夕暮れ
花粉症を患って気絶していました。遅れてすみません。
次回はある程度早くあげられるはずです。
「それじゃ………対抗戦タイ優勝と少年と私の回復を祝って、カンパイ!!」
「なんで貴女が音頭を取ってるんですか」
「お姉ちゃんだから!!」
「お姉様。恥ずかしいのでやめてください」
ヴァルハリエ家、めったに使わない大食堂。
向けられる白目も気にせずに、シャンパンを注いだグラスを掲げて音頭を取る変態。
俺が自爆して終了した対抗戦の後、お嬢様命令でパーティーを開くことに。
アマナ様も参加したいとのことで、それなりに気合を入れて準備をしていたのだが………。
「アマナ様。この変態も来るなら、そうと仰ってください」
「ほんと、すみません。連れてきたら迷惑になると思って、何も言わなかったんですけど」
「アマナちゃんがずっとそわそわしてたからね!これは何かあるなと思って尾行してきたのさ!!」
「もうやだ、この家族」
「気持ちはわかります、アマナさん。クロ兄さんも同じことをしてくれやがったので」
「ナナさん!」
「アマナさん!」
満面の笑みで変態行為を告白する変態。
半泣きになったアマナ様が、なにかを悟ったような顔でサムズアップするナナにヒシッと抱き着いた。
寸劇を他所にキッチンへ行き。
「なにか、手伝いましょうか?」
キュラキュラと不気味な駆動音を鳴らす右目と、球体関節人形じみた左脚。
感情の窺えない、無機質な萌黄色の瞳。
ナナのソレと微妙に意匠の似たメイド服は、ひょっとしてカティア様の趣味なのだろうか?
一瞬怯みかけたのを耐え。
「どうかお構いなく、エリナ様」
「そうですか」
冷蔵庫から取り出したローストビーフを切り分け、隣に並べられた皿に盛る。
サンドイッチを切って皿に並べた端から、義手の指先がつまようじを刺していく。
ハッシュドポテトを盛りつけ、カシュンと音を立てて伸長した腕が棚からパセリを取って刻み、そのまま散らした。
フライパンに油を引いて火を点け、人数分の卵を割り入れた。
別のフライパンにニンニクを刻んで炒め、厚切りベーコンを切って入れ、大鍋に水を入れて塩を少々。
沸騰したソレにパスタをぶちこんで、茹でたほうれん草を鍋から引き揚げて切る。
ほうれん草を加えて炒め、茹で汁を少々。
茹で上がったパスタをホウレン草とベーコンと和えて全力で混ぜ、乳化させて完成。
大皿に盛ってコショウを振り。
「………なんで、手伝ってるんですか?」
「目玉焼き、焦げそうになってますよ?」
「おっと」
フライ返しを受け取って目玉焼きを救出し、焼いたトーストにのせて皿に盛る。
アボカドと茹で卵のサラダを仕上げて。
「………いや、なんで手伝いを」
「喋ってないで配膳してください」
「わかりました」
カートに並べてリビングまで運び、机に置いていく。
一息ついて。
「………あの、エリナ様。なんで」
「私がメイドだからです。何か他に理由が必要ですか?」
「………いや、でも」
「あのキッチン、いいですね。よく手入れがされていてとても使いやすかったです。包丁もしっかり研いでありましたし、道具も調味料も取りやすい場所に置いてあったり、働いていて気分がよかったのは久しぶりです」
「………そうですか。それは良かったです」
べた褒めされた。
なんというか、すごく、むず痒い。
気恥ずかしいのを押し殺して。
「俺も、貴女に手伝ってもらって助かりました。エリナ様のように仕事慣れした同僚がいれば心強いのですが」
「………つまり、私に惚れたと」
「ヘッドハンティングの対象としてなら」
「新婚旅行は共和国ですね。オペラ座を見に行きたいです」
「何でそうなるんですか」
至って真面目を気取ったような声と、能面じみた表情。
一瞬マジメなのかと思ったが、よく見れば義眼がグルグルと目まぐるしく回転していた。
ひょっとして、照れ隠しなのか?
ブツブツ呟きながらトリップ状態に突入したエリナ様を端目に視線を感じて後ろを振り向き、やたらキラキラした目を向けてくるナナ。
「ナナ。よく頑張りましたね」
「ふぁふぃふぁふぉふぉひゃいまふ、ふふぉひいひゃん!!」
「………口の中の物を飲みこんでから話してください」
「ありがとうございます、クロ兄さん!私、頑張りました!!」
口の端にソースをつけたままはしゃぐナナ。
ナプキンで顔を拭い、「わぷっ」と変な声。
………実際、ナナはかなり奮戦していた。
緊張していたのか少し動きが硬かったが、それでも十分戦えていたと言えるだろう。
相手が変態だということも考えれば、なおさらだ。
対抗戦決勝まで進出し、実質的な優勝。
…………あの、頼りなかったナナが、まさかこの短期間で、ここまで戦えるようになるとは。
「ク、クロ兄さん?なんで泣くんですか?」
「成長しましたね、ナナ」
銀色の髪を撫でて、「やふ~」と気の抜けた声を出して軟体化するナナ。
甘えるようにもたれかかってきたのを抱きとめて、ソファーに座らせ。
「ねぇねぇ少年。ちょっちいいかな?」
「なんですか?」
「ナナちゃん、なんでケモミミ生えてんの?」
「何を当たり前のこと………を………」
固まる部屋の空気。
ナナを見て、ピコピコ動くオオカミ耳と、のんきに揺れる尻尾。
メトロノームよろしく振れていた尻尾が、硬直した。
しまった。
やっちまった。
「いや、なんか髪色も目の色も違うし、耳とか尻尾とか生えてるから、顔と匂いの似てる別の子だと思ってたんだけどね?皆、『ナナちゃん』って呼んでるし、気になってさ?」
「いかがなさいますか、お嬢様」
「鏖殺なさい。目撃者がいなければ全ては無かったことになるわ?」
「かしこまりました」
「ウソでしょぉ!?」
「ウソよ。殺す必要はないわ」
「かしこまりました」
「ありがとうリーンちゃん!お礼にキスしたげる!!」
「やっぱり殺しなさい」
「かしこまりました」
「のおぉす!?」
脳天狙いで放った怪力線がギリッギリで躱された。
連撃をぶちこんで、しぶとく逃げ回る変態。
右腕を突き出して魔力を収束させ。
「狩猟霊」
「うおぁ!?」
間抜けな声を上げて吹っ飛んだ変態の腹に、自動追尾式ティーポットが突き刺さる。
「げふぅ!?」と呻きながら後ずさるバカにとどめを刺すべく、武具創成で造った斧を振りかぶり。
「ちょ、ちょっと待った!誰にも言わないから、助け」
「そのセリフを吐いた人間は死ぬことになってるのよ?やっておしまい、クロ」
「かしこまりました」
「すみません許してください何でもしますから」
「クロ。聞いたわね?」
「聞きました」
土下座する変態を叩き切ろうとして、そんな事を言うお嬢様。
どうでもいいが、さっきから部屋の隅で震えてるナナとアマナ様とシーザー様の3人には、後でフォローしておいた方がよさそうだ。
「えっと、何を」
「何でもするって言ったから何でもしてもらうのよ。手始めに、帝国の転覆に一役買ってもらおうかしら?」
「横暴だ!?というか、リーンちゃん、まさかのテロリストだったの!?」
「人聞き悪いわね。私の役は、民草を案じて圧政に抗う深窓の令嬢よ?」
「本心は?」
「ナナとイチャラブ新婚生活できない世界なんて滅びてしまえばいいのよ」
「私利私欲じゃん」
いきなりぶっちゃけだすお嬢様と、頭上に斧があるこの状況でギャーギャー喚く変態。
肝が据わっているのか、ただのバカなのか。
………まぁ、後者だろうな。
「ねーねー少年。なんでナナちゃんにケモミミが生えてるのか、教えてくんない?」
「黙れ変態。ぶち殺すぞ」
「辛辣だ!?」
ため息を飲み込んで斧をおさめ、視界の端でプルプル震える3人組。
………少し、怖がらせてしまったか。
懐に右手を突っ込んでまさぐり。
「飴をどうぞ」
「なんでですか!?なんで急に飴なんですか!?」
「さぁ?」
「さぁ!?さぁってなんなんですか!?」
「ななな何とかしてくださいナナさん!貴女のお兄ちゃんでしょう!?」
「イヤですよ!怖いですもん!!」
好き勝手キャピキャピはしゃぐ女子はともかく、座ったままバカ真面目な顔で黙考する変態。
声を掛けようとして、琥珀色の眼がギュルンと俺を見た。
こっちみんな。
「…………リーンちゃん。1つ、聞いていい?」
「なにかしら?」
「帝国の転覆ってさ、何をするつもりなの?」
「既存の体制の崩壊と法律の再整備、かしら?少なくとも、理不尽な格差と抑圧はなくした」
「乗った」
「………え?」
「ちょうどいい機会だ。協力するよ、国崩し。………私さ、最初から、アマナちゃんとこの国から逃げようと思ってたんだ」
「お姉ちゃん!?」
「あと十数年もすれば破綻しそうな国でお山の大将やるより、別のところに行って傭兵か探索者でもする方がマシだけど、それも上手く行くとは限らないでしょ?私は確かに強いけど、不慮の事故で死ぬ可能性は否定できない。だったら、アマナちゃんのために一肌脱ごうかなって」
………なるほど。
ただの変態だと思っていたが、意外と考えれる変態だったのか。
少なくとも、洗脳じみた貴族教育に毒されずにまともに考えるだけの能力はある。
異能ありきとはいえ俺の素材でできた武器を破壊するあたり、認めたくないが、天才と呼んでいい部類の人間だろう。
………頭良くて戦えてド変態って、どうしようもないな。
自分の欲求に忠実な人間がなまじ実行可能な実力を持っているせいで、どうにも質が悪い事になっている。
とはいえ、実力は確か。
間違っても体制側の人間ではないだろうし、むしろ司法に裁かれる側の人間だ。
戦力として考えて、問題な。
「あと、おっパブ作りたいし」
…………んん?
なんか、今、変な事を聞いたような気が。
「………今、なんと?」
「だからおっパブだよ!汽車もある、魔術もある!!異種族がいて機械があって街灯もあって!!おっパブがないとかおかしいだろ!?あまり私の性欲を舐めるなよ!?」
「おいだれかこのバカ止めろ」
「そもそも!!性欲とは人間の最も根源的な欲求の1つであり、子孫繁栄は人類の本能に刻み込まれた至って正常な目的なのだよ!!巨乳巨尻の安産型体型に我々が興奮するのは自然な事であり、したがっておっパブもこれまた自然な文明である!!つまりおっパブの存在しない帝国は悪!早急に滅ぶべし!!おっパブバンザ」
「クロ、黙らせなさい」
「かしこまりました」
「いぃっ!?」
魔力で強化した酒瓶を叩きこみ、舌を噛んだのか悶絶する変態。
とどめを刺すべく大上段に振りかぶった酒瓶を、小さな手の平が遮った。
ゆらり、と揺らぐように立つアマナ様。
プルプル震える小柄な体が、何かを堪えるように痙攣し。
「…………サイッテーです、死んでください」
「ちょ、アマナちゃん!?さすがにお姉ちゃん悲し」
「家族面しないでください。気持ち悪い」
「え、えぇ!?今のそんなに怒ることじゃ」
「口臭いので黙って消えてくれませんか?」
「消失を望まれた!?」
冷え切った声音。
いつもの柔らかい雰囲気はどこかへ消し飛び、カラスに荒らされた汚物でも見ているような嫌悪混じりの蔑視。
「あの、アマナさん、それくらいにした方が」
「………ほんと、最低です。初めての友達だったんですよ?昔っから、ずっと嫌なのを我慢してきて、初めて、パーティーを楽しいと思えたその日に、コレですか」
「や、その、アマナちゃん、ゴメ」
「正直言って、お姉様が真人間になれるとは思いません。思いませんが、生まれ持った悪癖は、周りの人間を不快な気分にさせていい理由にはなりませんよね?」
「えと、その」
「その、なんですか?」
「…………すいませんでした」
妹に散々叱られた変態が、うなだれて頭を下げた。
お嬢様とタメを張れるくらいの唯我独尊的思考回路の変態が、だ。
………まさか、この変態を言い負かせる人間がいるとは思わなかったな。
「わかったならいいです。せっかくのパーティーですし、楽しまないと損しちゃうのです」
「ありがとアマナちゃん!お姉ちゃん頑張っちゃ」
「あっ、今日一日は話しかけないでください」
「そんなぁ!?」
およよとオーバーリアクション気味に泣き崩れる変態。
というか。
「お嬢様。本当によろしかったのですか?」
「…………あまりよろしくないけど、実力は確かなのよ。ナナに牙を剥かないなら、生かしておくべきだわ?」
「本心は?」
「今すぐぶち殺してやりたいわ?」
「俺も同意見です」
「じゃあ処刑しましょう?」
「かしこまりました」
「君たち物騒過ぎないかな!?」
「アルトリア大公爵家長女、クラリス・フォン・アルトリアは、帰宅途中の馬車の事故で首を折って不幸にも即死した。そういうことです」
「まさかの事故死!?」
「冗談よ。ナナに手を出したら私が直々に殺すわ?」
「いや、出さないからね?」
「信じられませんね。やはりここで殺していくべきかと」
「………少年さぁ、私を殺そうとする時すっごいウキウキするのやめてくんない?」
「自分に信用が無いのは理解していますか?」
「………そりゃあないだろうしナナちゃんはタイプだけどさ」
「ひいっ!?」
「おい」
コイツ、マジで殺して。
「でも、ナナちゃん、リーンちゃんの事が好きなんでしょ?だったら手は出せないよ。NTRとか誰も幸せにならないし」
「なるほど?」
肩をすくめて「ntrはダメ、絶対」などと訳の分からないことを言う変態。
気持ちは悪いし理解したいとも思わないが、こいつにはこいつなりのルールがあるということか。
まぁ、ナナを襲わないなら問題はな。
「あ、でもリーンちゃんも一緒に堕とすなら純愛だし問題ないや」
「よし殺そう」
「クロさん。もうやってください」
「アマナちゃんまで!?」
大斧を構える俺と、ヤクザみたいな顔のアマナ様。
「裏切られた!」と被害妄想全開で叫ぶ変態ににじり寄り。
「ボクも賛成だね。いつ襲ってくるか分からない相手と仲良くは出来ない」
「いや、カティアちゃんは襲わないよ?」
「なんで?」
「いやだって、柔らかさ足りてないし」
部屋の空気が、確かに凍り付いた。
棒立ちのカティア様と、「やっちまった」とでも言いたげな顔の変態。
ゆらりと幽鬼のような動きで前に出たカティア様が、変態を正面から覗きこむ。
痩せ型の体が、ブワリと確かに膨らみ。
「さっきのおっパブの下りから思ってたんだけどさ、クラリス先輩って、ひょっとして、巨乳派?」
「え?」
「え?、じゃねぇよ。答えろや」
「いやっ、だからこれはその」
「答えろっつてんだろうが!!あぁ!?」
「巨乳派です!生きててすみません!!」
「虚乳って言うんじゃねぇよ、ブチ殺すぞ!!」
「そんなの言ってな」
「ウソつくんじゃねぇ、言っただろうがよぉ!!」
腰を抜かしてへたり込んだ変態の肩を揺さぶって吊るし上げるカティア様。
流石に、これは止めた方が。
「人のコンプレックス抉り返して楽しいんですかぁ!?」
「そんな事、やってな」
「やってんじゃねぇか!!ああそうかよ!?テメェみてぇな恵まれた奴には、ボクがどんな思いで生きてるか分かりませんってか!?」
「ちょっと、カティ。少し落ち着いて」
「コレが落ち着いていられるか!毎朝毎晩身体測定して、一ミリも成長しない自分の体に絶望したことはあるか!?ここ3年間服のサイズが変わってないことに気づいて絶望したことは!?ないなら口出すんじゃねぇよ、この巨乳さんが!!」
「私、Eカップあります」
何故そこで煽る。
「ぶっ殺してやらぁよ!!」
「お嬢様落ち着いてくださいお嬢様」
「エリナ様、援護します」
怪鳥じみた気勢を上げて、変態に跳びかかろうとするカティア様。
咄嗟に脚に組みつき、ジタバタ藻掻く上半身にエリナ様が抱き着いて拘束した。
ぎこちない体で精一杯踏ん張り、なおもズリズリとひきずられる。
というか、力、つよ。
「ゴメン!カティアちゃん!!謝るから許し」
「自分がツルペタなことぐらい、自覚しとるわハゲ!!」
「ハゲ!?なんでハゲ!?」
「うるっせぇ!!一発ぶん殴らせろ!!」
「大丈夫!まだ成長期終わってないから!!キミにはこれからがあるから!そもそも貧乳だからって気にしなくていいじゃん!貧乳はステータスだ!!希少価値だ!!ちょっとくらい小さくても、些細な問題なんだよ!!」
その瞬間、大暴れしていたカティア様が、ゼンマイの切れたからくり人形のように動きを止めた。
恐る恐る回り込んで、暗く淀んだ、金色の瞳。
まるで、得体のしれない怪物の潜む湖面のような、不穏な平穏。
さっきまで部屋の隅で抱き合って震えていた3人組が恐る恐る顔を上げる。
思わず、一歩後ろに下がって。
「あの、カティアちゃん、本当にゴメ」
「…………」
無言で一歩踏み出したカティア様が、変態の前で、目を合わせるようにしゃがみこんだ。
ほとんどゼロ距離で見つめ合い、耐えきれなくなったのか、変態が目を逸らす。
細っこい両腕が、不気味なほどゆっくりと動き、まるで恋人にそうするように、変態の後頭部に回された。
指先が、かすかに動き。
「フンッ!!」
「痛ったぁ!?」
変態の顔を、自分の胸に叩きつけた。
ゴツンと、拳で頭を殴打したような音。
「ちょっと!急に何するのさ!?」
「どう?痛かった、でしょ?」
「それがな………に………」
「人の身体からしない音だったでしょ?硬かったでしょ?」
「………あの、その」
「ちょっとくらい?ステータス?希少価値?………ふざけんな。どれだけ言葉を盛っても、無いものは無いんだよ」
「どれだけパットで盛っても、無いムネはないってことですか」
「ナナ。頼むから黙っててください」
「些細な問題?こっちからすりゃ大きな問題だ。なぁ、硬かっただろ?小さい?貧しい?いいや違うね、無いんだよ、ボクには」
「………ねぇ、先輩。わかってくれた?」
「………痛かった」
「こっちだって痛かった」
「………ゴメン。本当、ゴメン」
「わかってくれたならいいよ。こっちも、痛い思いさせてごめんね?」
「ひぐっ………グス………」
うずくまって泣き出す変態と、すっくと立ち上がるカティア様。
なにか形容し難いプレッシャーを放つ後ろ姿に、思わず硬直して。
「みんな、迷惑かけてごめんね?エリナとワンコ君も、止めてくれてありがと」
「いえ、その、こちらこそ、ありがたく存じます」
「私は仕事をしたまでです」
何事もなかったように振り向いて、晴れやかな、作り物めいた笑顔。
怖い。
すごく、怖い。
「それじゃ、パーティーを続けよっか?お母さまからいいお菓子をくすねてきたんだ。せっかくだし、皆で食べようよ。ワンコ君、悪いけど、食器の用意を頼めるかな?」
「かしこまりました、カティア様」
「私も手伝います」
一礼して歩き出し、ドッとこみあげて来る疲労感。
床に転がって眠ってしまいたいが、無理な話だ。
深呼吸1つ、気合を入れて。
「それとナナちゃん」
「わふっ?」
「次言ったら、もぐから」
「きゃんっ!?」
続く悲鳴は、聞かなかったことにした。
「…………ダメだ。疲れた」
パーティーの後片付けを終えて、ヴァルハリエ家尖塔、バルコニー。
帝都外郭の胸壁にギザギザに切り取られた地平線に沈んでいく太陽が、スラムの街並みを茜色に染めていた。
吐き出した溜め息が、白く煙って宙に溶けて消えていく。
夜の色に移り変わりつつある空を、ねぐらに帰るのか、鴉の群れが飛び過ぎていった。
足元から立ち上る冷気にブルリと震え、夜鷹の、物悲しい鳴き声。
ぐいと背伸びして。
「ここにいたんですね、クロさん」
「………アマナ様。何か御用でしょうか?」
後ろから響く幼い声音。
振り向いて、ナナと同じ銀髪と青眼、獣相の少女。
「姿が見えないので、匂いを追って来ました。………いい景色ですね」
「そうでしょう?俺もここの景色が好きで、暇な時はよく立ち寄るんです」
最も、その暇な時がほとんどないのだが。
「それで、何を話しに?」
「聖剣エッケザックスの回収と神国への輸送の目途がつきました。4日後、私が帰国する時に、一緒の車両で運送する手はずになっています」
「そうですか。上手く行って何よりです」
「途中で怖いお兄さんに絡まれなければ最善だったんですけどね」
「そんな危険人物がいたんですか。大変です、急いで警備を強化しなければ」
「もうっ、分かっててやってますよね!?確信犯ですよね!?」
「すみません、つい」
「酷いです、クロさん。………あの時、本当に怖かったんですよ?」
「ナナを守らなければならなかったので」
「………わかってます。私が怪しまれなければ起きなかったことですし、どちらも悪いということにしましょう」
「ありがとうございます、シーザー様」
「こちらこそ、留学中お世話になりました。………本当に、楽しかったです」
ぽつりと呟いたその言葉が暮れる空に消え、沈黙。
かすかな息遣いと、右腕に絡みつく人の熱。
トクントクンと、緩やかに鳴る鼓動。
陽だまりのような甘い匂い。
「………ナナが、悲しみますね」
「可愛いですよねぇ、ナナさん。見ていて飽きがこないと言いますか」
「自慢の妹です」
「………クロさん。私、少しだけ、ナナさんが羨ましかったんです。…………実をいうと私、孤児院で育ったんですよ。お母さんもお父さんも知らなくて、院長先生と一緒に年下の子の面倒を見ながら暮らして、それが、私の世界の全部だったんです。………………なのにいきなり、怖い人たちが来て、『お前は先代神帝の弟君の落胤で~~』なんて言われて、気づいたらこれです。死ぬかもしれない任務に連れていかれて、失敗したら、孤児院の皆を殺すって脅されて、ずっと、怖くて怖くて、なのにどうしようもなくて」
「でも、クロさんがいた」
「リーンさんが、ナナさんが、カティアさんがいた」
「フィリアさんなんて、この間、ギュードン?の作り方を教えてくれたんですよ?早く孤児院の皆に作ってあげたくて」
「…………それで」
「それで」
「クロさん」
「私、帰りたくない、です」
「そりゃ、皆に会いたいですよ」
「みんなが、大切ですよ」
「マキ君の絶対成功しないコイン芸も、院長先生のシチューも、ルミちゃんのヘタクソな子守唄も、全部、大切です」
「でも、帰りたくないんです」
「帰ってもどうせ、また皆を人質に取られて、おんなじことの繰り返しです」
「そんなの、いやです」
「もう、つらい目にあいたくないです」
「孤児院のみんなと、一緒に過ごしたい。皆さんと、ふざけていたい」
「わらって、お勉強して、ご飯を食べて、遊んで、眠って」
「…………それだけなんです」
「それだけでいいんです」
「………ねぇ、クロさん」
「私は、どうすればいいんですか?」
「………申し訳ありませんが、俺には、わかりません。ですが、1つだけ、言えることがあります」
「シーザー様、諦めてはいけません。折れてもいけません。どれだけ理不尽な目に遭おうと、困難な目標であろうと、諦めない限り、可能性はゼロではありません。
『諦めなければなんでもできる』などというつもりはありませんが、常に考え、努力し、前に進み続ける限り、絶対に不可能な事は存在しないと、俺は思っています。行動し続けるのなら、例え1パーセント以下でも望みがあるのです。………諦めてしまえば、その1パーセントさえもなくなるでしょう。どれだけ傷つこうと、血を流そうと、貴女が動き続けるなら可能性はあります。その事実を、忘れないでください」
「………クロさんって、結構な鬼畜ですね。私みたいなか弱い薄幸の美少女に『自力で頑張れ』って、なかなか言いませんよ?」
「ジョークを言えるならまだ大丈夫です。…………それに、貴女が望むなら、お嬢様も俺も、貴女の力になります。大帝国の公爵令嬢がバックにいるとなれば、あまり非道な事はされないでしょう。少なくとも、貴女は一人ぼっちではありません」
「そう、ですか」
「ええ、そうですとも」
「…………少しだけ、元気が出ました。やれるだけのことはやってみます」
「上手く行くことを祈っています。…………すみませんが、そろそろ俺は戻ります。明日の朝食の仕込みをしなければならないので」
「私も何か手伝いましょうか?」
「ナナと一緒に居てあげてください。同族の貴女となら、ナナも」
「へくちっ」
可愛らしいくしゃみに横を見て、シーザー様がプルプル震えていた。
空を見て、秘色の星々と、その奥に覗くインクを流したような夜空。
…………冬の夜は早いとはいえ、もう、こんな時間なのか。
少し喋り過ぎたな。
「シーザー様も、そろそろ屋敷に戻られた方がよろしいかと。新聞の予報では、今夜は相当冷え込むそうです」
「わかりました。風邪ひいたら嫌でくちゅんっ」
「………ふっ」
「ちょっと!笑わないでくださいよ!!」
「笑ってなどいませんが?」
「いいえ絶対笑ってました!」
「自分で作ったシリアスな雰囲気を自分でぶっ壊した狼少女を笑わずに、何を笑えと?」
「そこまで言いまわぷっ!?」
キャンキャン叫ぶシーザー様に宝物庫から取り出した厚手のコートをかぶせて、間抜けな悲鳴。
オーバーサイズのソレをモゾモゾと着込みながらも、青色の眼は俺を睨んだまま。
如何したものかと考えて。
「さぁ、風邪をひく前に部屋に戻ってください」
「子ども扱いしないでください!私だって孤児院じゃ立派な年上のお姉ちゃんで」
「いい子ですから、ほら」
「ちょっと!なんで頭を撫でようとしたんですか!?」
「撫でやすい位置にあったので」
「失礼な!クロさんもちんちくりんじゃないですか!!」
「貴女より背は高いので」
「なぁっ!?」
内面を表すようにプルプル震える小柄な体。
半分泣きかけながらドアへ走ったシーザー様が、俺に顔を向けて。
「クロさんなんか、大っ嫌いです!!」
捨て台詞よろしく言い残して、ドタドタと階段を駆け下りていった。
………思っていた形とは違うが、少しは元気になってもらえたようで何よりだ。
…………なんか下の方から「はぎゃんっ!?」とか「うきゃあ!?」とか悲鳴が聞こえるが、まぁ、気にしないでいいだろう。
きっとそうだ。
バルコニーに鍵を掛け、ギリギリと軋む体を庇いながら、冷たい石造りの階段を降りる。
尖塔から本館への道を行き。
「よう、ペット。なんか面白い事でもあったのか?」
庭木の幹にもたれてニヤニヤ笑う駄メイドがいた。
頭痛を堪えて。
「フィリア。屋敷の警備の仕事はどうしたのですか?」
「今は休憩中だ、きゅーけいちゅー。…………さっき、シーザーの嬢ちゃんが『クロさんのバカ――!!』っって叫びながら走ってったんだけどよ、何があった?痴情のもつれか?」
「そんなわけないでしょう。少しの偶然と不幸なすれ違いの結果です」
「それだけで、あんなになるかねぇ………」
「それだけです。用がないなら、俺は仕事に戻りますよ」
「おう、頑張れや」
タバコをふかし、大きなあくびをするフィリア。
煙たいのを厭って道の端に寄り。
「………フィリア」
「なんだ?」
「大至急、調査して欲しい事があります。頼めますか?」
ちなみにヒトデはひんぬー教徒です。
次回予告
穏やかな夢から目覚め、狼は一人馬車の中。
剣を携えた少女は、旅路に何を想うのか。
「いんちょーせんせー!ラニがまた漏らしたーー!!」
「あたしじゃ無いもん!!エリックが漏らしたんだもん!!」
「あっ、こら、ミーシャちゃん!またこっそりお菓子食べてたでしょ!!」
「食べてない私じゃない全部エリックのせい」
「ぼ、ボク何もやってな」
「えりっく?」
「………ひゃい、全部、ボクがやりました」
次回「少年よ、尻に敷かれてもまぁ意外と楽なもんだ」




