眠る英雄
グラディが寝てから、ちょうど一日が経った。
しかし、未だ目は覚まさず、起きる気配も見せなかった。
リフュレスはいつまで経っても起きないグラディを心配して、地下室にもう一度見に行った。
しかし、グラディは目を覚まさなかった。
リフュレスは大樹にグラディを運んだ。
目を覚まさないグラディを見て、ホピリスもリレイヤも心配していた。
その時は焦っていたが、だんだんと2人は落ち着いてきた。
「まだグラディは目を覚まさないのね」
リレイヤは心配で何度もグラディの様子を見に来ていた。
リフュレスの膝に眠るグラディ
リレイヤは、数時間に一度、早い時は長針が一周する前に見に来ていた。
「無理させすぎたかもしれないわね、グラディはここに来てから休み無しみたいなもんだし」
リフュレスはグラディの頭を撫でながら言った。
「もし、このままグラディが目を覚まさなかったら」
リレイヤは涙をためていた。
「そのような縁起でもないことを言わないの、グラディがそう簡単に倒れるわけが無いでしょ。今はホピリスを待ちましょう」
口ではそういうが、リフュレスも最悪の未来を想像しているのだろう。
2人は無言でグラディが目覚めることを祈りながら、最悪な未来も想像していた。
「やっとわかったぞ、リレイヤ様」
ホピリスが部屋の扉を押し開ける。
「グラディは絶望の闇に飲まれている」
『絶望の闇』
絶望に染った時に見る夢
その夢は光を照らされない限り、永遠と覚めることは無い。
光を照らせる力を持つのは人間族唯一の力である
「そんな、人間族は今グラディを目の敵にしている。そんな状態で力を貸してくれるわけがない」
リフュレスのその言葉は3人に絶望を与えるのに十分だった。
「じゃあ、もう二度と目を覚まさないの、未来は閉ざされてしまったの」
「俺が認めた弟がそう簡単にくたばってたまるか」
3人の沈黙をつきやぶるその声は、グラディが尊敬する人間族の英雄の声だった。
勇者はグラディに歩を進める。
歩く度に腰に提げる剣が揺れる。
「勇者ホリレスト!?あなたは死んだはずじゃ」
そう、勇者ホリレスト。
勇者は死んだはずだった。
しかし、そこに立っているのは紛れもない勇者のその姿だった。
3人は戸惑いながら、勇者の歩を見ていた。
眠るグラディにホリレストは手をかざす。
「我が名ホリレストの力を使い、未来への架け橋となる英雄グラディバスディアの闇を祓え。輝く眼差しをもう一度開け」
グラディにかざした手から眩い閃光が放たれた。
その閃光はグラディの身体の中から闇を祓った。
グラディの目が動く。
瞼が開き、これまでの黒い目とは違い、右目は黄色に輝いていた。
「何が起きたんだ」
何も分からなくて、困惑するグラディ。
「起きたかグラディ、見違えたな」
ホーリーはグラディの手を引いた。
立ち上がったグラディに大粒の涙を流しながら、リレイヤは抱きついた。
「良かった、良かった。グラディ、おかえりなさい」
「仮にも俺の恋人なのに、そんなに熱い抱擁をされると妬けちまうな」
「あっごめんなさい」
顔を真っ赤にしながらすぐにリレイヤは離れた。
「ふふっ、嘘だよ。俺の言った通り自慢の弟だろう?」
グラディの目の前には、死んだと思ったはずの尊敬する英雄だった。
「ホーリー、ホーリーなのか」
俺の目の前にはもう二度と出会うことは無いはずの親友の姿があった。
「グラディ、改めておかえり。さぁ早速戦おうか」
これは紛れもないホーリーだ。
「ここで暴れられたら私が困るのよ!」
リレイヤは泣きながらも、自らの国を守った。
「というか2人が恋人ってどゆこと?」
ホーリーとリレイヤは「あ」という表情をして、顔を見合せた。
「その、私たちは付き合ってて、そのグラディのことを知ってるのもそこの繋がりでえっと」
普段の男勝りなリレイヤが言い淀んでいるのを見ると微笑ましい。
「ふふっ、2人は民に隠れて付き合っているのよね。まぁほとんどのエルフ族、妖精族は知ってるんだけどね」
ホピリスもうんうんと頷いていた。
「え?知られてるの!?」
リレイヤは隠し通せていると思っていたようだ。
いや、俺は気づいていないから、ちゃんと隠そうとはしていたんだろう。
「勇者様がここに来た時はあからさまに機嫌いいし、勇者が死んだという情報が入った時一週間の仕事全部放棄して泣いていたじゃない。勘づかない方がおかしいわよ」
リレイヤはまた顔を真っ赤にした。
「まぁそれは置いといて、ホピリス様、グラディの力を伸ばしてくれてありがとう。人間族を代表してお礼を言わせてくれ」
胸に手を当て、上品に頭を下げた。
ホピリスも珍しく照れていた。
「そして、リフュレス様息災でしたか。私はお会いしたことがありませんでしたが、先代より話はお伺いしております。グラディの身を案じて頂き感謝申し上げます」
こういう姿を見ると、本当に人間族を代表する勇者であると実感する。
「勇者のスキルのひとつに、『未来予知』があるはずなのだけれど、それで見えなかったのかしらね」
少し意地悪な顔をしてリフュレスはからかった。
「申し訳ありません、全て未来予知で知っておりました。それにつきまして、あなた達3人を信頼してお話したいことがあります。グラディも聞いてくれ」
部屋を移動して、リレイヤ、リフュレス、ホピリス、ホーリー、そして俺の5人で円卓に座る。
「私としては信じ難い事でしたが、五大国会議で話した、リーズィーという終焉の神の手先は人間族である、ジルラギルであるということは確定しました。」
そんな、ジルラギルさんが。
「証拠は2つ、まず最初に私に刃を向けたのはジルラギルでした。リミュのグランドスキル『闇渦門』により、魔王城は闇に染まりました。その間に私とリミュは1歩たりとも動いていません。その時に私の目に映ったのは、リミュの剣を抜くジルラギルでした。瞬く間に私の背中に周り、剣を刺しました。そのため、リミュが私を刺したというのは完全なるデマです。しかし、その事実が広まらなかったのは、ジルラギルの信頼の高さでしょう。恥ずかしながら我々はジルラギルに最大限の信頼を置いていたので」
あの時感じた、違和感はこれか。
リミュはホーリーの姿を見てすぐに、自分の腰を確認していた。
だから俺も、やっていないと信じていたんだ。
「そして、もうひとつ。今現在魔王リミュオーバはジルラギルの洗脳にかかっています。近々リミュオーバは我々の敵となりて、立ちはだかります。そのため今すべきことは皇帝、将軍とも手を組むことです」
リミュが敵に、ジルラギルさんは終焉の神の手先。
信じたくない。
「グラディ、お前の力も必要だ。ぜひ皇帝、将軍と会ってくれ」
そう言ってホーリーは頭を下げた。
「頭を下げないでよ、尊敬する兄の頼みなんて断るわけが無いでしょ」
今は、嘘を願うよりも、リミュを救うんだ。
「グラディ、占いを覚えてる?あなたは確かにリミュを斬る。だけど魔王はそんなやわじゃないわよ」
リフュレスがそう言うなら安心だ。
ホーリーは満面の笑みを浮かべながら顔を上げた。
その顔は何故かいつもより笑顔に感じた。
「ホーリー、兄って言われて嬉しいのダダ漏れよ」
リレイヤは少し呆れていた。
ホーリーは顔を赤らめて、
「だって、いざ兄って言われると嬉しいんだもん」
顔を覆い隠して照れている勇者に威厳は無いな。
その姿を見て、吹き出してしまった。
「ホーリー、じゃあもう1人の兄も助けないとね」
ホーリーと覚悟を決め、皇帝と将軍にアポを取る。
その会議は1週間後。
その間に俺はホピリスにスキルを、ホーリーに剣技を教わった。
日に日に強くなる自分を実感する。
「リミュオーバ、私の駒となり、終焉の神を目覚めさせるのだ」
リミュオーバの目は怪しく光り、ジルラギルいやリーズィーは口角をあげ、牙を覗かせた。