斯くして鰯は鯨の胎へ墜ちる
遅れてすまっそ。
この後もう一本上げるから許してオニーサン。
「クロ兄さん!海ですよ、海!!海が見えます!!!」
「海ですから」
カモメの鳴き声とさざ波の音に、弾んだ声が混じった。
降り注ぐ陽光を受けて白く輝く船体が、白波を割って波紋を広げている。
落下防止の手すりを掴んだままぴょんぴょんするナナを抱きとめて甲板中央へ引きずり、若干興奮しているらしいナナにポカポカ叩かれる。
可愛い。
なんだこの可愛い生き物は。
でも痛い。
痛いからやめて欲しい。
でも可愛い。
なんだこれは。
じゃなくて。
「ナナ。危ないので、あまり身を乗り出さないでください」
「ゆわーーー!!!」
楽し気に走り回るナナに声をかけて、雄叫びだか絶叫だかよくわからない叫び声が返ってきた。
とりあえずカメラに収めて。
「ダメみたいですね」
「諦めるんですか?」
「楽しそうですし、別にいいかなと」
「はぁ………」
さっきから隙あらば頬を触ろうとしてくるエリナ様を押しのけ、蛇めいた動きで絡みつかれた。
どうでもいいが、義肢の可動域が人体のソレと違うせいでちょっとしたホラーになってる。
「………なんか、失礼なこと考えてません?」
「被害妄想かともぎゅっ」
「悪い口はこれですか?」
「ひふぁいれす」
ぐににににににと結構な怪力で口を摘まんでくるエリナ様。
痛………くはないが、喋りにくいのでやめて欲しい。
切実に。
「まぁ、私は大人なので気にしませんけど」
「これが大人のすることですか」
「うるさいですね。もう一回引っ張られたいんですか」
「ひゃめひぇくらひゃい」
聞いておきながら引っ張ってきた手を振り払い、不満げにぷくりと頬を膨らませるエリナ様。
可愛い。
いや違う、そうじゃなくて。
「エリナ様。リーンお嬢様の様子はいかがでしたか?」
「『海なんて蒸発してしまえばいい』と」
「やはり駄目でしたか」
「吸血鬼の性質ですし、仕方ないかと」
「そうですね。お嬢様も、もう少し落ち着きがあればよいのですが」
「リーンお嬢様もカティアお嬢様も、なにするか分かんないですしね」
「まったくです」
しれっとカティア様も『なにするか分かんない』側に分類されていることに苦笑いしつつ、ナナの方を見て。
「見てくださいクロ兄さん!!おさかなさんです!!大きなおさかなさんがいます!!」
海上を指さしてキャーキャーはしゃぐナナ。
その先で、それなりの大きさの魚の群れが、波間を縫うように泳いでいた。
どうでもいいが、コイツラ、人間並みのサイズなんじゃないだろうか。
とにもかくにもナナが可愛い。
すごく可愛い。
とりあえず写真を撮ろうと、カメラを構えて。
波間を泳いでいた大魚が、ナナ目がけて跳躍した。
一瞬の混迷。
猶予は刹那。
粘ついた世界の中、一か八か、投げナイフを構え。
「爆雷轟」
虚空に奔った雷電が、クソ魚をこんがり焼いて消し炭にした。
振り返った甲板上、紫電の残滓を纏って立つメスガキ。
呆れたような顔を作ったメスガキが、いまだ状況が飲みこめていないらしいナナの方へ歩み寄り。
「えっ、えっと、あのっ」
「ここらの海、結構危ない魚が多いからさ。気を付けてよ?」
「あっ、はい。ありがとうございます、ライカちゃ」
「ライカお姉ちゃん」
「ライカちゃ」
「ライカお姉ちゃん」
「あ、ありがとうございます、ライカお姉ちゃん?」
「………むふっ」
困惑混じりの感謝に、ぷくりと小鼻を膨らませるメスガキ。
「キモッ」
「はぁ!?キモッて何さ、キモッて!!私、ナナちゃん助けてるんですけど!?」
「おっとワリィ、ガキのくせして年上ぶってんのが滑稽なもんで」
「上等だコラ!真っ黒こげに感電させて」
「はいはいライカちゃん、落ち着いてくださいな」
「ふみぃいいい!!!」
「ざまみろ」
「うみぃいいいいいい!!!」
「ほら、クロさんも一回冷静になってください、ね?」
「………わかりました」
まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように頭を撫でられて、無性に恥ずかしい。
気まずくなって目をそらし、後ろから抱き着かれた。
頭を撫でられそうになって振り払い、なおも近づいてくるエリナ様。
諦めてされるがままになり。
「つっかれたぁ~!!エリナ!ジュースちょーだい!!」
パタパタと軽い足音に首だけ振り返り、三つ編みにした赤髪が宙を舞う。
回避も防御も出来ずに意外に重い衝撃に弾き飛ばされ、甲板の手すりで盛大に顎を打った。
痛い。
泣きそうなくらい痛い。
こっそり悶絶する俺を他所に、あっさりバランスを取ったエリナ様が、呆れたようなため息をつき。
「ご自分で注いでください、カティアお嬢様。私も疲れてるんです」
「………エリナ?いい加減にしないと怒るよ?」
「はいはいかしこまりました少々お待ちくださいお嬢様」
「アッティラのオレンジジュースでお願いね~?」
「わかってますよおじょうさ………あれ?」
「どうかした?」
「いえ、クーラーボックスに入れたはずのジュースが見当たらなくて。多分ですけど港に忘れちゃってますね。ごめんなさいです」
「嘘でしょ!?アレがないと私3日で餓死するよ!?急いで取りに行かないとああでももう間に合わな」
「冗談ですよ、お嬢様。完璧で瀟洒なメイドの私が、そんな凡ミスをするわけがないじゃないですか」
「………」
「あっ、痛いですお嬢様、痛いですって」
「………」
「ちょっ、無口で突かないでくださいってアッ!?そこはシャレにならな」
「うるさい」
「いったぁ!?くっ、クロさん!見てないで助け」
「愉快ですねぇ、クロ兄さん」
「ですね。………そろそろ艦内に戻りましょうか。外洋にでると、波が高くなってくるそうですから」
「はい!」
「この薄情者ぉ!!」
愉快な悲鳴を上げるエリナ様を見捨てて、艦内に戻った。
「うぷっ、気分、悪」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「なな、撫でるのやめっ」
お嬢様の発するもはや何が何だかよくわからない怪音をBGMに、防爆ガラス越しの海を眺める。
軽量雷撃艇ダビデ艦橋・賓客用区画。
それなりに豪華な客室として通用しそうな室内で、侍と忍者、ゲロイン状態の半吸血鬼と狼少女、龍が2匹に変態とチビッ子、エルフと殺し屋のメイドコンビと、おまけにたそがれ気味の騎士が1人。
なんだか混沌とした室内で気まずい空気が流れ、ズバンと勢いよく扉を開けて乱入しようとした爺が、牢人に引きずられてフェードアウト。
微妙な雰囲気の中、とりあえず口を開き。
「皆様、何かお飲み物をお持ちしましょう。ご要望がありましたら」
「クロさん。私、まだ許してないですからね?」
「あっはい」
殺人メイドに殺人鬼みたいな顔で睨まれた。
素直に引き下がり、何故かナナに頭をナデナデされた。
解せぬ。
解せぬながらもナナの頭を撫でて。
「あっ、そうだ。バーナードさん、少しいいですか?」
「どうかしたのか?」
「その、シーザーさんがどうしてるか知りませんか?」
瞬間、世界が止まった気がした。
心臓が激しく脈を打ち、脳が揺れ、動悸が止まず、それなのに思考と意識は鮮明に回る。
冷や汗と動揺を必死に隠して。
「ふむ。………すまんが、シーザーという名前に聞き覚えがない。ここ最近は遠征にかかりきりで本国に帰れていなくてな。所属組織がわかれば答えられるかもしれんが………」
「………そう、ですか」
「またいつか神教国に行く機会もあるでしょうし、そう気を落とさないでください。帝都に帰ったら手紙を書いてもいいですし」
「………です、ね」
「さて、なにか飲み物を持って来ましょう。いるものがあればついでに言って下さ」
腹の奥に響く衝撃とアラート音。
咄嗟にナナを押し倒して最大出力で障壁を展開。
壁際の伝声管からベルの音が鳴り。
『艦内伝令。距離1085、右舷前方、レーダーに感あり。中級海魔と推測。バーナード司令官、どういたしますか?』
「右舷魔導水雷管、特殊衝撃弾頭装備。1番・2番用意」
『復唱、右舷魔導水雷管、特殊衝撃弾頭装備。1番・2番用意』
今までの情けないオヤジ感はどこへやら、存外に迫力のある声で告げたバーナードが、大きく息を吸い込み。
「雷撃戦、始めィ!!」
『了解、雷撃戦始め』
なんだなんだと野次馬よろしく窓際に人が集まり、ガッ、コォンと鈍い音が響いてそれっきり。
まるで大魚が泳いでいるかのように、水面に、四条の波紋が流れ。
炸裂音。
遠くの海上に20m級の水柱が乱立し、瞬く間に赤黒く染まる海面と、荒れ狂う極太の触手。
なるほど、海魔か。
くいではありそうだが、味が問題だな。
そもそも、あそこまで身が崩れてしまっては食用に向かな……いや、元のスケールの巨大さを考えれば行けるか?
刺身、タコワサ、煮物、カルパッチョ、たこ焼き、たこせんべい、炊き込みご飯、ルイベなんかも案外イケるかも知れないな。
問題は、どうやって回収するかだが、いざとなればこの船をハイジャックしてしまおう。
こちらの視線に気づいたバーナードが、得意げに鼻を鳴らし。
「我が軍が帝国との協力下で開発した特殊弾頭を搭載した魚雷だ。爆発の威力を水氷系統の魔術で一点に集中させることで、圧倒的な破壊力を獲得している。まともに喰らえば龍種とて木っ端微塵だ」
「いや、あれくらいじゃ死なもぎゃばっ!?」
余計なことを言いかけたメスガキの口に認識不能な速度で指弾(飴)を弾き飛ばして悶絶させる。
「ふむぅぅうう!?」と悲鳴のような何かを挙げて転げ回るメスガキを、抱え起こし。
「おまっ、なにを」
「無駄な舌なら、いらんよなぁ?」
「ひゅいまひぇんれひら」
舌を引っ張りながら耳元で囁き、涙目で謝るメスガキ。
手を引っ張って起こしてやり。
「クロ兄さん?どうかしたんですか?」
「舌を噛んでしまったようです。子供ですし、仕方ありませんね」
「ライカちゃん、大丈夫ですか?」
「うぅ~」
わざわざしゃがみ込んだナナが心配そうな顔でメスガキに向き合い、泣きそうな顔で唸るメスガキ。
そのまま飛び掛かってきたのを笑って引き剥がし。
『バーナード司令官。護衛艦ゴリアテより入電。32秒後に副砲の斉射を開始、これを持って対象を粉砕するとのことです』
「了解だ。耐ショック・耐衝撃装備を忘れるなよ」
『もちろんです、オーバ』
「バーナードさん!主砲は!?主砲は使わないの!?」
「うおっ」
『うぎゃあっ』
いつの間に現れたのか、かなり興奮した様子のカティア様がバーナードに飛びつきながら詰問し、ハウリングでも起こしたのか伝声管越しに間抜けな悲鳴が響く。
目を白黒させたバーナードと呆れ顔のエリナ様が、取り乱しながらもかろうじて復帰し。
「待て、一旦落ち着いてく」
「アレ!作ったの私!威力!気になる!!」
「わかったわかったから頼むから大人しくし」
「は~や~く~し~ろ~!!」
「このっ、力強っ」
「というか、主砲の設計者、カティア様だったんですか?」
コテンと首を傾げたナナの問いに、バーナードにしがみついたまま一気に得意げな顔になるカティア様。
「正確には、父様の依頼でボクが造ったんだけどね。魔力源とか考えなくていいから、積載量以内で最大火力の実弾砲を設計しろって言われてね。つい興が乗っちゃってモンスター級の大砲になった上に、重すぎて艦首にしか装備出来なかったんだけどさ。当たれば理論上は下級龍でも倒せる」
「当たるんですか?」
「………多分、きっと、当たってくれるといいかなって」
純粋無垢そのものの青い瞳から、カティア様がぷいと目を逸らした。
「ダメじゃないですか」
「ダメじゃないもん!当たれば勝てるもん!!」
「射程はどれくらいあるのですか?」
「えっと………有効射程は65キロ、威力減衰を考えないなら400キロまで届くね」
「バケモノじゃん」
何でもない事のように呟いたカティア様のセリフに、青褪めながら返す変態。
400キロか………普通の魔術師の射程よりだいぶ長い。
龍の息吹の全力ブッパなら勝てるな。
いざとなったらブレスで消し飛ばそう。
「まっ、弾薬費が嵩むから連射出来ないんだけどさ。威力を追求した結果砲弾に魔術回路を仕込んだのはいいけれど、そのせいで一発がちょっと笑えない値段になってるし」
「どれくらいすんの?キャバクラ一回分くらい?」
「………金貨、150枚ちょっと」
「キャバクラ10回分、だと!?」
「キャバクラに金貨15枚も溶かすなよ」
「それくらい普通溶けるでしょ?」
「溶けねぇよマヌケ」
「なんというか………豪遊、だな」
「そんなレベルじゃない気がするんですけど………」
しれっと帝都の郊外に家が建つレベルの金額を口にするカティア様と、なぜか金銭をキャバクラでカウントする変態、いまいち実感が沸いていないらしいアサカ様の横で、悟ったような眼のミカ様。
ボリボリと頭を掻いたバーナードが、見かねたように口を開き。
「とにかく、主砲の発射は諦めてくれ。無理だ」
「そんにゃ~………」
「まぁ、諦めてください、お嬢様」
「うぁ~………」
大人2人から諭されてうなだれるカティア様。
少しかわいそうな気もするが、俺たちの平穏のために諦めてもらおう。
鳴り響く轟音に窓の外を見れば、降り注ぐ砲弾の群れに成す統べなく砕かれていくクラーケンの姿が見えた。
なむさん。
「………まぁ、なんだ。そのうち試せる機会があるといいな、うん」
「実はここに、主砲の強制発射シークエンス発動装置がありまして」
「おいバカやめろ」
懐からスッと『DANGER』と書かれた、なんだか物騒なボタンを取り出すカティア様。
頭を叩いて取り上げ、あぅあぅと妙な声をあげるカティア様。
まったく。
「いい加減にしてください、カティア様。これは回収させていただきます」
「そんなぁ~………頑張って作ったのに」
「まぁ、次がありますって」
「………エリナ、なんか最近、雑じゃない?」
「ソウデモアリマセンヨー」
「またお仕置きされたいのかな?」
「すいません許してください何でもしますから」
「ダメ」
「あうっ」
抑揚の消滅した声音でおどけるエリナ様がまったく笑ってない笑顔に威圧されて平謝りし、容赦ない死刑宣告といい音を鳴らして炸裂するデコピン。
「うっっぎゃあぁあ!?」とオーバーリアクション気味な悲鳴を上げて床を転がるエリナ様。
なんだか弛緩した空気が流れる中、伝声管からピコンピコンと音がして。
『バーナード司令官』
「なんだ?」
『いえ、大したことではないのですが………先ほどから、周辺海域の魔力濃度に微量な増加が見られます。小規模な魔力嵐が発生する可能性があるので、客室の皆様に警戒を』
「だ、そうだ。これから少し揺れるかもしれんが、我慢してくれ」
「うそでしょ?」
「大丈夫ですよ、ご主人様。私がお世話してあげますから」
「なな、ちが」
絶望しきった顔のお嬢様がナナに背中を撫でられてリバースし、目を逸らした先、波1つ無く凪いだ海とゴリアテの威容。
外洋に程近いこのあたりの海で、ここまで波が穏やかというのも珍しいな。
………吸血鬼の性質的にそこまで変わらない気もするが、これでお嬢様も少しは楽になるだろう。
宝物庫から緑茶を取り出して。
「っ!?」
「!?」
背筋と内臓に氷塊をぶち込まれたような悪寒と、なにか巨大な眼に見つめられたような、嫌な予感。
不可視かつ防ぎようのない掌に心臓を直接握り締められたような激痛と脂汗。
ガシャンとカップの割れる音がして隣を見れば、ふらりと体勢を崩したメスガキが、膝をついて座り込んでいた。
ぐにゃりと歪んで回る視界と、くぐもった声。
どうしようもないくらい膨れ上がった圧迫感に逆らい、出ない声を張り上げて。
「避けろ!!」
海面が勢いよく膨張し、直後、黒々とした巨体がゴリアテを喰いちぎった。
冗談のように中央から引き千切れて海面に落下していく艦体が水柱を上げて轟沈し、どす黒くぬめる肉塊が全てを叩き潰す。
それは、尋常ならざる大海蛇だった。
邪悪かつ悪夢的な黒さを以て陽光を反射する体躯がのたうつ様に海を割り、海中に消えていく。
目も耳も鼻もない異形の顔面に並ぶ、人間のソレを醜悪に模倣したような剥き出しの歯と、全身にこびりつくフジツボの群れ。
あまりにも突然に訪れた怪異に室内の全員が硬直する中、怪物が、黒く底なしの喉を見せつけるように、牙を剥き。
「龍麟金剛・不動大結界!!!」
龍種系統の防御系禁呪を発動し、直後、紙切れか何かのように喰いちぎられた。
耳を聾するような破砕音が鳴り響き、かろうじて受け流した暴威が、天井を抉り取って消えていく。
名状しがたい永劫を閲したと思わしき、不快な光沢を帯びた生臭く黒い油が室内にまき散らされ、地獄絵図めいた様相に塗り替える。
青天井となった船の頭上を通り過ぎる巨躯を、睨みつけ。
「合わせろっ、ライカ!!」
「言われなくても!───最大帯電、遠雷帝!!」
「付呪・獄炎、火山弾!!」
禁呪の反動に悲鳴を上げる体をむりやり動かして全力の一撃を叩きこみ、ほぼ同時に着弾した稲妻が空気を焼いて焦げ付かせる。
並の魔物程度なら消し炭すら残らないレベルの攻撃だったが………たいして効いた様子も無し。
メスガキの首根っこを引っ掴んで。
「ちょっと、なにす」
「大爆発!」
「わぎゃっ」
圧倒的膂力と爆発力の相乗効果で文字通り爆発的に加速したメスガキが怪物に着弾したのを確認し、短距離転移を発動して上空に跳ぶ。
眼前を悠然と泳ぐ怪物相手に、抜き放った短剣を振りかぶり。
「伸びろッ、エッケザックス!!」
瞬間的に5メートル程度まで延長させた刃を全力で突き刺し、弾き返された。
咄嗟の判断で義手に仕込んでいたアンカーフックを飛ばして、やはりというか刺さらずに落下。
海面に叩きつけられる寸前で麟盾を発動、何とか持ちこたえて。
「………おい、今のはさすがにないだろ」
「うおっ」
なんだかやけにどすの利いた声と、足首を引っ掴む小さな手。
頭に海藻を乗っけて海から這い上がってきたメスガキが、人の1人くらいなら睨み殺せそうな目で俺を見るのを、努めて無視して。
「なぁ、やれるか?」
「………ムリ。ぶっちゃけ逃げた方がいい」
「そうか」
勝てるかどうか聞いて、案の定というか悔しそうに答えるメスガキ。
まぁ………少し前に里の爺共が言っていたあやかしとやらが目の前のコイツなら、勝てるとは思わない方がいいだろう。
先の魔法攻撃とメスガキ砲(仮)が大した痛痒にもなっていないどころか、そもそも俺たちの存在を認識しているかも怪しいくらいだ。
これだけの巨体を維持するとなれば、通常の魔物のように食料を摂取しているとも考えにくい。
推察でしかないが、代謝を極限まで低下させて、周囲の魔力とわずかな食物で生存できるように進化した生物なのだろう。
恐らく奴の狙いは、俺たちの乗っていた軍艦の発生炉だろうし、俺とライカでコイツの気を引きつつボートで脱出するべきか。
なら。
「ライカ、囮役は任せた。ダメージは考えなくていい、時間稼ぎに徹しろ」
「そっちこそっ、ナナちゃんにケガさせたらぶっ殺すから!!」
「ウニャァアアアア!!!」と雄叫び(?)を挙げたメスガキが怪物に突貫するのを傍目にジョウントを発動して艦内に帰還。
座標設定をミスって変態を踏んでしまったが些末事と割り切る。
禁呪に続く魔術の連続発動に悲鳴を上げる脳の軋みを、気合で堪え。
「無事ですか、ナナ!」
「はっ、はい!なんとか!!」
「脱出用のボートを出します、場所は」
「一番近い救命艇はBブロックだ。俺が案内しよう」
「頼みます、バーナードさん」
「これでも腕に覚えはある。道中の護衛程度、何の問題もない」
地味に頼りになるバーナードが変態とお嬢様を担ぎ上げるのを尻目に、義手に機関銃を装着し。
「あのっ、クロ兄さんは」
「ライカ様と一緒に、しばらくあのウスラトンマの気を引いてから逃げます。あんな脳の足りないデカブツの攻撃程度、百万回でも避けれます。………ですから、そんな心配そうな顔をしないでください」
「………はい」
泣きそうな顔で俯くナナの頭を優しく撫でて慰める。
柔らかな銀色の髪と、お日様のような甘い匂い。
ギュっと甘えるように抱き着いてきたのを、軽く抱きしめ返して。
「ほら、早く行ってください。あとでちゃんと追いつきますから」
「………わかりました。その、頑張ってください」
「ありがとうございます、ナナ。無事でいてくださいね?」
「はい!」
「カティア様とフィリアは、ナナのサポートをお願いします」
「わかったよ。貸し1つね?」
「ボーナスは出るんだよな?」
「言ってないで動いてください」
「サーイエッサー」
「あいよ」
ズビシッと元気よく手を挙げるナナに微笑んで、余裕のありそうな2人にサポートを任せる。
軽口を叩いたメイドと令嬢が他の皆様を先導して通路を駆けて行くのを見送り。
──────危機感知。
咄嗟にナナを突き飛ばし、壁をぶち抜いて吹っ飛んでくるライカ。
合気の要領で抱き留め、全力で勢いを殺しながら、血塗れの身体を受け止める。
緩和しきれなかった衝撃が内臓を揺らし、肋骨が悲鳴を上げる中、ギリッギリで踏ん張り。
「おいっ、大丈夫か!?」
「しくじった!!コイツ、やけに速」
轟音と激痛、旋回する世界と浮遊感。
空中に放り出された俺の視界を掠める、子供に投げ飛ばされた人形のように吹っ飛ぶナナの姿。
まるで尖島のように海面を割って飛び出した巨頭が、大口を開き。
「ジョウント!!」
空間転移を発動してナナを回収、砕けて割れた甲板上にかろうじて着地した。
下から漂ってくる絶望的な腐臭。
コイツの胃袋がどんな地獄かは知らないが、進んで知りたいとは思えない。
少なくとも、愉快な事にならないのは分かってる。
真っ向勝負で勝つのは不可能、まともに逃げ切るのも、この状況から皆様を守りながら撤退するのも不可能。
取れる手があるとすれば、ナナだけを連れて逃げるくらいか。
正直、気は進まない。
俺個人の感情としても、ナナのためにも、考えうる中で最悪の手段だ。
皆様が死んで自分だけ生き残ったと知れば、優しいナナは、きっと酷く悲しむだろうし、俺だって、皆様を見捨ててまで生きようとは思えない。
だが、それでも、俺がナナの兄である以上、一番優先するべきなのはナナで、それ以外のモブじゃない。
咎めるように軋む心臓の音を無視して、翼を広げ。
ふと、視線を下に向けた先、エリナ様と目が合った。
俺をまっすぐに見据えた萌黄色の瞳が、諦めたような、苦笑交じりの寂しさを押し隠すように閉じられて、それっきり。
総身を駆け巡る訳の分からない慟哭と悪感情が、歯車に挟まった小石のように、体の動きを止めて。
気づいた時には、俺の右手が黄銅色の義手を捉えていた。
スローモーションの世界で、驚いたように目を見張るエリナ様を、きつく抱きしめる。
降りしきる瓦礫と潮水の雨の真っただ中、二人分の身体と熱を、精一杯広げた体で庇い。
「くそったれが」
暗澹とした喉の奥へ落ちていく俺の目の前で、薄汚い乱杭歯が、轟音を立てて閉じた。
次回予告
異世界式ピノッキオの洗礼を受けた主人公一行は、恐るべき鯨の腹の中で脅威と出会う!
交錯する都市群、揺れ惑う亡霊と動死体、異教の儀式と角燈の灯りの中、廃墟を支配するは1人の老爺。
襲い来る怪物の群れを掻い潜りながら腹の奥へ進んだ主人公達は、そこで陰惨な崇拝と冒涜的な真理、恐るべき邪神信奉者の陰謀を目の当たりにする。
戦友が次々と倒れていく中、世界の命運は、たった一匹の狼少女に託された!!
「えっと………ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと んがあ・ぐあ なふるたぐん いあ くとぅぐあ?なんですか、これ?」
「あっ、ちょっ、ま」
「邪神クトゥグアを目の当たりにした探索者の皆様、成功で1D10、失敗で1D100のSANチェックです」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
次回「唸れ神業!必殺クトゥグアパンチ!!」




