犬神娘現る!!
遅れてしまってすまっそ………自動車学校の教育がががが
まさしく、地獄のような戦場だった。
雄叫びを上げて突撃してきた鎧の騎士の騎兵突撃が俺の体に突き刺さり、メシリと軋みながら鋼鉄の切っ先が破断した。
血塗れの腕を力任せに振るってバケツ型のヘルムごと頭をもぎ取り、後続の騎兵の鼻っ面に叩きつけて横転させ、大地剣で周囲の兵士ごと微塵に切り捨てる。
仲間の死体を足場に躍りかかってきた騎士の頭を掴んで命奪手で吸い尽くして殺し。
「付呪・獄炎、しとどの空に影が降る」
火炎を纏った黒い影の刃が降り注ぎ、前方を塞ぐ敵集団を蹂躙した。
一瞬の空白地帯に迷わず飛び込み、放たれた銃弾を体で受ける。
衝撃を無視して大太刀を振り回し、大盾を構えた騎士の一団を薙ぎ殺す。
繰り出された槍衾に正面から突撃、大震砕の魔術で戦列を崩し、空を裂いて飛来する矢の雨を爆炎波で焼き尽くし。
「独唱機用意っ、放てィ!!」
「ギャアッ!?」
眼球の奥で激痛が炸裂した。
赤熱した鉄の棒で脳を抉られるような激痛に思わず怯み、直後、俺の全身に槍の穂先が突き刺さる。
皮膚を貫き、肉を引き裂く鋼鉄の感触に、思わず顔をしかめ。
「今ですッ、エリナ様!!」
「月剣脚、三日月!!」
俺の肩を蹴って跳躍したエリナ様が躍るように宙で足を振るい、秘色の刃に切り刻まれた騎士たちが血反吐を撒き散らして倒れ伏す。
振りかざされる白刃の直下を嵐のように翡翠の影が奔り、立ち直りかけた戦列を搔き乱していく。
喉奥から溢れかけた血反吐を嚥下し、周囲の死体から魔力を強奪して。
「クロ!一度下がりなさい!!」
「承知いたしました、お嬢様」
後ろに跳び退りざまに鎔鉱刀を放ち、再び起動しかけていたオルガンのような兵器が、周りの工兵を巻き込んで爆発四散する。
爆炎の真っただ中に突っ込んだお嬢様が暴れ回るのを横目に、自らの血で魔法陣を描き。
「召喚・粘性毒液生命体」
堰を切ったようにとめどなく噴出する、どす黒い紫の粘液。
突き出した右手を、グッと握り締め。
「蹂躙しろ」
強毒性の魔法生物の群れが、兵士たちを殲滅した。
「久しぶりね、ナナ。元気にしてたかしら?」
「あっ、ご主人様!!ご無事で」
「ナナぁっ!!」
「きゃっ!?」
ナナ!
ナナ!!
ナナ!!!
「大丈夫ですか!?ケガはありませんか!?辛いことは!?よく眠れましたか!?ご飯は一日三食しっかり食べましたか!?この血は………ナナの血ではなさそうですが、大丈夫で」
「ク、クロ兄さん!ストップ、ストップです!!いったん落ち着いてください!!!」
「はっ!?」
龍国、帝都から幾分か離れた隠し家にて。
何故かナース姿のナナを抱きしめてグルグルして頬っぺたを両手で挟み込んで揉みくちゃにして、慌てたナナに引き剥がされた。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き。
「………申し訳ありません、ナナ。少々取り乱しました」
「………少々?」
「はい。それで、ナナは大丈夫ですか?」
「え、あ、はい。………というか、クロ兄さんの方が血塗れじゃないですか!?急いで手当てしないと」
「ああ、俺のは全部返り血なので、気にしないでください」
「はぁ………」
俺の体をあちこちペチペチ叩いたナナが所在なさげにそう言い、後ろから響く、あからさまな咳。
振り返って、全身血塗れ泥だらけのお嬢様が、天幕の入り口で仏頂面して立っていた。
不機嫌そうに口の端を歪めたお嬢様が、ツカツカと足音を立ててこっちに来て。
「えいっ?」
「あぎゃばあっ!?」
「クロ兄さん!?」
ベギャン!!とえげつないデコピンを喰らってそのまますっ転び、机の角で後頭部を強打。
手をついた床に転がってた画鋲が指を貫通し、おまけに塞がりかけていた腹の傷が開いた。
ピタゴラスイッチめいた惨劇に、視界が涙で滲む。
「あら、無様ね?」
「言ってる場合ですか!?血が、血がすっごい出て」
「問題ありません、ナナ。この程度の傷ならすぐに塞がります」
「そういう問題じゃありません!!いいからっ、早く服脱いでください!!!」
「そんなご無体な」
「言ってる場合ですか!?ほら、さっさと」
「ストップです、ナナさん。一度落ち着いてください」
割と本気で怒っているらしいナナにひん剥かれかけたところでストップがかかった。
再び振り返って、なんだか奇妙な冒険でも始まりそうなポーズで佇むエリナ様。
少しだけ嫌な予感がしたので制止しようとしたところで、エリナ様が懐から何かを取り出し。
「………うん、よし。さ、続きをどうぞ?」
「待ってください、なんでカメラなんか構えてるんですか?」
「? そりゃもちろん、貴重なクロさんの裸体を写真に収め」
「アウトです」
カメラを叩き壊した。
「アバーーッ!?なっ、何するんですか!?」
「何をすると言われても、そんな写真を撮られては困るので」
「別にいいじゃないですか!減るものでもないでしょうに!!」
「俺の尊厳が減るのでダメです」
「そんなぁ~………クロさんのヌードが………」
「バカなこと言ってないで!早く脱いでください!!」
顔を真っ赤にしたナナに本気で怒られてしまった。
「あ~………リーン女史、1つ聞いてもいいだろうか?」
「なにかしら?」
「その、クロ殿は、本当に無事なのか?」
「生きてるから問題ないわ?」
「そういう問題では………いや、なんでもない。忘れてくれ」
全身包帯グルグル巻きの怪奇ミイラ男、あるいは2代目バーニング人斬り状態の俺を見て、アサカ様が怪訝な顔になった。
なんだか頭痛でも堪えるように天を仰ぐアサカ様と、その横で苦笑いのミカ様。
よくわからないが、まぁ構わない。
机の上に、地図を広げ。
「誰1人欠かすことなく逃げ延びれたのは幸いですが、ひとまずは現状について話し合うべきでしょう。………ナナ、クラリス様とアマナ様を呼んできてくださ」
「うっわ、志々雄真実じゃん、再現度たけぇなオ」
「黙れ変態」
「ひでぶっ」
天幕に入ってきた変態にザブトンを投擲して黙らせ、広げた地図に駒を配置し。
「とにかく、今、状況がどうなっているのか話し合いましょう。何をするにもまずはそれからです」
「では、俺たちから話そう。………と言っても、ミカと一緒に夜闇に紛れて逃げ出しただけなのだがな」
「あっ、それ私もだ。最初は、尾行されたらヤバいから全力でスニーキングしてたんだけどさ?なんか追手がいないっぽかったから、全力ダッシュで逃げて来たってワケ」
「お姉様、なんで段ボール箱を被ってるんですか」
「こちらスネーク、潜入に成功した」
「なにいってんだこいつ」
何故か、ほんっっとうになぜか、ダンボールを被った変態がそう言うのを尻目に、記憶を探り。
「俺たちも、特に後を付けられたりはしていないはずです。追手は全て壊滅させましたし、この拠点に繋がる、軍隊が進軍できるレベルの街道の大半と、敵軍の物資集積所の一部も破壊してあります。軍の再編にはしばらく時間がかかるでしょう」
「なるほど少年今なんて?」
「追手は全滅させてあります。相手方が軍を編成して打って出るまでにはそれなりの時間を要するでしょう」
「えっと………ちなみに、どうやったの?」
「強毒性のスライムでビチャビチャにしました。物理攻撃で始末するのは困難ですし、魔術で燃やせば毒ガスを出します。おまけに死体を喰って増殖するので、排除にはかなり時間がかかるでしょう。少なく見積もっても、十日は時間を稼げるかと」
「………なんか、改めてこう聞くと、クロさんってなかなか非道ですよね」
「最適解でしたので」
「いや、まぁ、それはそうなんですけど………」
起こったことをありのまま正直に話して、何故かドン引きされてしまった。
………まぁ、確かに、重装歩兵の集団がドロッドロのシチューの様になって死に腐れていく光景は、それなりに惨いものではあったが………残念だけど、コレって戦争なのよね。
「とにかく、問題はこの後どうするかだな。………と言っても、ひとまずは本陣に合流するしかないだろうが」
「ですね。茶々丸にお願いして、本陣にいるお父様に何が起こったのかは知らせてあるので、向こうでも対策の軍議は行っていると思いますが………ちなみにクロさん、ちょっとお尋ねしたいんですけど、追手ってどれくらいいたんですか?」
「そうですね………少なく見積もっても2500、多ければ5000を超えるかと。すぐに動員できる兵力のほとんど全てを差し向けた形でしょうが、相手が悪かったですね。あと、どさくさに紛れて重要そうな施設を片っ端から手当たり次第に破壊してきたので、そこの復旧に人員を裂けば裂くほど、こちらも体勢を立て直しやすくなるかと」
「やっぱアレですね、クロさんって蛮族マインドですよね」
「なんなんですか、蛮族マインドって」
「さぁ?」
「………もういいです。それよりも、やるべきことがありますし」
「やるべきこと、ですか?」
「ええ」
コテンと不思議そうに首を傾げるエリナ様に、頷き返して。
「というわけで、さっさと吐くもの吐いてください、バーナード」
「………すまないが、俺には何も分からん。………と言っても、信じられないだろうがな」
「いや、流石にその状態で嘘をつくとは思いませんよ。第一、アンタ、腹芸が出来るような人間じゃあないでしょう?」
「それは………確かにそうだな。【ミダスの掌】の政治屋どものやるような芝居は、どうにも苦手でな。まぁ、そのせいでこのザマなわけだが」
青褪めた死人のような顔で皮肉気に笑うバーナードの右腕は、肩口から大きく抉れて消し飛び、血の滲んだ包帯を巻かれていた。
クーデターに失敗して都から逃げ出す途中でバーナードと合流したのだが、その時には既にこうなっていたのだ。
本人曰く、「ヴェストにやられた」とのことだが。
「そもそも、貴方、征伐教会のナンバー2ですよね?アレについてなんか知ってることとか無いんですか?」
「………すまんが、何も分からん。しばらく前に、権力闘争に巻き込まれて左遷されてな。俺にもう少し学があればマシだったのかもしれんが………力になれなくて、すまない」
「このブタ、本当に役に立ちませんね。デカい図体して無能とか、最悪じゃないですか。早く死んでください」
「………本当に、すまない」
煤けた顔のバーナードがミカ様にえげつない罵倒を喰らって撃沈。
器用な事に片腕で体育座りするバーナードの横っ腹を蹴っ転がして。
「ほら、早く行きますよ。ただでさえ、どっかの木偶の坊の手当てで無駄に時間を喰ってるんです。ここからは強行軍になります。いいですね?」
「………やっぱり、クロさんってバーナード様にやたら辛辣ですよね。いや、まぁ、気持ちはわかりますけど」
「俺が優しくするのはナナだけですから。なんとなく助けはしましたが、邪魔になるなら消すだけですし」
「わふっ?」
不思議そうに首を傾げるナナの頭を撫でた。
「娘、お前、戦狼か!!久しぶりに見るのぉ………」
「じゃな。縁起がええわい」
「おい、おみゃーら!!犬神憑きじゃ!拝まんと損するぞ!!」
「わわわっ、ちょっ、ちょっと皆さんいったん落ち着いてわにゃーーーっ!?」
「テメェら、ナナに何しやがる!!」
今必殺のローリングソバット!!
ナナに群がるサムライ共を蹴っ飛ばし、案外余裕ありそうな声で散って行くサムライたち。
涙目でプルプル震えるナナを背中に庇い。
「………アサカ様。これは、どういうことですか?」
「あぁ~………爺様から聞いた話なんだが、昔の侍の間で、夢喰い狼は吉兆だったそうだ。帝国で獣狩りが行われて以来、廃れてしまった風習だが………」
「「ありがたやぁ~………」」
「元より、反乱軍のメンバーが高齢なうえに、信心深い人が多いからな。こうなったわけだ」
「先に言っておいてくださいよ、そういう事は」
「本当に済まなかった」
ナナを拝むサムライたちを澄んだ瞳で見つめるアサカ様。
………まぁ、別に責めるような話でもないのだが、あまり続いてもナナのためにならないだろう。
群がるサムライとナナの間に割って入り。
「ほらほら、ちゃんと一列に並んで順番を待って拝んでください。時間は十分にありますから。最後尾はあっちの目つきが悪いメイドの方です」
「なぁ、なんもしてねぇのに横からいきなり刺すの、やめてくんない?」
「アイドルの握手会ですか!?」
「なぁ、嬢ちゃん」
「ひゃっ、ひゃいっ!!」
「すまんが、この印籠に名前だけ書いてもらえんかのう?」
「あっ、はい」
腰の曲がった爺に印籠と筆を渡されたナナが、ひらがなで「なな」と書くのを横目に、いつのまにかワラワラ集まりだした爺共の整理に乗り出そうとして。
「よくぞ戻られました、アサカ様。ご無事のようで何よりです」
背後から聞こえた低い声に振り返り、赤染めの大鎧の上から赤い陣羽織を着た大男が跪いていた。
咄嗟に短刀を抜き放ち、アサカ様に制される。
どこか親しげながら一抹の緊張感を帯びたような眼差しのアサカ様が、凛と背筋を正し。
「そちらこそ、お元気そうで何よりです、冬馬殿。………こうして会うのも、随分と久しぶりですね」
「はい。………積もる話もありましょうが、ひとまずは、幕内へお入りください。右近様たちがおまちですので」
「承知した。皆、一度ついてきてくれ。あらためて、中で話がしたい」
「えっ、なになに?パジャマパーティーでもするの?」
「お姉様。少し黙っててください」
「むぎゅっ」
トーマと呼ばれた大男に促されて奥の天幕へ向かうアサカ様と、バカな事を言って顔をグーで殴られる変態。
ギャグマンガよろしく顔面が梅干しみたいになってるのには、つっこまない方がいいのだろう。
「前が見えねぇゾ」とどこかで聞いたような戯言を抜かす変態を、努めて無視して。
「なぁ、ペット、お前、誰の目つきが悪いって?」
「フィリア、実際アンタ目つき悪」
「フンッ!!」
「ふぐぅっ」
「クロさん!?」
殺し屋みたいな目つきの元殺し屋に、思いっ切り腹パンされた。
「よぉ、アサカ。無事じゃったか」
「お爺様も、ご無事で何よりです。………あの、甚左衛門殿は、一体………」
「いやぁ、武蔵殿にさんざんしごかれまして。おかげでこのザマです」
反乱軍拠点、隠し城塞本丸の、天幕の中。
全身包帯グルグル巻きの重傷人もとい牢人が、照れ隠しのようにポリポリと頭を掻いた。
天幕の中央、額に大きな古傷を走らせた隻腕の男が、胡乱気にこちらを眺め、その真横に座っていた老人が、瓢箪から直に中身を呷り、口の端から零れた得体の知れない緑色の液体を手の甲で拭う。
えげつない刺激臭を放つ薬草らしきナニカを延々煎じ続ける婆が1人と、法衣を着込んだ壮年の坊主が1人。
背中からカラスのそれに似た翼を生やした中性的な容姿の子供と大鎧を着込んだ熊系の獣人の男が、こちらを見て、何か奇妙なものでも目撃したような顔になった。
なんだかメイドインジャパンの悪の組織めいた雰囲気が漂う中、熊男が、威嚇するように牙を剥き。
「右近殿、何故、餓鬼を連れてきた。我らを愚弄する気か?」
「へん。50年も生きとらんガキが、よう吠えるわい。たいして強くもないくせして脳味噌も回らん阿呆が頭とは、勇猛で鳴らした赤城も、当代で終いかのぅ」
「言ったな貴様!!己が婆だから、斬られぬとでも思ったか。今この場で、貴様の首を刎ね飛ばしてやってもよいのだぞ?」
「おうおう、そうせい、そうせい。無抵抗の枯れた婆1人斬り殺して満足すりゃあええわい」
揶揄うような老婆の言葉に大男が殺気を剥き出しに吠え、矢継ぎ早に飛んだ挑発に表情を消した。
一足飛びに距離を詰めた巨漢が、鉄塊じみた大鉈を抜き放ち。
「あだっ」
「ぬうっ!?」
文字通り殺人的な一撃をクロスガードで受け止めようとして、身長が足りずに額に喰らってしまった。
ガッギィン!!と金属質な音が鳴り、鉄骨ですら寸断してのけそうな一撃が弾き返される。
啞然とする熊男の頭を引っ掴み。
「暗転蝕」
意識を強奪して床に転がし、ついでに蹴りを入れて悶絶させておく。
なんだか凍り付いたような場の空気を、努めて無視して。
「あぁ~………とりあえず、軍議を再開しましょうか。邪魔者も片付いた事ですし」
「クロ兄さん、たぶん、そうじゃないと思います」
ナナにつっこまれてしまった。
次回予告
なんだかきな臭くなってきた龍国騒乱編、やせいのガチグマを捕まえた主人公一行に追っ手がせまる!!
圧倒的大軍を前に、クロは、1つの奇策を講じ────
「………なるほど、わかりました。もう一回説明してください」
「俺が敵軍の中央につっこんでスライム撒き散らしながら自爆します。名付けてスライム風呂大作戦です」
「スライム風呂ですか………あれって気持ちいいんですかね?」
「尻尾と耳が大変な事になりそうなので、ナナは入らない方がいいかと」
「ですね。しっぽ乾かすの大変ですし」
「………あの、コレって何の話でしたっけ?」
「? スライム風呂の話ですよね?」
「アーハイソウデスネー」
次回「キラッ☆ドキドキ♡スライム(強毒性)風呂混浴回!!」




