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1 自称女神は白ウサギ

「っ、はっ」


 止まっていた息を吹き返したように、アレクシアは呼吸を取り戻し、目を覚ました。


「こ、こは……」


 いつもと同じようで少し違う、微妙な違和感と懐かしさが混同した感触に、起きあがりながらアレクシアは混乱した。

 服の上から腹部に手を当てるが、刺されたはずの体に痛みはなく、背中から腹部に貫通していたはずの傷もない。


「……全部夢だったの?」


 その割には刺された瞬間の痛みと記憶が鮮明だった。大勢の前で断罪され、あげく狂気的な人間に襲われる恐怖を思い出し、アレクシアは震える体を抱きしめた。


「え?」


 不意に、抱きしめる手に違和感を感じて目を丸くした。


「ウ、ウサギ? なんでここに。それに手が、小さい?……」


 手に持っていたのは、幼い頃にお気に入りだった白い小さなうさぎのぬいぐるみだった。慌てて周囲を見渡す。

 手足が小さいことに加えて、調度品類が全て幼い頃に使っていたものに戻っている。幼い頃は桃色の可愛らしい装飾を好んでいたが、成長するにつれて薄紫や水色を基調とした大人しい装飾が好みになったため、途中で模様替えをしたのだ。それらが全てもとに戻っている。


(まさか)


 恐る恐るクローゼットに近づくと、姿見鏡の前に立った。


「うそ……」


 そこにいたのは、十歳ほどの幼い少女だった。


「な、なによこれ」


 姿見をどれだけ見つめても、それは幼い頃の自分だ。

 突然の事態に動揺するアレクシアは、確かめるように頬を触りながら、目の前の姿見を凝視した。すると、姿見の中にぼんやりと光る固まりが見え、息を呑んだ。


(後ろに、何かいる)


 夜明け前らしく薄暗い部屋の中に朧げに浮かぶ光の玉は、人の悪意に晒されたばかりのアレクシアには酷く不気味に見えた。


(なに、次から次へとなんなのよ)


 不意に、光の玉がたった今アレクシアを見つけたかのように近づいてきた。少なくとも、硬直するアレクシアにはそう見えた。

 突然殺されて、突然若返って、意味不明な光の玉が迫って来る。不可解なことの連続に、アレクシアの心は限界だった。


「い、いやあああああああ、こないでえええええ」


 アレクシアは腹の底から出る悲鳴を叫びながら、己の持っていた物を光の玉に向けて思いっきり投げつけた。


『あ、ちょっと、待って……ぷひゃあ!』


 ものすごく間抜けな声が聞こえた気がしたが、アレクシアに気にする余裕はなく、悲鳴を聞いて慌てて駆けつけてきた両親や侍女の姿に安心すると、気を失ってしまった。


 次に目を覚ますと、心配そうな顔をした侍女がアレクシアを見守っていた。渾身の声量だった自信があるため、明け方に相当驚かせたことだろう。

 その後、侍女と両親には怖い夢を見てしまったと言って誤魔化したが、ちょっと苦しい言い訳だったかもしれない。

 しかし、十歳程度であれば、まだギリ通用するはずだ。

 最終的には両親も侍女も納得してくれた。まだ少し休んでいるようにと言われたため、アレクシアは有難く横になった。まだ、自分に起こったことのあれこれが整理しきれないのだ。


(私は死んだはず、よね)


 そっとお腹に触れると、自分を貫いた剣の感触を思い出し震えた。


(お父様もお母さまも、お若かったわ。私、本当に過去に戻ったというの?)


 改めて見た手のひらは記憶よりもずっと小さかった。


(どうしてこんなことになったのかしら。あの光の玉はなんだったの)


 手のひらを握ったり開いたり、ぼんやりと天井を見ても答えはでない。

 日が昇った室内は明るく、昨夜感じた恐ろしさは消えていた。


「あ、ウサギ」


 横を見ると、枕元にうさぎのぬいぐるみがあった。侍女が拾っておいてくれたのかもしれない。片方の長い耳が、昨夜投げた拍子に曲がってしまったらしい。アレクシアは起き上がって人形をそっと拾い上げると、優しく撫でた。


「投げちゃってごめんね」

『全くだわ』


 突然響いた若い女性の声に、アレクシアは硬直した。


『ちょっと驚かせただけで、あんな酷い声あげなくたっていいじゃない。頭が痛くなっちゃったわ』


 手の中のぬいぐるみが、頭を抱えるようにしてしゃべっている。曲がったままの片耳を直そうと手を伸ばしているが、届いていない。


「きっ」

『ああ、待って待って叫ばないで』

「むぐっ」


 再び叫び声をあげようとしたアレクシアだったが、手の中から抜け出したウサギが飛びつくようにしてアレクシアの口を押えた。


『大声だしたら人が来ちゃうでしょ。子供じゃないんだから、落ち着いてちょうだい』


 やけに上から目線で話すウサギに、アレクシアは目を瞬いた。


『いい? 手を放すけど叫ばないでね』


 ウサギの言葉にアレクシアが頷くと、やれやれといった動きでウサギはアレクシアの口から手を離した。


「あ、貴方なんなの?」


 ふわりと目の前に浮かんだウサギに、アレクシアは恐る恐る問いかけた。


『ふふっ、私はね、女神様よ』

「…………」


 胸を張る仕草をするウサギに、アレクシアの目は点になった。


『驚いて声も出ないのね。そうよねそうよね。天上の女神に拝謁する機会なんて、私の気まぐれが起こらない限りないものね』


 上機嫌に語るウサギは、その場でくるりと一回転してポーズを決めた。それが外装のせいか妙に可愛らしく、アレクシアの気持ちはだんだんと落ち着いてきた。


『なんで女神様である私がこんなところにいるかって? それが重要よ。これから貴方には女神の僕として働いてもらうんだから』

「は?」

『拒否権はないわよ。貴方、自分が一度死んだって分かってる?』


 びしりっと指のない手を突き付けるように示してきたウサギの言葉に、アレクシアは息を呑んだ。


『冤罪を掛けられて、婚約破棄されたあげくに殺された。そして時間が巻き戻り、今、貴方はここにいる』

「……それが貴方の仕業だって言いたいの」

『だって本当にそうだもの』

「なんのためにそんなこと」


 揶揄うような声音で話し続けるウサギに、アレクシアはきつい口調で問いかけた。話を聞けば聞くほどに、目の前のウサギが胡散臭くてしょうがない。


『よくぞ聞いてくれたわ! 理由はね』


 勿体つけるように、ウサギが胸を逸らして耳を揺らす。


『この乙女ゲームを攻略するためよ!』


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