バトル・ダウン・倒錯SМプレイ
名は体を表す
ヴァルハリエ家の、普段は使用されない大食堂。
急遽、カティア様をお招きしての晩餐会が開かれることになったので、急いで用意したのだ。
…………といっても、この屋敷に人は3人しかいないのだが。
「いや~…………ワンコ君、料理も出来たんだね」
「リーンお嬢様の奴隷として、当然の義務です」
「ねぇねぇワンコ君、うちで働く気はないかい?給料弾むよ~?」
「ちょっとカティ、ヘッドハンティングはやめてもらえるかしら?」
「申し訳ありませんが、お嬢様以外の人間に仕える気はございません。お断りさせていただきます」
「…………ちょっとしたジョークのつもりだったんだけど、本気にされちゃったか」
「言い忘れていたけど、カティ。基本的に、クロに冗談は言わない方がいいわ。命令されたこと全てを真に受けて実行する、希代にして生粋の冗談潰し。それがクロよ?」
口の端についたソースをナプキンで拭いながら、そんなことを嘯くお嬢様。
褒められているのか貶されているのかわからないが、可憐だ。
頃合いを見計らって皿を下げ、厨房へ運ぶ。
皿洗いはあとでするか。
「クロ、お風呂に入りたいわ。準備してちょうだい?」
「そう仰られると思い、すでに済ませております。どうぞ、ごゆっくり」
「カティ、久しぶりに、一緒に入りましょう?」
「あ~……………ボクは遠慮しておくよ、リーン」
「そう?残念だわ?」
おどけたように言って、リーンお嬢様が浴室へ向かった。
テーブルを拭き、皿を下げ、後片付けに移ろうとして。
「ねぇ、ワンコ君。少し、真面目な話をしてもいいかな」
「カティア様。どうかなさいましたか?」
「単刀直入に聞こう、君は一体何者なんだい?」
「何者…………と言われましても、リーンお嬢様の奴隷としか」
「違う、そうじゃない。ボクが知りたいのは、君という人間が形成された過程…………君の過去だ。そこらの貴族以上の教養と知識に加え、屋敷の管理を一人でこなす業務処理能力。その上、戦闘力も高いときた。なのに身分はただの奴隷。契約条件は、御世辞にも良好とはいえないものだ。はっきり言って、君はチグハグ過ぎる。もちろん、ワンコ君がリーンに信頼されていることは知っているし、君はリーンの役に立っている。でも、君がリーンを裏切らないと決まったわけじゃないんだ。ボクは、君が信用できない」
………………なるほど、確かに一理ある。
感情論抜きの理屈で言えば、俺がリーンお嬢様の命令を聞く理由はどこにもありはしないのだから。
だが。
「俺は、リーンお嬢様から全てを頂きました。人並みの生活も、幸福も、生きている意味も、自分のなすべきことも、全て。…………それに、カティア様も、リーンお嬢様が何をなさろうとしているかは、ご存じでしょう?」
「…………この国の転覆と貴族制の崩壊、だよね?」
「ええ。ここからは、俺の個人的な願望ですが…………俺は、リーンお嬢様が世界を変える瞬間を、この目で見てみたいのです。あの人には、世界を書き換える才能がある。どうしようもないくらいに人を惹きつける才能がある。俺は、リーンお嬢様がどう生きるのかを知りたい」
ここ数日であらためて思い知ったが、この国は腐っている。
上昇志向もクソもない貴族は完全に腐敗し、自浄機能など、とうの昔に失っている。
とはいえ、被搾取側の人間に体制を崩壊させるだけの力があるかと言われれば、それもない。
金も気力も体力も奪われ、疲弊しきった民衆に、統率の取れた反乱を起こすだけの余力はない。
よしんば反乱を起こせたとしても、本職の軍隊に殲滅されるのがオチだ。
それに、集団ができたとすれば、必ず他人よりいい思いをしようとする裏切り者が出る。
そうなれば、反乱は終わりだ。
犯罪奴隷として売られるか、処刑されるか。
どちらにせよ、この国の民衆だけで体制を打倒することは出来ない。
………はっきり言って、あと半世紀もせずにこの国は沈む。
今の帝国が軍事を拡大し続けているのも、ろうそくが消える前に大きく揺らぐようなものだ。
だが、それを少しでも早めて、その上で体制を一新する、その反乱劇は、きっと、とても面白い。
「俺はただ、お嬢様がどのように世界を塗り替えていくのかを間近で見ていたいだけです」
「………つまり、リーンに仕えること自体が、君からすれば報酬になっていると、そういうことだね」
「はい、その通りです」
「わかった。君の言うことを信じよう。せいぜい、リーンを大切にしてやってくれ。…………あの娘は、ああ見えて弱いところがある。君が守ってくれるなら、幸いだ」
「誰が弱いのかしら?」
いつの間にか、リーンお嬢様がいらっしゃった。
不機嫌そうに眉をひそめ、俺たちを睨め付ける赤色の瞳。
可愛い。
いや、そうじゃなくて。
和ましい。
いや、そうでもなくて。
「………まぁ、いいわ。クロ。一ついいかしら?」
「なんでしょうか、お嬢様」
「アナタが私に忠誠を誓ってくれるなら、私は、アナタに新しい世界を見せてあげる。せいぜい、頑張りなさい?」
「………かしこまりました、リーンお嬢様」
「ねぇ、リーン。ボクは?」
「これまでどおり、友達でいてちょうだい?一緒に世界征服しましょう?」
「それ、遊びに誘うようなノリで言っていいセリフじゃないと思うよ?国家転覆とか反逆罪モノだし」
溜息を吐いたカティア様が、「そもそも皇帝陛下に忠誠誓ってないけど」と呟いた。
リーンお嬢様は別として、大公爵家の娘がこの態度。
どうやら、皇帝の求心力は思った以上に低いらしい。
これなら、国家転覆も比較的楽に行えそうだ。
問題は、どうやって国を動かしていくかだが…………
「あっ、そうだ。ワンコ君、ちょっと、頼んでいいかな?」
「なんでしょうか」
「明日、ちょっと訓練を手伝ってもらいたくてさ、対戦お願いしていいかな?」
………………ふむ。
「お嬢様、よろしいでしょうか?」
「私の命令に反さないなら、カティの指示には従いなさい。悪いようにはされないわ?」
「あっ、そこはリーンが最優先なんだ」
「クロを引き抜かれたら困るもの。私、生活できなくなるわ?」
「いや、引き抜かないけどさ………………」
「では、リーンお嬢様。俺は屋敷の清掃があるので、ここで」
「頑張ってらっしゃい、クロ。終わったら、骨でも食べさせてあげるわ?」
「ありがたく存じます、お嬢様」
「………………リーン。ワンコ君ってさ、一応、人間なんだよね?実は獣人とか、人造人間とか、そんなオチじゃないよね?」
冗談混じりなのだろう、苦笑いしながらうそぶくカティア様。
俺だって、嘘をついてるわけではないので、多分、セーフだろう。
「まさか。クロはれっきとしたヒトよ?そうよね、クロ?」
「はい、お嬢様。[龍を祀る民]出身のヒトです」
椅子に深々と腰かけたリーンお嬢様が、妖艶に笑い。
「お手」
「バゥバゥ」
「お座り」
「ハッハッハッ」
「3回まわってワン」
「ワン!!」
「空中2段錐もみ跳躍」
「ガルルルッ!!!」
「ほら、どこからどう見ても立派な人間でしょう?」
「まさかの調教済み!?というか、最後のなにさ!?」
空中2段錐もみ跳躍です、カティア様。
「…………で、これはどういうことですか?」
「どうって………見ればわかるよね?」
国立士官学院、訓練場。
ニヤニヤしながら佇むカティア様と、その隣で所在なさげな様子のミカ様とアサカ様。
察するに、巻き込まれたか。
「あいにくと、ボクは1対1の戦いが苦手でね。助っ人に来てもらったのさ」
「えと……………すいません、クロさん。断り切れなくて」
「本当に、申し訳ない」
「別に問題ないと思うよ?ワンコ君、とっても強いし」
「まぁ………そうですけど」
「いや、しかし、3対1というのは、あまりにも」
「アサカ様。恐らく、5対1になるかと」
「へ?」
不思議そうな顔をしたアサカ様を他所に、斧と盾、散弾銃を装備。
深呼吸一つ、意識を研ぎ澄まして。
「クロ、勝ったら褒めてあげるわよ?」
「ーーーーーッ!?」
嗤うようなその言葉に、脳が蕩けた気がした。
勝ったら褒めていただける。
『勝ったら』『褒めていただける』
リーンお嬢様に、褒めていただ。
「ああ、それと」
「これは独り言だけど」
「私が満足する試合を見せてくれたら」
「頭を撫でて、抱きしめてあげてもいいわね?」
よし。
「是が非でもッ、勝つしかねェよなぁ!?」
「…………クロ、殿?」
「……………リーン、君、どんな調教したんだい?」
「あら、何もしてないわよ?」
「あの、なんか、殺気立ってないですか?」
「コレ、アレだよ、鼻先のニンジンに釣られた馬だ。しかも暴れ馬だ」
好き勝手なことを言う3人組と、妖しく笑うリーンお嬢様。
見物に来た生徒たちがざわめきだす中、武器を構えて。
「それじゃあ、始めなさい?」
「死ィに、晒せヤアァアアア!!!」
乾坤一擲、突進しざまに振り下ろす斧の一撃は、3人組全員を通り過ぎて地面に着弾した。
5メートルサイズのクレーターと、握りしめた掌の中で砕け散る斧。
脆い道具だ。
使いモンにならん。
魔力を集中させて。
「武具創成・鉄骨丸!!」
虚空から引き抜くは、長さ2メートル、重量150キロちょっとのH字型金属棒。
ズシリと重たいそれを、空気を引き裂くように振るい。
「シャラァアアア!!!」
「キィイエストォオオオ!!」
跳躍し、斜め上から叩きのめす一撃が、真っ向から受け止められた。
鞘に納められたままの長剣─────確か、日本刀だったか─────が鉄骨を弾き、返す一撃を大盾で受ける。
突っこんできたアサカへ鉄骨を繰り出し、薙ぎ払い、無理矢理に距離を取らせた。
散弾銃を突き出して。
「狩猟霊」
「温いッ!」
「迎撃します!!」
獲物を追い続ける魔弾が、二丁拳銃の射撃と太刀の一振りに蹴散らされた。
かと思えば、とっさに構えた盾を揺らす衝撃。
先日の訓練で受けた特殊弾、その上位互換といったところだろう。
生身で喰らえば痛そうだな。
定石に従うなら後衛から潰すべきか。
大きく、息を吸い込んで。
「ガ ァ ア ア ァ ア ア ア ッ !!!」
悲鳴も、苦悶の声も、銃声も、全てを飲みこむ龍の咆哮が炸裂した。
咆哮。
喰らった人間の精神の均衡を乱し、周囲の魔力の流れを変化させることによって、精密な魔術の操作を不可能とする、龍種属性の初歩魔術。
ビリビリと大気が震え、渦を巻いた周囲の魔力が、俺を中心に収束していく。
瞬間、俺の耳が風切り音を捉え。
「≪踊れ≫プルチネッラ、≪語れ≫カピターノ」
大盾ごと俺を吹っ飛ばす打撃と、隙をついた刺突の連撃。
鷲鼻の黒仮面をつけ、白い外套を羽織ったシルクハットの人影と、ベアスキン帽をかぶり、紅色の軍服を着込んだ、剣のような四本腕の人影。
カラカラと、僅かな駆動音を漏らすソレは。
「やっぱ隠してたか、カラクリ人形」
「…………ほんと、どんな眼してるのかな?普通気づくはずないんだよ?コレ」
内部に魔力炉を組みこんで出力を確保し、操縦者の指と接続された特殊な糸を操作することで戦闘を行う人形兵。
本来なら、糸を切れば終了する、取るに足らないザコだが、恐らくは、カティア謹製の一品もの。
油断は禁物だろう。
付与・鱗と膂力強化を発動して。
「一文字」
鞘による横薙ぎの打撃を鉄骨で受け、散弾をぶっぱなす。
割りこんできたプルチネッラとカピターノを大盾で叩き伏せ、至近距離からの射撃に鉄骨殴打のカウンター。
沈みこむようなステップで回避したミカを、力任せに振った銃身で吹き飛ばす。
三人の手が塞がった瞬間、鉄骨を地面に突き立てて。
「石筍群」
「あぁ!?酷いっ!!」
圧縮硬化した大量の岩棘が、マリオネット2体を粉砕した。
割と余裕のありそうな悲鳴と、まき散らされる歯車。
これ以上何かやられても困るし、とりあえず、カティアから仕留めるか。
銃弾を盾で弾き、牽制の散弾。
鉄骨丸を担いで突貫し。
「連携攻撃・捕獲網!」
「手伝います!特殊弾装填:重金属弾!」
空中で投網のように展開した操り糸と歯車群が俺の四肢を拘束し、右膝を撃ち抜く銃弾の一撃。
にらみつけた視線の先で、無数の歯車が、ガラガラと音を立てて噛みあい。
「これでも喰らえっ、起動・歯車巨砲!!」
「怪力線」
「えっ、ちょ、待っ」
「あっぶないってうわぁあ!?」
両目から撃ち出した魔力の光線が、放たれた鋼鉄の弾丸を貫き、射線上にいたカティアを戦闘不能に追い込んだ。
慌てて極光を躱したミカが走り、直後、地面に倒れこむ。
訓練開始と同時に発動しておいた、無底沼。
脱出しようと藻搔けば藻掻くほどに手足を絡めとられ、ブクブクと音を立てて沈んでいく。
愉快な悲鳴を上げて、そのままあっさりと戦闘不能になるミカ。
さて。
「助けなくてよかったのか?うん?」
「………助けに行っていたら、2人とも戦闘不能になっていただろう?」
「まぁな」
「それに、自分にとっては1対1の方が好都合だ。………せいぜい死ぬなよ?」
ゾクリとするようないい殺意を目に宿し、アサカが俺を睨みつける。
日本刀の鞘を左手で保持し、柄に右手を掛けて、半身の構え。
居合術………といったか。
自らの間合いを伏せ、相手が反応する前に斬る、奇襲の剣。
剣で受けるとなればほとんど不可能だろうが、鉄骨と大盾を重ねれば、切断はされない。
大盾を身に寄せ、突き出すように鉄骨を構えて、相手の間合いへ踏み込み。
「剣心一体、気心体の一」
「抜刀術・錆び腐れ」
「クロ殿、貴方の負けだ」
「────────へぇ?」
両断された大盾と鉄骨がドロドロに腐り、斬り飛ばされた俺の右腕が粉っぽい赤茶色に錆びついて、空中で砕け散った。
鱗を付与した俺の腕を、斬りやがった。
切断面から風化を続ける腕を肩口で引き千切り、疑似再誕で再生させる。
今の一瞬ですれ違ったのか、俺の背後で納刀したまま佇むアサカ。
これが居合か。
思っていたよりも、だいぶ早い。
だいぶ早いが。
「あれだけ言っておいてこの程度か、拍子抜けだな」
「……………なら、もう一度喰らってみろ!!」
「上等だ、やってみろや!!」
互いに極端な前傾姿勢を取り、ほぼ同時に突貫。
再生成した鉄骨丸を担ぐように構え、全身を蠢動させ。
「シャッ、ラァ!!!」
鉄骨で地面を打ち据え、反動を利用した跳躍で、アサカの頭上を跳び越える。
浮遊感とさかさまの視界の中、黒髪の剣士の手が、霞むような速さで閃き。
「飛燕切落・遠鳴」
「鉄滓打」
満身の握力で握りつぶされ、破綻するように砕けた金属散弾を槍投げの要領で投擲。
直後、その全てが腐り融けて、汚泥が宙に広がる。
一瞬だけ、赤茶けた錆色のズタボロの刃が、鞘に納められるのが見えた。
完全に迎撃態勢に移ったアサカ。
鍔鳴りの音が響き、龍の鱗をも引き裂く一撃が解き放たれて。
「大震砕!!」
「なっ、あぁ!?」
ひび割れて砕ける地面に足を盗られ、アサカが大きく体勢を崩す。
体の重心が後ろへ傾いた、その瞬間、背後から腰へ手を回し、抱きしめた。
野郎相手に遠慮は無用。
肺一杯に呼気を吸い込み。
「歯ァ、食いしばれ!!!」
「ぐぅ!?」
腹筋と背筋が唸りを上げ、踏ん張った大腿四頭筋がミチリと軋む。
背後から相手の体を持ち上げ、密着状態で後ろへ倒れ込むことにより、犠牲者の後頭部を地面で強打する殺人技。
会心のベリー・トゥー・バック・スープレックスは、アサカの意識をたやすく刈り取った。
「で、何か言い訳はあるのかしら?」
「申し訳ございません、リーンお嬢様」
訓練終了後の医務室。
理性がぶっ飛んだ結果色々とやらかした俺は、リーンお嬢様に踏みつけられていた。
まるで汚物でも見るかのような、嫌悪感に満ちた絶対零度の瞳。
ストッキングに包まれた太腿とふくらはぎの脚線美と、革靴の臭いに混じった、かすかに甘い匂い。
後頭部に感じる靴底の感触と、冷たく湿った床に頬を押し付けられる圧迫感。
なんというか、クセになりそうだ。
「というか、リーン。ワンコ君がハッスルするって知ってやったでしょ!」
「何か問題でも?」
「問題あるよ!!ワンコ君にぶっ壊されたマリオネット、作るのめっちゃ大変だったんだよ!?」
「申し訳ございません、カ」
「一体、誰が、いつ、喋っていいなんて言ったのかしら?」
勢いよく振り下ろされた革靴の踵が、俺の背中の肉を抉った。
はらわたを揺らす衝撃と、肉が潰される感覚。
喉の奥から漏れそうになる悲鳴を堪え、額から垂れた冷や汗が、床に滴り落ちる。
「あの、リーン女史、そのぐらいにしておいた方が」
「犬を躾けるときはね。言葉で言っても分からないから、殴って躾けるのよ?」
「ヒィッ!?」
「アサカぁ………怖いよぉ………この人怖いよぉ…………!!」
表情を青ざめさせて後ずさるアサカ様と、その背に隠れるように縮こまるミカ様。
その間もゲシゲシと踏まれ続ける俺。
勾配で夕食を買ってきたらしい、茶色い紙袋を抱えた肥満気味の老医は、室内の状況を見て逃げるように去っていった。
後で謝らねば。
「というか、ワンコ君、アサカさんに腕斬られてたよね?光芒属性が使えないのに、どうやって生やしたのさ」
「……………」
「クロ、今すぐ説明しなさい?」
「暗闇属性の再誕は、対象の再生能力を過剰活性化させることで、防御力を無視して内側から破裂させる呪詛です。それを応用して、疑似的に腕を再生しました」
「説明ありがとう、クロ」
「それと……………誰が、しゃべっていいといったのかしら?」
「ガハッ!?」
「あら、また喋ったわね?」
俺の背面、ちょうど肺のあたりに突き刺さる、容赦ない一撃。
想定外のタイミングできたオシオキに呼吸困難になりかけ、瞬間、後頭部を踏み潰される。
視界に赤いものがちらついく。
さっきので、唇でも切れたか。
「いや、リーン!今、説明しろって自分で」
「カティ。私は、説明しなさいとは言ったけれど、しゃべっていいとは言ってないわよ?カティは賢いから、これくらいの言葉遊び、すぐに気づけると思ったのだけれど?」
「………えぇ~~……………」
「怖いよアサカぁ!この人怖いよぉ!!」
「だだだ大丈夫だミカ!多分きっと巻き込まれないはずだと思いたい!!」
「断言してよぉ!!」
クスクスと淑やかに嗤うリーンお嬢様と、呆れたように溜息をつくカティア様。
ガクブル震えるアサカとミカはともかく、場の空気が微妙に弛緩して。
「まぁ………………ほとんど別人格レベルで理性が吹き飛んでいたのはともかくとして、戦闘訓練には勝ったし、それなりに面白かったわよ?」
「だから」と愉快そうに呟いたお嬢様が椅子を立ち、俺の前にしゃがみこんだ。
恐る恐る顔を上げて、心の奥底を見透かされるような、鮮血のような紅色の瞳。
白くほそい指先が、俺の頭を、飼い犬にそうするかのように撫でた。
労わるような手つきと、たしかに血の通った、人肌のぬくもり。
「オシオキはこれでおしまい………………よく頑張ったわね、クロ。褒めてあげるわ?」
「ーーーーッ!!」
俺の口端に付いていた血を拭い、赤に濡れた指先を舐めるリーンお嬢様。
喉を鳴らし、わずかに、しかし満足げな、熱のこもった吐息を洩らす。
頬に、指が添えられた。
心拍数がわかりやすく跳ね上がり、それとほとんど同じタイミングで、耳元に感じる、柔らかく、甘やかな呼気。
床に這いつくばって見上げる視界に、長い、金糸のような髪が踊って。
「屋敷に帰ったら、いっぱい撫でて、優しく抱きしめてあげる」
「………光栄です、リーンお嬢様」
……………………俺は、この御方がいなければ、生きていけない気がする。
龍と人の寿命が違うことも、リーンお嬢様がいずれ、どこかへ嫁ぐか婿を取ることになるであろうことも、癪ではあるが、理解している。
永劫を揺蕩う龍と、刹那を生き急ぐ人間。
時間の流れが違う以上、一緒に居続けることなど不可能だし、そもそも、俺は奴隷で、リーンお嬢様は大公爵家のご令嬢だ。
隣を並んで歩くには、身分が違い過ぎる。
それでも、それでもかまわない。
だからどうしたというのだ。
隣にいれないなら、その後ろで。
それも叶わぬなら、せめて道具として。
叶うことなら、ずっと傍にありたい。
リーンお嬢様のもっとも頼れる道具で、最高の傍仕えであり続けたい。
不遜ながら、そう思ってしまう。
……………下劣にもほどがある、最低の悪感情だとはわかっている。
だが、コレこそが、恋心という奴なのではないか?
ただ、リーンお嬢様に使われたいと願う、コレこそが、恋心なのではないか?
ならば、それでいい。
俺は一生、リーンお嬢様の奴隷を続けよう。
ほかの全てはどうでもいい、ただ、この半吸血鬼の主のために生きて、主のために死のう。
もし、リーンお嬢様のために死ねる時が来るなら、それはきっと、これ以上ないくらい、幸せなことだから。
そもそも、俺の幸不幸の価値を決めていいのは、リーンお嬢様ただ一人だけだ。
だから。
「DV彼女に依存する彼氏とか、暴力系彼女の束縛から逃れられない彼氏とか、利害の一致したサドマゾだとか、勝手なことを言うのは、遠慮していただけないでしょうか?」
さっきから部屋の隅で騒いでいた3人が、油をさし忘れた機械のようなぎこちなさで、こちらを振り向いた。
女三人寄れば姦しいとはいうが、女子二人男子一人でも十分に騒がしいらしい。
俺の視線にたじろいだカティア様が、意を決したように口を開き。
「…………えぇ~っと、ひょっとして、聞こえちゃってたり?」
「はい」
「いや、あの、コレはその、アサカ君とカティア様が言ってたことで、私は何も」
「ちょっと待ってくれミカ!俺を見捨てないでくれ!!」
「酷いよアサカ君!ボクたち、ワンコ君のことを貶し合った仲じゃないか!!」
「なぁっ!?」
愉快にギャーギャー喚く3人組。
立ち上がり、一呼吸整えて。
「そもそも、俺がリーンお嬢様の彼氏など不敬が過ぎますし、それ以前に、リーンお嬢様はややサディスト気味ではありますが、意味のない暴力を振るうことは」
「クロ、私、まだしゃべっていいとは言ってないわよ?」
「ガバァッ!?」
床に這いつくばった。
次回予告
迷宮踏破訓練に挑むこととなった主人公一行。
そんな中、カティアはある提案をして。
「どうだっ!!コレがボクの最高傑作!汎用人型決戦兵器ガン●ムだ!!」
「ジオングじゃねぇか」
「クロ!十万ボルトよ!!」
「俺はピカチ●ウかよ」
次回「マジ●ガーZ」