真夏の夜の悪夢~後編~
二週間以内に投稿できたし、ヨシ!!
「おはようございます、クロさん。元気してますか?」
揶揄うような声に耳を擽られ、目が覚める。
よく晴れた日の、夏の海を流し込んだような蒼色の瞳と、妹と同じ銀色の髪。
俺を押し倒したまま、狼少女が笑っていた。
頬っぺたをつつこうとしたので押しのけて起き上がり、どこまでも暗く、どす黒く広がる殺風景な世界。
前来た時も思ったが、相変わらず、風情も何もあったもんじゃないな。
「だから、それはクロさんのせいで………いえ、なんでもないです。それより、話を進めちゃいましょうか」
床なのか壁なのかさえ判別つかないような空間がぐにゃりと歪んで、同じく殺風景な白色が世界を塗り潰す。
リノリウムの床に、面接か何かで使うような折り畳み式の机とパイプ椅子。
1昔前のゲームに出てくる女教師風のスーツを着た狼少女が、赤いフレームの眼鏡を押し上げつつ、クリップボードを机に置いた。
色々突っ込みたいことはあるが、何故、よりによってその恰好を選んだのかが知りたい。
コスプレするにしても、もっといろいろあっただろ。
「あまり見ない格好だったから、ですかね?あと、私、これでも孤児院じゃお姉さんでしたから」
えらく小さいお姉さんがいたもんだ。
「クロさん、言っていい事と悪い事があると思うんですが」
知ったこっちゃないさね。
「そうですか、ええそうでしょうね。このままナナさんが死んでも、私の知ったことじゃありませんし」
………あ?
今、なんて。
「いや~………あの三点バーストは見ものでしたね。初撃で心臓が消し飛んで、残り2発が掠っただけだったのは残念ですけど」
「何を、言って」
「あのマネキンみたいなの、結構強かったですもんね。あの速度で防御不能の、しかもまともに喰らったら即死するような攻撃をノータイムで撃てる怪物相手に、果たしてナナさんがどこまで戦えるのか。気になりませんか?」
このっ、
「このクソアマが!!今すぐここから出しや」
「ここから出て?何をするんですか?まさか、その体で戦えるとでも?死体が1つ増えるだけです、ここで引きこもっていれば、痛い目を見ないで済みますよ?」
どす黒く濁った眼が、俺を見下ろしていた。
俺の腹に跨ったまま、楽しそうに笑う狼少女。
白く細い指先に喉をゆっくりと絞め上げられながら、相手の首を絞め。
「ああそうかよ、だからどうした?このまま何もせずに諦めろってか?」
「………本当に、諦める気は無いんですね?」
「無論だ」
「たとえどんな手を使っても?」
「ああ」
「本当に、諦めないんですね?」
「逆に聞くが、なんで諦められると思った?」
「そうですか………やはり、何を言っても無駄なようですね」
溜息をついた狼少女が俺の膝から立ち上がり、世界が歪んで黒く染まっていく。
純白の軍服に身を包んだ狼少女が、薄く笑みを浮かべ。
「それを聞いて安心しました♪」
唇に、熱く柔らかいものが押し付けられた。
反射的に閉じた歯の間を割って侵入する、ぬるりとした、なにか弾力のあるものに、口腔を蹂躙される。
酷く甘い液体が、喉を通り過ぎていく。
至近距離で閉じられた青い目と、僅かに震える銀色の髪。
抗議の声をあげようとして、歯茎を舐られる。
ぎゅっとしがみついてきた小柄な体を、むりやり引き剥がして。
「テメェっ、何をして」
「頑張ってくださいね、クロさん。ナナさんを悲しませたりしたら、承知しませんからね?」
「ガハッ、ゴブッ、おえっ」
「クロさん!?大丈夫ですか!?」
喉を塞ぐ血反吐に、目が覚めた。
鈍く脳を焼く頭痛と、目の前で不安そうに揺れる、萌黄色の瞳。
鉄錆臭い唾を吐き捨てて。
「ちょっとエリナちゃん!?やってないで手伝ってくれないかなって!!」
「ああっ、もう!避けんな!!動くと当たんないだろ!?」
「危ないわね、気を付けてちょうだい?」
「うるっさいバカ!!そっちが避けろ!!」
マネキンじみた怪物の連撃から悲鳴を上げて逃げ惑う変態と、ギャーギャー喚きながら雷を乱射するメスガキ。
変な方に飛んでった紫電を大鐘が消し飛ばし、【お嬢様】の抗議にメスガキが混ぜっ返した。
ぶん回される剛腕と、乱射される振動波。
地獄じみた光景の中、怪物の眼が赤光を放ち。
「【お嬢様】!!!」
全力で突っ込んで【お嬢様】を押し倒し、右肩を抉り飛ばされた。
噴き出す血と飛散する肉の奥、影が奔り。
「申し訳ございません、【お嬢様】。少々遅れました」
「別にいいわ。それくらい許してあげる」
渾身の右アッパーがのっぺらぼうじみた顔面を捉え、そのまま抉るように叩き伏せ、地面に埋める。
ついでに首を引き千切ろうとして、流石に堪えたのか暴れて逃げる怪物。
出来れば赫華くらいブチ込んでやりたかったが、仕方ないか。
「クラリス様!状況報告をお願いします!!」
「戦えない子は逃げてもらってる!あと少しでフィリアちゃんとアサカきゅんが来るから、それまで踏ん張って!!」
「承知いたしました!!」
突っこんできた怪物の横っ面に張り手をぶちかまし、オモックソ蹴りつける。
蹴って蹴ってさらに蹴っ飛ばして、武具創成で作った斧を首に叩きこむ。
ビキリと硬質な音がして斧が砕けて壊れ、おもいっきり腹を蹴りつけられた。
気合で堪え、そのまま引っこ抜いてぶん回して投げ飛ばし、華麗に着地する怪物。
結構殴ったつもりだが、あいにくと大した痛手になっていないようで。
深く、息を吸い込んで。
「火炎の息吹」
火炎放射というかもはや熱線じみた一撃。
発射とほぼ同時に無防備な腹に着弾したソレが爆ぜ、火球が炸裂した。
喉が焼けて血が噴き出て、【それすらも、どこか心地いい】。
脳味噌が煮えたぎるような感覚の中、拳を振りかぶって。
「大地剣!!」
大きく爆ぜた地面が隆起し、怪物を夜空に打ち上げる。
突きつけられた銃口を念動力で捻じ曲げて。
「いい加減っ、ぶっ壊れろ!!」
「殺しなさい、ぶっ壊してぶっ壊す」
金色の雷が怪物を飲みこみ、黒く焦げた影を撃ち抜く機関砲。
ズタ袋のようになりながら宙を舞った影が、直後、満月と同じ色をした魔力の刃に斬り裂かれる。
グラリと体勢を崩して自由落下した怪物が、奇声をあげて。
「少年!!」
「付呪 ・ 炎牙!」
虚空に閃いた指先が魔法陣を描き、俺の真横を通り過ぎた桃色の影が、燃え盛るレイピアを怪物に突き立てた。
身をよじって暴れる怪物から変態を庇って腹を切られ、剣のように変形した腕を抱きしめて捕まえる。
そのまま、相手の体に抱き着き。
「オッ、ラァ!!」
藻掻く怪物を無視して全力で抱き締め、マネキンじみた体を砕く。
腹を貫く剣腕を逆さ向きにへし折って、怪物の口の奥で収束する鈍色の波動。
首に噛みつき、引っこ抜いて地面に叩きつけて食い千切る。
そのまま、顔面を引っ掴んで。
「なぁっ、紅葉おろしって知ってるか!?」
全力の身体強化を発動し、硬質化させた地面に叩きつけてレッツ紅葉おろし。
削る、削る、削る、さらに削る。
ゴリゴリ削ったうえで地べたに叩き潰し、引き起こして生成した杭に叩きつける。
引き抜いた短剣を首筋にぶち込んで肋骨まで引き裂き、顎から脳天まで貫き通す。
担ぐように放り投げて、妙なところがぶっ壊れたのか、破断した部分から青白い火花を散らしつつ地べたを転がった怪物が、どてっぱらに大鎌を突き刺されて痙攣する。
ゾッとするほど【怜悧な】笑みを浮かべた【お嬢様】が、怪物ごと大鎌を振りかぶって。
「朱月・八重襲」
研ぎ澄まされた刃の連撃が怪物を引き裂き、大上段から切り落とす一撃が、鈍色に変色した腕に受け止められる。
弾かれて跳び退った【お嬢様】に、銃口が向けられて。
「曙光の剣!!」
「剣脚・地奔り」
怪物の腕を撃ち抜くレイピアの切先と、脇腹を抉る魔剣の2連撃。
装甲版が砕け、内部構造に炸裂した紫電が火花を散らしてスパークする。
内側を直に焼かれて口から黒煙を噴出する怪物が、ぐらりと身体を揺らがせた。
背後を振り返れば、ドヤ顔で親指を立てるメスガキ。
くっっっっっそウザイが、ナイス援護だ。
即席の斧を、思いっ切り振りかぶって。
世界が揺れた。
全身を焼く激痛と、脳を揺らす衝撃。
白く霞んだ世界の中、月を背負って立つ怪物が見えた。
血反吐を吐いて蹲る変態と、咄嗟に開演・死闘を発動したのか、岩壁に埋まったまま苦悶する【お嬢様】。
壁にもたれかかってぐったりとして動かないエリナ様と、眼を回して気絶したメスガキ。
何が起こったのかわからないまま腹を見て、肉とハラワタを裂いて飛び出した長大な刃。
歯を食いしばって引き抜き、疑似再誕を
「………あ?」
魔術が、発動しない。
紡いだ端から魔力が霧散し、消失していく。
体と頭がやけに重い。
武具創成で得物を作ろうとして、土塊が僅かに蠢くだけ。
これは、マズいな。
拳を握りしめて。
「ウッ、ラアァ!!」
踏み込んで放つ渾身の鎧通しと、分厚いゴムで覆った巨岩を殴りでもしたような、異常な手応え。
構わず掌底を叩きこんで腕が砕け、そのまま引き千切られた。
ブチブチと嫌な音がして目の前に火花が散り、ゴミのように薙ぎ払われる。
首を絞め上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。
揺れる視界と脳の奥で、鈍色の光が降って。
「いい加減にッ、しなさい!!」
刃のように変形した腕と、間一髪のところで鍔迫り合う【お嬢様】。
金色の髪をところどころ赤く染めた【お嬢様】が、大鎌を背負うように構え。
「荊十文字・三れ」
咄嗟に前に出て庇って、吹き荒れる刃と衝撃波の群れ。
首元に奔る熱と激痛。
噴出する血の向こうで、両腕と右手を斬り飛ばされて倒れ伏す【お嬢様】。
大上段から振り下ろす一撃を、身体で受け止めて。
「ご主人、さま?」
聞きなれた、声がした。
「ご主人様!?起きてくださいっ、ご主人様!!!」
マズい。
マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい!!!!!
何故ナナがここにいる!?
なんで来た?
なんのつもりで?
ほかに来た奴はいないのか!?
いや違うそうじゃないそうじゃなくて
「ナナ!【お嬢様を連れて】今すぐ逃げろ!!はや」
ゴキャリと嫌な音が響いて、首から下の感覚が凍えたように潰える。
見上げた視界に映る、倒れて動かない【お嬢様】に駆け寄るナナと、体を屈めて構える怪物。
やけにねばついた時間の中、白く細いうなじに、刃が落ちて。
「お前が、やったのか?」
酷くしゃがれた、声がした。
粉々に砕けて飛散する刃。
怪物が、ナニカに戸惑ったように跳び退る。
空間から滲みだすように乱立した、見上げるような古時計の群れを拘束帯が繋ぎ、天球を縮めたような半球の空間が出来上がる。
宵闇色の空を形容し難く冒涜的な赤と黒が塗り潰し、歯を剥き出しにした三日月が嗤う。
肩口で切りそろえていた銀髪がザワザワと蠢きながら伸びて、小春日を透かしたような蒼い眼が、狼を思わせる金色に転じた。
色白の腕を獣毛が覆い、白く湾曲した爪が弧を描く。
伸びた犬歯を剥き出しに、獣が、低く唸り。
「よくも、やってくれたな」
ナナが掻き消えて、直後、怪物が地面に叩きつけられる。
発達した鉤爪が怪物の後頭部を軋ませ、トマトを握りつぶすように飛散させた。
もんどりうって倒れ込み、なおもバネ仕掛けよろしく跳ね上がる怪物と、不快そうに鼻を鳴らして、機械油に塗れた爪を振り払うナナ。
獣の腕を虚空に突き立てて掻き混ぜれば、ずるりと引きずり出される大ぶりの薙刀。
ぐるりと頭上で回したソレを、小脇に構え。
「お前みたいな、クズが」
放たれた衝撃波がナナの頭を撃ち抜き、怪物の胴を薙刀がブチ抜いた。
額が裂けたのか顔を血濡れにしたナナが、噛みつくように吼えて。
「ご主人様に傷をつけたのか!!」
串刺しの怪物を放り捨て、十文字を描く2連撃。
取り回し、大上段から切り伏せる一太刀が装甲を破断し、流れるような抉り突きが内部構造を掻き混ぜる。
反転の勢いを乗せた切り上げが半ばから胴を断ち。
「たかがマネキンの分際でッ、ご主人様をあんな目にあわせたのか!!」
無数の機械の奥から溢れた粘液が損壊部位を修復し、その倍の傷跡が一瞬で刻まれる。
ゴミのように落ちて転がったソレを刃が縫い留め、生えかけた顎をテレフォンパンチが捉えて上半身ごと引き千切って殴り飛ばす。
反動で砕けたのか奇妙な形に捻じれた右腕がパキョパキョと嫌な音を立てて元に戻り、その手に握られた長大な杭状の鉄塊。
身体を引き千切られたままの怪物が、口を大きく開き。
「気を付けてください、ナナ!!ソイツは、魔術を封じ」
「だ か ら ど う し た ! ! !」
跳躍からの鉄拳が怪物の頭を叩き潰し、マウントポジションからの連打が、装甲と機械を引き裂いて砕く。
牙を剥き出しに獣が嗤い、怪物の腹に撃ち込まれる鉄杭。
苦し紛れの剣腕がナナの肩を裂いて、噴き出す血を気にも留めずに、握りしめた拳が叩きこまれる。
横薙ぎの一撃を噛み砕き、異常なまでの膂力が、怪物の両腕を引き千切った。
口角を吊り上げて嗤ったナナが、これ以上ないくらい愉快そうに顔を歪ませて。
「どうした?まだやれるだろ?ほらほら、がんばれ❤がんばれ❤」
「ガァッ」
「アッハッハッハ!!!!そうそうっ、その調子その調子!!」
吹っ飛ぶように暴れた怪物がナナを弾き飛ばし、半ば融けた喉から放たれた光弾が、ナナの右足を掠めて明後日の方へ飛んでいく。
怪物の上半身が沸騰するように膨張し、昆虫じみた六脚が地面を穿つ。
大きく仰け反った怪物の心臓部が青白い光を漏らし、虚空が凝結して長大な剣になる。
人体など容易く切断するであろうソレを咥えた怪物が、突撃し。
「武装現象・刈鎌」
ザンッ!!と凄まじい斬撃音と、宙に溶けて消える銀閃。
半ばから断たれた怪物が黒く粘ついたものを撒き散らしながら転がり、右腕から生えた大鎌を振り払って、ニヤニヤと笑みを浮かべるナナ。
硬質化した脚が怪物の体を軽々と宙へ蹴り飛ばし、突き出した左手の銃口から連続して鳴る撃発音。
ピクピクと痙攣した怪物の口に、極光が収束し。
「いたずらネコ野郎」
燐光が病んだ夜空を撃ち抜き、怪物を吊るし上げて叩き伏せるナナ。
オオカミの指が、ワキワキと動いて。
「それ、少し邪魔だな」
唇も何もない口に貪るように口づけてグイと引っ張れば、金属パイプと青白い炉のようなパーツで構成された『内臓』が引きずり出される。
主要パーツだったであろうソレを摘出された怪物が、断続的に震え。
「刈り取って殺せ──────死神の鎌」
純白の大鎌が閃いて一拍、惨殺死体と化した怪物がばら撒かれた。
「はぐはぐはぐはぐはぐっ」
「ナナ、気分はどうですか?」
「お腹減りました!!」
「………然様ですか」
正午過ぎの医務室に、カレーの匂いが充満していた。
ものの数十秒ほどで一皿食べきったナナがズビシッと銀皿を突き出してきたので、白米をよそってカレールーをかける。
怪物を蹂躙した後ぶっ倒れてそのまま眠り始めたナナを担いで、俺たちは里に帰ってきていた。
お嬢様を含めた重傷者に数十分ほどたってようやく使えるようになった疑似再誕を発動して治療し、念のために別室で休んでもらっていたところ、女中さんからナナが目を覚ましたと伝えられて様子を見に来たのだが………まさか、こうなるとは思わなかった。
「もう一度聞きますが、本当に、何かおかしいところはありませんか?」
「心配し過ぎですよ、クロ兄さん。頭打っただけですし………ああ、でも」
「でも?」
「昨日、肝試しに参加した後の事が、よく思い出せなくて。あとは、お腹が減ってるくらいですかね」
「そう、ですか。なにはともあれ、大事がなさそうで良かったです。食べ過ぎには注意してくださいね?」
「わぷっ………もうっ、子供扱いしないでください!!」
口の端に付いていた米粒をハンカチで拭い、不満げに頬を膨らませるナナ。
喉のあたりを撫でて、気だるげな、蕩けたような声。
「また後で様子を見に来ますから、食べ終わったら横になっていてください」
「む~………」
「いい子ですから、ね?」
「………わかりました」
しゅん、と擬音のつきそうな顔のナナを撫でて、部屋を出た。
木目の廊下を渡ってドアをノックし。
「失礼します」
「………ナナの様子はどうだったかしら?」
「昨晩の事を覚えていない以外には、特に異常は見られませんでした」
「………そう。ならよかったわ」
点滴の針を腕に刺し、ベッドの上で体を起こしたまま、青褪めた顔をこっちに向ける【お嬢様】。
備え付けのソファーに腰かける、製作途中の人形じみた様相を呈するエリナ様と、なにやら忙しそうに義肢を弄りまわすカティア様。
目をつぶって病室の壁にもたれていたアサカ様が、ミカ様に頬をつつかれて「ふひゃぁ!?」と奇怪な悲鳴を上げてひっくり返る。
布団を撥ね退けて爆睡していた変態がベッドから落っこちて頭を打ち、煙草に火をつけようとしたフィリアが、アマナ様に睨まれて半泣きになった。
溜息と頭痛を、努めて無視して。
「クロさんクロさん、調子はどうですか?」
「徹夜で修復作業を終えたばかりですが俺は元気です。エリナ様こそ、問題はありませんでしたか?」
「義肢の継ぎ目が痛くて痛くて、一睡もできませんでした。お揃いですね」
「なんで少し嬉しそうなんですか?」
「さぁ、なんででしょうね?」
コテンと首をかしげてそんな事をのたまうエリナ様が、ガチャコンと雑に義足を装備させられて悲鳴を上げた。
前までの義足と違って、金属の棒をそのままくっつけたような簡素な見た目だが、意外にもちゃんと機能しているのか、足をパタパタさせるエリナ様。
可愛い。
じゃなくて。
「フィリア、例のアレについて、何かわかりましたか?」
「一日も経ってねぇんだぞ?………まぁ、一応、何が原因かは分かったけどよ」
そう言って取り出されたのは、握りこぶし大の複雑な機構が納められたキューブ。
銀色のボディに所々メタリックブルーのラインが奔る、この世界らしからぬデザインだが。
「昔、仕事で未知の遺物の解析をしたことがあってな。電流で加速させた金属塊を超高速で撃ちだすトンデモ兵器だったんだけどよ、それの防御装置にコレと似たようなのが仕込まれてた。詳しいことは言えないが、魔力に基づいたあらゆる効果の消去、ってところだろうな」
「なるほど………身体強化や回復が使えなかったのも、それが要因ですか」
魔術による攻撃や妨害を無効化し、遠距離から超高速で実弾兵器を投射し、アウトレンジから一方的に叩きのめす。
単純だが、それゆえに強力な戦法だ。
龍の息吹なら流石にゴリ押しで突破できると思いたいが、同種の、それももっと強力な奴を使われた場合どうなるかは不明。
あの遺跡の作り主がどんな目的でアレを配置したかは知らないが、面倒な真似をしてくれたもんだ。
「ま、動いてる実物を見たわけじゃないから何とも言えないけどな。エリナの義肢もお嬢のユニークスキルも動かなくなったってことだし、間違いないだろ」
「道理で痛いと思ったわ?英雄的蛮行状態であれだけくらう方がおかしいもの?」
「あ~………まぁ、あれだけ防御力上がるなら、そうなるわな」
「ちなみに、お婆様には全く通じなかったわ?」
「もうモンスターでしょソレ」
「グーパンで沈められてたもんね、リーン」
「アレは本当に痛かったわ?」
ケロリとそんな事を抜かす【お嬢様】に、どこか懐かし気に追従するカティア様。
………ご当主様、か。
【実際にお会いしたことがないから何も言えないが】、相当暴力的なお方のようだ。
龍を単騎で討伐可能な人間が弱いわけないと言われればそれまでだが………いわゆる、【女傑】というものなのだろう。
「しっかし………そう考えると、昨日のナナちゃん、マジでヤバかったよね」
「魔力抜きでアレというのが、本当に理不尽というか酷いというか」
「というかぶっちゃけ、戦って勝てる未来が浮かばなかったんですけど」
「まぁ?私なら余裕で勝て」
「キャンディーです食べてください」
「むぎゃごばっ!?」
余計な事を口走りかけたメスガキを指弾で飛ばしたキャンディが悶絶させ、すかさず放った第ニ射が口腔にジャックポッド。
信じられないものでも見るような視線とメスガキの悲鳴を無視して。
「あのっ、クロさん。ナナさんは、無事、なんですよね?」
「はい、アマナ様。昨日のアレも、【お嬢様】が傷つけられて頭に血が上っただけのようですし」
「怒っただけでアレってマジですか?」
「黙ってろ変態」
「………ねぇ、流石に酷くない?」
「黙るかハゲるかどっちがいい?」
「誠心誠意黙らせていただきます」
余計な事を言いかけた変態にバリカンをチラつかせて黙らせ。
「皆様、何か聞きたいことがございましたら、なんなりとお尋ねください。俺に答えられる範囲で回答させていただきます」
「じゃあリーンちゃんのスリーサイ………いえ、なんでも無いです」
「上から93、58、91ね?最近測ってないから少し成長したかもしれないわ?」
「この巨乳が、もげちまえ」
「カティア様、胸、無いですもんね」
「うるっさいよエリナ!?」
「あんっ」
バカ言った変態を睨んで黙らせ、何故か自ら暴露していく【お嬢様】。
怨嗟のつぶやきを漏らすカティア様にエリナ様が混ぜっ返し、胸部装甲にビンタを食らって妙に色っぽい悲鳴を上げる。
メスガキがモモンガよろしく変態の顔面に飛びつき、バランス崩した変態が【お嬢様】の上にダイブして、潰れたカエルじみた悲鳴が1つ。
場が混沌としだす中、蹴っ飛ばされたエリナ様がこっちを見て。
「そうだ、クロさん。1つ聞いていいですか?」
「なんですかエリナ様。面倒事はもう嫌」
「手と目、大丈夫なんですか?なんだか不良みたいですけど」
「不良………ですか?」
「こんな事するの、不良くらいでしょう?」
ほら、と差し出された鏡を覗き込み、黒地に銀メッシュの髪を肩甲骨直下までボサボサに伸ばした、目つきの悪いガキが俺を見返していた。
執事服の裾から覗く肌には朱色の入墨が刻まれ、焦点のあっていない左目を縦に跨ぐ、一筋の亀裂。
「…………コレ、誰ですか?」
「クロさんです」
「そうですか、変わった名前の人ですね」
「違います。貴方のことです、クロさん」
「………然様ですか」
「大丈夫ですよ、クロさん。そりゃ、確かに独特なセンスだなとは思いましたけど、クロさんくらいの年の子は、みんなそうなるものなんです。自分を嫌わずに、失敗を次に繋げていきまし」
「アサカ様」
「うん?」
「介錯は任せます」
「よしわかった。今からでいいな?」
「わからないでくださいアサカさんというかその刀どこから持ってきてってタンマタンマ一回落ち着いてください!!!」
「HA☆NA☆SE!!」
「もういいでしょ別に。死にたがってるんだし死なせてやれば?」
「ライカ様は黙っていてください!!」
エッケザックス(短刀)を腹に添えて後ろから羽交い絞めにされ、どこから取り出したのか刀を構えるアサカ様。
エリナ様の脇を念動力でくすぐって、「はにゃぁ!?」とよくわからない悲鳴。
黙祷1つ、短刀を逆手に持ち。
「まぁ、なんだ。誰も死なずに済んだんだし、そこまで気に病むことじゃねぇと思うぞ?オレとかアマナ様が出くわしてたら、まず間違いなく死んでただろうしよっぱるばっ!?」
「………ねぇ、クラリス。ちょっといいかしら?」
ドンマイとでも言わんばかりに肩を叩いてきたフィリアを殴り飛ばし、そこまでずっと黙っていた【お嬢様】が、眉を顰めながら口を開いた。
なんか嫌な予感がする。
「うん?どうかしたの?」
「さっきからずっと気になっていたのだけれど、私たちって、何人で肝試しに行ったのかしら?」
「11人でしょ?」
「そう………それじゃ、やっぱりおかしいわ?」
わかり切ったことを聞いて、【お嬢様】が首を傾げた。
「なんでさ、なにもおかしい事なんてな」
「だって変でしょう?私たちは4人組で分かれたはずなのに、1人足りないじゃない?」
不思議そうに呟かれた言葉に、部屋の空気が一気に凍り付いた。
「………確か、アマナちゃん、ナナちゃん、フィリアちゃん、それとアサカきゅんが黄色のクジのチームだったよね?」
「それで、ボクとリーン、ミカちゃんが赤色のクジを引いて、それで………あと1人が………」
「クラリス様。クジは、何本用意されたのですか?」
「………きっちり12本。キリがいいから12本つくって箱に入れたし、間違いないと思う。でも、一本も残ってなかったし、誰かが2つ取ったのかなって」
「ということは、あの場に、別の誰かがいたということで………」
「………」
「………」
「………」
「………」
部屋に立ち込める妙な沈黙と、重く沈んだ雰囲気。
誰も口を利こうとしない中、1人アサカ様が首を傾げ。
「………なぁ、なにがあったんだ?いまいち意味が分からないんだが」
「みんな、肝試しでは何もなかった。怪奇現象っぽいサムシングは発生していないし、クジは最初から11本だった。いいね?」
「なぁ、本当に何が」
不思議そうなアサカ様を除いた全員が、黙って首を縦に振った。
次回予告
波乱の夜を超え、一同はついに旅の目的地、龍国へと向かう。
穏やかな波風と未知の連続に心を躍らせたのもつかの間、海面下で蠢くどす黒い影が1つ。
窮世界の怪物の咆哮に、半妖精のメイドと龍は、秘かに覚悟を固め。
「ドジャァーーーン」
「………なんなんですか、コレ」
「こんなこともあろうかと作っておいた、人間大砲です」
「???」
「巨大海棲生物を殺すには爆発物が一番です。口の中に入って内臓から爆殺します」
「ふぁっ!?」
「メーディーック!メーディーッック!!ナナちゃん、今すぐ全力でバックドロップして!!ハリー―!!」
「はわわわわ、はわわわわわわ、はわわわわ」
「ナナちゃん!?」
「ああっ、もう!どーしたら」
「大丈夫よ、カティ。一緒にダイナマイトも呑ませれば問題ないわ?」
「バカッ、リーンのバカ!!もう知らない!!!」
次回「燃えよドラゴン!!灼熱!南斗列車砲弾!!!」




