暗中模索・REMEMBER・LOVERSTALK
お久しぶり大根、アンデッドアンラックアニメ始まりましたね(あいさつ)
来たる10月31日!日没と同時に我々はハロウィン回を投稿する!!というわけで、時間ねぇのにハロウィン回カキカキコしてたらリミットブレイクしました。
腹を切ってお詫びいたします(絶命)
「後方からデブ3匹、トビウオ2匹!クロさん、対処してください!!」
「承知致しました、ミカ様」
黒く油の浮いた水面を、黒いゴムボートが弾むように駆けた。
揺れるその上で響く絶叫じみた警告にナイフを投げ、胸鰭と癒着した前足を羽のように使い、水面を蹴り飛ばしながら滑空する、きわめて冒涜的なインスマスを撃墜。
もんどりうって水面に落下したソレに、後続のやたら肥えたインスマスが激突して動きを止め。
「連爆鎖」
短刀に仕込んだ魔術回路を起点に発動した広範囲爆撃が、元から汚かった化物どもを汚い花火に変えた。
飛び散る肉片と血飛沫の向こう、魚類のくせして咆哮を上げるバカの脳天を撃ち抜いて沈黙させ。
「リーンさん!右舷前方、敵多数!!火砲支援を」
「わかってるわ?」
やけに暢気な声が響き、直後、電動のこぎりを思わせる駆動音と炸裂音。
腰だめに構えたぶっ壊してぶっ壊すが薙ぎ払われ、見通すことすら出来ないような暗がりの奥を撃ち抜いて、血霧を飛び散らせる。
地獄めいた光景の中、片腕をもがれたインスマスが、ゴムボートの上に這い上がり。
「悪いなのび太、このボートは2人乗りなんだ」
五郎丸キックで蹴っ飛ばして、間髪入れずに放った影鞭でしめやかに爆発四散。
指パッチン1つ、魔力を練り上げて。
「付呪・二枚舌、しとどの空に影が降る」
対象を呪殺する影の鏃の群れが瞬時に展開され、一斉に降り注ぐ。
勘のいい何匹かは水に潜るなりして回避行動を取ろうとしたようだったが、物理的な防御を無効化して突き刺さる高密度の刃の群れを受けきれずに命中、内側から爆散して死んでいく。
腐ったような血と肉の雨を波が飲みこんで、兵どもが夢の跡。
まったく。
「弱いくせに、頭数ばっか揃えやがって」
「むしろ弱いから群れるのでは?」
「なるほど?」
アサカ様の至言に合点がいったので殴り飛ばし、鍔鳴りと、錆びて砕けるインスマス。
納刀した体勢から掌底と裏拳が飛び、首の骨をへし折られたインスマスが水中に落ちる。
懐から鉄球を引き抜き。
「気を付けてください、ナナ。水中に引きずり込まれでもしたら大変ですから」
「わかりました!!」
ナナの背後から這い寄るインスマスの頭を潰して抹殺、おとなしく跳び退ったナナが「うにゃあああ!!」とよくわからない雄叫びと共に腕から突き出た機銃を乱射するのを傍目に、跳びかかってきたデブにダイナマイトを飲ませてビンタ。
頭を掴んで後続に投げつけ、醜悪な魚人共が纏めて消し飛ぶ。
宝物庫から取り出したガソリンタンクを投げつけ。
「今です!エリナ様、カティア様!!」
「了ッ解!!」
やたらデカい筒を担いだエリナ様が引き金を引き、着弾。
吹き荒れる爆炎と、焼け焦げながら水面を転げまわる怪物たち。
流石の惨状に怯んだのか、追撃が止んだ、その一瞬を衝き。
「これでも食らえっ!」
緩やかな放物線を描いて飛んだ暴徒鎮圧用の催涙手榴弾が炸裂、ゲコゲコと無様に喘ぐような悲鳴が暗闇に響き渡り、遠ざかっていった。
「………どうやら、なんとか撒いたようですね」
「と言いつつ後ろからぬるっと」
「そうなったら殺すだけです。問題ありません」
「脳筋ですねぇ~………」
「離れてください、エリナ様」
「そんなぁ~」
ぬるっとした動きで抱き着いてきたエリナ様を振りほどき、装備していた義手を検める。
駆動部に油を差し、布でよく磨き、汚れを落とす。
ねじを引き抜いて前腕部を開き、手首辺りの接合パーツにヒビが入っていた。
………相当無茶な使い方をしてしまった自覚はあったが、この程度で壊れるか。
近いうちに、本格的な義手のグレードアップが必要になりそうだ。
大事な場面で空中分解でもされようものなら、目も当てられない。
もっとも、それもこのバケモノの腹の中から無事に戻れたらの話だが。
思わずつきそうになる溜め息を噛み殺し。
「しっかし………こんな人間じゃ扱えないような武器、よく使いこなせるよね」
「筋力と魔力には自信があるわ?」
「そういうレベルじゃないんだけどなぁ………」
少し離れたところでぶっ壊してぶっ壊すを分解整備するカティア様と、困り顔のナナを抱きしめたまま喋るリーンお嬢様。
なんだかほっこり癒されながら、少しぬるくなったお茶を啜り。
「取り敢えず、これからどうするか、どうするべきなのか、しっかり話し合いましょう。第一目標は他の皆様との合流、第二目標として、腹の中からの脱出が挙げられますが………」
「まだ合流できていないのは、フィリアさん、アマナ様、クラリス様、ライカちゃん、それと………」
「俺のお爺様と甚左衛門殿だ。2人とも腕は確かだし、まず間違いなく生き延びているはずだ。少なくとも、お爺様が寿命以外で死ぬとは思えない」
ミカ様のセリフを継ぐようにして、ずっと瞑目していたアサカ様がボツリと言った。
まぁ、あの大剣豪に頭をブチ割られそうな牢人はともかく、ジジイの方は殺しても死ぬようなタマには見えなかった。
というか、龍化しないと勝ち目が見えないジジイとか何なんだよ。
芦名か?
ここは芦名でアイツは一心様なのか?
芦名無心流とか使いださないよな?
火牛ならまだしも獅子猿とか首無しとか来たら嫌だぞ俺は。
「クロ兄さん、どうかしましたか?顔色が悪いですけど………」
「何でもありません、ナナ」
「そうですか?………具合が悪かったら、すぐに言ってくださいね?看病くらいなら、私にも出来ますし」
「ありがとうございます、ナナは優しいですね」
「にへへ………」
適当に誤魔化して茶を濁し、嬉しそうにはにかむナナ。
可愛い。
ナナ可愛い。
なんだか生温かい視線を感じるが、気にしてはいけないのだ。
咳払い1つ、口を開いて。
「フィリアはアレで生き汚いタイプの元殺し屋ですし、おそらくは無事かと。へんたゴフッゲフンゲフン………クラリス様も、生命力が強いタイプの人間でしょうし、あのへ………人が生きているなら、アマナ様もきっと無事でしょう」
「クロさん、今、変態って言いかけましたよね」
「言ってません」
「ナチュラルに2回、変態って言いかけましたよね」
「言ってません」
「………まぁ、いいでしょう。聞かなかったことにしてあげます」
「感謝します、エリナ様」
「その代わり、脱出できたらススキヤのケーキを」
「奢りませんよ?」
「そんにゃ~………」
さりげなく奢らせようとしたエリナ様を切り捨てて。
「とりあえず、備え付けの信号発生器を起動したまま流れていくしかなさそうですね。あとは………お嬢様のぶっ壊してぶっ壊すを使わないことぐらいでしょうか?他の皆様がどこにいらっしゃるか分からない以上、流れ弾に被弾でもしたらかなりマズい事になります」
「あぁ………まぁ、アレで撃たれた人がどうなるかとか、考えたくないもんね」
「ミンチより酷い事になるわ?」
「というか、アレ設計したのナナちゃんなんだよね」
「可愛い顔してえげつないもの作りますね。流石はクロさんの妹です」
「………なんか、貶されてるような気がするんですけど」
方向性の話が変な方に転がって、流れ弾に被弾したナナが、不貞腐れたみたいにジト目になる。
少しアレな気もするが、人類には扱えないクラスのバケモノを生み出した責任は重い、かもしれない。
それはさておき。
「それと、お嬢様、お調子はいかがでしょうか?一応ここもボートの上ですが………」
「お腹はペコペコだけど問題ないわ?」
「なるほど?」
流水の上にいて大丈夫なのか聞いて、ケロリとした顔のお嬢様。
よくわからないが、巨大生物の腹の中だから対象外とか、そんな感じだろうか?
どっちにしろ、都合がいいならそれでいいが………
「では、俺とエリナ様で前方の警戒をしましょう。ミカ様とナナは後方で、お嬢様とアサカ様は、船に乗り込まれた時の最終防衛ラインをお願いします」
「それじゃ、ボクはエンジンの修理でもしておくよ。材料がちょっと足りないけど、まぁなんとかなりそうだし、前から試したかった回路が幾つか」
「カティア様、くれぐれも、妙な事はなさいませぬように。この状況で何かあっては事ですから」
「わかってるってば。ワンコ君は真面目過ぎるんだよ、もうちょっと、肩の力を抜いてもいいんじゃないの?」
どこから取り出したのかモンキースパナを後ろ手に振り、ケラケラと笑いながら天幕の影に消えていくカティア様。
すごく、すごく不安だが、残念ながらどうしようもない。
世は無情、渡る世間はバカばかり。
いつだって俺みたいなちゃんとした奴がワリを喰うんだ、俺は詳しいんだクソが。
というか。
「バーナード!!テメェっ、いつまでサボってんだ!!」
「ひぐっ、ぐすっ」
「大の大人がぐずってんじゃねぇよ!キモいんだよクソが!!」
「ちょっ、クロさん!流石に言い過ぎで」
「言い過ぎもクソもありませんよ。コイツみたいな奴に遠慮は無用です」
絶賛すみっコぐらし中のバーナードを怒鳴りつけ、気色悪い泣き声。
腹が立つ。
つーか、この状況で心折れるとか、マジでメンタル脆すぎだろ。
聖職者ならそれらしくしろよ、切実に。
溜息をむりやり飲みこんで。
「クロさんクロさん、予備の拳銃用弾薬はありますか?無ければ短機関銃でも問題ないんですけど………」
「予備の機銃と45発入りの弾倉が5個あります。自由にお使いください」
「わかりました。ナナさんの分は」
「自前で銃が出せます!」
「………前々から思ってましたけど、ナナさんって地味にハイスペックですよね」
「頑張ってるので!!」
「………それ、努力でどうにかなるものなんですかね」
「わうっ?」
ねだられたので適任そうなミカ様にありったけの弾を渡し、ズビシッと元気に挙げた手から銃身を突き出すナナ。
相変わらず、びっくり箱みたいな体だ。
ミカ様から呆れたような眼で見られたナナが、不思議そうに首を傾げるのを横目に、義手にグレランを装備し。
「現在の目標は、はぐれてしまった他の皆様との合流と、コイツの腹の中からの脱出です。戦闘は可能な限り避け、被害を最小限に抑えて行動するように」
「くっ、クロさん!後ろ、後ろ!!」
「うん?」
慌てたようなエリナ様の声に振り向き、空中で槍を突き出すインスマスがいた。
「ゆるさねぇ、絶対にゆるさねぇ。絶滅させてやる」
「余計な戦いをするなといったのは、クロさんじゃないですか」
「知るか。皆殺しにしてやる」
「過激ですねぇ………」
当然のように俺を抱きかかえるエリナ様を振りほどき、呆れたような萌黄色の眼。
どこか気まずいソレから目を逸らし。
「それで、クロさん。実際のところはどうなんです?あの魚人、そこまでヤバいんですか?」
後ろからぎゅっと抱きしめられた。
甘く香る金木犀の匂いに混じる、微かな磯の臭い。
柔らかな肢体に体を預け、眼を閉じて。
「………正直、アイツラ自体は大した脅威じゃありません。ありませんが、俺の知識が正しかった場合、アレを支配している存在がいるはずです。流石にこの腹の中にいるとは思えませんが………」
「強いんですか?」
「最悪、勝負にすらならないかと」
「おぅ、マジですか。そりゃ確かにヤバいですね」
「はい」
若干引いたみたいな声音のエリナ様に頷き、静寂と、穏やかな波の音。
緩やかな呼吸音と心臓の鼓動が意識レベルを低下させていく中、コトリと軽い音がした。
視界の端で揺れる翡翠色の髪と、首筋を擽る暖かな吐息。
妙に艶めかしく映るソレを意識した瞬間、ドクンと血の加速する音が脳に響く。
わけのわからない混沌めいた感情が思考を支配し、頭が回らなくなる。
熱病じみた渦を、むりやり飲み下して。
「………ねぇ、クロさん。1つ、いいですか?」
「なんなんですかぁっ!?」
ゾクリと背筋をつたう、冷たく甘い感触。
肩甲骨のラインと背骨の間を弄られ、うなじを喰まれる。
やけに粘着質な気配を纏ったソレから全力で跳び退り、少し残念そうな顔で義手の指先を蠢かせるエリナ様。
やけにうるさく鳴る心臓を押さえ。
「エリナ様っ、急に何を」
「翼、今日は生えてないんですね」
気づいた時には体が動いていた。
義肢に足払いをかますのと同時に肩を掴み、体重をかけて押し倒す。
色白の首に、引き抜いた短刀を叩きこみ。
「ストップです、クロさん」
蒸気の噴出するような音と、喉元に突きつけられた揺らめく刃。
不快な高周波を奏でる白刃は、黄銅色の義手の手首から飛び出していた。
明らかに危険な香りのする凶器が、首の皮をわずかに抉る。
溜息を、何とか飲みこんで。
「………エリナ様、なんでこんな事を?」
「いえ、クロさんが私を助けてくれた時、コウモリの羽みたいなのが見えたので。普段はどうやって収納しているのかなって」
「子供ですか」
「気になったんだから仕方ないじゃないですか!!まさか、あんなに怒られるなんて思いませんでしたし、私は悪くないです!!」
「どう考えても悪いでしょう」
「あうっ」
すっとぼけたことを言うエリナ様の額に短刀の柄をぶつけ、可愛らしい悲鳴が上がる。
思いっきりのけぞる駄メイドの顔を正面から覗きこみ。
「………ねぇ、クロさん」
「………なんですか、エリナ様」
エリナ様が両腕を俺の首に絡め、回る視界と、髪に擦れるゴムボートの感触。
さっきとあべこべの位置で俺を見下ろす、萌黄色の瞳と義眼。
薄い唇が、ためらいがちに開き。
「クロさん、私は貴方が好きです。大好きです。心の底から愛していると、胸を張って言えます」
「………ですが、なによりも先に、私はお嬢様のメイドです。それ以外の生き方なんて、分からないし、できっこないんです。もしも、クロさんがお嬢様を悲しませたり、傷つけたりするような事になれば、私は、きっとあなたを殺すでしょう」
「………怖いんです」
「私は、そうなることがどうしようもなく怖いんです。
クロさんを殺してしまう事が怖い。
クロさんを殺した私がそれまでの私と同じでいられるか、わからないのが怖い。
クロさんを失う事が、お嬢様にお仕えできなくなる事が、自分の一番大事なものを失ってしまうのが、耐えられないくらい怖いんです」
「………だから、どうかお願いです」
「クロさんの事を、教えてください」
「私を、不安にしないでください」
絞り出すような嗚咽と、首元を熱く濡らす涙。
俺の胸元に顔を埋めたまま泣きじゃくるエリナ様をどう宥めようか悩むことしばらく、諦めて成り行きに任せた。
「すいません、少々取り乱しました」
「アレ、少々ってレベルでしたか?」
「黙っててください、クロさん」
「ひゃめひぇくらはい」
ツンと澄まし顔を取り繕うエリナ様に突っ込み、ムニィと頬を引っ張られた。
そのままムニムニしてくるのをなんとか逃れ、不満顔のエリナ様。
可愛い。
可愛いが、喋りにくいのでやめて欲しい。
「コホンっ!」と可愛らしく咳払いをしたエリナ様が、真面目腐った顔をして。
「まぁ、いいです。とりあえず情報全部吐いてください、クロさん」
「なんでですか、エリナ様」
「吐いてください」
「だからなんでか聞いて」
「吐け」
なんだか疲れたような顔で聞かれて理由を尋ね、殺人鬼めいた眼差し。
………これ、逆らっちゃいけないタイプのヤツだ。
とはいえ、情報と言っても特にないし。
「申し訳ありませんが、そもそもコレと言って話せるような内容がないので………」
「好きな食べ物とか」
「ナナの淹れてくれたお茶と、ナスのテンプラ。後は濃いコーヒー、ですかね」
「好きな本」
「ジョン・スタインベックの怒りの葡萄。徹底的に救いのない展開とどうしようもなく詰んだ感じが好きでした」
「好きなオペラ」
「あいにく、オペラを観たことがありません」
「そうですか、残念ですね。今度、共和国に観に行きましょう。ついでにオペラ座も案内してあげます」
「はぁ、ありがとうございます?」
じゃなくて。
「あの、エリナ様。なにかこう、もっと他に訊くことがあるんじゃ」
「そうですね、クロさんの家族構成を教えてください」
話が妙な方向に行きかけたので軌道修正を図り、真顔で変な事を言うエリナ様。
なんだか頭が痛くなってきたが、まだだ、まだ終わらんよ。
「エリナ様」
「なんです?」
「なんか他に、訊くことないんですか?俺の過去とか、なんでお嬢様の奴隷になったのか、とか」
「一瞬そっちを聞こうか悩みましたけど、よくよく考えたら、ここでクロさんの好きなものを聞いておけば、クロさんの好みに合わせやすくなるかなって」
「ホントによく考えてそうなったんですか?」
「?そうですけど?」
「もうダメだこの駄メイド」
「あっ、酷い!言っていい事と悪い事があるって知らないんですか!?」
ギャーギャー喚くエリナ様を傍目に、しばし考え。
「家族構成といっても、ものごころがついた時には天涯孤独の身でしたし………ナナは俺の妹ですが、血の繋がりがあるわけじゃありません」
実際、生まれてこの方、親の顔を見た覚えもなければ、兄弟と呼べるような龍に出会った記憶もない。
嘘は言ってないからセーフだろう。
あくびを噛み殺しつつ、水筒の蓋を回し
「そう、ですか。………じゃ、じゃあ、その、クロさんのす、好きなタイプとか………」
………いや、本当にそうか?
なにか、大事な、絶対に忘れてはいけないものを忘れている気がする。
………そうだ。
俺の親父はプログラマーで、母さんは専業主婦だった。
オヤジの苦労話をアイツがいつも面白そうに聞いていて、少し悔しかったからよく覚えている。
そうだ、自分も話せるように勉強して、結局何も分からなかったのと母さんに揶揄われて嫌になってやめたんだった。
小学生の頃、親父が買ってきてくれた漫画に嵌ったのを覚えている。
犬を、一匹飼っていたんだった。
しとどに雨の降る晩、公園で捨てられてたのを特売帰りの母さんが拾ってきて、前から犬を飼いたがっていたアイツが、廊下ではしゃいで転んで泣いたのを、よく覚えている。
真っ黒い毛並みの、不愛想な奴で、アイツに抱えられている時、いつも困ったみたいに眉を寄せていたっけ。
雷が苦手で、一発降るとすぐソファーの下に潜り込むから、天気が悪くなった日はいつも埃まみれになっていた。
飽き性のアイツが、塾に通い出した中学の終わりまで、真面目に朝晩の散歩を続けたのが、なんだか少しいじらしかった。
ああ、なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか。
親の仕事も、家族構成も、大切な事は、全部覚えている。
ならなにも、問題なんてな。
………本当にそうか?
なにか、致命的な見落としがある気がする。
それも、決してしてはいけない類の、見落としが。
悪友の坂田と飛山と中谷の名前は、覚えている。
薄らハゲだった担任の川口も、覚えている。
万有引力を発見したのはニュートンで、エジソンは偉い人だ。
好きだった映画の内容も、好きな小説のセリフも、全部覚えている。
だが、確実に、何かを忘れている。
忘れてはいけないものを、忘れている。
何かを、忘れて。
「クロさん、大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」
真正面から俺を見つめる、不安そうに揺れる萌黄色の瞳。
耳鳴りと眩暈を伴って、波が引くように、世界に音が戻る。
せり上がる吐き気を堪え。
「………大丈夫です。少し、考え事をしていただけです」
「何かあったら、遠慮せずに言ってくださいね?これでも私、クロさんよりはお姉さんですから」
「へけっ」
「ちょっと!何で笑うんですか!?」
「むしろ笑う以外にどうしろと?」
「そこまで言います!?」
姦しく騒ぐエリナ様に、少しだけ癒されながら頭を振り。
「それで、他に何か聞くことはありますか?」
「………いえ、なんだかもういいです。疲れました」
「然様ですか」
不貞腐れたみたいな顔のエリナ様がそっぽを向いて天幕に持たれるのを横目に、ふと、遠くの暗がりを見つめ。
「うん?」
「………どうかしましたか?」
「いえ、今何か光ったようなッェルンゲブラバ!?」
「クロさん!?」
無明の暗黒空間の奥に何か稲光めいたようなものを捉え、次の瞬間、俺は盛大に吹っ飛ばされていた。
何を言っているのかわからねぇと思うが、俺だって何が起こったのかわからねぇ。
超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあない、もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。
乱回転する視界とエリナ様の悲鳴が響く中、そんな事を考えながら着水。
生臭い水を大量に飲んで噎せ返り、眼の奥で涙が溢れる。
不快にべたつくドブみたいな水を吐きながら、這う這うの体でボートに這い上がり。
「あいったたたたた………あれ?ここどこ?」
「テメエかよクソガキ」
女の子座りで頭を擦るメスガキがいた。
一話より友情出演(友情):悪友トリオ アル中無免バイカーの坂田・限界パチンカスの飛山・万年ベンチ野球部員の中谷。
改めて見ると中谷以外全員法に触れとるやんけ。




