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36. 旅立ちの知らせ

「では夜番行ってきますね。おやすみなさい」


 トマスにお土産を貰ってから片付けと夕食をすませ、私はみんなに挨拶をして夜番の為に宿へと戻った。受付カウンターから宿帳と帳簿を持って仮眠室へと入る。昼間途中で終わっていた帳簿の続きをつけ、宿帳と照らし合わせ終えると最後のページに先程貰った栞を置いた。身につけるものは選ばなかったが、こうして毎日見るものに使えるというのも良いなと思いながらパタリと帳簿を閉じる。


「…さっきは言い過ぎたよね」


 クライスにネックレスの事を言われて思わずムキになって言い返してしまったが、相手の気持ちを考えずにあんなに感情を剥き出しにしてしまうなんてまるで子供だ。それに、あんなにネックレスへの執着を主張するなんて、ただのお気に入りじゃないと思われてしまう。


「隠すと言ったじゃない」


 他のものが気に入ればクライスのネックレスは気にしなくて良いと言うのは彼の優しさなのだ。そんな優しいクライスに私の気持ちがバレてしまえば確実に迷惑をかけるだろう。それだけは避けなければいけない。嬉しいと思ってしまう事は素直に受け入れる。でもそれは知り合いとか友人としてのものだときちんと割り切らなければ。


 ベッドに座り深呼吸をして一度心を落ち着ける。最近は夜何もなければこうして落ち着いてから考え事をする時間をとるようにしている。自分の気持ちの事、ゲイルの事、これからの事。それに今日はサリタニア達がここを出る時の事も改めて向き合わなくてはと思った。まだ先の事だと逃げていたが、今日のトマスとの話のようにいつそういう話題になるかわからない。おそらくサリタニアは国境の村へ行くのだろう。気乗りしない様ではあったけれどきっと必要な事だろう。もしかしたら村の方が情報を得るのに適していて村に滞在する事になるかもしれないし、問題が大きくてそのまま城へと戻らなければならないかもしれない。クライスは私の魔力の事が解決するまでは帰らないと言ってくれたが、この間話してくれた編み物の問題が大きければそちらを優先しなければならないだろう。


「心配させちゃいけないから、笑わなきゃ」


 優しいあの人達はきっとここを離れて私が一人になる事を心配してくれるだろう。それくらいはもうわかっている。だからこそ、私は平気だと思ってもらえるように、何の憂いもなく城へ戻れるようにしなくては。でも…。


「せめて、お別れの時はちゃんと迎えたいな」


 今までの感謝をきちんと伝えて、これからも元気で過ごせるよう祈りたい。そういうお別れならきっとその後も良い思い出として残ってくれるだろう。

お別れの時を想像していると知らず知らずに帳簿を握りしめてしまい、いけない、とテーブルに置いてベッドに潜り込んだ。


 翌日、朝食の後にサリタニアが話があると言ってきた。サリタニアの顔はいつものにこにことした年相応の少女のものではなく、穏やかに綺麗な笑みを浮かべていて、ここに来た直後の様だった。その様子に胸が嫌な風に跳ね、体が固くなる。


「国境の村へ視察に行きたいと思っています。エディはもちろん、側近としてクライスにもついてきて貰うことになります」


 あぁ、やっぱりそういう話だったか、と胸の中が暗いものにぐるぐるとかき回されるような気持ちに包まれたが、昨夜決めたように笑顔を作った。


「わかりました、気をつけて行ってきてくださいね」


 折角なので、ゲイルの村を見てきたらどうか、とも提案する。これは本心だ。視察というならこの辺りの村の人達の良いところも沢山見てほしい。その提案に、サリタニアは既に旅程に入っていると答える。そうか、既に旅程が決まっている程に近い予定なのか。


「いつから行かれる予定ですか?」

「2日後には出発しようと思っていますよ」


 2日後、覚悟を決めるにはだいぶ短い時間だった。2日後にはこうして一緒に朝食をとる事もなく、もしかしたらそれがずっと続く事になるかもしれない。どんどんと胸が重く苦しくなってくるが、決して外に出さないように出来るだけ返事は声色を明るくした。


「わかりました。では当日は気合をいれてお弁当を作りますから、楽しみにしていてくださいね!」


 そう返すと、サリタニアは小さく息を吐いた。その顔は少し呆れているような、悲しいような、複雑なものだった。


「カティア」


 その声はいつも呼ばれるような、呼ばれて愛おしくなるような呼びかけではなく、威厳に満ちたものだった。この声色で言われた事にはきちんと答えなければ不敬にあたるだろうと自然に思わせる、王族の威厳。何を言われるのだろうかと胸はドッドッと今までになく早く打っている。


「わたくし達がここを離れる事に対してのカティアの気持ちを教えてください」


 予想外の事を言われ、何も返す言葉が見つからなくて固まるしか出来なかった。おそらく顔も複雑な表情をしてしまっているだろう。


「わたくしは仕事とはいえカティアを一人にしてしまう事が悲しいのです。だから、せめてカティアの気持ちを知りたい」


 国にとって大変な問題の対処の為に動くのに、私一人の気持ちまで気にしてくれているなんて。


「そんな、悲しいだなんて、思っていただけるなんてそれだけで光栄です」


 目頭が熱くなってくるのを感じながら、感謝の気持ちを述べる。


「不安なら、出来るだけそれを取り除けるようにします。淋しければ、帰ってくるまで少しでも気を紛らわせられるよう今出来ることをしますよ」


 そう言いながらサリタニアは私の手を取りぎゅっと優しく握ってくれた。初めて会った時も、熱を出した時も私を支えてくれた小さな温かい手を見つめながら、勇気を振り絞って迷いから狭くなる喉に喝を入れる。


「…ますか?」

「カティア?」


 うまく声に乗せることが出来ず聞き取れなかったのか、握る手に力を入れてサリタニアが私の顔を覗き込んで来た。その顔は私への心配でいっぱいになっている。先程までの王族の綺麗に作られた顔ではない、いつものターニャの顔だった。


「あの…その、またここに帰ってきてくださいますか?」


 昨夜強く思った、せめてお別れはきちんとしたいという気持ちをぶつける。これくらいは許されるだろうか。


「村を視察に行かれて、それが大変な事ですぐに対処しなければいけない事だったとしても、いきなりお別れになるのは…その、嫌です。いつかお城に戻られる事は覚悟していますが、せめてお別れの時はきちんと…」


 そこまで話すと、胸にどんっと衝撃が走りサリタニアにぎゅうと力いっぱい抱きしめられた。


「…ターニャ?」

「戻ってきます!絶対に戻ってきます!私だってカティアと離れるのは嫌なんですから!まだまだ城には戻りません!」


 抱きつきながら顔だけを上げてそう言ったサリタニアの目には涙が滲んでいる。びっくりしてポケットからハンカチを出して頬に伝う涙にそえた。


「…ターニャ?そんな、泣かないでください…」

「え?」


 サリタニア自身も予想外だったようでびっくりしている。


「カティアさん、そのように思っていただけてこちらこそ光栄です。その気持ちにお応えして、早めに戻ってきますのでご安心ください」


 サリタニアの後ろに控えて静かにしていたクライスとエドアルドが私達の方へ近づいてきた。いつもの距離と声色に安心する。


「戻ってきていただけるなら早めでなくて良いので、無理せず安全なように戻ってきてください」

「安全については俺がついているから安心してくれ」

「ふふ、心強いですね」


 サリタニアの涙と心からであろう言葉にいつの間にか暗くて重い気持ちはどこかにいってしまい、代わりに温かいものが胸の奥からこみ上げてきている。こんなにも想ってくれているのだという事がひしひしと伝わってきて、いつか必ず来るお別れの時も私ばかりが苦しいのではないと思えばきっと心から笑ってさよならを言えるだろう。そう思いながら、今度は心からの笑顔で言った。


「みなさん、改めて、いってらっしゃい。ここでお帰りをお待ちしてますね」


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