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龍に生まれた少年は、異世界令嬢の奴隷になる  作者: 御星海星
異邦にて巨魁は朽ちる
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異邦にて巨魁は朽ちる

遅れてしまってすみません。ナナちゃんが出てこないと途端に執筆速度がカタツムリの競歩並みに遅くなることに気づきました、ミホシヒトデです。というわけで、どうぞ。






「く、クロさん、大丈夫ですか?」

「………」

「ほ、ほら、元気出してください、ね?」

「………」

「ナナさんとずっと離れ離れって訳でもないんですし、なにより、今日はせっかくのデートなんですから………」

「………」

「………だから、その、そんなに落ちこまなくても」

「今落ち込まずに、何を落ちこめと?」

「ひうっ」



 どす黒い雲に覆われた、人っ子1人いない曇天の街、さっきからずっと心配そうに俺の顔を覗きこんでいたエリナ様が華奢な悲鳴を上げた。


 鉛か熔鉄でも流し込まれたかのように重く痛む頭を抱え、ガリガリと爪を立てて掻き毟る。


 皮膚を引き裂いて肉を抉る爪の痛みと血の感触が、グッチャグチャに破壊されていた思考に、かろうじて冷静さを取り戻してくれた。


 ゆっくりと、息を吐き。



「わかりますか?エリナ様。ナナと別れてからまだ、たったの、たったの18時間と22分と36秒しかたっていないんですよ?それなのに、頭痛、吐き気、眩暈、立ち眩み、疼痛、神経衰弱、意識レベルの低下、食欲不振、睡眠障害、幻聴、幻覚、自殺願望、強迫観念、パラノイア、破壊衝動と御覧のザマです。はっきり言って、俺はもうダメかもしれません。ええ、そうですね。いっそこの場で自爆してしまいましょうか。ナナの側に居れない人生など、側溝のドブで腐ったミカンほどの価値もありませんし」

「落ち着いてくださいクロさん、ほら、深呼吸です」

「………」

「どうです?少しは落ち着きましたか?」

「………ナナに、ナナに会いたい、です」

「ダメみたいですね」



 言われるがままに深呼吸をしてみて、ナナがいないことを再確認してしまった。


 もはやまともに立つ気力すら消え失せて地べたに座り込み、困ったような顔のエリナ様。


 黄銅色の義手が、俺を荷物のように持ち上げ。


「クロさんはいちいち極端なんです。ほら、さっさと行きま」

「なにやってんの?」


 ブラ~ンと手足を垂らしたまま下を向き、呆れ顔のメスガキが、俺を見上げていた。

 雷のように罅割れた龍眼が不機嫌そうに俺を見つめ、何故か頬っぺたを触りに来た両手を蹴って払いのける。

 メスガキが、不満そうに眉を顰め。


「おや、ライカ様。どうかされましたか?」

「………別に、何も」

「はぁ………それでは、私とクロさんはこのあたりで」

「ん」


 義手を振り払って地面に降り、なんだか少し残念そうなエリナ様と、そんなエリナ様とちゃっかり手をつないで歩くメスガキ。


「………なに?なんか文句でもあんの?」

「いえ、そういうわけではないのですが………なんで、私の手を?」

「うるさい、話しかけないで」

「………承知いたしました、ライカ様」


 俯きがちにそう呟いたメスガキがギュっと義手を握りしめ、困惑しながらもうなずくエリナ様。


 そのまま薄暗い道を行くことしばらく、メスガキが、唇をわずかに開き。





「………この街の外れにさ、お菓子屋さんがあったんだ。お爺ちゃんが1人でやってる店なんだけど、そこのお団子が美味しくってさ。ナナちゃんと、今度こっそり、2人で一緒に行こうって、約束してたんだ」



「………お店、無くなってたよ。お爺ちゃん、ショケ―されちゃったんだって。獣人だったから」



 ………そう、か。


「………神教国の中でも過激派、いわゆる原理主義者と呼ばれる輩は、獣人の存在すら認めてはいないそうです。彼らからすれば、獣人であるというだけで憎悪の対象になるのでしょう。………俺には理解できませんし、したいとも思えませんが」

「………私にも、わかんないよ。私、バカだからあんまりよく考えられないし、悩んだりするのめんどくさいし、アイツらが正しいのか間違ってるのかなんて、わかるわけないし。………でも、でもさ、ユウゴも、スズネも、タツキも、ケンスケも、死ななきゃいけないような子じゃなかった。なのに、獣人だからって理由だけで、殺されちゃった」



「………だから、とりあえず、アイツら全員ぶっ殺してから考えることにした」

「………んん?」


 感情の読めない無表情で、メスガキがそう呟いた。


「あいつら全員ぶっ殺してから、ゆっくり考えるよ。何が正しくて何が間違ってるのか、私にはわかんないけど、アイツらを、私の友達を殺した奴らを殺さなきゃいけないのは、きっと間違ってないから」

「そう、ですか。………まぁ、貴女がそれでいいなら構いませんが、ナナの前で言わないでくださいよ?教育に悪そうですし」

「それくらいわかってるし。というか、今ナナちゃんいないじゃん」

「………ひぐっ、ううっ、ななぁ………」

「えぇ………」



 そういや、いまナナいなかった。


 ナナに会いたい。


 会ってナデナデしたい。


 抱きしめてグルグル回ってギュってしてクンカクンカしたい。


 ナナがいないだけで、世界がここまで色褪せるとは思わなかった。



「………あの、クロさん」

「なんですか、俺は今悲しんで」

「クラリス様の事、変態扱いしてますけど、クロさんも同類な気が」

「黙ってください」

「あうっ」


 エリナ様にデコピンを叩きこんで黙らせた。






















「では、クーデターは予定通りに進めるという事でよろしいですか?」

『ああ、問題ない。………正直、本来なら部外者であるそちらに重荷を背負わせるのは気が進まないが、こうする以外に道が無いんだ。………健闘を祈っている』

「そちらこそ、健闘を祈ります。オーバー」



 落成式典前の控室、ムカデ型の使い魔から響く、エコーがかった声にそう返して、使い魔を送還した。

 疲れからくる溜め息を、グッと飲み下して。


使い魔(ソレ)、なかなか便利そうですね」

「そうでもありませんよ。制約もかなり多いですし」

「そういうもんなんですか?」

「そういうもんなんです」


 しれっと後ろから抱き着いてきたエリナ様とそんな会話をし、俺を抱きしめたままソファーに腰掛けるエリナ様。

 そのまま首筋に顔を埋めようとしたところで引き剥がし、不満げに頬を膨らませるエリナ様。

 謎の罪悪感を押し殺して。


「エリナ様、いくらなんでも今のはナシです」

「別にいいじゃないですか。私だって疲れてるんです、癒しをください、癒しを」

「それは構いませんが、いささか絵面に問題がありましたので」

「酷いですね、一体何が問題だって言うんですか」

「いいとこ12,3歳くらいの男の子の首に顔を埋めて匂いを嗅ぐ成人女性の構図が犯罪的でないというのなら、確かに問題はありませんね」

「………すみませんでした」


 ド正論でブン殴って、シュンとした様子のエリナ様。

 ………ぶっちゃけ、俺に非は1ピコミリもないが、この後の予定を考えれば、妙なわだかまりを残すのも愚策だろう。

 エリナ様の膝の上に座ったまま、向き直り。



「仕方ないですね………魔術式の編纂をしなければいけないので反応は出来ませんが、邪魔にならない範囲でなら好きにしてください」

「………本当に、好きにしていいんですか?」

「邪魔はしないでくださいよ?」

「努力はします。ほら、早く抱かれてください」

「そこだけ切り取ると気ぶりジジイみたいですね」

「キブリ―=ジジ?なんです、それ?魔物か何かですか?」

「いえ、こちらの話です」

「………?」


 困惑顔のエリナ様の両足の間に座り、眼を閉じる。


 そのまま待つ事しばらく、義手が、壊れ物でも扱うみたいに、俺の体に回された。


 ギュっと押し当てられる、人肌の温もりと、金木犀の花のような、優しく甘い匂い。


 絹糸のような髪が耳を擽り、熱を帯びた舌が、頸動脈をなぞるように、俺の首筋を舐る。


 緩やかな、蕩けたような呼吸音と、うなじを甘噛みされる、ゾクゾクするような感触。


 ガリッと耳たぶに歯を立てられ、背筋に奔る電流めいた刺激に思わず腰が浮く。


 ………好きにしていいとは言ったが、ここまでやっていいとは言ってない。


 というか、普通に集中力が削がれる。


 ナチュラルに服の下に手を入れようとして来たので、流石にやり過ぎだと止めようとして。



「………」

「………」



 いつの間にか少しだけ開いていたドアの隙間から、アマナ様がこちらを凝視していた。


 数秒の時間停止の後、ようやく目が合ったことに気づいたのか、あからさまにビクッとするアマナ様。


 小柄な体が、小動物のようにプルプル震え。



「あ、アマナ様。いつの間にいたんですか?」

「えっと、そのっ、ししし失礼しまひた!!」


 

 一瞬で顔を真っ赤にしたアマナ様がズバッダーーン!!と叩きつけるようにドアを閉めて、ドタバタと走り去っていく。

 一拍の後、再びドッタンバッタンズドンガチャンドジャーーンギニャーーと異音が盛大に響き。



「あの、カティア様が、一度、談話室に集まるようにって、………はい、えっと、それだけです、はい。失礼しました」


 そっとドアを開けたアマナ様が、そう言って、そっとドアを閉めた。


































「えっと、ね?」

「………」



 龍国大使館、談話室。


 変態が、お昼時のミステリードラマの冒頭で犯人に殺害される犠牲者1号よろしく、壁際に追い詰められて冷や汗を浮かべていた。


 相対するは、軽く2メートル以上ありそうなフランベルジュを引きずり、ゆっくりと距離を詰めるアマナ様。

 ゾッとするような切っ先が床に触れる度、ガリガリと無機質かつ無慈悲な音が鳴る。


「あの、アマナちゃん、今回の事に関しては全面的に私が一方的かつ絶対的に悪いし、そこはホント謝るし、なんなら土下座と五体投地くらいするからさ」

「………」

「だからなんというか、その手に持ったヤバそうな剣をしまってくれるとありがたいかなって」

「………」

「………ダメ、かな?」

「お姉様」

「なに?」

「ゴメンナサイで済んだら、首切り役人はいらないんですよ?」

「まさかの処刑宣告!?って、ちょっと待って、流石にそれで斬られたらお姉ちゃん死んじゃうってワキャーーー!?!?」


 弁明のセリフを遮って繰り出された切先が、咄嗟にしゃがんで躱した変態の、ピンク色の髪を少し刈り取って壁に突き刺さる。


 一瞬でも回避が遅れていれば、間違いなく変態の首が刎ねられていたであろう一撃。


 引き抜かれた刀身が、ゆるりと弧を描き。



「どうか、どうかおやめください、アマナ様。そんな人間でも一応は貴族ですし、流石に殺してしまうと問題が大きく」

「クロさん」

「………なんでしょうか、アマナ様」

貴族たる責務(ノブリスオブリージュ)として、身内()の恥は身内()が雪ぎます」

「のわわっ、ちょっ、まっ、うっぎゃああぁああ!?!?」



 流石にやり過ぎだと諫めようとして、据わった眼のアマナ様が、見事な逆袈裟の一撃を放った。

 先ほどと同じく、もし躱していなければ、間違いなくはらわたを撒き散らして絶命していたであろう一撃。

 部屋中を走り回る変態の後を、剣を担いだ少女が追い回し。


「お姉様!!恥を知るならっ、せめておとなしく首を差し出してください!!女の人を何人も誑かしたに飽き足らず、わざわざ夜中に抜け出して朝帰りなど、言語道断です!!」

「だから誤解だってば!!朝いなかったのも、普通に散歩してたからだし」

「じゃあなんでほかの女の匂いがするんですか!!!」

「ぬおぉおおお!?いやっ、それはちが」

「私というものがありながら娼館に遊びに行くなど、赦すわけないでしょう!?今この場で姉様を殺して私も死にます!!覚悟して」

「ごめん急用できた!!私もう行くネッ!!」

「逃げるな卑怯者!!責任から逃げるな!!!抱いた女くらい認知して面倒見ろ!貴族でしょうが!!!」



 開いていた窓の隙間から脱出した変態を、トムとジェリーよろしく追いかけるアマナ様。

 暴風雨めいた足音が遠ざかっていくのを確認し。


「やはり、姉妹仲がいいのは良いことですね」

「どうなったら今のが仲良く見えるんですか………?というか、普通に止めなくていいんですか?」

「はい。流石に本当に殺すようなことは無いでしょうし、仮にへん………クラリス様が亡くなっても、潜在的にナナを襲いかねない人間が、1人この世から消滅したことになります。どう転んでも問題ありません」

「今、クラリス様の事、変態って言いかけましたよね?」

「言ってませんが?」

「………まぁ、別にいいです。また今度、デートしてくださいね?」

「かしこまりました、エリナ様」



 いたずらっぽく笑うエリナ様にそう返し、ふと時計を見れば、予定の時間まであと30分。

 1つ、大きく背伸びをして。


「エリナ様、時間です。そろそろ行きましょうか」

「………あの2人、本当に止めなくていいんですか?」

「どうせ台無しになる式典なんです。気にする必要はないでしょう?」

「………なんていうか、クロさんらしい発想ですね」

「ありがとうございます、エリナ様」

「褒めてませんよ?」

「知ってます」

「じゃあなんで………いえ、もういいです。それじゃ、行きましょうか」

「承知いたしました、エリナ様」


 諦めたようなため息をつくエリナ様に笑って頭を下げ、部屋を出た。


























「いや~………流石に死ぬかと思ったよ………」

「姉様、私、まだ許してませんからね?」

「それは、うん、ホントごめん」



 全体的にボロボロの変態が、空を見上げてそんな事を呟いた。


 落成式当日、いわし雲の漂う青空の下、純和風の街並みにはまるでそぐわない巨大な聖堂が鎮座していた。


 ゴシック様式の、石造りのアーチ状の構造と、聖書か何かの一場面を模したのであろう色鮮やかなステンドグラス。

 無数のアーチ窓を備えた身廊と、巨大な音叉を思わせる一対の尖塔。

 身廊から突き出したテラスには、裁判所の被告席のような説法台が設けられていた。


 ………どうでもいいが、これを建てるのにどれだけ金が掛かったのか気になるな。

 為政者サイドからしたら、ちょっと頭が痛くなるレベルの資金が必要なのは間違いないが………まぁ、宗教関係の建築なら、人件費も材料費も格安で済むか。


 やはり宗教は偉大だな。


「クロさん、どうかしたんですか?」

「いえ、宗教の力は凄いなと」

「あぁ~………まぁ、神教国総本山の大聖堂とかは本当に凄いですね。私、見たことありませんけど」

「じゃあなんで言ったんですか」

「いつかクロさんと一緒に行ってみたいなと思って」

「然様ですか」

「はい。新婚旅行の行き先としても人気みたいですし」

「………然様ですか」


 いつもの能面めいた顔のまま、そんな戯けたことを言うエリナ様。

 ………まぁ、本人が楽しそうだから別にいいか。

 左腕の義手を、きつく握りしめ。


「気を引き締めてください、エリナ様。今回の作戦の要は俺たち2人です」

「わかってますよ。合図があり次第、全力で打って出ます」



 今回の強襲作戦は、大きく2段階に分かれている。


 まず、抹殺対象の隙を見計らってバーナードが背後から刺して地上に落とし、落ちてきた瞬間に最大威力の獄炎陣(ヘルファイヤ)で焼殺、だめなら俺とエリナ様、ついでにメスガキの愉快なトリオで抹殺。

 ミカ様とアサカ様、牢人と爺のサムライ軍団に継庭の当主とやらの相手をしてもらい、残存勢力を各個撃破して俺たちの勝ちだ。

 割と雑な作戦だが、他にいい手段がなかったのも事実。


 レジスタンス特有の人手不足が悔やまれる。


 そんな事を考えながら、ふと、前方に目をやり。



「うっげぇ」


 龍の里にいた駄巫女(龍)と目が合った。

 いたずらっぽく微笑んでひらひらと手を振ってくる駄巫女。

 関わり合いになりたくないので目を逸らそうとして、エリナ様に肩をガッされた。

 俺の顔を両手でホールドし、ヤンキーよろしくガンつけてくるエリナ様。


「クロさん、あの女誰ですか?」

「誰も何も、隠れ里にいた巫女ですよ。ほら、いたでしょう。あのダメ人間っぽいのが」

「………つまり、私というものがありながら、他の女と関係を持ったわけではないと?」

「はい」

「………」

「………まぁ、いいです。今回は見逃してあげます」


 見つめ合う事しばらく、弁明が上手く行ったのか、プイと目を逸らすエリナ様。

 どうやら、見逃してもらえたらしい。

 計画が始まってすらいないのに、もう既に疲れ気味の自分がいる。

 溜息が出そうなのを、何とか我慢し。


「へぇ、そんなこと思ってたんだ。後でリリコねぇちゃんに言いつけてやろっと」

「うぼぁ」


 左を向いて、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるメスガキがいた。


「………ちょっとなにさ、その反応。気に喰わないんだけど」

「爆弾が地雷背負ってやってきたら普通こうなるだろ」

「何そのたとえ!?」


 ギャーギャー喚いたメスガキが跳びかかってきたのを引っぺがして放り捨て、ポカポカ殴られる。

 奇特なものでも見るような周囲の眼を無視して、メスガキの口に飴玉を放り込んで黙らせ。





「──────ッ!?」



 声にならないエリナ様の悲鳴と、打ち下ろすように吹き付ける猛烈な颶風。


 空を仰ぎ見た視線の先で、幾つもの黒い巨影が宙を舞っていた。




 分厚く発達した強靭極まりない筋肉を覆う、虹のような煌めきを帯びた原色の鱗。


 大木のような尾と、鋭い琥珀色の爪を備えた四肢。


 長く伸びた首と、そして何よりも、大きく広げられたコウモリのような翼。



 上位龍が、単体で一国どころか大陸すら焼き尽くしかねない怪物がこれだけ群れていると、流石に圧巻だな。


 ………とはいえ、中身があのジジイ共と考えると、威厳もクソもあったもんじゃないが。



「えっ、アレ全部、龍なんですか?えっ、マジで?えっ?」

「うん。祭典のある日はいっつも皆で飛び回んの。今日はショーグン様からのお願いだったから、里の皆で飛んでるんだよ。………まぁ、私はまだ子供だから出れないんだけどさ?」

「さすが龍国、伊達じゃないですね」

「というか、龍が飛んだってことはもうそろそろ式が始まりますね。ほら、ライカ、大人しくしててください」

「ガキ扱いすんなし!!」


 ブンと振り回された短い腕を笑って躱し。





『本日お集まりいただいた皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただいまより、アルトヘイム神教国征伐教会筆頭列聖聖人、ヴェスト・ヴァン・クォンタムによる祝辞の言葉が述べられます。どうかご清聴頂きますよう、お願い申し上げます』



 どこかノイズがかったような幼い少年の声が響き、重厚な鐘の音が鳴り響く。


 直後、テラスから説法台まで伸びる廊下に、1つの人影が現れた。



 全身を覆う構造の純白の法衣と、黄金の刺繍が施された首帯(ストラ)を身に付け、長い白髪を腰まで伸ばした、1人の青年。


 まるで幽霊か何かのような動きで台の上に立った男が、無数のマイクの前で、僅かに背を屈め。




『聖律の書に曰く、「神はこの良き日に雨雲を太陽の矢で焼き尽くし、異教徒の群れに雷を落とし、そして大地に命じて飲みこませ、この良き日を守り給うた」────まさに書にある通り、異邦のこの地に、神の威光を知らしめる大聖堂を建立する事が能うたのは、まさしく神の御力と守護によるものでしょう。まずは、この良き日に祈りを捧げましょう』



 流れるような、唄うような声で、朗々と言葉が紡がれる。

 ………というか、コレ、地味に精神誘導系の魔術が使われてるな。

 俺じゃなきゃ気づけなかったぞ。



『………さて、此度の説法では我らの戦いの歴史についてお話ししましょう。我らの、教会の歴史は、理不尽との闘争の歴史でした。魔物を駆逐し、異人を排斥し、獣人を排除し、魔族を焼却し、異種族を殲滅し、異教徒を粛正し、そうやって我々は橋頭保を築きあげてきました』


『………ですが、世界にはいまだ理不尽が、不条理が蔓延っています』


『世に大いなる異端がある。彼らは我らが神の土地を我が物顔に這いずり回り、我らが神の蒼穹を穢している。我らは、断固としてこれを罰せねばならぬ。

 世に大いなる厄災がある。彼らは己の気まぐれに人々の営みを焼き尽くし、不遜にも、神の家にすら火を放つ。我らは、断固としてこれに抗わねばならぬ。………私自身、戦場で、幾人もの同胞が神の国へ旅立つのを見送ってきました。彼らの犠牲なくして、今日この場に、私が立つことは決してあり得なかったでしょう』



『故に、私はこの場で、私の神に誓いましょう。私は、この異邦に打ち立てられた大聖堂を以て、人類の夜明けの鐘と為しましょう。この大聖堂の鐘を以て、人の世に黎明をもたらす、太陽の灯火と為しましょう。神の威光を以て、私が、我々の教会が、地上に神の国を降ろすことを誓いましょう。わかりますか、皆様。血を流すのは、傷つき、苦しみ、苦悩するのは、我々だけでよいのです。我らの赤子のために、その赤子のさらに赤子、ずっと先の赤子に至るまでが、永遠の幸福を享受する神の国を、我らの血と犠牲を持って造り上げようではありませんか』



 説法がよどみなく朗々と続けられる中、ヴェストの背後にいたバーナードが、静かに動いた。


 相手が落下した瞬間に魔術の射程範囲内に入るべく秘匿していた身体強化を解放し、俺の真横、わずかに軋む義手の音と、パチパチと弾けるように帯電するメスガキ。

 ヴェストが、両の手を天に掲げ。




我らが主たる(ベネディクトゥス)神を崇めよ(ドミヌスデウス)────人の子に救いあれ、神の子に安寧あれ、神の名に負いて、汝らに罰を。聖歌隊(ハルモニウム)、第4楽章────』







福音あれ(ゴスペル)





 直後、澄んだ鐘のような音が鳴り響き。





「ガッ、ァアアあぁアあああ!?!?!?!?」

「クロさん!?」




 痛いイタイいたいい痛い痛い痛い痛い痛いイタイいたいいたいイィィィタイ痛いイタイいたいイタイ痛いイタイ!!!!



 頭が脳が腹が腕が足が首が内臓が心臓が肺が目が弾けて腐って混ざってグチャグチャにドロドロにズタズタにグズグズになる。


 脳が壊れる。

 頭がイカれる。

 気が触れる。

 気が狂う。

 狂ってしまう。

 ボクが俺が私が自分で無くなる。

 亡くなってしまう。

 いや違うそうじゃないソレは俺じゃない俺は俺は俺は俺は俺は



 俺は、ナナの、お兄ちゃんで。






「クロさん!!しっかりしてください!クロさん!!!」



 泣き叫ぶような悲痛な声に、意識が覚醒した。



 涙に歪む視界に映ったのは、混沌とした様相を呈する広場だった。



 頭を押さえ、あるいは自分の顔面を掻き毟り、目玉を抉り、自らの指を食い千切り、喉を引き裂いて死んでいく人々。



 地獄絵図めいた光景の中、金色がかった焦げ茶色の髪の少女が、静かに佇んでいた。



 ゆらりと振り向いた少女が、真っ赤な血の色に染まった龍の眼で、寂しげに笑い。




「ごめん、ナナちゃんによろしくって言っといて」



 直後、パチュンと水っぽい音を残して、少女の頭が爆ぜた。


 髪の毛混じりの脳漿と血が地面にまき散らされ、華奢な体が力なく倒れ込む。


 ふっと、黒い影が降って。



「クロさんっ、避けてください!!」



 ドンッ、と横から突き飛ばされて、そのまま地面に押し倒される。


 土埃と砕けた地面の欠片がパラパラと降り注ぐ中、灰色の鱗の龍が、俺の目の前で息絶えていた。


 風を切る異音に上を見上げて、猟銃に撃たれた鳥のように、龍が次々と落ちて来る。


 失楽園の一場面を切り取ったような光景に、思わず頭が眩み。





『死ね、死ね、死ね!!塵の様に死ね、クズの様に死ね、無様に死ね!!どうだ、ざまを見ろっ、思い上がりのトカゲモドキめが!!畏れ、慄け、死ね!!見下していた人間に殺される気分はどうだ!?座っていた椅子を叩き壊された気分はどうだ!?これが、これが人の、神の力だ!!貴様らは、取るに足らない虫扱いした人間に、羽虫のように墜とされて死ぬのだ!!!これが報いだ!神罰だ!これが人の怒りだ!!今、この瞬間!!貴様らは、自らが侮った人間に超越されたのだ!!ああっ、ああっ我が神よ!!今日この日に、この良き日に立ち会わせていただいた事に、御身の慈悲に感謝いたします!!!ご覧ください、我が神よ!!私の、我々の、教会の、人類の祈りは、ついにこの傲慢で許しがたい怪物の翼をもぎ取り、地に墜としましたぞ!!まさに、まさに今日この瞬間こそが人類文化の夜明けであり、世界を救うその記念碑なのだ!!!感謝いたします神よっ、我が神よ!!!』




 落下する龍の屍と喧騒にすら怯むことなく、狂信者が舞台の上で絶叫していた。


 被っていた教皇冠を振り落とし、長い白髪を掻き毟るようにして狂喜に悶える、狂った人間がいた。


 天を仰ぎ見た男が、吼えるように絶叫し。




『恐れろっ、理不尽共!!私たちの、人間の牙は、遂に貴様らの喉笛に届いたぞ!!!雁首揃えて待っていろ、私が、人間が、貴様らを──────』





『────龍を、この世界から絶滅させてやる』








いやぁ~………よくやく出せましたね、ヴェスト君。実はこの人、ボクの考えたキャラじゃなかったりするんですよね。

ボクの中学の頃の悪友3バカトリオの一角、マイクラ狂いでSF好きのボンバーマンが考えたキャラで、気に入ったから書くわと安請負したのですが、まぁ、だいぶ出すのが遅れちゃって申し訳ないですね。

まぁ、明日もう一本、幕間を投稿するので、そこでいくつか補完出来たらなと思います。


ではではー。

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