龍と皇帝とババアと小悪魔と
遅れてすまっそ。
自動車学校の教練がががが。
「りっ、くっ、だぁーーーーー!!!」
「り、りくだぁ~~………」
「ふわっ………なんか、まだ足元がふらふらしてるような感じですね………」
大げさな歓声をあげて船から飛び降りる変態と、何故か恥じらいながらそれに続くアマナ様と、認識阻害の魔術で黒髪黒目のメイドに化けたナナ。
あやかしの腹の中から脱出し、ついでに俺がレンチで頭カチ割られてから3日。
なすすべなく海の上を漂っていた俺たちは、行方不明になった俺たちを探しに来た神教国の軍艦に回収されて、無事………とは口が裂けても言えないが、とにもかくにも龍国に到着していた。
まぁ、従軍医療者のシスターを変態が口説いて何故か成功、そのままベッドインしようとしたのをアマナ様が殺そうとしたり、船酔いしたお嬢様がノックダウンされてナナに看病されたり、暇を持て余したサムライ共が聖騎士たちと模擬戦を始めたり、煙草をなくしたフィリアが義手義足の神経が焼き切れて動けなくなったり、暇で発情したエリナ様に襲われかけたり、カティア様に天誅されかけたり、色々、ほんっっとうに色々あったが、俺は生きています。
………うん、疲れた。
本当に、本当に、疲れた。
ちくしょうめ。
「というか、クロさん、本当に大丈夫ですか?顔色がすっごく悪いんですけど………」
「これが無事に見えるなら、一度眼科に行かれた方がよろしいかと」
「あっ、はい」
後ろから抱き着いて顔を覗きこんできたエリナ様にそう返し、地雷でも踏んづけたような顔のエリナ様。
体重をかけてきたのを背負いなおし。
「エリナ様」
「なんです?」
「周りから凄く見られてますよ?」
「いいじゃないですか、見せつけてやりましょうよ」
「イヤです」
「あうっ」
身体を引っ付けてきたエリナ様を引き剥がして放り捨て、非難がましい視線を向けられた。
「むぅ~………」と不満げに唸ったエリナ様が、俺の頬っぺたをむんずと掴み。
「なまいきです」
「ひゃめれふらひゃひ」
「いやです、ゆるしません」
「ひゅみまひぇんれひは」
「なにいってるかわかりません」
「ふなへっひょうな」
「うるさいですね、黙ってなぶられてください」
「ひはいれす」
「わかりました、離せばいいんでしょう?」
「ぷべらっ」
俺の頬を掴んだままムニムニしたエリナ様が勢いよく手を放し、変な声が出た。
若干ヒリヒリする顔の肉に無痛を掛け、なんだか少し嬉しそうに俺を見つめるナナ。
目が合ったことに気づいたのか、ナナがにへらと可愛らしく笑い。
「ナナ、どうかしましたか?」
「いえいえ。ただ、クロ兄さんとエリナさんって、仲良いなと思って」
「………?それは、まぁ確かに仲良くさせてもらっていますが、それが何か?」
「ナイショです、クロ兄さん」
「はぁ………」
いたずらっぽく微笑んだナナが、青とか紫とか通り越してゾンビめいた顔色のお嬢様の方へトテトテと向かい、聖騎士──模擬戦で引き分けた筋骨隆々のオッサン──と熱い握手を交わすアサカ様。
航海士相手に船の詳細な設計図が欲しいと駄々を捏ねたカティア様がミカ様に首トンで気絶させられ、ライカにドナドナされるのを傍目に、大きく伸びをして辺りを見渡し。
「ねぇねぇ、ソフィーちゃん。せっかくだからさ、京についたら2人でデートしない?」
「ふざけないでください。だいたい、私の任務は貴女方の監視です。今こうしていること自体、本来の職務から外れて」
「じゃあ私の監視ってことで。ねぇ、それならいいでしょ?」
「………いいでしょう。ですが、あくまでも監視、任務の一環です。それを忘れないでくださ」
「しんでくださいおねえさま」
「アダダっ、ちょっと、アマナちゃん、待っ」
「しね」
「グワーーーッ!?しょ、少年!!見てないで助け」
「エリナ様」
「なんですか、私は今少し怒って」
「京についたら、2人でデートでもしますか?」
「────っ!?なっ、ななななんで急にそんな事を」
「ダメ、ですか?あやかしの腹の中で俺とデートしたいと言っていたので、ちょうどよい機会だと思ったのですが………」
「………だめ、じゃ、ないです」
女騎士を口説いていた変態がアマナ様に後ろから襲われるのを無視して、自分でも笑ってしまいそうなレベルのあざとさで首を傾げ、エリナ様が顔を真っ赤に染めた。
もじもじするエリナ様が、両の手の平で俺の顔をむぎゅっと挟み込んで、「ですけど」と呟き。
「嘘ついたら、本気で怒りますからね?」
「承知いたしました、エリナ様」
変態の悲鳴が響き渡る中、冗談めかしたエリナ様に頭を下げた。
「では、使節団としての任務は継続という事ですか?」
「はい。皇帝陛下は貴方方の働きに期待しておいでです」
「………あの、俺たち、途中で龍やら海魔やらに襲われて遭難してるんですけど」
「それは聞いてます。災難でしたね。それはそれとして、偉大なる皇帝陛下は貴方達の働きに期待しておいでです」
「うっげぇ」
「カティアお嬢様、ハウスです」
龍国首都、帝国大使館。
常在大使のオッサンが無表情のまま呟き、カティア様が露骨に嫌な顔をした。
まぁ、まだ学生とはいえ国の使節団が1カ月近く遅れて、しかもその理由が道中のトラブルなら、普通は帰国させそうなものだが、我らがクソカスエンペラーに常識は通じないらしい。
パラパラと書類の束をめくっていたオッサンが、ずれていた眼鏡を戻し。
「とはいえ、貴方達の仕事は2日後の大聖堂の落成式への出席くらいです。黙って座ってるだけの楽な仕事ですし、特に何かしてもらう事もありません………というか、学生にそんな仕事、任せられませんし」
「それは………そうでしょうね」
「でしょう?ああ、それと、クロさんに陛下からお手紙をお預かりしています」
「ああ、ありがとうございま………今、なんて言いました?」
「陛下から、お手紙をお預かりしております。どうぞ、お受け取りください」
………は?
いや、え、うん、あん、は?
「クロ兄さん、いつの間に皇帝陛下と文通する仲になったんですか?」
「いや、そんなわけないでしょう?というかそもそも名前を知られるような機会が」
………いや、あったわ。
前に皇帝の私兵とやり合った時にロックオンしやがったんだ。
クソッタレ。
「………ちなみに、受け取らないって選択肢は」
「その場合、偉大なる皇帝陛下の命令を遂行できなかった罰として、最悪私が処刑されます」
「ファ〇ク」
「というわけで、読んでください」
「………今、ですか?」
「はい。手紙を読んだ貴方の反応を教えるように仰せつかっておりますので」
にこりともせずに封蝋の施された値の張りそうな手紙を差し出してくるオッサン。
鉛みたいに重い指先を動かし、封を切って。
『にゃ~んにゃん♡(意訳)』
たわけたセリフと一緒に、ダブルピースの皇帝のブロマイドが入っていた。
こめかみのあたりで血管が千切れる音がした。
大きく息を吸い、吐いて、もう一度吸って。
「上等だあんのクソファッキンエンペラー!!!次あったら首引き千切って愉快な前衛芸術にしてやる!!!!」
「くっ、クロさん!!まずいです、皇帝陛下への不敬罪は極刑ですよ!?」
「皇帝もクソもねぇっ、ぶっ殺す!!!」
「おおお落ち着いてくださいクロ兄さん!!ほら、ひっ、ひっ、ふー、です!!」
「ナナ、それは違うわ?」
「なんでご主人様が落ち着いてるんですかぁ!!」
「オッサン!あの爺にあったら伝えとけ!!今度会う時がテメェの短い老い先の終わりだってな!!」
「それは………本当に、よろしいのでしょうか」
「よろしいもよろしくないもねーよハゲ!!駅前の意味不明な謎オブジェみてーにして庭に飾ってやる!!!」
「ストップ!!ストップですクロさん!!これ以上はいくら何でもマズすぎますって!!」
「知るか!!」
上品な羊皮紙の手紙を破り捨てて床に叩きつけて踏みつけ、暗闇棺で消滅させた。
なんかもうどうでもよくなったのでついでに雄叫びを上げ。
「さすがに、それは看過できないねぇ」
不快な嗄れ声が耳朶を打った。
「………お久しぶりです、お婆様。お元気そうで何よりです」
「相変わらず堅いねェ。家族なんだから、お互いもっとフランクに話そうじゃないか。えぇ?」
長く伸ばした白髪を三つ編みにした、どす黒い目の老婆がいた。
噛みつくようにケタケタと笑った老婆が、怯えるオッサンを無視して、長椅子に腰掛け。
「おい」
「はい、何か御用でしょうか」
「消えろ」
「………は、はい?」
「消えろって言ったんだよ。死にたいのか?」
「………失礼いたしました。すぐに」
「はよ失せろ。殺すぞ」
殺人的な目で睨まれたオッサンが、赤ベコか何かのようにコクコクと首を振って逃げていった。
溜息をついたババアが、長椅子の上であぐらをかき。
「お久しぶりです、当主様。相変わらず壮健であられるようで、何よりです」
「うるさいな、色々話は聞いてるぞ?お前、ワタシのリーンにケガさせたんだってな?どう責任取るつもりだ?」
「お婆様、アレはクロのせいじゃな」
「いいや、全部こいつが悪いね、間違いなく。今ここでぶち殺してやりたいくらいだ。リーンがお前を気に入ってなきゃとっっくに殺してるね」
跪いて臣下の礼をとり、そんなことを言われてしまった。
普段関わりのない暴力的な雰囲気の人間に怯えたのか、お嬢様の後ろで縮こまるナナ。
短刀を抜き放ちかけた右腕を、意志力で押さえつけ。
「まぁ、ソレは別にいい。………リーン、その小娘は一体何だ?新しいペットかい?次から次にとっかえひっかえして、よくもまぁ飽きないもんだね」
「ナナはそんなのじゃ」
「おやおやぁ?まさか、口答えする気なのかい?半人前の吸血鬼風情が、この私に?親も身寄りも何もないクソガキを育ててやったのが誰なのか、忘れたのかい?」
「………私は、そんなつもりじゃ」
「そこの小娘もだよ。老婆心で忠告してやるが、長生きしたいなら消えるべきだね。それも出来るだけ早く。でないとアンタ、碌な死に方しないよ?」
「………」
「ああ、行き先がないってんなら私の従者として雇ってやってもいい。ウチの孫娘が迷惑かけたんだ、そのくらいの面倒は見て」
「いえ、それは別にどうでもいいんですよ。ご主人様の傍を離れるくらいなら死んだほうがよっぽどマシですし。ただ、私とご主人様ってどういう関係なのか、少し気になって」
「………なるほど?」
色々くっちゃべっていた婆がナナにそう言い返されて、変なものを見たような顔になった。
真面目な顔をしたナナが、「うにゅににに~………」と背伸びをして。
「ほら、例えば、ご主人様とクロ兄さんは奴隷とご主人様なわけですし、アサカさんとミカさんは恋人同士ですし、エリナさんとカティア様はメイドとお嬢様じゃないですか。でも、私とご主人様の関係性が、あまりはっきりしていないんですよ。恋人………だったらもちろんそれが一番うれしいんですけど、そういうわけじゃありませんし、あんまり奴隷って感じもないですし、メイド服は着てますけど、私、そんなにメイド感ないですし。かといって、ペットというのもなんだか………ああでも、ご主人様に飼われるのは魅力的ですね。でもやっぱり恋人も捨てがたいですし………」
「………なぁ、リーン。最近の若者はこういう感じなのか?」
「知らないわ?私、カティ以外にロクに友達いないもの?」
「………そうか」
恋する乙女みたいな顔のナナを見た婆が頭痛を堪えるような仕草をして、お嬢様のなにげないボッチ宣言に、少しだけ悲しそうな顔になった。
百面相めいたババアを華麗にスルーしたナナが、すっかり冷めてしまった紅茶を啜り。
「とにかく、です。私はご主人様の傍を離れる気はありませんし、そうなるくらいなら自殺します。むしろ、ご主人様のせいで私が死ぬなら本望ですし、そのあたりも含めて色々と心外ですし不快です。私の事を心配してくださっているのは嬉しいんですけど、それはそれとして消えてください」
「へぇ、この私相手に、ずいぶんな口を利いてくれるじゃないか。まさかアンタ、自分が殺されないとでも思ってるんじゃないだろうね?」
「いえ、クロ兄さんに助けてもらいます」
「んん?」
なんか、変な事を聞かされたような気が。
「いや、だからクロ兄さんに助けてもらおうかなって。ほら、クロ兄さん強いですし」
「まぁ………そりゃ確かに、ナナに言われればなんでもしますが、さすがに帝国とやり合うのは、ちょっと遠慮したいですかね。立場がマズい事になるので」
「そうなったら、皆で逃避行ですね、クロ兄さん」
「ですね。まぁ、色々と厳しそうですが、ナナに手を出すのなら生かしておくわけにはいきませんし、そうなる前にご当主様を殺すしかないですね。大恩あるご当主様に刃を向けるのは心が痛みますが、ええ、仕方ありませんから」
「お前そんなこと思ってないだろ」
「ソンナワケナイデスヨヤダナー」
「胡散臭ぇ」
いつの間に図太くなったのか、コテンと可愛らしく首を傾げてなかなかえげつない事を言うナナ。
冗談めかして追従して、呆れたような眼を向けてくる婆。
ムカつく顔に頭の中で中指を立て。
「ま、私も今ここで殺り合う気はないさね。今日はただ、可愛い可愛い孫娘の顔と、その孫娘のお気に入りを見に来ただけだ」
「………カティ、どう思う?」
「信じらんないね、正直」
「おいおい、随分と好き勝手言ってくれるじゃないか。人の心は無いのかい?」
「少なくとも、サイハ御婆様よりかは持ち合わせてますよ。………それで、龍国にはやっぱり仕事で?」
「ここ最近はずっとこのあたりで仕事続きだ。遠征が終わってようやく家で羽を伸ばせると思ったら、今度は龍国で指令があるまで待機しろと、皇帝陛下のご命令でね。まったく………陛下ももうぞろ痴呆が始まったんじゃないのかね。というか、そろそろポックリ逝くだろ、あのジジイ。後継者候補もロクなのいないし、帝国の終焉も近いのかもねぇ」
「あ、あはは………聞かなかったことにしておきますね。………エリナ、お茶のお代わりと、ついでにお茶請けもお願いね?」
「承知いたしました、カティアお嬢様」
ソファーの上でアグラをかいたババアがちょっと世間に流せないようなセリフを吐き、表情筋を痙攣させてなかったことにしようとするカティア様。
なんだか妙に貴族然とした態度でエリナ様にお茶の用意をするように命令し、これまた妙にメイド然とした態度で応えるエリナ様。
この2人、こんな風な会話も出来たんだななどと思いつつ、手伝おうと席を立ち。
「あの、お義婆様、ちょっといいですか?」
「アンタにそう呼ばれる義理はないけど、どうかしたのかい?」
「帝国がお終いって、どういう事なんですか?」
「あぁ………簡単に言えば、現皇帝陛下の後釜に就けるような奴が皇族にいないんだよ。女を抱くことしか頭にない第一皇子に、発狂して幽閉された第二皇子。第三皇子は病気で臥せったままで、まともだった第五と第六皇子は第四皇子に謀殺された。第七皇子はまだマシだが、海千山千の宮廷貴族共とやり合っていく実力は無い。今の帝国は、皇帝陛下と官僚連中が持たせているようなものなのさ。………その皇帝陛下ももうあまり長くなさそうだし、千年続いた帝国も、そろそろ年貢の納め時って奴が来てるんだろうよ」
不思議そうな顔のナナのセリフに、やれやれと肩をすくめてそんな事を言うババア。
張りつめていた空気が、僅かに弛緩し。
「なるほど………お義婆様も大変なんですね」
「ま、護帝六騎士──────私らみたいなのは、汗水垂らして薄給で戦うのが仕事だからね。仕方ないさ。………それじゃ、ババアはそろそろお暇させていただこうかねぇ。またな、リーン。元気でやれよ?」
「………そちらこそ、どうかお元気で」
「キシャシャシャッ、つれないねぇ………」
軋むような声で笑ったババアが、ヒラヒラと後ろ手に手を振りながら部屋を出ていった。
「わかっているとは思いますが、くれぐれも、くれぐれもナナの事をよろしく頼みます、児雷也様」
「わかりました、わかりましたから、いったん距離取ってください。というか爪が肩に食い込んでアイタタタ!?」
防諜結界を施した龍国大使館の一室。
目の前の少女………というかクノイチが悲鳴を上げ、そこで初めて、相手の肩に爪を立てていたことに気づいた。
ゆっくり息を吐いて、吸って、心を落ち着かせ。
「………失礼いたしました。つい、興奮してしまって」
「………あの、アサカ様、私、大丈夫ですよね?理不尽にも吹き飛ばされたりしませんよね?というか、この女の子もドチャクソ可愛いクセして普通にヤッベェ感じのオーラ出してますし、もう既にお先真っ暗というか一寸先が深淵的な気分なんですけどホントにホントに大丈夫なんですよね?」
「えっと………私が、どうかしたんですか?」
「あ、や、何でもないですよ?」
「?」
いつものメイド服とは打って変わって、地味な色合いの着物を着たナナと、一点の曇りもない目で見られて居心地悪そうに佇むクノイチ。
クーデター決行に備え、ナナを比較的安全な革命軍の潜伏場所に避難させるために呼んだのだが………正直言って、僅かに不安が残る。
「というか、わざわざ私が後方に護送しなくても、貴方が直接守ればよくないですか?ぶっちゃけ、この中の人間で一番強いの、貴方ですよね?」
「それはそうですが、乱戦状態でもナナを守り切れると思うほど傲慢ではありませんし、何よりも、今の俺は体に特大の爆弾を抱えた状態です。もしこうでなければ、ずっとナナの側にいたのですが………」
「ねぇ、クロ。貴方、今、さりげなく自分が最強宣言したわね?」
「まぁ………あやかしに使ったアレの直撃とか、ちょっと考えたくないですもんね。そうやすやすと負けるつもりはありませんが、打点の高さという意味ならクロさんが一番なんじゃないですか?」
「強い弱いで言うなら、そこの赤髪の人はすっごく弱そうですけどね。オーラがまるでありませんし」
「………なんか今、えげつない流れ弾に被弾した気がするんだけど」
「でもお嬢様ってザコですよね?」
「エリナ、後でお仕置きね?」
「そんな~………」
余計な事を言ったエリナ様が有罪判決を食らったのを横目に、グルリと首を回し。
「ナナ、体調に気を付けて、夜更かしはしないようにしてくださいね?」
「はい!!」
「いい子です、ナナ」
旅装の分厚いフードの上からポンポンとナナの頭を撫で、俺に抱き着いてグリグリと頭をお腹に押し付けてくるナナ。
可愛い。
すごく可愛い。
このまま抱き締めて回って踊り出したいのを、グッと堪えて。
「児雷也様。繰り返しではありますが、どうか、ナナの事をよろしくお願いいたします」
「かしこまりました。ま、私はこれでも結構強い方ですし、安心してくださいな。………それじゃ、ナナ様、もう行きましょうか」
「はい。………あ、ご主人様、ちょっといいですか?」
「? どうかしたのかしら?」
「いえ、そんな大したことじゃないんですけど………」
「?」
なんだか少し嬉しそうに微笑むナナと、それを見て不思議そうな顔をするお嬢様。
トンと弾むようなステップを踏んだナナがにへらと笑い、お嬢様をギュっと抱きしめた。
唐突なスキンシップに目を白黒させたお嬢様が、ナナに声を掛けようとして。
「~~~~~~っ!?!?」
「ふふ………コレ、結構、恥ずかしいんですね。でも、ご主人様がびっくりしてくれたみたいで、よかったです」
いきなりキスされたお嬢様が声にならない悲鳴を上げ、そのまま貪られる事しばらく、「ぷはっ」と吐息を漏らしたナナが、唇についていた唾液を拭い。
「………ご主人様、頑張ってくださいね?」
「あ、うん、わかったわ?」
硬直したまま赤面するお嬢様を見つめるナナの笑顔が、どこか小悪魔めいて見えた。
「まったく………ナナ、いつの間にあんなに成長してたんだろうな」
あてがわれた自室のベッドに仰向けに横たわって独り言ち、返ってくるのは、僅かに震える窓と、その向こうで揺れる朧月の灯りだけ。
テーブルランプの明かりを消し、眼を閉じて。
「ガハッ、ゴフッ、げほっ、おえっ………」
喉奥からせり上がる血餅と、急速に色を失って明滅する視界。
咄嗟にうずくまって口を覆った指の隙間から赤黒い粘液がボトボトと垂れ落ち、ベッドシーツに赤黒いシミを描いていく。
痙攣する気管と動作不全を起こした肺臓を宥めることしばらく、ゆっくりと引いていく咽頭を掻き毟られるような激痛を、震える手で注いだ水で、飲み下した。
やや硬い枕に頭を預け、口の中に充満する、鉄錆のような、腐ったような気色悪い血液の味。
俺の、内臓の味。
いつもより苦労して、息を吸い、吐いて。
「………痛ぇな、チクショウ」
左腕が、酷く痛む。
血も神経も通っていない義手が、ギリギリと、軋むように痛む。
あやかしのクソ野郎をぶっ殺してからこの方、無痛の魔術で誤魔化してきたが、流石にそろそろ限界が近いらしい。
地獄門の威力を考えれば、むしろこれだけの反動で済んでよかったというべきだろう。
俺が最適解をとったことには変わりないが、それはそれとして現状がかなり厳しいのも、また事実。
出来ればナナが1人でも無事に生きていけるようになるまで、最低でもクーデターが終わるまで持って欲しいところだが………さて、どうなることやら。
「まぁ、当たって砕けるしかないわな」
ボソリとそう呟いて、眼を閉じた。
次回予告
クッソ回り道した結果、ようやく龍国に辿り着いた主人公一行。
だがそれは、さらなる悲劇と闘争の幕開けに過ぎなかった。
戦火に焼かれる龍国で、黒龍は闇夜に慟哭し、狂った復讐者の哄笑が呪詛のように世界に満ちる。
龍と狼は、戦場で何を見て、何を想うのか。
「ぬああああああっ」
「えっと、クロさん、どうしたんですか?」
「タンスの角で小指をクラッシュして悶絶して七転八倒してたらササクレが手に刺さって跳び起きたら指の爪と肉の間を紙で切ってそれから」
「もういいです、もう、十分です、ナナさん。こっちまで痛くなってきました」
「そうですか?」
「はい、十分です」
「ちなみにその後で床板を踏み抜いて下の階に落っこちた拍子に股間を強打して」
「もういいです!!」
次回「異世界式ピタゴラスイッチ」




