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29. 留守番の二人(サリタニアside)

「何か訊きたそうなお顔をされていますね?」


 クライスとカティアを見送ってカティアが渡してくれた朝食を食べていると、サンドイッチを飲み込んだエディがそう尋ねてきました。


「あ…」


 エディはわたくし付きの騎士ですが、身辺の警護だけではなくわたくしの心も守ってくれようとします。代々騎士の家系であるエディの生家であるルベライト家の教えという事ですが、わたくしが落ち込んでいたり悩んでいたりするといち早く気付いてくれるのです。


「あの、詮索するなど淑女として恥ずかしいとは思っているのですが、どうしても気になってしまっていて…」

「昨日のカティアさんの事ですか?」


 そうです。昨日、あのように泣いたカティアと、二人きりでエディが何をお話したのかがとても気になっています。


「あのカティアが、あのように泣いた理由が、ゲイルさんと喧嘩をしたからというのは少し違和感があります。カティアはきっと、わたくし達の前で自分だけの理由で泣かないと思うのです。エディがわたくしに何も報告しないのも気になります…エディはあの後カティアとお話して、本当の理由を聞いたのではないですか?」


 エディはわたくしの目をまっすぐに見ながらも何も言わずにいます。わたくしが何を思っているのか探っているのでしょうか。


「例えば、ゲイルさんがわたくし達の滞在を良く思っていなくて、それをカティアに告げて、カティアが板挟みになって辛い思いをしていたり…」

「お、お待ち下さい!」


 そこまで言うとエディは驚いた顔をして慌てた様子で手を前に出しわたくしの発言を止めました。


「その様な事を考えていらっしゃったのですか?それなのに、カティアさんとゲイル君が喧嘩をしたという事を信じているフリをして昨日のような発言をされていたのですか?」

「だって、カティアがそのように言うのです。わたくしはあれ以上カティアを追い詰めたくはありませんでしたから…」


 はぁ、と溜息を吐いてエディは姿勢を正しました。


「姫様、随分と成長されていたのですね。本音を隠しながらその場で最善と思う行動を自然に取れるようになっているとは、いつまでも姫様を少女のように扱っておりました事、反省いたします」


 エディはそう言うと、座りながらですが綺麗なお辞儀をしました。


「反省する必要はありません。わたくしはまだまだ世間知らずの子供ですから、そのように見てもらって、不甲斐ない部分はきちんと指摘してください。それがわたくしの側近の仕事でもあります」


 頭を上げたエディは「承知しました」と優しい顔で言ってくれました。そして再びわたくしの目をじっと見てきます。わたくしは負けないように、エディを見つめ返します。きっとここで瞳を揺らす事があれば、エディはうまく誤魔化して何も教えてはくれないでしょう。


「まず、先に言っておきますが、姫様が不安に思われているような事は決してありません」

「…そうですか」


 少しだけほっとして、肩の力を抜きます。ですが、それならカティアは何故あのように泣いていたのでしょう。


「ここからは私も相手が姫様であってもはっきりと言えない部分がありますがよろしいでしょうか」

「えぇ、構いません」

「では、姫様はクライスとカティアさんをどう思っておりますか」


 全く予想しなかった事を言われて、頭の中でエディに言われた事を繰り返してゆっくりと言葉を選びます。


「…クライスは優秀な側近で、幼い頃から兄の様に慕う家族のような存在ですし、カティアは会ったばかりですが、大好きで、守って差し上げたくなるような存在です」

「是非とも二人に聞かせたい内容ですが、そうではございません。二人をセットでどう思っておりますか」

「セットで…?あぁ、そう言う事ですか。そうですね、気も合っているようですし、あのクライスが女性にあんなに優しくしているところなんて今まで見たことがありませんでしたから、カティアがクライスの側にずっといてくれれば良いと…思って…」


 本当はもう少し声色を高くして物語のように二人が想い合ってくれたら良いのに、と言いたいのですが、そういう空気ではないので自重いたします。わたくしが慎重に選んだ言葉でそう話すと、エディはなんとも優しく、嬉しそうな笑みを浮かべてわたくしを見ています。わたくしもあまり見たことのないその顔に、思わず言葉を失ってしまいました。


「私もそう思います。弟の様に思っているクライスには幸せになってほしいですから」


 満足そうにそう言うエディですが、このお話がカティアが泣いていた事と何か関係があるのでしょうか。


「クライスが陛下からどのような勅命を受けているのかは分かりかねますが、姫様がお味方になってくださるのでしたら多少の無理はききそうですね」

「あの、エディ?」

「あとはカティアさんの気持ち次第ですが、先程も言いました通り、陛下のお話の内容がわからないうちは私はカティアさんが辛く思わないように支えるのみと思っております」

「エディ?」

「誠に恐縮ですが、私から申し上げられるのは以上です」


 なんということでしょう、エディの言っている事が何一つわかりません。結局誤魔化されてしまいました。


「…エディが真実をわたくしに告げないという事は、わたくしはそこまで気を揉まなくて良いという事なのですね?」

「その通りでございます。姫様は今までと同じように二人に接してくだされば良いかと思います」

「そこはわかりました。ですが、カティアが泣いていた理由はまだわかっておりません。今のお話にゲイルさんも出て来なかったではないですか。このままわたくしは何も知らないままカティアに接して、カティアを傷つけたりはしませんか?」


 わたくしがゲイルさんに花壇を直してもらうよう進言した事でカティアが泣く事態になったのです。何も知らないでまたあのような失敗をしたくはありません。そう訊くと、エディはふっと笑って優しい瞳を向けてくれました。


「姫様がカティアさんを傷つける事はないと思いますが、そうですね、姫様は王族としての座学の成績は大変優秀ですが、人を見る力はまだ未熟でいらっしゃいますね」

「えぇ、クライスにも良く指摘されます」

「では城に帰りましたら、我が妻のプリメーラも教師に加えていただきたく存じます」

「プリメーラ?」

「えぇ、プリメーラが得意な分野ですから」


 プリメーラといえば、一番有名なのは貴族の女性の誰もが羨むエディとおしどり夫婦という事です。わたくしは詳しく知りませんが、エディの事が大好きで、エディと結ばれる為にものすごく努力をされたようです。そうすると、男女の恋愛のお話になるのでしょうか。


「姫様は、物語以外のお話も知る必要があるでしょう」

「…わたくしがまだ幼いからという事ですね」

「それが悪いとは言いませんが、知る事でカティアさんが泣いていた理由もわかるようになるでしょう」


 その部分は教えてくださらないのですね。エディがこう言う時は、カティアと何かしらそういった約束をしているか、わたくしが自分で知る必要があるという事なのでしょう。これ以上詮索するのは淑女としてではなく人としてしてはいけない範囲なのかもしれませんね。


「わかりました。では、一つだけ約束してください。わたくしの無知からカティア達にひどい発言や行動を無意識に行ってしまうようでしたら、その時は責任をもってエディがわたくしを窘めてくださいませね」

「承知いたしました。必ず」


 椅子から立ち上がり、胸に手を当ててエディはお辞儀をしました。従者の礼をするからには、きちんとわたくしを導いてくれるでしょう。


 こちらにくる直前に城で読んでいた物語は、お城の王子様が視察に出た先の自然豊かな村で怪我をしてしまい、村の娘に助けられて、その娘の純粋な優しさに癒されて恋に落ちるというものでした。侍女達の間でも流行っている物語で、わたくしも王子の恋心や娘の葛藤にドキドキしながら読んでいました。そのうちに王子の強い気持ちが通じ、娘も王子に対する恋心を抑えられず王子の気持ちを受け入れて、二人で難関を乗り越えて最後はみんなに祝福されて幸せになるのです。


「…エディ、わたくしの大好きな物語の様な幸せをクライスとカティアに望むのは自分勝手なのかしら」


 二人を見ていると、時々物語の登場人物の様に思える事があります。二人の間に良い空気を感じると心躍らせてしまっていましたが、本人はそれを望んでいるとは限らないのですよね。


「姫様のお立場ですと、言動は考えなければならないかもしれませんね。ですが…」


 尻窄みの言葉に顔をあげると、エディは今まできちんとしていた姿勢を崩して肘をつきながら少しいたずらっぽい瞳をして笑っています。


「ターニャなら、思うままに行動して良いと思うぞ?」

「…あら…ふふ、わかりました!」


 その言葉に一瞬驚きましたが少し気持ちが楽になって、すっかり忘れていたサンドイッチをぱくりと口にしました。エディお兄様はきちんと指摘もしてくれますが私の心に寄り添ってもくれる、本当に頼りになるお兄様ですね。


「クライス自信も、ゲイル君と出会った事で何か変わるかもしれないですしね」


 独り言のようにぽそりとそう呟き、エディも残りのサンドイッチをぱくりと食べました。そのお顔は大変優しく、クライスを本当の弟のように思う兄のものに感じました。  


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