表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

プロローグ

「アレクシア・セシル・ノーリッシュ‼ クレヴァリー辺境伯令嬢の殺害容疑により、貴様を断罪する!」


 自身の婚約者によって高らかに宣言された内容に、アレクシアは愕然と立ち尽くした。

 全く身に覚えのない容疑だったが、周囲の人間にとってはそうではないらしい。気づけばアレクシアを取り囲むように出来上がっていた人垣の者たちは、みな冷たい視線でアレクシアを見下ろしていた。中には視線だけで殺されてしまいそうなほどの憎しみと怒気を向けてくる者さえいる。


「お待ちください! わたくしはなにもしておりません!」

「白々しいぞ、ノーリッシュ侯爵令嬢。貴様がフィリアに嫉妬し、たびたび陰湿な嫌がらせをしていたことは多くの者が知っている。高位貴族の風上にもおけない恥さらしが」


 それはお前らが、婚約者のいる身で違う女性と懇意にしたからではないか、という言葉は最早声にならなかった。

 フィリア・アーデル・クレヴァリー辺境伯令嬢は、国でも一二を争うほどに美しく愛らしい少女だった。純真無垢な心を持ち、まるで天使のようだと謳われ、多くの男たちから一心に愛されていた。アレクシアの婚約者だった第三王子のアルフレッドもまた、フィリアに心奪われた一人だった。

 フィリアとの関わり方がいち友人の域を超えていると、何度進言しても気にしすぎだと聞き入れてもらえなかった。そのため、進言する相手をフィリアに切り替えて注意した。クレヴァリー家とノーリッシュ家は遠縁にあたり、アレクシアとフィリアは幼い頃に面識があった。成長するにつれて疎遠になったため、学園で二人の関係を知るものはいないが、そのこともあり、フィリアはアレクシアの忠告を素直に受け入れたはずだった。

 しかし、何故かその場面を見た者たちから間違った噂が広まり、アレクシアがフィリアへの嫌がらせをしていると誤解されてしまった。

 誤解と解こうと奔走しているうちに、アルギーア魔法学園ではアレクシアが嫉妬からフィリアを害しているという噂がたち、彼女に傾倒している男たちからこぞって悪意と嫌悪を向けられるようになった。

 フィリアは否定して回ってくれていたようだが、返ってそれは火に油を注ぐ形になったようだ。

 そんな折、最悪なことにフィリアが何者かに殺害された。

 侍女と一緒に城下町に降りたフィリアは、買い物をした帰り、まだ日の落ち切っていない時間にも関わらず賊に襲われた。彼女の乗った馬車は中に居たはずの人間を失い、空っぽの状態で裏通りにて発見された。血痕が落ちていないこともあって誘拐かと思われていたが、後日、フィリアの無残な遺体が発見された。


(それでどうして私が犯人ってことになるのよ! 推理が飛躍しすぎよ)


 例え名ばかりの侯爵家長女であったとしても、ちょっと嫉妬した程度で人を殺めるほど、アレクシアは落ちぶれていない。


「わたくしは、婚約者のいる殿方と無暗に交流しないようにと忠告したのです。貴族としては当然のことではありませんか」

「だが、学園の人間に手を回してフィリアの持ち物を隠したり、茶会でフィリアを孤立させたりと陰湿なことをしていただろう」

「していません! それにその程度は生徒間のいさかいで済みます。ですが、殺めるなど。そんな恐ろしいこと、わたくしがするはずないではありませんか」

「どうだかな」

「腹の底では何を思っていることやら」

「なんて恐ろしい女だ」


 アルフレッドに加えて、周囲の男たちから返ってきたのは氷よりも冷たい声だった。

 彼らの中では、既に犯人はアレクシアで決定しているのだ。


「証拠はあるのですか。わたくしが犯人だという証拠が」

「もちろんだ。既に国王陛下に提出してある」


 周囲を見れば、人混みの最善列でアレクシアを囲んでいる男たちはみな、怖いくらい冷たい視線でアレクシアを見ている。暗く淀んだ瞳はまるで狂気だ。

 しかし、その背後にいる生徒たちの中には、好奇心むき出しの者、哀れむ者と様々な感情を含んだ瞳があった。

 彼らにとって、アレクシアは生贄なのだ。

 フィリアに傾倒し、狂っていった男たちの憎しみを一心に背負って舞台上から消える役者。この意味不明で空恐ろしい茶番劇の幕引きのための生贄だ。

 それがわかって、アレクシアは奥歯を噛み締めた。


(冗談じゃないわ。こんな意味の分からない茶番のためにわたくしの人生が振り回されるなんて)


 だが、この場でアレクシアに逆転する手はない。

 今日はアルギーア魔法学園の年度末祝いの夜会だった。生徒会が主催となっているこの夜会は、生徒主導であり教員たちはほとんど参加していない。そのため、この場を仕切っているのは生徒会長であるアルフレッドだ。


(一度撤退して、お父様たちと相談して対応を決める必要があるわ。どうせアルフレッド様との婚約は破棄される。こちらの非で破棄されるにしても、殺人罪まで被せられるなんて冗談じゃない)


 アレクシアは屈辱に耐えながら、淑女らしく美しく姿勢を正した。


「分かりました。それでは、わたくしはこの場に相応しくないようなので、退席させていただきます」

「待て」


 そのまま会場から退出しようとしたアレクシアをの首元に、恐ろしいことに抜き身の刃が付きつけられた。流石に驚いたらしく、周囲の御令嬢から悲鳴があがる。

 アレクシアも悲鳴をあげて飛びのきたい気持ちでいっぱいだったが、根性でその場にとどまった。


「なんのおつもりですか」


 声が震えないように必死に耐えたが、手が震えた。必死に冷静を装って背後から剣を向けてくる男に声をかける。

 剣を向けているのは騎士団長の息子であり、自身もアルフレッドの護衛として騎士見習いをしているゴドフロワ・ブラック・セヴァリーだ。夜会という場で無粋にも帯剣していた男だったが、まさか令嬢相手に剣を実際に抜くなど異常でしかない。


「逃がすわけがないだろ。殺人犯が」

「逃げたりなどしません。女性に刃を向けるなど、なんて野蛮な」

「口ばかりよく回る。だが、口車にのせられはしない」


 ゴドフロワに剣を向けられ立ち尽くすしかないアレクシアを、男子生徒が両脇から取り押さえた。見慣れない生徒たちだが、ゴドフロワに従っている様子から、剣術部関係の生徒たちなのだろう。


「離しなさい、無礼者。力づくで取り押さえるなんて騎士の風上にもおけませんよ」

「なんだと!」


 先ほどぶつけられた言葉をそっくり返してみたが、相手はわかっているのかいないのか、怒りをみせ怒鳴ってきたりと、最早呆れてため息がでそうだ。


「こんな真似をして、どうするおつもりですか」


 夜会で剣を抜いたのだ。震えそうになる体を必死に抑えて、アレクシアは正面に立つアルフレッドに問いかける。

 流石に剣を抜いたゴドフロワに驚いていたようだが、すぐに冷静さを取り戻すと、アルフレッドは左右に立つ男たちに視線を向けた。


「これ以上余計な工作をされないよう、控えの部屋に閉じ込めておけ。移送の準備が整ったら城に移送する。ゴドフロワは剣を下ろせ」

「はっ!」


 アルフレッドの命で、男子生徒たちは左右から強くアレクシアの腕を掴んで引っ張ってきた。男二人の腕力を前に、貴族令嬢など無力でしかない。衆人環視の中、引きずられるように連れ出されたアレクシアは、そのまま控えの部屋に放り込まれた。


「っ、礼儀のなっていないのはどちらなんだか!」


 放り出された部屋の真ん中で、アレクシアは悪態をつく。

 掴まれた腕は痛み、ドレスの内側はきっと跡がついてしまっているだろう。それほど容赦がなかった。

 一人きりになった部屋は、先ほどの喧騒が嘘のように静かだった。途端に、強がっていた心に心細さが襲い掛かって来る。


(とんでもないことになったわね。アルフレッド殿下もやってくれるわ)


 婚約者の氷のように冷たい視線を思い出し、アレクシアは唇を噛んだ。

 侯爵家と王家が交わした婚約だったし、決して愛し合っていたというわけでもない。それでも、未来の伴侶として、家族になるのだと精一杯友好的な関係を築いていたつもりだった。文字通り、つもりだったのだろう。

 フィリアが学園にきて一年で、あっという間にアルフレッドは変わった。他の男子生徒も同様だったが、まるで別人のような変わりようだった。


(わたくしじゃだめだったのね)


 辛く当たられてきたわけじゃない、でも、どこか他人行儀な笑顔を互いに向けていたのは確かだ。アルフレッドの心に踏み入れなかった。アレクシアもまた、踏み込ませなかった。互いに遠慮の壁を越えられなかった結果だったのかもしれない。

 しかし、だからといってここまでの仕打ちをされるいわれなどない。

 鉛を飲み込んだように重くなった胸を抑えていたせいか、アレクシアは背後で扉が開いたことに気づくのが遅れた。


「お前のせいだ……」

「っ!」


 男の声に驚いて振り返ると、会場でアレクシアを取り押さえていた男子生徒の一人がうつむき気味に立っていた。その手には先ほどゴドフロワに向けられたのと同じ剣が携えられており、アレクシアの聞き取れない声量でぶつぶつと何か呟いている。


(どうすれば……)


 ただならぬ雰囲気に嫌な予感がしたアレクシアだったが、狭い部屋の中では逃げ場がない。唯一の出入り口は男子生徒の背後だった。


「お前がフィリア様を…」


 そういって顔を上げた男子生徒の瞳には狂気が宿っていた。


「っ、誰か‼」

「お前が彼女を殺した!」


 アレクシアが声を上げるのと、男子生徒が剣を構えて突進してくるのが同時だった。

 咄嗟に右に逃げようとしたが、剣術を収めた男性と、ただの貴族令嬢では運動能力の差は顕著だった。すぐに追いつき捕まったアレクシアは次の瞬間、背中に強烈な熱と衝撃を感じた。


(熱い……痛い……)


 次いで痛みと共にせり上がってきたものが口から溢れ出し、力を失った体は糸の切れた人形のように地面に倒れ伏した。


(どうして……)


 大きな物音に気付いたのか、外にいた人間が部屋に入って来る音がした。途端に周囲が騒がしくなったが、アレクシアには自身の鼓動がうるさいくらいに脈打って聞こえ、何を言っているのか聞き取りにくい。アルフレッドの声も聞こえた気がするが、どうだろうか。


(どうして、わたくしがこんな目に)


 婚約破棄だけでなく、大勢の前で罪人として断罪され、あげくに罪状が確定する前に殺されるなどあんまりだ。

 しかし、理不尽に対する怒りや悔しさを感じるものの、アレクシアが考えられたのはそこまでだった。とめどなく血は流れ、あっという間に熱を失っていった体は、医師が到着する前に命の鼓動を止めた。

 そうしてその日、フィリア・アーデル・クレヴァリー辺境伯令嬢を殺害したとして拘束されていたアレクシア・セシル・ノーリッシュは殺害されたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ