思わぬ遭遇
雑貨店や書店巡りをした後、昼食を取ったボク達は洋服店に足を運んだ。
別に今は欲しい服はないんだけど、優奈が夏物の安売りが始まってるから覗きたいとの事。
色々と見て回って、これといって目ぼしいものは見当たらず、先日新しくできた店に入る。
商品の品出しをしている、女性の店員さんとボクの目が合う。
すると彼女は、手にしていた服をガシャーンと床に落としてしまった。
カジュアルな服装にエプロンを身に着けた、黒髪にピンクのメッシュを入れている中々にオシャレな20代前半の女性。
目を大きく見張り、女性は小さな声で呟く。
「キミは純白の……」
「あのー、大丈夫ですか?」
真っ直ぐに歩み寄って落ちた服を拾い、未だ呆けている彼女に差し出す。
そこで女性は正気に戻ったらしい。
慌てて「ありがとう!」と礼を言って服を受け取り、脱兎のごとく店の奥に消えた。
一体何があったというのか。
困惑しているボクの横では、何故か親友二人が分かると言わんばかりに頷いていた。
「まぁ、星空を初めて見たらあんな風になるわよね」
「どこのお嬢様が来たんだってなるよな」
「それはちょっと大げさすぎない?」
過大評価すぎる二人にツッコミを入れながら、つま先をレディースコーナーに向ける。
並んでいる下着達をチラ見したら、隣りにいた優奈が嬉しそうに肩を掴んだ。
「そうだわ、そうだわ! 星空は女の子になったんだから下着を身につけなきゃ!」
「星空の下着姿だと!?」
「あー、そういえば……って龍華、鼻血出てるよ!」
一応スポーツブラはしてるけど、それは女装用であって今の身体に合わせて買ったものではない。
興奮している龍華を優奈に押さえつけて貰っている間に、採寸をしてもらうため店員を探す。
「店員さ────ひっ!?」
すると先程の女性が、何故か物陰からこっそり見るようなスタイルでいた。
余りにも不審な姿。びっくりして悲鳴を上げそうになると、彼女は慌てて弁明した。
「ち、違うんだ。白髪のお嬢さんが美しすぎて、遠くからつい観察してたんだ!」
「分かるわ、私もこうして近くにいるとつい抱きしめたくなるもの」
「なんだ、オレ達の仲間か」
この綺麗なお姉さん、見かけによらず変態なのではないか。
意気投合する優奈と龍華と店員さん、自分は身の危険を感じながらも採寸をお願いした。
「お、お願いします……」
「ま、任せてください……」
やや興奮気味な事に恐怖心を抱かされるが、彼女は壊れ物を扱うように丁寧に測り。
サイズは当然、貫禄の──Aだった。
初めて測ってもらったけど、メジャーを手にした店員さんの目が血走っていて中々に怖かった。
測り終わってからは試着をしてみて、気に入ったのを上下合わせ何着か購入してみた。
前はアレがあって下は買えなかったから、なんだか不思議な気持ちになる。
頬を緩めると、袋を胸に抱きしめた。
次は優奈の買い物に付き合う流れなのだが、何故か三人に薦められて自分も試着する事になった。
店員さんが服を持ってきて、店内はさながらファッションショーと化す。
親友二人と店員さんが、一緒に歓声を上げる光景は苦笑いするしかない。
恥かしいと思いながらも、カジュアルな服から今度はガーリー系の服に着替える。
モデルの真似はできないので、はにかんで笑うことしかできなかったが。
「良いぞ、可愛いぞ!」
「ああ、生きてて良かったわ……っ!」
「ああああああああああああああああ」
もはや、どうツッコミを入れたら良いのか分からない。
普段いがみ合っている龍華と優奈は、にこやかに揃って拍手をする。
店員さんは涙を流しながら、語彙力を喪失し拝んでいる始末。
余りにも酷い惨状に、店に入ってきたお客さんがびっくりして回れ右をしていた。
そして猛者は三人の後ろに参列し、まるで授業参観にやって来た親のように後方腕組みで頷いている。
噂が広まったのか何なのか、人数は徐々に増えていき数十人くらいにまで上った。
店は大丈夫なのかな……。
レジには別の店員さんが立っているが、やれやれという感じの眼差しを女性に向けていた。
注意をしないところから察するに、女性は店員よりも上の立場なのかも知れない。
果たして仕事を放棄して、こんな所で遊んでいて大丈夫なのか。
本人が幸せそうなら、問題は無いのかも知れないけど。
ファッションショーから解放されたのは、店に入って一時間くらいが経過した後。
何着か龍華と優奈がボクに買うと言ったが、それを聞いた女性が「アタシのおごりだ!」と、着た服のほとんどを大きな袋に詰めて渡されてしまった。合計した金額は、どう考えても数万という単位では収まらない。
「こんなに沢山、受け取れません!」
「大丈夫、こう見えてダンジョンで稼いだ貯金があるから!」
「で、でも……」
「言いそびれてたけど、実はキミのファンなんだ。良いものを見せてもらった。その対価として是非とも受け取ってほしい!」
こうまで言われては、受け取らない方が失礼になってしまう。
紙袋を手にしたボクは、満足そうな顔をする彼女に今更だけど名乗る事にした。
「わ、わかりました。……えっと、ボクの名前は睦月星空です。星空って呼んでください」
「アタシは夏野守里、守里で良い。今後ともごひいきにしてくれると助かる」
「守里さん、ありがとうございます」
「こちらこそありがとう、星空」
友好の証として、強く握手を交わす。
かなり変わってるけど、彼女は優しくてとても面白い人だと思った。
その後には優奈と龍華も名乗り、ボク達はまた来ることを約束して店を出た。
夕暮れの空に、先程まで幸せそうだった女性の叫びが響き渡る。
「せっかく星空と知り合いになれたのに、連絡先聞くの忘れてたああああああああああああああああ」
「まったく、守里さんは詰めが甘いですねぇ」
地面に両手両膝をつく同僚に、赤髪の少女──秋乃知恵は呆れた顔をする。
ここに彼女が到着したのは、実に一分前の事。
仕事を終えてやって来たら、同僚は店の前で土下座みたいな格好でいた。
打ちひしがれている理由は、本人が口にした通りだ。
せっかく〈ガンブレイダー〉の少女と会えたのに、連絡先の交換を忘れていた凡ミス。
実に愚かとしか言いようのない体たらくに、知恵は大きな溜息を吐いた。
「でも守里さんは、目先の事にしか頭が働かない単細胞だからしょうがないですよね」
「オマエ、ちゃんと聞こえてるからな! くそ可愛い顔で辛辣な事を言いやがって、良いぞもっと言ってくれ!」
「ちょっと、面倒なスイッチ入れないで下さいよ」
やや興奮気味な守里に、心底嫌そうな顔をする。
距離を取ると、彼女は仕方がないと言いながら立ち上がった。
「それでここに来た目的はなんだよ、その様子だと晩飯の誘いじゃないだろ」
「もちろん、ダンジョンで発生している例の件です」
「あー、あの件か」
話を聞いた守里は真面目な顔をする。
普段からドM発言が止まらない彼女が真剣になるあの件とは、第一層で出現する異常に強い騎士型モンスター達の事。
朝と夜を問わず神出鬼没のコイツ等は、エンカウントしたプレイヤーを襲う。
それだけなら別に問題視されないのだが、なんとコイツに倒されたプレイヤーは1か月間もログイン不可となる恐ろしい呪いを受ける。
解除するには前記の通り1か月間待つか、誰かが呪いを与えたモンスターを討伐するかの二択しかない。
その災厄の名は──〈カースガーディアン〉。
普段は最前線にいる守里達がスカウトの場にいたのは、それに対処するためでもあった。
「1年前から攻略を邪魔するために現れるダンジョンの怪物、推しには指一本触れさせないぞ!」
「こうやって普段から真面目だったら、変態タンクって言われないのに……」
買い物に来ていた守里のファンである上位プレイヤー達は、全くその通りだと無言で頷いていた。