ボーイ・ミーツ・ガール 前編
遅れてすみません
「やってきましたッ、海!!」
「うるさいですよお嬢様」
「あうちっ」
バカな事を叫んだカティア様が、エリナ様に頭をしばかれて悲鳴を上げた。
そのまま火ぶたを切ったキャットファイトを尻目に、切り分けた肉を金網の上に置いていく。
脂が炭火に落ちて爆ぜる音。
ピーマンやらタマネギやらも並べて、無底沼・百手捕手で固定した大鍋に水を入れて塩をたっぷり加える。
薪に点火で火をつけて、しばし放置。
ゆで卵、ピクルス、パセリを刻んでボウルにぶち込み、レモン汁をかけてマヨネーズを致死量添加。
わけぎを小口に刻んで、別のボウルに入れて、ポン酢を入れてよく混ぜる。
背伸び1つ、海を見据えて。
「ナナ。昼食の用意をお願いできますか?」
「いいですけど………どうしたんですか?」
「エビ獲ってきます」
「わかりま………エビ?」
武具創成・三叉槍。
切っ先を上に、担ぐように構え、全力ダッシュ。
思いっ切り突っ走って、踏み込んだ足がウッドデッキの端を捉えた。
邪魔な荷物を背負ってない分飛距離を伸ばした大跳躍は、しかし目標地点に届かない。
魔力を練り上げて。
「大爆発」
自爆の威力が俺を打ち上げる。
文字通りの爆速で流れていく空の蒼と、深く黒々とした海の蒼。
ぴったし三秒後、減速することなく海面に叩きつけられ、盛大に気泡を散らして海中へ。
ガボガボと吐息を漏らしながら潜水し、岩石質の海底を蹴って浮上。
水面と海底の中間層を泳ぎ、水に歪む視界が、極彩色の怪生物を捉えた。
ごつごつとした棘に覆われた甲殻と、片側が不気味に肥大化した一対の大鋏。
ウミユリのように触角が揺らめき、ギチギチと呻くようなクリック音。
エリナ様と一緒に飛び込んだ時にたまたま見つけて目をつけていたのだが、やはりデカい。
これだけのサイズなら、全員分の昼食を賄えるだろう。
黒々としたビーズのような眼が俺を映すが、もう遅い。
繰り出した切っ先がロブスターの脳天を貫き、節足を激しく痙攣させる甲殻類。
獲物を引っ担いで、陸に上がろうとして。
(…………なんだ、これ?)
幽玄とした響きを帯びた、虚ろな声が聞こえた。
嘆くような歌うような泣くような、慟哭の声。
どこか祈りのようなソレが、滔々と、世界を染めるように響き渡る。
老人の、子供の、青年の、少女の、老婆の、嘆く声が聞こえる。
声に呼ばれる。
声が呼んでいる。
入り江を抜けた先、はるか深海で、呼んでいる。
呼ばれている。
いかなくてはならない。
海の底へ。
黒い水と黒い泥が、俺を呼んで。
「ガボボボボッ!?!?!?」
偉大な静寂を、間抜けな声が遮った。
音のした方を見て、真っ青な顔で沈んでいくナナ。
脳内を埋め尽くすクエスチョンマーク。
俺を見つけたナナが何か言おうとして水を飲み、ロブスターをほったらかして救助に向かった。
「ナナ。何やってんですか?」
「いや~………クロ兄さんがなかなか帰ってこないので、心配になって。マネして飛び込んだまでは良かったんですけど、泳げないのを忘れてました」
半ば息も絶え絶えといった様子で、ビーチチェアに寝っ転がったナナが言う。
「泳いでたでしょう、貴女」
「泳いでませんよ、アレ。尻尾を膨らませて浮かんでただけです。浮き輪みたいな感じですね」
浮き輪だったか。
「便利ですね、その尻尾」
「はい。最近、物の出し入れも出来るようになったんです」
ふふんと笑ったナナが、フサフサの尻尾からなにやらいろいろ取り出し始めた。
リボン、エプロン、ハンカチ、干し肉、どんぐり、クマのぬいぐるみ、裁縫道具、包丁、ピストル、救急セット、トランプ、本、魔法の水薬。
「………どれだけ入れてるんですか」
「いっぱい、ですかね?」
自分でも中身を把握していないらしく、わふっと首をかしげるナナ。
可愛い。
じゃなくて。
「今度また、整理しましょう。俺も手伝いますから」
「わかりました!!」
ズビシッと元気よく手を挙げたナナの頭を撫で、トングを掴んで大鍋の方へ。
ふたを開け、真っ赤に茹で上がったロブスターを笊の上へ引き揚げる。
短刀を挟みの付け根に抉り込んで切り落とし、胴(?)と頭を引っ掴んで捻じり切る。
逆手に持った切先を頭殻に突き刺してそのまま真っ二つに。
腹の殻を剥いていき、肉厚の身を切り分けて盛り付ける。
並の刃物なら刃がダメになる程度の硬さはあったが、ほとんど抵抗もなくさっくり切れた。
流石元聖剣、とでもいうべきか。
腐っても聖剣エッケザックス、いい包丁だ。
心なしか伝わってくる不満げな思念波を、務めて無視して。
「あっ、ユビキリじゃん。もーらいッと」
横から現れた小さな手が、エビの肉を摘まんでいった。
もきゅもきゅと咀嚼し、白けた顔で「まぁまぁかな?」とふざけたことを嘯くメスガキ。
すごく、すごく腹が立つ。
「ライカさん、つまみ食いしちゃダメなんですよ?」
「バレなきゃ問題ないってね」
「バレてるだろ、どう考えてもバレてるだろ」
「うっさいなぁ!ちょっとは黙れっての!!」
「あの、あまりそういうの、よくないと思うんですけど…………」
「ナナは偉いですね。コレ、食べていいですよ?」
「わふっ………初めて食べましたけど、エビって美味しいですね」
逆切れして怒鳴り散らすメスガキに少し怯えたような様子のナナ。
可愛い。
可愛いからエビあげちゃう。
「これだけ大きなエビがいるということは、かなり豊かな海なのでしょう。ひょっとしたら、タコも獲れるかもしれませんね」
「美味しいんですか?」
「俺の故郷ではかなりメジャーな食材でした。刺身や煮つけにしても美味しいですし、小ぶりならタコ煎餅にしてもいいですね」
「………ねぇ、ちょっといい?」
「なんですか?俺は今、ナナを愛でるので忙しいのです。雑用なら後で」
「私の扱い、雑過ぎんだろ!!」
メスガキを適当にあしらって、文字通り雷が落ちた。
ツンと鼻に衝くオゾン臭と、空中に漂う紫電の群れ。
ペキペキと音を立てて爪牙が伸び、黄金に罅割れた爬虫類の目が俺を睨みつける。
溜息を吐き、とりあえず機嫌を取ろうと近づいて。
「いいか!?お前みたいなザコ、やろうとすりゃ一瞬で殺せるんだよ!!アタシがお優しいのをいいことに、つけあがりやがって!!いっそテメェら全員、この場で消し炭に」
「転移」
雷電を纏ったバカの顔面を引っ掴んで転移。
どこまでも暗く閉ざされた天蓋と、虚空を漂う薄緑色の燐光。
黒水晶の床を踏み、黒く淀んだ空気を吸って、ゆっくりと吐き出した。
四角形の奇怪な廃墟群が立ち並ぶ中、風邪の哭く音が寂鬱と響く。
「………え?ちょっと、ここどこ?ねぇ」
「正直よ、俺はそこまで怒ってなかったんだ。俺がどういう目に遭おうが、知ったこっちゃねぇ。ナナが幸せで、笑っていられるならそれでいい。だからお前を見逃してやったし、お前が何をしても、少し小突くくらいで許してやった。わかるか?」
俺の目標は、ナナを幸せにすることだ。
ナナに、笑って生きてもらうことだ。
列車に乗って襲われた時も、コイツがちょっかいを掛けてきた時も、狙いは俺だった。
だから許してやった。
だが、今コイツは、明確にナナを狙っていた。
ナナを、俺の妹を、俺の一番大切な人を、奪おうとした。
許さない。
許せるはずがない。
「いいか?今お前が生きているのは、俺があの里の連中と事を構えたくない、ただそれだけの理由だ。お前がどれだけ強かろうが偉かろうか、ナナに傷1つでもつけてみろ、真っ当に死ねると思うなよ?」
「このっ、いい加減に」
「今回は、見逃してやる。次は死ぬと思え」
それだけ言ってクソを突っ放し、右手に違和感。
鋭く伸びた爪がいつの間にか手の肉を裂いて、血が溢れていた。
疑似再誕で傷を癒し、呻くような啜り泣き。
俯いたまま、何かを堪えるように震えるメスガキ。
何をするつもりかは知らないが、そろそろ戻らないとナナに心配され。
「ぴにゃーーーーーー!!!」
サイレンじみた泣き声に脳を揺さぶられた。
思わずふらりときて、そんな事は意にも介さずに泣き続ける子供が1人。
頭が、酷く痛む。
早く何とかしないと、マジでヤバい。
というか、前にもこんなことがあった気がする。
いつだったのかも思い出せないくらい昔、とても大切な誰かが泣いていた。
白いワンピースをドロドロに汚して、顔をグシャグシャにして鳴く少女が1人。
抱えられていた黒い仔犬が、とても迷惑そうな困った顔をしていたのを、覚えている。
記憶にあるのはそれだけだ。
どこだったのかも思い出せないが、俺は、忘れてはいけないものを忘れてしまっている。
誰だったのかもわからないが、それでもきっと、あの少女は、俺の一部で。
帰らなくちゃいけない。
あのボロ屋に。
皆を、ずいぶんと待たせてしまった。
あの古びた門をくぐって鍵を掛けたら、いつも通りお祈りをして、燭台に火を灯そう。
みんなでテーブルを囲んで、ご飯を食べて、そして。
…………そして、何だったっけ?
思い出せない。
何も、何も、何も。
思い出そうとすればするほど、記憶は抜け落ちて、焼けて、爛れていく。
何もかもが灰になる一刹那、狼が嗤った気がした。
「お久しぶりです、クロさん。元気してましたか?」
視界を埋める、綺麗な青色の瞳。
闇に手をついて体を起こし、銀色の髪を靡かせたオオカミ耳の少女が、小首をかしげて嗤っていた。
一切の光を許さない暗がりの中で、妹と同じ顔を愉快そうに歪めて佇む、一匹の狼。
「まぁ、立ち話もあれですし、適当に座ってください。お茶くらい出しますから、ね?」
そういった狼少女が指を鳴らし、何もないところからせり上がってくるミニテーブルと椅子が二つ。
どういう手品を使ったのか、白塗りの天板の上には2人分のティーセットも並べてあった。
言われるがままに椅子に座わり、ずずっと紅茶を啜る狼少女。
同じように腰かけて紅茶を啜り、酷く渋い。
「仕方ないじゃないですか、私、お茶淹れたことないですもん。むしろ、素人がこれだけできるなら上出来じゃないですか?」
にしてもマズいぞ、コレ。
ナナの淹れてくれたお茶の方が億倍旨い。
「はいはい、わかりました。これでいいですか?」
呆れたような苦笑いとフィンガースナップ。
こじゃれた白磁のティーカップが解けたように消え失せ、見覚えのある、独特の形状のガラス瓶。
よく冷えているらしく結露の浮いた瓶と、黒褐色の炭酸飲料。
問題があるとすれば。
「………なんで、コーク瓶でロゴがペプシなんだ?」
「さっきから文句ばっかりですね、クロさん。久しぶりに会うから、私、結構頑張って再現したんですよ?」
抗議の声をスルーして机の角に王冠を引っ掛けて封を開け、どこか懐かしいあの匂い。
吹き零れかけたソレを啜り。
………んん?
なんか、微妙に違う。
確かにコーラだが、コカコーラじゃない。
というかコレ。
「ドクペじゃねぇか」
「色々似たようなのがあって、少し混ざっちゃったんですよ。それで我慢してください」
仕方がないので一気に飲み干し、そこはかとなく漂うコレジャナイ感。
コカ党の俺にドクペを飲ませるとは、さては喧嘩売ってるな?
「何でそうなるんですか。普通においしいのに」
さてはアンチだなおめぇ。
「アン、チ?」
コテンと首をかしげる狼少女を他所に、あたりを見渡した。
黒と黒と黒に覆われた、感覚を失ってしまいそうなほど平面的な空間が、どこまでも広がっている。
なんというか、本当に殺風景なところだ。
「殺風景なのは誰のせいだと思って………いえ、もういいです。本題に移りますね」
さっさとしろ。
俺は早くナナに会いたいんだ。
「クロさん。猿の手という小説を知っていますか?」
「ジェイソンだかジェイコブだかの短編だろ?闇落ちしたランプの魔人的な」
「じゃあ、ハガレンは?」
「増田英雄」
「からくりサーカス」
「崩拳」
「セキロ」
「迷えば破れる…………お前、本当に何を言いたいんだ?」
「察しが悪いですね、クロさんは」
不満を垂れながら椅子を立つ狼少女。
直後、その肢体がどろりと融解して。
「こういうことですよ、ク~ロさん♪」
ミチリと、嫌な音が脳内に響く。
鋭く発達した牙が肉を引き裂き、狼の爪に骨を砕かれる。
抗う間もなく、文字通り人外の膂力に腕を引き千切られた。
「何を」
「うん、これでいい感じですね。クロさんも、ちょっとくらい感謝してくれていいんですよ?少しは役に立つと思いますし」
パキュパキュと俺の腕を咀嚼して飲みこんだ少女が、血塗れの顔でにたりと笑い。
「サヨナラです、クロさん。頑張って早く死んでくださいね?」
「おお、ようやく起きたか」
ぐっしょりと濡れた服の、底冷えするような感触で、眼が覚めた。
体を起こして、網膜を焼く太陽光と、限りなく続く白波の群れ。
ウミカモメの呑気な鳴き声が、波の音に混ざって、やけに澄んで聞こえた。
横を見て、浦島じみた格好の老爺が、釣り針を垂らしていた。
「まったく………まさかとは思っておったが、お主、稀人じゃったか」
「………なんだ、そりゃ」
「主のような異界からの迷い人じゃよ。魂だけで迷い込んでくる奴もおれば、肉の器で渡ってくるのもいるの。まぁ、中には渡る途中で狂って死ぬ情けないのもおるが」
大きなあくびをしつつ、訳の分からない事を言うジジイ。
よくわからんが、しょせんは耄碌爺の戯言。
気にする必要もないだろう。
立ち上がって、あたりを見渡し。
「術者は………あの金髪の嬢ちゃんか。可愛い顔して、おっかない事するのぅ」
「あ?」
お嬢様が、俺に何をしたって?
いや、そんな事はどうでもいい。
なんとなくだが、二,三時間は立っているはず。
早く、ナナのところへ戻らなければ。
「とにかくじゃ、お主に一つ提案がある」
「どうでもいいので早くしてください。というかナナはどこに」
「お主、自分が何者か思い出したくないか?」
………は?
「儂なら、お主の消された記憶を元に戻してやることができる。どうじゃ?自分の事を知りたくはないか?」
「………何を言って」
「失った記憶、見知らぬ土地、名も思い出せぬ大切な誰か。いくら思い返そうとしても叶わぬ、砕けた追憶。儂ならば、それを思い出させてやれるが………どうする?」
いつの間にか、目の前に爺がいた。
ふざけた様子の欠片もない顔つきと、俺を見据える黒々とした瞳の、深く澄んだ輝き。
数えきれない年月を風化せずに生き延びた、超越者の目。
文字通りの悠久を閲した重圧に、捻り潰されかけて。
「………いえ、結構です」
「なぜじゃ?心当たりがないわけではないのだろう?」
心当たりは、当然ある。
俺が、忘れてはいけないものを忘れているであろうことも、うすうす勘付いている。
だが、それでも。
「俺はナナの兄です。俺の過去に何があったにせよ、俺が何を忘れているにしても、俺の役目はナナを幸せにすることです。その邪魔になりうる記憶なら、忘れたままにしておいた方がいいでしょう」
「…………そうか。お主がそれを選ぶというのなら、儂からは何も言うまい」
「はい。………親切にしていただき、ありがとうございました」
老人に一礼して、ナナの匂いがする方へ向かい。
「ああ、それと………これは老婆心というやつじゃが、お主、人狼を喰ったじゃろ?いかなる事情があったか知らぬが、儂ら龍は、魔力の凝結より生ずる。故に、他者を食らうことでその魂を引き継ぐ事が出来る。………儂のような古い龍はともかく、主のような若僧は逆に喰われかねんからの、気を付けることじゃ」
「………わかりました。留意しておきます」
どこから取り出したのか酒杯を一気に呷った老人が、満足げな溜息を吐き。
「あとその左腕、どうにかした方がいいぞ。そのままじゃマズいじゃろ」
つられて左の手を見て、腕全体が獣じみた剛毛に覆われていた。
作者の年齢バレちゃう(四八歳変態糞土方)
次回予告
メンヘラ狼ハンドを手にした主人公は、ひとまず妹の元へ戻る。
バカ丸出しではしゃぐ変態と駄メイド、あいかわらずわふっとした妹と、1人グロッキーの吸血鬼。
筋肉バカが走り込みに勤しみ、スイカ割りにピストル持ち込むガンマニア。
場が混沌に飲まれる中、静かに夜が訪れて。
「(;゜∀゜)=3ハァハァ可愛いよアマナたん可愛いよ」
「ヒャッハー!酒だぁ!!」
「酒だぁ!!」
「あれ?クロ兄さん、どうしたんです?その腕。中二病ですか?」
「うぷっ、気分、悪」
「………労基、どこ行ったけな」
次回「夜『静かにしてよ』」




