受難&クトゥルフ
いあ・いあ、はすたぁ(ギリギリ間に合った)
「いやはや………なんだか、また大変な事に巻き込まれてますね、クロさん。トラブルメーカーの星にでも生まれたんですか?」
揶揄うような声音が耳朶を打ち、沈んでいた意識がゆっくりと覚醒していく。
上体を起こし、俺の腹の上に跨ったまま、目の前でにやにやと笑う銀色の髪の少女。
心根まで見透かして抉るような蒼い瞳を、見つめ返し。
「あっ、ちゃんと皆さんも助けましたから、そこは大丈夫ですよ?私はクロさんほど薄情じゃないので」
どこまでもどす黒く広がる空間で冗談めかした狼少女が、獲物を締め上げる蛇のような動きで抱き着いてくる。
頸動脈を圧迫する両手を、振り払い。
「とにかく、エリナさんを見捨てなかったのは褒めてあげます。ナイス判断です、クロさん」
やったらいい動きでサムズアップする少女を抱えて立ち上がり、目の眩むような感覚。
いやに重い頭を振って、少し離れたところに木製の扉が見えた。
コアラみたいにしがみついてくる少女を背負いなおし、扉に手を掛け。
「ああ、それと」
「クロさん」
「どこまで思い出しました?」
いつの間にか、正面に少女がいた。
どす黒い、死に腐ったような眼に、至近距離から覗きこまれる。
得体の知れないものが蠢く瞳孔から、目を逸らし。
「………悪いが、そもそも何についてかが分からん。答えようがない質問だな」
「………そう、ですか。わかりました、今日はもう帰っていいですよ?というか、普通にナナさんピンチですし」
「おい」
「冗談ですよ。私、ナナさんのこと好きですから」
「………友人として?」
「恋愛対象としてですね。泣き顔とかかなりエッチですし」
「おい」
コイツ、いま、聞き捨てならないことを。
「いいから、ほら、もう早く行っちゃってください」
「まて、さっきの話は」
「また今度です。ね?」
「このっ」
俺を追い出そうとする狼少女に全力で抗い、名状し難い怪力に押し込まれる。
というか、力、つよ。
「さようなら、クロさん。また会いに来てくださいね?」
一寸先も見えぬ深淵へ突き落され、落下していく俺の視線の先で音を立てて扉が閉じた。
うすぼんやりとした暗闇の中で、意識が覚醒した。
妙に重たい感触を覚え、上気した顔で俺の腹の上に跨るエリナ様と目が合う。
発情したような顔のまま固まったエリナ様が、酸欠の金魚よろしくパクパクと口を開き。
「あのっ、クロさん、これはその違」
「呪痺霧」
「あばっばばばっ!?」
最後まで言わせず放った呪縛がエリナ様を麻痺させて拘束する。
そのまま手早く亀甲縛りに処して吊るし上げ、ひりつくような喉の渇きに気づいた。
近くに転がっていた水筒の中身を飲み干して。
「さて、どうしてあんな事をしていたのか、しっかり話していただきましょうか。場合によっては情緒酌量の余地はありますよ?」
「この状況でそれ聞きます!?というか、いまの」
「ただの亀甲縛りです」
「ただの亀甲縛りって何ですか、ただの亀甲縛りって」
「余計な事はしゃべらずに、質問に答えてください。さっきは何をしようとしてたんですか?」
「………えっと、正直に言ったら、怒らないでくれますか?」
まるでいたずらがばれた子供のように尋ねて来るエリナ様に、目線で先を促す。
「う゛っ」と妙な声を漏らしたエリナ様が、気まずそうに目を逸らした。
宝物庫から取り出したムチ(乗馬用)を構え。
「………その、クロさん、丸一日ぐらい寝たままだったんですよ」
「それで?」
「いや、クロさんが心配なのももちろんありましたけど、こんな状況だからこそ溜まると言いますか」
「はぁ………」
「ぶっちゃけ、意識の無い今のうちに襲って既成事実を作ってもいいかな、って」
「なにやってんですか」
「あうっ」
ぶら下がったまま真顔でそんな事を言うエリナ様にデコピンを叩きこんで悶絶させる。
「みにゃあぁああ!?」と奇怪な悲鳴を上げる駄メイドを無視して服装チェック。
………上着に乱れは無し、シャツも無事だが、ズボンのチャックとベルトが外されていた。
どうやら、結構ぎりぎりで目が覚めたらしい。
吊られたままぐで~んと脱力するエリナ様に向き直り。
「とりあえず、カティア様に相談させていただきます。女装程度ならまだ笑って許せましたが、意識のない相手にこれは、流石に許容できないので」
「そこをなんとか」
「無理です、諦めてください」
「酷いですクロさん!私がどうなってもいいって言うんですか!?」
「自業自得かと」
「うぅ゛~………」
なんだが被害者みたいなことを言うエリナ様をばっさり切り捨て、獣のような唸り声。
右手の鞭を弄びつつ、どうしたものかと考えて。
「あの~………エリナ様?さっきからなに、やって………」
ガチャリとやけに明瞭に響いた音に振り向き、ドアを開けたナナが、そのまま固まっていた。
状況を飲みこめなかった全員が三者三様のポーズでフリーズする中、それなりに修羅場を潜ってきた俺の勘が、最大音量の警鐘を鳴らす。
Q 病気で臥せっていたはずの兄が、知り合いのメイドさんを亀甲縛りで吊るし上げて鞭を持っています。貴女ならどうしますか?
1 悲鳴を上げる。
2 罵倒しつつ撤退、然る後、周囲の大人に相談、もしくは警察に通報。
3 なにも見なかったことにして今後は兄から距離を取る。
チクタクチクタクはい時間切れ。
興奮か、怒りか、それとも別の何かか、頬を真っ赤に染めたナナが、口を開き。
「待ってくださいナナ、これには深いわけが」
「わかってます、クロ兄さんも男の子ですし、そういう事に興味があるのも健全な事です。ですがっ、ですがTPOは弁えるべきだと思います!!」
「違うナナそうじゃな」
「とにかく!あんまり無茶な事をしないのと、人前でこういう事をしないように!!いいですね!?」
「だからそうじゃな」
「それとエリナさん!」
「はい?」
「えっと………その、ごゆっくり、どうぞ?」
「はぁ………」
赤面したナナがゆっくりと扉を閉じて、静寂と、僅かな息遣い。
クッソ気まずい中、どうしたものかと頭を掻き。
「それじゃ、クロさん。ゆっくりしましょうか」
「黙っててください」
「あふんっ」
とりあえずビンタして黙らせた。
「なるほど、もう一度説明してください」
「私たち全員食べられました」
「なるほど?」
チームまとも代表のミカ様に話を聞いて、トンデモ回答がぶっ飛んできた。
「まぁ、そうなりますよね」と苦笑したミカ様が、横に置いてあったカンテラの灯を吹き消し。
「正直、私もよく覚えてないんですけど………あの怪物に食べられた後、クロさんが皆を助けてくれたみたいで………」
「俺が、ですか?」
「はい」
ナナとエリナ様以外を助けた記憶がなかったので聞いてみて、首を縦に振るミカ様。
ふむ………まるで覚えがない。
なんかすっごい大変だったような、そうでないような、そんな感じがする。
………まぁ、気にしなくていいや。
覚えてないってことはたいして重要じゃないってことだろうし。
「無事だったメンバーでなんとか脱出用のゴムボートに乗り込んで、今は見つけた人たちを回収しながら流されてるところです」
「なるほど?」
「今のところ合流できたのは、私とアサカ君、カティアさんとエリナさん、それからナナちゃんと………」
「あそこのアレ、ですか」
「そういう事です」
一気に気まずそうな感じになったミカ様に尋ねて、苦笑いが返ってきた。
大型のゴムボートの隅の方、バーナードが体育座りでシクシク泣いていた。
なんとなく横から蹴ってみて、芸術点高めに一回転して三角座りに戻るバーナード。
絶妙に邪魔な謎オブジェめいたソレを適当に転がして。
「なんでこうなっているのか、聞いてもいいですか?」
「えっと………その、このお化けが私たちを食べた時に、軍艦が2つとも壊れたじゃないですか」
「はぁ」
「それで、結構な数の………というかぶっちゃけ、部下の人たちがほとんど全滅しちゃったみたいで」
なるほど。
「心が折れたと」
「そういうことです」
「デカい図体してなっさけねぇな」
「ちょっとクロさん、そんなこと言ったらまた面倒な事になるじゃないですか。宥めるの大変だったんですよ?」
「………ひぐっ、ぐすっ」
「ああ、ほら、泣いちゃったじゃないですか」
「いや、今のはミカ様が悪いかと」
「?そうですか?」
「はい」
不思議そうに首をかしげたミカ様が泣きじゃくるオッサンを宥めるのを眺め、ボチャンと、水音がした。
なんだなんだと覗きこみ、黒く油の浮いた水面から顔だけ出してこちらを覗く、牙の生えた魚面の怪人。
うん、怪人。
というか怪魚。
Are You an Innsmouth?
ハハッ。
「サッハギーン!?」
「グギャギャッ!?」
跳び出てきたところに渾身のアッパー!!
そのまま全力で回し蹴りを叩きこみ、ゴムボートに打ち上げられてビチビチするサハギン。
随分と活きがいいですね、散滅しろクソが。
「というか、なんでインスマスがいるんだよ」
この調子でダゴンやらクトゥルフやら出てきたりしないよな?
ミ=ゴならともかく神格はマズ………いや、ボートでどつかれて死んでたし、ドラゴンブレスで灼けるか?
ショゴスやらティンダロスやら出てきたらとりあえず燃やそう。
そうしよう。
神話生物死すべし、慈悲はない。
おもにナナの精神衛生のために死んで。
「クロ兄さん?何やってるんですか?」
「散滅しろォ!!」
「ひうっ!?」
必殺の暗棺でインスマスを始末し、肉片一つ残さず消し飛ばす。
後ろを振り返り、怯えた顔のナナ。
拳にへばりついていた粘液を振り払い。
「どうかしましたか?ナナ」
「どうかしましたか?じゃないです!なんですかさっきの変なの!明らかにヤバい感じのアレでしたよね!?」
「はて、何のことだか」
「嘘です!何もなかったら『散滅しろォ!!』なんて言うわけないじゃないですか!!」
「声マネ上手ですね」
「いっぱい練習したので!!」
「偉いですね、ナナ」
「ぬふ~………」
平穏空間と白夢を発動しながら、プチパニック状態のナナの頭を撫で、にへらと表情が緩む。
グリグリとご機嫌そうに銀色の髪を押し付けてくるナナを、そっと抱きしめ。
「それで、どうかしたのですか?何か急用でも?」
「………えっと、何を話そうとしてたのか、忘れちゃいました」
「よくあることです、気にしないでください」
しょんぼりするナナの頭をポンポンして、背後から感じる胡乱な視線。
なぜか引いたような眼のエリナ様が、ちょいちょいと手招きしてきた。
呼ばれるようなことをした覚えも、ついでに言えば犯罪者を見るような眼で見られる覚えもないが、何かナナに訊かれたくない話なのだろう。
特に拒否する理由もないので近づいて。
「クロさんクロさん」
「なんですか?エリナ様」
「さっき何をしたのか、正直に吐いてください」
「さぁ、何のことでしょうか?」
「今のアレっ、精神魔法ですよね!?なにやってんですか!?」
「………さぁ、何のことでしょうか?」
「惚けないでください!というか、禁忌中の禁忌をあんなアッサリ使うとか、本当に何を考えて」
「ナナの精神を護るための処置です」
「………なんですか、そんなにヤバいのがいたんですか?」
「はい」
襟首を掴んでガックンガックン揺さぶられた。
さりげなく首を絞めつける手をやんわりと解き、納得いってなさそうな顔のエリナ様。
まぁ、知らないエリナ様からしたらそうなるのもおかしな事ではないのだろうが。
「エリナ様」
「な、なんですか?」
「この世界には、知ってはいけない事、知るべきでない事、知ることを許されないものが存在します。触れるべきではないもの、触れてはいけないもの、誰も知らない暗がりに、そっと放っておくべきものです」
「は、はぁ………」
「そして不運な───或いは幸運な───ことに、人間の精神は、そのような代物を直視する事に、耐えられないようになっています。時と場合によっては、無知ですら最大の慈悲になりうるのです」
「なるほど?」
「話を戻しますが、さっきのアレはナナが知ってよいものではありませんでした。それどころか、アレについて詮索するだけでも、ナナの精神に悪影響を及ぼしたでしょう」
「つまり?」
「臭い物にフタ、という事です。今後もあのような存在が出た場合は、いかなる状況であろうと、俺はああいう連中の排除を最優先に動きます。どうか、ご協力ください」
「………なんだかよくわかりませんでしたが、ヤバいのがいた………って認識で合ってます?」
「ええ。幸い、戦闘力が高いタイプではありませんでしたが、危険な存在に変わりはありません。もし発見されたなら跡形も残さず処分、無理そうなら俺を呼んでください。消し炭にします」
「………ちなみに、どこでそれを知ったか教えてもらっても」
「本当に教えてよろしいのですか?」
「………やめときます」
「賢明な判断です、エリナ様。………もう質問はございませんか?無いのでしたら、そろそろ動いた方が」
舌先三寸口八丁、なんとかエリナ様を言いくるめて話を切り上げようとしたところで、チリンチリンと鈴の音。
新手の神話生物かと、咄嗟に構え。
「ああ、魚が掛かったようですね?」
「魚、ですか?」
「はい。やる事があまりないので釣りをしていたのです。食べれるかどうかは分かりませんが、晩ご飯くらいにはなるでしょうし」
「こんなところにいる魚が食べれるとは思えませんが………」
「わかりませんよ?案外いけるかもしれません」
「本音は?」
「旧型レーションとの二択なら食べます、っと。………結構重いですね。クロさん、手伝ってもらっていいですか?」
雑談しながら船端の釣竿を引っ張っていたエリナ様が、困惑したような顔でそう言った。
いくら線が細い上に義手義足の身体とは言え、戦闘職、それも前衛の人間が持ち上げるのに苦労するような重さの魚が、そうそう掛かるとは思えないが………
「かしこまりました、エリナ様」
大きくしなる釣り竿の根元を引っ掴み、足を大きく開いて踏ん張る。
下っ腹に力を入れて。
「それじゃっ、いち、にの、さん!!」
釣り上げられて宙を舞う人型の影!!
ゴムボートに落ちたソレに、落ちていたバールのようなものを振りかぶり、
「………お嬢様?」
「まったく、酷い目に遭ったわ?」
ずぶ濡れで転がったお嬢様が、「へくちっ」とくしゃみをした。
「つまり、どういうことですか?」
「危うく死ぬところだったわ?」
あやかしの腹の中、ゴムボートの上で、テルテルボウズよろしく毛布にくるまってガタガタ震えるお嬢様と、冷え切った体を温めるように抱き着くナナ。
青褪めたとかそういう次元を通り越してもはや土気色といった方がいいような顔色のお嬢様が、「くちゅんっ」とくしゃみをして。
「そう、ね………どこから話せばいいのかよくわからないのだけれど、とりあえず、私たちがこの………クジラ?クジラで合ってるわよね?」
「多分違いますがもうクジラでよろしいかと」
「とにかく、この妖怪クジラドンに食べられた時から話すわ?といっても、起きたら壊れた船に乗ったまま、お腹の中にいたのだけれど………変な奴らに襲われたからとりあえず皆殺しにしたわ?」
「ほほぅ」
「最初は甲板にあった武器で何とかしていたのだけれど、途中で弾が尽きてからは殴り合いだったわ?」
「なるほど?」
「もしかして、リーンお嬢様って結構なのうきむぐっ」
余計な事を言いかけたエリナ様の口を塞ぎ、不思議そうに俺を見つめて来るリーンお嬢様。
胡乱気な視線を躱し。
「意外と戦えたし、このまま他のメンバーと合流しようとしてたら、おっきな魚人に船から叩き落されたわ?」
「え゛っ?」
「それで、何もできずに流されて今に至るってわけ。何か質問はあるかしら?」
ちょっと女の子がしちゃいけないタイプの顔をしているナナを抱いたまま、コテンと首をかしげるお嬢様。
それなりに絵になる光景ではあるが、気になる点が1つ。
「お嬢様、1つ、よろしいですか?」
「なぁに?」
「その、おっきな魚人というのは」
「私の倍くらいおっきな魚面の巨人だったわ?こう、カエルみたいにピョコピョコ跳ねる」
「インスマスじゃねぇか」
「いん………?」
マジかよ、あいつら2体いたのか。
というか原作内容を考えれば、数万単位でいてもおかしくないな。
最悪、全てを消し炭にしてナナの安全を守ろう。
そうしよう。
というわけで。
「お嬢様」
「どうかしたのかしら?」
「その魚人とやら、おそらくは相当に危険な種類の魔物です。見つけ次第、全力で駆除すべきかと」
「そう?そんなに強いようには見えなかったのだけれど………まぁいいわ?クロ、宝物庫から大逆天を出して頂戴?」
「それは、構いませんが………どうか致しましたか?」
随分と急だが、まぁ、断るような事でもないだろう。
おとなしく大鎌を取り出し。
「後ろ、いるわよ?」
「えっ?」
指を差されて振り向き、俺を見下ろす、瞼の無い白濁した瞳。
異様に引き延ばされた魚面と、黄ばんだ乱杭歯。
腐臭がする。
いやに甘ったるい、胸焼けするような、生臭い腐臭が。
鱗に覆われた巨体が、軋みながら膨張し。
「私を追いかけて来たのかしら?随分と活きが」
「くぁwせdrftgyふじこlp死ねやぁ!!」
今必殺の殺人的殴打!!
悲鳴を上げるインスマスにヤクザキック、掌底、鉄山靠のコンボをぶちかまし、回転の勢いを乗せた裏拳でカチあげる。
右腕を突き出して、照準し。
「ちょっ、クロさん!流石にそれはマズ」
「逝ねやボケ猿が!!!」
渾身の獄炎砲で全てを消し飛ばした。
次回予告
恐るべき旧支配者の尖兵を辛くも退けた主人公一行!!
だがそれは、強大で名状し難い悪夢の序章でしかなかった!
次々と襲い来る神話生物の群れに疲弊していく主人公達は、一か八かの一転攻勢に全てを賭ける!!
「オラッ、死ねぇ!!」
「跳躍マーシャルアーツキック振ります」
「ショットガン振ります」
「制作・ダイナマイト振っていいですか?」
「もうムチャクチャだよこのシナリオ」
次回「インスマスの(後ろから襲う)影」




