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物置小屋のハリエット

 娘の名はハリエット・デルッセン。


 地方の小さな貴族家デルッセンに生まれた。


 父親はこの町の領主だが、母は平民の出身で、貴族を母に持つ腹違いの兄にはあまり好かれていなかったが、優しい両親のもとで幸せに暮らしていた。

 

 両親の心配は、彼女が珍しい治癒魔法の才の持ち主で、しかも生まれながらにして魔法を使う事ができるという点だった。


 ハリエットの両親は彼女を無理やり奪われる事をおそれ、それを秘密にするよう彼女に教えた。


 それがいけなかったのだろう。


 ハリエットが13才になったある日、両親は夜会の帰り、馬車が事故を起こして死んでしまった。

 増水した川に流され、2人とも死体すら見つからなかった。


 跡を継いだ母親違いの兄は、ハリエットをすぐさま屋敷から追い出し、庭師の家のそばの物置小屋へと住まわせた。


 そして自分は、喪が明けぬうちから結婚。

 相手は、裕福だが病気がちで体が弱く、嫁ぎ先のなかった子爵家の娘で、少しでも長くそばにいたいから、と式も挙げずに屋敷へ招いた。

 そしてその病気の妻の治療をするのは当然ハリエットだ。


 それも、じっくりと治していくのではなく、死なない程度でいいとばかりにごくわずかな時間しか会わせない。


 ハリエットの兄には他に恋人がおり、裕福な実家を持つ妻に死なれては困るが、元気になられてもまた困るのだった。



 妻の前では善良なフリをし、ハリエットのことは森に住む胡散臭い女で金に汚いと説明し、治療をしっかりしないのはハリエットに罪があるように見せかけた。


 それでも、夜中に妻が苦しみ出して屋敷が騒がしくなると、途端に機嫌を悪くしてハリエットへ暴行を加える。


 理不尽だが、誰もこの暴君に逆らえなかった。







 




 そんな生活が数ヶ月続いたある日、屋敷を訪ねてきた人物がいる。

 

 

「お嬢様、今日はお屋敷のほうへ来てはいけませんよ」



 両親が生きていた頃からよくしてくれるメイドの1人が、昼食を届けてくれながらハリエットにそう言った。

 


「わかったわ。何かあったの?」


「首都から侯爵様が訪ねて来られるんだそうです。お亡くなりになった大旦那様と大奥様には、以前からお付き合いがあったとかで。大事なお客様だから粗相のないようにと。もしも何かあったら、旦那様は何をなさるか想像もつきません。お嬢様は決して旦那様の目につくところにはいらっしゃらないでくださいね」



 真剣な表情で手を握りながらそんな事を言われて、ハリエットはありがたくて涙が出そうになった。


 両親が事故で死んでしまってから辛いことばかりだが、こうして気にかけてくれる人もいる。

 そう思うとハリエットはまだこの先に希望が持てるのだった。



 実際、屋敷のうちとはいっても庭の小屋に若い娘が1人だ。

 よくない考えを持つ者もいないではなかったが、庭師の夫婦が小屋のそばに犬小屋を作ってくれたため、難を逃れたという事もあった。


 また不思議と、そういうたちの良くない人物は、ハリエットのそばに近づこうとすると災難に見舞われたり悪事が見つかったりするのだ。


 使用人たちは、先代領主夫妻が彼女を守っているのではと噂した。


 多くの使用人たちにとって、今どんな扱いを受けていようとハリエットは先代領主の娘である。

 しかしそれを理解できない者もいるのだと、誰もが彼女の身の上を案じ、けれど何もできずに歯痒い思いをしていた。







 ハリエットは、昼食を終えて皿を片付けながら、畑の世話でもしようかと考えていた。

 すると屋敷の方から何やら騒がしい声が聞こえてくる。


 誰かこちらへ向かってきているようだと、彼女は動揺した。


 何かあって、また兄になじられ、暴力を振るわれるのだろうか。


 いっそ庭のどこかへ隠れてしまいたい衝動に駆られたが、そんなものは結局一時凌ぎだ。

 あとでさらに酷い目にあわされるに違いない。


 ハリエットは諦めて、何かがこの小屋を訪れるのを待った。


 と、小屋の戸が優しくノックされる。



「失礼、ハリエット・デルッセンご令嬢はご在宅でしょうか?」



 その穏やかな声と内容に、ハリエットは目を丸くする。

 兄ではない。それは知らない声だった。


 恐る恐る戸を開けると、そこには金髪碧眼の美丈夫が立っていた。


 白い手袋をした手で帽子のつばに触れ、彼女を優しく見下ろす。



「初めまして、ご令嬢。お父上の名代でやって参りました。ご夫妻は今、首都で療養中です。ああ、といってもお怪我はありませんよ。錬金術師の作るポーションでお元気でいらっしゃいます。ご令嬢のことを心配しておいでですので、ご一緒に首都へいらしてはいただけませんか?」



 ハリエットはパチパチ、と何度も瞬きをした。

 目の前の男性が大天使のように美しかったから。

 そして、両親が生きて首都にいると、元気だと言われたから。



「あの、あの」



 何か口にしなければ、と考えてかわりに涙がこぼれた。

 大天使が真っ白なハンカチを差し出してくれる。



「大丈夫、もう大丈夫ですよ」



 ハリエットはその白いハンカチを受け取ると必至で泣き声を殺してうずくまった。










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