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2 女神の目的

 重大発表のように宣言したウサギだったが、アレクシアには内容がさっぱり理解出来なかった。


「乙女……なに?」

『ああ、これだからテレビゲームもない世界って駄目だわ。乙女ゲームっていうのは、ヒロインの女の子がカッコいい男に囲まれてちやほやされる遊びのことよ。攻略対象の男の中から一人選んでくっつくまで頑張るお話』

「酷い遊びね」

『あなたに分かりやすい言語で説明してあげてるだけで、本質はもっと違うわよ。そうね、アナログだけど、この世界にもボードゲームで似た様なものがあるんじゃないかしら?』

「人生ゲームのこと?」


 アレクシアの国には、人生ゲームというボードゲームがある。サイコロを振って、目の数だけ盤上のマスに沿って自分の分身となる駒を進めていくゲームだ。自分とは全く別の人生を疑似体験できるため、貴族の間では人気の遊びだ。


『そう、それよ! それのもっと高度な恋愛版だと思いなさい』

「そのゲームを攻略するために時間を巻き戻したっていうの? 意味が分からないわ。ゲームに勝ちたいなら、駒を戻せばいいだけじゃない」


 たかがゲームのためと言われ、理解出来ない。

 しかし、アレクシアの言葉にウサギは両手を広げて笑った。


『だから戻したのよ。ここがゲーム盤なんだもの』


 うさぎのぬいぐるみであるはずが、浮かべられた笑みとは別に圧倒される雰囲気があった。ぞくりと背筋に悪寒が走り、アレクシアは両腕をさすって耐えた。

 くるくると回りながら明るく軽口を叩いてたはずのウサギが、途端に得体の知れない不気味さを醸し出す。


『この世界はね、私が作ったゲーム盤なの。私が乙女ゲームを疑似体験するための器。最近流行ってるのよ、乙女ゲームを基にした世界を作って、そこに潜って楽しむ遊びが。でも今回試したゲームがちょークソゲーで、辺境のバカ女神に勧められたのを試しちゃった私も迂闊っていえばそうなんだけど、もうバッドエンドばっかりのクソゲーよ、これ。ちょっと選択ミスっただけですぐヤンデレ化しちゃう攻略対象ばっかりなんだから。もう私何回殺されちゃったか分からないわ』


 一息に言い切ったウサギは、警戒しているアレクシアを気にせず続けた。


『だからこのゲームから手を引きたいの。飽きちゃったし攻略してさっさと出ていきたいんだけど、それが難しくって。もう面倒だから貴方に任せて私は降りるわ』

「……え?」


 突然ふられた言葉に、アレクシアは思わず声を漏らした。


『記憶があれば原作引っ掻き回して断罪回避とかできるでしょ? それでなんとか攻略進めて欲しいのよね。もうストーリー展開とかどうでもいいわ。正規ルートで攻略できないクソゲーなんだもの、仕方ないじゃない』

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで私が」

『流石に主要キャラの記憶を保つのは、強制力はたらいちゃって無理だったのよ。準レギュの貴方でギリギリだったわ。あ、ヒロインは今回私が中に入ってないから、適当な自我が芽生えてるはずよ。その子が殺されないようにしてね』

「はあ⁉」


 あまりの展開に、アレクシアは声を荒げた。自称女神の言ってる単語の半分も理解できなかったが、このやり直しの元凶に面倒を押しつけられていることは分かる。


「冗談じゃない、私が黙って利用されると思ってるの」

『巻き戻して生き返らせてあげたじゃない。それに貴方、どうせこのまま何もしなければまた冤罪で死ぬかもよ? 百歩譲って死ななくても、断罪と婚約破棄はされるわね。それなら利用されてでも、断罪回避した方が良いんじゃない?』

「うっ」


 図星をつかれてアレクシアは言葉に詰まった。


『まあ、別に拒否したっていいわよ。私は今こんな姿だし、強制は出来ないもの』

「え、いいの?」

『ええ』


 ふよふよと宙に浮かぶうさぎのぬいぐるみは、アレクシアの鼻先まで近づいて笑った。


『でも、ゲームから出た後はどうかしらね。たっぷり時間をかければどんなクソゲーも攻略できないことはないし、自力でクリアできた暁には、私を蔑ろにした連中には総じて消滅してもらおうかなって思ってるのよ。だって私女神なんだもの、当然でしょ?』


 ふふふ、とウサギが笑い声をあげる。


『さ、好きなほうを選んで?』


 笑顔で凄むうさぎのぬいぐるみに、アレクシアは頬を引きつらせながら、拒否権がないことを理解した。




「差し当たっては、貴方の婚約回避かしら」

「そうね……」


 自称女神の話にのることにしたアレクシアは、すでに後悔の念を抱きながらも頷いた。

 ちなみに、あの光る玉は女神の魂だったらしい。アレクシアが投げたうさぎのぬいぐるみが直撃したことで依り代として入ってしまい、出られなくなったとのことだ。自称女神の名前は教えてもらえなかったので、ぬいぐるみからとってウサギと呼ぶことにした。


『このぬいぐるみの名前で呼べばいいじゃない』

「うさぎのぬいぐるみの名前がウサギなのよ。分かりやすいでしょ」

『……あんた、ネーミングセンス終わってるわね』


 呆れた顔のウサギを無視して、アレクシアは自分の問題について考えた。


「アルフレッド様とは十歳で婚約したのよね。薔薇園が満開になった頃にお茶会が開かれて、そこで引き合わされたんだったわ」

『ふーん、じゃあ、そこでアルフレッドを避ければ婚約回避できるわね』

「いいえ、お父様が望んだ婚約よ、避けた程度で回避できるとは思えないわ」

『ああ、この家お金がヤバいんだっけ?』


 ウサギの言葉に、アレクシアは力無く頷いた。

 アレクシアとアルフレッドの婚約は、もともとは年の近しい少女の中から一番の高位貴族だったことで選らばれただけの婚約だった。婚約を交わすまで会ったことはなく、アルフレッドはアレクシアの絵姿すら見ていなかったと言っていた。それほど、幼いアルフレッドは自身の婚約に興味がなかったのだ。

 そこに付け込む形で婚約をねじ込んだのがアレクシアの父だった。

 父には分かっていたのだろう。これからノーリッシュ家は、徐々に先代の散財と失政の影響で傾き始める。どうにか家を建て直そうと奮闘する父にとって、アレクシアの婚約は絶対に手放すことのできないカードだ。

 だが、それはノーリッシュ家の問題であって、アルフレッドには関係ないことだ。


(誰でも良かったどころか、むしろお荷物になってしまった婚約者なんかより、国一番の美しさをもつ妖精姫に転ぶのは当然っていえば当然なのよね)


 だからといって、冤罪かけられて殺されたことが許せるわけではないけれど。


(でも、こんな互いに不幸にしかならない婚約なんて、最初から結ばない方が互いのためよ) 


 十歳で婚約してから約八年間。それなりに穏やかで良い思い出もあったはずなのだが、やっぱり終わり方は大事だ。最後にどんな終わり方をしたかで今後の相手との関わり方が変わると言ったのは叔父だったか。

 的をいた言葉だと、今まさに実感するアレクシアは深くため息をついた。


(問題は、どう婚約を回避するかだけど……いや、ちょっと待って)


 ふと横を向くとちょうど部屋の窓がある。窓に映るのは見慣れない幼い自分の姿だ。目算だが、恐らく十歳あたりの自分。ウサギも十歳だと言っていた。ちょうど、アルフレッドと婚約したあたりだ。


「……ねえ、今って八年前のいつなのかしら?」

『さあ、そこまで細かく選べないわよ』

「リ、リーン! リーンはいる⁉」


 ウサギの言葉に非常に嫌な予感がしたアレクシアは、大慌てで侍女の名を呼んだ。驚くウサギを鷲掴むと、侍女が来る前に枕の下に押し込んだ。


「お嬢様? どうかなさいましたか?」


 大声で呼びつけたアレクシアに、目を丸くしたリーンがやって来る。ベットに座ったまま青ざめた様子のアレクシアに気づくと、大慌てで近づいてきた。


「どうなさったんですか、またお身体の調子が悪いのですか」

「リーン」

「はい、今お医者様をお呼びいたしますので、少々お待ちください」

「待って!」


 今にも踵を返しそうなリーンの裾を、アレクシアは引っ張って止めた。


「お嬢様?」

「リーンに確認したいことがあるのだけど」

「ですがお身体が」

「確認してからよ」

「……わかりました。何でしょうか」


 頑なな様子のアレクシアに、リーンは向き合った。


「私、変な夢を見てしまってちょっと混乱しているの。最近何か大事なことがあったかしら?」


 誤魔化すために漠然とした問いになってしまったが、主の不思議な問いにリーンは首を傾げながらも大きく頷いた。


「ええと、そうですね。先週、お嬢様はアルフレッド殿下とご婚約なさいました。それはそれは盛大な婚約祝いとなりましたので、きっとお嬢様はお疲れになったのではないかと。その後体調を崩してしまわれましたので」


 神妙な顔で告げられた言葉に、アレクシアは内心で頭を抱えた。


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