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33. スコット商団での買い物

「ありがとう、また来るよ」

「ごはん美味しかったよ」

「ありがとうございます、お気をつけて!」


 翌朝、朝食を出し終わってしばらくすると、次々とチェックアウトを済ませてお客様が次の目的地へと旅立って行った。みんな笑顔で感謝の気持ちを伝えてきてくれてこちらも嬉しくなってくる。


「カティアさん、おはようございます」

「おはようさん」

「アルフさん、ロディさん、おはようございます」


 チェックアウトが一段落すると、2階からアルフとロディが降りてきた。


「昨夜は眠れましたでしょうか?」


 相部屋をお願いした事できちんと休めたかどうかが少し気がかりだった。


「えぇ、衝立も置いていただけましたし、問題なく休めました。ありがとうございます」

「俺はロディの寝相が悪くて壁にぶつかる音がする度に目が覚めてたがな」

「え!?そうなんですか!?すみません!」

「まぁ、これから慣れるだろうから気にすんな」

「これから?」


 一晩ですっかり親子の様な雰囲気をするようになった2人を微笑ましく見ながら思わず聞き返すと、アルフがにかっと笑ってロディの背中をばしっと叩いた。ロディもにこにことしている。


「実はしばらく一緒に商売する事にしたんだ。こいつはまだまだヒヨッコだから、商売を教えながら旅をしようと思う」

「それは素敵ですね!」

「農工具を必要としている人はお酒好きが多いですからね。師匠に商売のノウハウを教えてもらいながら僕の商品も見ていただけたらなぁと思っています」

「それを言うなら酒は万人受けするからな。俺もついでに新しいお客さんを得られたらと思ってるよ」


  2人も商品も相性ばっちりなようだ。ロディなんて、昨夜の気の弱そうな雰囲気はどこかにいってしまって、目をキラキラとさせてわくわくとしている気持ちがこちらにまで伝わってくる。


「師匠と引き合わせてくださったカティアさんのおかげです。本当にありがとうございます」

「いえ、私は宿屋としての対応をしただけですから。その気持ちは相部屋を快諾してくれたアルフさんに向けてください」

「あそこで俺を選んでくれたのはカティアさんだからな。俺からも礼を言うよ」

「そんな…」


 アルフのような実直な人に改めてお礼を言われると少し照れてしまう。こちらからも改めてお礼を述べると、2人はまた帰りに寄ると約束をしてくれ出発した。


 宿がこんな風に出会いの場になる事もあるんだなぁと嬉しくなって、二人の旅路が素晴らしいものであるようにと祈りながら大きなリュック二つが見えなくなるまで入り口で見送る。


「こういうのが快感になってやめられなくなるんだよなぁ、うん、わかる」

「わっ」


 いつの間にかスコットが降りてきていたらしい。耳のすぐ横でぼそりと呟かれ思わず飛び退いてしまった。


「おはよう、カティアちゃん。昨夜はありがとな」

「お、おはようございます。こちらこそありがとうございました」


 昨夜のスコットとの会話は私にとってとても大きなものだった。思い出すとまたドキドキとしてきて胸が躍る。


「チェックアウトはもう俺達以外は終わっただろ?そしたらここのテーブル借りて良いかい?昨日はうっかり酔いつぶれちゃったからな、今から商品を見てもらえたらと思ってさ」

「あ、嬉しいです。でも出発時間は大丈夫ですか?」

「次の目的地はミゲルじいちゃんの所だから昼前に出れば大丈夫だよ」


 そう言ってスコットが2階に声をかけると、商団の人たちが両手に商品を抱えて降りてきた。何人かは荷馬車から商品を取ってくると言って外に出て行く。


「あ、ターニャ達も呼んできますね」


 チェックアウトが済んだ部屋の掃除をしてくれていた3人を呼びに2階に上がりながら、すれ違う商団の人達の腕の中の品々を盗み見て必要なものは何だったかと思い出す。そういえば、ストールがだいぶ古くなっているので毛糸のものが欲しいと思っていた。スコットの商団は日用品が主だがあるだろうか。


「ターニャ、スコットさん達が商品を見せてくれるのですが、一緒に見ますか?」

「見たいです!」


 箒で床を掃いていたサリタニアは私の一言に顔を輝かせて駆け寄ってきた。クライスとエドアルドも平民の商品に興味があるようで、掃除を一休みしてみんなで階下へと降りていくと、既にテーブルいっぱいに商品が並んでいた。


「どうぞ、心ゆくまでご覧ください」


 スコットはそう言いながら胸に手を当てて品のあるお辞儀をした。こうして商品を前にするととたんに雰囲気が変わる。丁寧で柔らかい所作と表情で、客を商品に引き寄せるのだ。


「何かご入用のものはございますか?」

「石鹸と調味料を見せてください」

「よしきた!おーいそっちの箱持ってきてくれ」


 導入の儀式は終わったらしい。客を引き寄せたらあとは相手に合わせて気さくに振る舞っていく方が購入意欲が上がるらしいのだ。最初からいつものスコットではいけないのかと以前に聞いたが、どうやら大雑把に見えて商品の価値が低く見られる事もあるらしい。こうして丁寧な雰囲気も出すことで商品を大事に扱っているという印象もつけられるという。商売の世界も色々とあるようだ。


「このポーチ、良い仕事をしていますね」

「お兄さん良い目をお持ちですね!これは城下街の職人の手で作られてまして。その職人は貴族様にも卸しているようですよ。その分少し値が張ってしまうのですが…」

「なるほど?」


 あちらではクライスが別の商人と楽しそうに話している。今のなるほど、は職人に対して心当たりがあったのか、値段の相場になるほどと言ったのか。とにかく楽しそうでなによりである。


「何か木を削れるような道具はないか?」

「それはうちでは扱ってないっすね、アルフのおっちゃんなら沢山持ってると思うんですが」

「そうか、昨夜訊けばよかったな」

「申し訳ないっす、今度見かけたら持ってきましょうか、どういうのが欲しいんです?」


 エドアルドも希望の商品について話しながら楽しそうにしている。サリタニアはどうしているかと見ると、特に目的の物を探すわけではなく商品を端から順に見ている。キラキラと目を輝かせて楽しそうに商品を見ながら感想を言うサリタニアを商人の人達もにこにことしながら見ている。


「はいおまたせ、いつもの石鹸はこれだな。あとこっちは街で最近流行ってるっていう柑橘の香りがする石鹸だ」

「わ、良い香りですね」


 スコットは試しにひとつ包装を解いて香りを嗅がせてくれた。ふわりと香る柑橘の爽やかな香りに購入意欲がふつふつとわき上がってくる。


「あ、でも男性は香りが強いものは好きじゃないって聞いた事が…」


 石鹸はお風呂に置く為なので、いくら私が気にいってもお客様の好みに合わないものは買えない。


「相変わらずだねぇ。たまには自分の好みの物を買っても良いんじゃないかい?」

「うーーん…でも…」

「この香りでしたら、石鹸として使わずに部屋に置いておいても良いのでは?」


 いつの間にかクライスが横に来ていた。石鹸を手に取り香りを嗅いでうん、と頷きにこりとスコットの方を見た。


「私も気に入りました。ひとつください」

「お、兄ちゃん良い趣味してるね!ひとつで良いのかい?」

「えぇ、先程も言いましたが自分達の部屋に置くだけですので。やはり皆さんも使う風呂場には万人受けするものを置いた方が良いですからね」

「自分、達…?」


 ざわり、とスコットを始め商人達がこちらを見てきた。そうだった、この人達は私がクライスさんと結婚するとかいう変な勘違いをしていたのだ。スコットには勘違いという事を伝えたがまだ酔ってもいたし、他の商人達にも伝えてくれたとは限らない。そんな事は知りもしないクライスは商人達の様子に少し不思議そうな顔をしている。


「この大きさなら切り分けても香りを楽しむには十分でしょう、カティアさん、あとで半分お持ちしますね」

「え?あ、はい、って半分もらっちゃって良いんですか?」


 そういう事ね、と商人達はふぅと胸を撫で下ろしていた。クライスはその様子にああ、と小さい声で呟いてさらに小さくふ、と笑う。綺麗に揃った商人達が面白かったのだろうか。


「さて、調味料はこっちだ。何をご所望だい?」


 気を取り直して、というようにスコットは箱から様々な調味料を出してきた。私はそこからストックが減ってきているものを選び、勧められた珍しい隣国のスパイスも購入した。いつもは買わない、それも馴染みのないスパイスを買ってしまったのは完全に昨日のスコットの話の所為だと思う。


「あ、あとストールってありますか?出来れば毛糸のものを…」

「ちょうど良いのがあるぞ、ちょっと待っててな」


 スコットは商人の一人に声をかけて平たい木箱を持ってこさせた。


「これなんてどうだい?」


 そう言いながら開けられた箱の中には、毛糸でレースの様な模様で編まれたストールだった。品のある紫色で、網目が広くなる裾に向かって薄いクリーム色に変わっていって、上品さと可愛さがうまく共存している。タグに書いてある値段も手頃だ。


「網目が広いからちょっと寒そうに見えるが、毛糸だからちゃんと暖かいし、何よりお洒落だろう」

「本当ですね、見たことない編み方です」

「これは、隣国の一部の民族に伝わる編み方では…?」

「お、ターニャちゃんよく知ってるね」


 いつの間にかサリタニアもこちらのテーブルに来ていた。先程までの楽しそうな雰囲気は少し落ち着いてじっとストールを見つめている。


「そう、お隣のウィルダ国の編み物だ。本来なら正式なものは俺達が扱えるような値段のものじゃないんだが、少し前に国境の村にその民族のお嬢さんが嫁いで来てね、そのお嬢さんは正式なものを卸せる職人の免許はもってないんだが妊娠中の手仕事にいくつか編んでて、生活の足しに買ってくれないかと頼まれて商品として手に入れたんだ」

「正式なものじゃないのに商品にしてしまって良いのですか?」


 スコットの説明にサリタニアはストールからスコットに視線を移し、まっすぐに見つめながら尋ねる。


「お嬢さんもウィルダの編み物として出してるわけじゃないし編み方を伝えている民族も別に門外不出としているわけでもない。単純に、ウィルダの編み物の免許を持った職人が作ったものが正式なものとして高額取引されているだけだ。同じステーキでも一流料理人が作った高級店で食べると高額になるのと同じだな。俺はただ、ウィルダの編み方を知っている一般人が作った編み物が良い物だったから、材料と手間賃を考えて適正価格で買って、今お客様に提供しているだけだよ」

「そう、ですね。ごめんなさい」


 スコットはサリタニアの言葉に反論するわけではなく、優しく説明してくれた。事情はわからないが、王族の目から見ると問題だったのだろうか。状況には納得したのか素直に謝ったサリタニアの表情は晴れないままだ。


「ターニャちゃん?」

「すみません、妹は以前こちらの正式な編み物を街で見かけて一目惚れしまして、いつかこれを手に入れられるレディになるのだと意気込んでいたので少し悔しいのでしょう」

「そっかぁ、それは悪い事をしたなぁ。ターニャちゃんさえ良ければもう1枚あるから出してこようか?」

「あ…いいえ、やはり目標は高く持っていたいですから今回は遠慮しますね。カティア、水を差してしまってごめんなさい。気に入ったなら私に気を遣わず買ってくださいね」


 クライスのフォローも今のサリタニアの言葉もきっとサリタニアの様子を誤魔化す為のものだろう。値が張るとはいえサリタニアが買えないはずがない。これは買わない方が良いのだろうか。


「カティアさん、気に入ったのですか?」


 悩んでストールを見つめているとクライスが横から顔を覗き込んできた。正直デザインはとても気に入っている。でもスコットを信用しないわけではないが、先程の話にサリタニアから見て問題があるのなら購入を躊躇ってしまう。


「大丈夫ですよ」


 何が、とは言わないが私の考えている事がわかったのだろう、クライスは優しい声でそう言ってくれた。スコットを見ると少し困ったような顔をしている。よし決めた。


「うん、買います!とっても気に入りましたから」


 クライスの声に背中を押され、スコットに商売で悲しい気持ちになってほしくなくて、何より私がこのストールを気に入ったので笑顔でそう告げた。サリタニアとは後できちんと話をしよう。私がストールを買ったことが間違っていたら、どうしたら良いのか聞こう。


「そうか、ありがとうな。後で国境の村にも寄るから気に入った人がいた事を伝えておくよ」

「是非お願いします」

「折角なので身につけた様子も伝えていただいては?」

「そうだな!カティアちゃん、羽織ってくれよ」


 2人に勧められて羽織ったストールはスコットに言われた通り心地よい暖かさで包んでくれた。裾には紐状に編まれた飾りがいくつか付いていて、動きに合わせて揺れてとても可愛い。


「とてもお似合いですよ」

「ええ、とても!さっきは本当にごめんなさい」


 にこりと笑ってくれたサリタニアからは、もう先程のような何かを思い悩んでいるような雰囲気はなくなっていた。スコットの表情も元に戻り、最後にサリタニアがクライスにお願いしていくつか商品を買ってお開きとなり、手早く商品を片付け荷造りしたスコット達は旅立って行った。


 ちなみに私達がスコットとやりとりしている間、エドアルドは希望の商品を熱く事細かに伝え、「それは王宮御用達の職人にでも作ってもらってください」と丁寧に断られたそうだ。


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