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23. ゲイルとの顔合わせ

 薬草を採ってきたゲイルと合流し、3人で摘んだ大量の実を籠に入れ終わり、宿に向かって歩き始めた。


「すごいな、大量だ」

「重くないですか?ゲイルも」

「畑仕事に比べたら楽勝だよ」


 私はみっちりと実の詰まった籠がずっしりと重く、歩幅が少し狭くなっているのだが、私より大きな籠を持った二人は全然余裕そうだ。ゲイルなんて、昔はこれよりうんと小さい籠を一緒に二人がかりで運んでいたのに、ちょっと悔しい。


「そういえば、ゲイル君はさっきこの実をナントカの実って言ってたな」

「エカの実だ」

「この木の名前なのか?」

「どうだろう、エリザさんがそう呼んでたから俺達もそう呼ぶようになったんだけど…」


 最初はエドアルドの事を警戒していたゲイルだったが、エドアルドの人当たりの良さに少しずつ会話をするようになってきた。


「そうだ。なぁカティア、今日泊まっても良いか?宿泊料はもちろん払うから」

「え、良いけど、どうしたの?」

「カイルがエカのジャムを食べたい食べたいって煩いから持って帰りたいんだよ。明日には瓶詰め出来るだろ?」

「そうだね、今日の夜には出来るよ。実を摘むの手伝ってくれたから大きめの瓶に詰めてあげる」

「助かる」


 サリタニアにとっての2人目のお客様はゲイルになりそうだ。これからやってくるお客様の対応のリハーサルにはちょうど良いだろう。帰ってサリタニアと顔合わせをしたらゲイルにお客様目線で見てもらうようにお願いしよう。そんな事を考えながら歩いていると、木々の緑の先に宿の赤い屋根が見えてきた。宿を出てきた時は不安でいっぱいだったが、何事もなく終われて良かったと思っていると、急にエドアルドが籠を置いて走り出した。


「えっ…エディさんどうしたんですか!?」

「……カティア、何か臭わないか?」


 慌てていると、ゲイルが眉間に皺を寄せて宿の方を見ている。言われて匂いに集中してみると、確かに何やら焦げ臭いにおいがする。


「まさか、火事…?」

「雨上がりの森に火の手が上がるのはないだろ、だとしたらお前の宿だ!」


 宿が燃えてしまうのではないかという不安と、宿にいるサリタニアとクライスは無事だろうかという不安に顔を青くして立ち尽くしてしまった私の手を引いてゲイルも走り出した。


 宿に近づく程に焦げた臭いがはっきりとしてくる。不安は増々大きくなり、思わずゲイルの手を強く握ってしまう。するとゲイルも私を励ますように強く握り返してくれ、その感触に安心して少し冷静さを取り戻す。木々を抜け、視界が開けた先に現れた宿は一目見た限りでは無事だった。


「カティア!」


 私の姿を見つけたサリタニアがエドアルドを伴って入口から駆けてくる。


「ターニャ!良かった、無事ですね?」

「ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

「な、何があったんですか?無事なら良いです、落ち着いて…」


 理由はわからないがひたすらに謝ってくるサリタニアの肩に手を置いて落ち着くよう促す。


「…カティア、キッチンに一緒に来てもらえますか?」


 少しだけ落ち着いたサリタニアにそう言われ、こくりと頷いて後を付いて行く。近づく程に、焦げた臭いが強まっているように感じ、キッチンには難しい顔をしたクライスが立っていた。


「カティアさん…本当に、何と謝罪すれば良いのか…」


 そう言ってオーブンから取り出したものを私に見せてきた。何やら黒いものが鉄板に乗っている。何だろうこの大きな岩のようなものは。


「昼食を…作ろうとしてたのです…その、カティアに教わって簡単なものなら作れるようになっていたでしょう?それで下手に自信がついてしまっていたのです。今の私達なら焼き物も出来るのではないかと、無謀にも思ってしまいました…」

「本当に申し訳ありません。私も何故か失敗するなどと微塵も思わず…」


 なるほど、つまりこれは何かの肉だったわけだ。それが、こんなつるっとした岩のように真っ黒に…本当に、驚くほど綺麗に真っ黒に…


「ふ…ふふっ…」

「カティア?」

「ふふっ…あはははっ」


 駄目だおかしい。面白すぎて我慢出来ない。緊張が解けたのも相まって私はお腹を押さえしゃがんで肩を震わせながらひいひい笑う事しか出来なくなってしまった。


「黒…こんな綺麗に真っ黒に…どうやったら…ふふ…見たことないです…こんな…真っ黒…」


 笑いの発作が治まるまでひとしきりお腹を捩らせた後、涙を拭いながら立ち上がって二人を見…あ、だめだ、また笑いが込み上げてくる。何とか目を瞑って深く息を吸って笑いを抑え込んだ。


「大丈夫です、お気になさらないでください。そのお肉以上に食材を頂いてますから」


 そう言ってもしょんぼりと申し訳なさそうな顔をしている二人を見ると失礼だと思いつつもまたお腹がくすぐったくなる。


「何事も経験ですから。失敗は成功の元とも言いますし。現にスープは美味しく作れるようになってるじゃないですか。焼き物はコツひとつ掴めば大丈夫ですよ、次は私が側でコツを教えますね」

「はは、カティアさんが褒め上手でフォローの神様だから二人とも変な自信がついてしまったんだろうな」


 後ろに立っていたエドアルドが笑いながら言う。そんなに褒め上手な自覚はないんだけどな。


「そうカティアが言ってくださるなら、落ち込むのはここまでにして次に活かせるようにします」

「そうですね、私も鈍った判断力を戻さねばなりません」


 黒焦げのお肉を見ながら言ってますが料理に対してはその判断力必要ないと思います。クライスは城に戻ったら料理なんて…てそうだ、ゲイルがいる事を伝えなければ。


「あ、あのですね、今私の幼馴染のゲイルがここに来てまして…」

「カティアさん、ゲイル君なら危険がない事を伝えたら外で待っててくれてるぞ」

「えっ外でですか!?」


 勝手知ったる宿なんだから入っていてくれて良いのに。


「ターニャ、ゲイルが今日泊まるそうです。これからお客様も増えて来ますから、練習としてゲイルにお客様目線でターニャを観ていてもらえるようお願いしても良いですか?」

「もちろんです!頑張りますね」

「ではゲイルを呼んできます。皆さんは兄弟と紹介させていただきますね」


 キッチンを出てまっすぐに入口へ向かうと、扉のすぐ外にゲイルがいた。エドアルドが置いていった籠も回収してきてくれたようだ。


「ゲイル、入っていてくれて良かったのに」

「いや、籠どうすんのかなって思って。底結構汚れてるぞ?中に置かない方が良いだろ?」

「だったら籠だけ外に置いてゲイルは中に入ってれば良いのに」

「なんか籠から目離すの嫌だったんだよ」

「もう頑固なんだから」

「お互い様」


 エドアルドもキッチンからこちらに来てくれたので3つの籠をキッチンに運んでもらい、お茶の仕度をテーブルに持っていってそれぞれ紹介をする事にした。


「こちらゲイルです。私の幼馴染で、この前来たカイルのお兄さんです。今日は実を拾うのを手伝ってくれて、ジャムを持って帰りたいそうなので、一泊していく事になりました」


 ゲイルはぺこり、と軽くよろしく、と簡単な挨拶と会釈をした。


「こちらはクライスさんと、妹さんのターニャ。お二人のお兄さんがエディさんで、みなさん宿を街に開く前にこちらで修行をされたいという事で、今泊まり込みで仕事を手伝ってもらってるの」

「あぁ、カイルから聞いてる」


 よろしくお願いします、とクライスが一度立ち上がって手を差し出してゲイルもそれに応えて握手をした。ふと視線を感じてそちらを見ると、サリタニアが困った顔をして私を見ている。あ、もしかして握手をすべきか迷っている?カイルの時はキッチンでの立ちながらの挨拶だったし、カイルはサリタニアの可愛らしさにそれどころではなかったので改まっての平民との挨拶が初めてなのだ。男性と気軽にお酒も酌み交わせないのだ、もしかしたら貴族の女性は挨拶に握手などしないのかもしれない。みんなを紹介するのに立ったままだった私は、サリタニアの後ろに移動して小声で挨拶だけで大丈夫ですよ、と伝えた。するとサリタニアは安心した顔で微笑んだので、どうやら私の推測は合っていたようだ


「ターニャと申します、カティアにはとても良くしていただいてます。よろしくお願いしますね」

「こちらこそよろしく。女の子が宿にいるなんて、カティアも嬉しそうだ」


 サリタニアに対してはゲイルも少し柔らかい顔で挨拶してくれた。良かった、カイルが「卒倒しそうだ」なんて言うからもっと警戒されるかと思ったけれど、3人と実際に顔を合わせる事で危険な事は何もないと納得してもらえたようだ。


「じゃあ挨拶も終わったし、昼食にしましょうか。ゲイルも食べるでしょ?」

「いいのか?」

「もちろん、働いてくれたんだから沢山食べてって」


 お肉は悲しい事になってしまったが、スープも作ってくれていたので、それに燻製肉を切ってハーブと一緒にフライパンで焼いたものとマッシュポテトを追加した。ええい、豪勢にチーズも削ってかけてあげよう。


「あらカティア、髪が少し崩れてますよ」


 さぁ料理が出来たので運んで昼食にしようと思ったところでサリタニアに指摘された。いつも通り編みまとめていたのだが、魔獣の襲撃やシーツ干しや実の採取やらでどこかに引っ掛けてしまったらしい。だらんと一房落ちてきてしまっている。


「すみません、ちょっと直して来ますので、お料理を運んでおいてもらえますか?」

「えぇ、いってらっしゃい」


 キッチンを任せて小走りで小屋の自室に戻った。これは結い直してしまった方が早いと考えて一度ぜんぶ解いて簡単にひとつ結びにして宿に戻ろうとしたところで、テーブルに置いておいたネックレスに目が行った。森に出た時に落とすのが嫌だったので今朝から外していたのだが、もう良いだろう。毎日着けていたので、最初は苦手だった首の後ろでの金具の扱いにもすっかり慣れたものだ。ぱぱっとネックレスを着けて、私は再び宿へと向かった。


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