に少しだけ活力を与えるそうなのです。心を軽くする事ができるそうなので、遠征前の騎士たちを送る式典でよく披露しています。


「この森にいる間は出来るだけ魔力を使わないようにしてください。エドアルドも。誰が見ているかわかりませんので」


 わたくし達はこの視察では初めてこの辺りを通る平民の旅人として振る舞います。宿で会った人がいれば、繁忙期が過ぎたので今後の参考に村を回っていると付け加えます。


「わかりました」

「あぁ、了解だ」


 真剣な表情をして返します。浮かれていてはいけませんね。


「ご留意いただければそんなに固くなさらなくても結構です。さぁ、折角カティアさんが作ってくれたんです。楽しくいただきましょうか」


 そう言ってクライスは自分用に渡されたお弁当を前に目を細めます。


「そうだな!それにしても豪勢だな…何種類入っているんだ?」

「昨夜の残りをお弁当用に作り替えて入れたと言っていましたが…」


 木箱にところ狭しと詰め込まれた料理の数々はどれもとても美味しそうです。


「しかも見てください、ナプキンを使ってうまく木箱が汚れないように詰められていますよ。旅先で困らないように気遣いまでしてくれています」

「カティアがお弁当屋さんを開いたらすぐに人気店になってしまうでしょうね」

「俺はクライスの家の料理人がいまから心配です。行き場がなくなったら城で引き取りましょうか」

「確かにそうですね!そう出来るように手配いたしましょう」

「姫様、ここではあまり長い休憩は取りませんよ。早くお食べください」


 ぴしゃりと言われてしまいました。でもわたくしは気づいているのですよ、クライスのお顔は少しだけ居心地が悪そうで、照れているのでしょう。わたくしはふふ、とクライスに気づかれないように小さく笑ってお料理に口をつけました。やっぱりカティアのお料理はとても優しくて幸せになれる味です。


 お弁当を食べ終わり、少しだけ足を休ませて出発しました。ゲイルさんのいる村まで7割程進んだそうです。あと一息ですね、と気合いを入れ直したところで、空が暗くなってきました。


「雨か…?」


 エディが空を見上げながら呟くと、ぽつぽつと大きめの雨粒が降ってきました。


「あそこに小屋があります。とりあえずそこで待機しましょう」


 少し行った先に小さな小屋がありました。誰もおらず扉には鍵がかかっていて入れないようですが、少し屋根を借りる事にしました。魔石のおかげで濡れはしませんが、視界が悪く危険察知がしにくいとの事で雨が弱まるまで待機をします。


「エドアルド、魔石を一度預かります」

「あぁ、そうだな」


 そう言葉を交わして、2人は首から下げていた雨避けの魔石を外して強くなってきた雨の中へと出てゆきました。あっという間に外套が濡れてゆきます。そうでした、こんな雨の中まったく濡れていないのはおかしいですね。わたくしも魔石を外しましょう。


「姫様はどうぞそのままで。外套だけお借りしますよ」


 そう言ってわたくしの外套を外したクライスは、外套だけを雨に濡らしてまたわたくしの肩にかけました。魔石は着けたままなのでひんやりとはしますが濡れた感触はありません。


「少し冷たいでしょうが全身が濡れるよりはお寒くはないでしょう。しばらく辛抱してくださいね」

「ありがとう。2人も風邪をひかないでくださいね」

「私は鍛えていますからね、クライスがんばれよ」

「3徹で書類仕事を片付けるよりは消耗しないでしょう」


 …城に戻ったらクライスの仕事量を調節しないといけませんね。


「あれ、クライスさん?」


 雨音に遮られて誰の声か分かりませんでしたが、急に呼びかけられてドキリとしました。クライスとエディの纏う空気もピリッとしています。緊張しながら声のする方を見ると、両手に藁と籠を抱えたゲイルさんがこちらに向かってきていました。


「ゲイル君…」


 クライスが少し固い声で呟きます。準備はしていたものの、ここで知り合いに会うことを考えていなかったからでしょうか。わたくしにだけわかるくらい小さく息を吐いてクライスはゲイルさんの方へ体を向けました。わたくしはクライスの背中に隠れた形になりましたので、その間に外套についた水滴を髪になすりつけました。この状況で髪がまったく濡れていないのはおかしいでしょう。


「こんな所で会うなんて奇遇ですね。村から少し距離がありますがどうしたんですか?」

「木の実の採集をしてたんだ。この辺りは家畜の飼料になる木の実が沢山落ちてるから。で、ここ俺んちの小屋だから道具を置きに来た」


 雨宿りに屋根をお借りした小屋はゲイルさんのものだったようです。それではここでお会いしたのは致し方ない事でしたね。クライスもエディもそれを聞いて少し警戒を解いたようです。


「それは失礼しました。我々は急な雨で屋根をお借りしてました」

「なら鍵開けるから中に入んなよ。何もないけど」

「ありがとうございます、助かります」


 ゲイルさんはポケットから鍵を出し小屋の鍵を開けてくれました。屋根はあってもまったく濡れない訳ではないので助かります。


「開いたよ、どうぞ…え…?」


 鍵を開けてくれたゲイルさんは中へと案内してくれようとしてわたくしの方を見て驚いた表情をしました。その瞬間、わたくしの視界は布と何かちくちくしたようなもので覆われました。布はクライスの外套のようです。頭に腕の感触もありますので、クライスに頭を抱えられる形になっているのでしょう。何やらちくちくしたものはゲイルさんが持っていた藁でしょうか。藁の束に見えましたが、藁を編んだもののようです。それを頭に被せられたようですが、一体何が起こっているのでしょうか。どうすべきかとそのままの状態で状況を探っていると、ふわりと風が吹いて外套が翻り視界が半分開いて見えてきたものに、わたくしは思わず外套を手で遮り叫んでしまいました。


「エディ!何をしているのですか!」


 何という事でしょう、エディはゲイルさんの首に剣を当てています。エディの鋭い目は本気です。ゲイルさんは真っ青な顔で固まってしまっています。


「エディ、剣を納めなさい!」

「なりません、その藁の中に何を仕込んでいるかわかりません」


 わたくしの頭の藁はゲイルさんが乗せたようです。何故そのような事を?


「ゲイル君、その行動の理由を訊いても?」


 クライスが声色を固くして問いかけます。ゲイルさんは真っ青な顔のまま目だけでクライスの方を見て震えながら口を開きました。


「咄嗟に、体が、動いただけで…だって、隠してた…って事は、見られちゃ、いけないんだろ?」


 隠してた…見られちゃいけない…もしかして、わたくしの髪の事でしょうか。髪色が元に戻ってしまっているのでしょうか?薬を飲むタイミングはまだ先のはずですのに、何故?


「…エドアルド、剣を納めてください。ゲイル君に他意はないでしょう」

「クライス」


 クライスに返すエディの声色は低く、わたくしでも緊張してしまう程の殺気を含んでいました。


「大丈夫ですよ、何か仕込んでいるなら私の腕も今無事ではないでしょうから」

「……」


 鋭い目と警戒はそのままに、エディはゲイルさんの首から剣をゆっくりと離しました。その途端、ゲイルさんは極度の緊張から解かれて汗びっしょりになりながら大きく息を吐きました。


「ゲイル君、藁を外していただいても?」

「あ…ごめん…」

「まずは小屋に入りましょう」


 わたくしの頭から藁を外したゲイルさんは下を向いたまま扉を開けてくれました。まずはエディが入り、続いてわたくしとクライスが入ります。ゲイルさんは何やら入りにくいようで入り口で立っています。それを見てクライスは小さく息を吐き、鞄を探って瓶を一つ出しました。


「姫様、こちらを。私はゲイル君と外で話をしてきます」


 そう言うクライスに渡されたのは髪の色を変える薬でした。今朝カティアに結ってもらった髪を解いて見ると、その色は金色に戻っています。薬はきちんと飲んでいますのに、どうして…。


「クライス…」


 思わず不安になってクライスを呼び止めると、クライスはわたくしを落ち着けるようにお任せください、と言ってくれました。エディからゲイルさんを庇ったクライスなら傷つける事はないと思いますが、それでもわたくし達の秘密を知ってしまった彼に対してクライスがどのような対処をするのかが気がかりです。


「ゲイル君、少し良いですか」


 そう言ってクライスは少し弱まってきた雨の中、ゲイルさんと外に出てゆきました。わたくしは、カティアの大切な人が無事であるように心から願いました。


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