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やりなおし令嬢、死にたくないので攻略対象を守ります  作者: 夏樹


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6 丸太は持ちあげるもの

「アレクシア、みてみてー」


 アレクシアの努力が実を結び、次の夏もクレヴァリー家から領地に招待されたアレクシアは、眼前で丸太を片手で持ち上げるフィリアを見て卒倒しそうになった。


『わぁお……』


 ポシェットからも珍しく本気で驚いた女神の声が聞こえるが、そんなことに構ってる余裕はなかった。

 アレクシアをここまで案内してくれたメイドの顔も真っ青だ。


「フ、フィリア? これはどういうことなの?」


 にこにこと嬉しそうに丸太を運んでいたフィリアは、突然思い出したかのうように止まると花が咲くように笑った。。


「アレクシアがフィリアが強くなればいいって教えてくれたから。がんばってみました! この丸太は訓練です」


 心底嬉しそうに話すフィリアだが、その手にはアレクシアの身の丈の三倍はありそうな丸太がある。


「……身体強化ね?」

「正解です!」


 嬉しそうに答えるフィリアに、アレクシアは痛む頭を抑えた。


「おばあ様にお願いして教えてもらいました。どうですか」


 褒めて褒めてと期待する目で見つめられ、アレクシアは言葉に詰まった。

片手で丸太を持ち上げてみせるなんて、貴族令嬢としてとんでもないことだ。ましてや、それを他人に見せて喜ぶのは子どもだからなのだろうが、下手に褒めていいものかと考えていると、だんだんとフィリアの表情は曇っていった。


「だめでしたか?」


 しょんぼりと眉を下げる姿に、こちらも胸が痛くなる。


「そ、そんなことないわ。凄いわ、びっくりした」

「ほんとうですか?」

「本当よ。心臓がとびでるかと思ったわ」

「え、えへへ。やったあ」

(良かったとは言ってないけど、嘘はついてないから大丈夫よね)


 心臓が飛び出そうなほど驚いたのは事実だ。

 嬉しそうに笑うフィリアを横目に、アレクシアはほっと息をついた。


「じゃあ、じゃあ、次は大きなお船を持ち上げられるくらいがんばりますね!」


 褒められたい子供の無邪気な声にアレクシアの肝は飛び上がった。


「いいえ、丸太で充分よ! むしろ丸太くらいがちょうど良いの。ぜひ丸太までにしてちょうだい」

「え、でも、お兄様はもっと大きな」

「お兄様はお兄様よ。男性であるし、貴方よりもずっと大きな方だわ。フィリアはフィリアに合った大きさのもので訓練すべきではなくて?」

「そうですか?」

「そうよ! 私は丸太を持ちあえる貴方を一番素敵だと思うわ」


 表情筋全力で作り上げた懇親の笑みをフィリアに向け、アレクシアは頷いた。


(大きな船って港に来る定期船じゃないでしょうね。そんなもの目の前で持ち上げられた日には本当に心臓が飛び出るわよ)


 アレクシアの心の平和のためにも断固阻止しなければならない。


「わかりました。フィリアは丸太で練習します。もっとたくさん持ち上げられるようになりますね」

「……ほどほどにね」


 持ち上げるという点からは最後まで離れなかったフィリアだったが、丸太以上の大きさは回避できた。隣のメイドが泣きそうな顔でほっとしている。


「ところでフィリア、一年で随分と上達したのね。一体どんな訓練を誰につけてもらったのかしら?」

「はい! お父様やお兄様にフィリアも強くなりたいと言ったら反対されたのですが、おばあ様が自衛のためにはそれもいいだろうとおっしゃってくれて、魔力で身体強化の仕方を教えてくれたのです」


 たどたどしくも誇らしげに語るフィリア。


「これで私もクレヴァリー家のものとして戦えます!」


 クレヴァリー家は国境を守る武の名門。家族と同じ力の使い方を得たことが嬉しいのだろう。眩しいほどに嬉しそうな笑顔で拳を握るフィリアにアレクシア頭を抱えたが、とある可能性に胸の高鳴りを覚えた


(未来が変わり始めてる)


 前回のフィリアは花よ蝶よと育てられたお姫様だった。当然、丸太を持ち上げるなんて話しは聞いたこともなく、学園で久しぶりに見かけた彼女はたどたどしい魔力操作で、他の新入生よりも劣っていた。

 それが、アレクシアの一言で、フィリアの魔法技能は上がっている。


(もともとの魔力量が多いこともあるんでしょうけど、魔力が鎧のように彼女を包んでる。これなら、下手な刃物が彼女を傷つけることはないわ)


 未来で何があって彼女が殺害されたのかは分からない。だが、この身体強化があればフィリアの危険はかなり回避できるはずだ。


(まさか妖精姫が丸太を持ち上げるようになるとは予想外だったけど)


『随分斜め上にかっ飛んだわね~。あれじゃ妖精姫じゃなくて怪力姫じゃない』


 呆れと感心が混じりあったような小さな声音で、女神が呟いた。言いたいことは分かる。少女が片手で丸太を持ち上げる絵ずらは可笑しい。


「でも、悪くないわ。……たぶん」

『そりゃあ生存率は上がるでしょうね。でも、ただの怪力馬鹿になってもダメよ。攻略対象が遠ざかっちゃうじゃない。ヒロインは可愛くなきゃ』

「可愛さなんて、命あってのものでしょ。いいからじっとしててよね」


 何事も命あっての物種だ。アレクシアは不満げな女神に釘をさすとフィリアに向き直った。丸太を片付けに行こうと歩くフィリアの姿は手馴れており、この一年、真剣に訓練したことがよく分かる。


「ほんとうに凄いわフィリア、頑張ったのね」


 冤罪回避の第一歩という思わぬ産物に、アレクシアも嬉しくなって改めて心からの賛辞を向けた。


「アレクシア……嬉しいです!」


 ばきっ。


「……あ」

「……え」


 歓喜極まったように名を呼ばれた瞬間、フィリアの手元にあった丸太が音を立てた。

 二人して視線を向けると、アレクシアの二倍ほどの太さの丸太が無残にも真っ二つに砕かれていた。


「これは、その」

「……フィリア?」

「まだちょっと、強く握りすぎちゃっただけで」


 やってしまったと言わんばかりの顔で誤魔化そうとするフィリアだったが、動揺で魔力制御が狂ったのか、折れた丸太を拾おうと触れる度に丸太が砕けていく。


「あ、ちょっと、まってまって」


 びっくりするほど軽く砕けていく木片に、フィリアはおろおろと焦っていた。


『あらぁ、破砕姫って呼んだ方が良かったかしら』

「黙りなさい」


(一年で随分と魔力制御が上達したと思っていたけど、やっぱりまだまだ訓練途中なんだわ)


 感情の起伏や動揺で魔力が揺らいでいる。だが、それは決して恥じることではない。むしろ一年でこれだけ上達したことは誇るべきだ。

 アレクシアは面白がって見ている女神をポシェットに押し込むと、フィリアに近づいた。


「フィリア、一度魔力を解いてこちらにいらっしゃい」

「アレクシア」


 あっという間に丸太を木片にしてしまった様子に、アレクシアは引きつる頬を無理やり上げて涙目のフィリアを呼んだ。


「お茶を用意していただけますか?」


 メイドにお願いすると、魔法が解除されていることを確認してフィリアの手を引く。

 前もって用意してくれていたのだろう。可愛らしくセッティングされていたテーブルのお茶だけ淹れなおし始めたメイドを他所に、アレクシアはフィリアを椅子に座らせた。


「疲れたでしょう? お茶にしましょう」

「はい」


 萎れたようすで落ち込むフィリアにアレクシアはお茶を勧めた。仄かな甘い香りが落ち込んだ心を慰めてくれる。やがて落ち着いたフィリアが口を開いた。


「ごめんなさい、アレクシア」

「どうして謝るの?」

「フィリアは嘘をつきました。本当は身体強化、まだちょっと上手くできないんです。力を入れすぎちゃって、壊しちゃう」


 黙っていてごめんなさいと、フィリアは泣きそうな顔で謝った。

 まるで断罪を待つような姿に、アレクシアはカップを置くと回り込んでフィリアの手をとった。


「謝る必要はないわ。練習を初めてまだ一年もたっていないでしょう? これから練習してできるようになればいいのよ」

「いいんでしょうか」

「もちろん、周りに迷惑をかけないように気を付けて、ね。練習なんですもの」


 笑うアレクシアにつられて、フィリアも笑顔を取り戻す。


「さあ、お茶を楽しみましょう」

「はい!」


 フィリアの笑顔であっという間に明るくなったテラスで、二人はお茶の時間を楽しんだ。

 フィリアは離れていた間の話をくるくるとよく回る表情で語る。その姿は一年前の姿からは想像もできない程楽し気で、人見知りはすっかり鳴りを潜めたかのようだった。


(この調子で、他人との交流を増やして、魔力操作の練習もしていけば、かなり良いんじゃないかしら)


 未来の死亡回避はフィリアにとっても必須事項だ。そのための順調な変化に、アレクシアもまた嬉し気に微笑んだ。


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