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ドラゴンVSドラゴン

デブVSデブ










 薄暗い廃墟の街に、燐光が降り注いでいた。

 淡い緑色のソレ────魔喰虫と呼ばれる微生物─────が漂う中、鈍重に鎌首をもたげる一匹の獣。

 灰褐色に近い色合いの鱗と甲殻に覆われた体から生えた、強靭な四肢としなやかな尾。

 長く伸びた首が蛇のようにうねり、炯々と火をともす瞳孔が俺を捉える。

 無数の牙を並べた顎の合間から火炎が漏れ、巨体に見合ったサイズの大翼が、灰色の空の一角を埋めた。

 ただそこにあるだけで他を圧倒する、上位存在特有のプレッシャー。

 並の人間ならショック死しそうなソレを前に、首輪に手を触れて。


起動(ランチ)被虐首輪(シバリクビ)………!!」


 ミチリ、と肥大化した全身が、衣服を引き裂いて確かに膨張した。

 ひび割れながら成長した肌が鱗となり、刃のような尾が伸びる。

 牙が発達し、変異した頭蓋骨を鬼面のような甲殻が覆う。

 貧弱だった五指が爪と鱗を兼ね備えたソレに変貌し、腹の奥が熱くなる。

 火炎そのものと化した息を吐き、熱く脈を打つ心臓が、全身の血管に沸騰した全能感を送り出す。

 脳の一部だけが異様に冴えわたり。




「ガッ、ぁア゛あ゛あ゛ア゛ア゛!!!!」




 ナニカが決壊した。

 琥珀色の爪が地面を抉り、龍の咆哮は大気を震撼させる。

 唸り、吠え立て、訳も分からぬ事を喚き散らし、全身の体毛が逆立つ。

 赤く染まる視界に、臨戦態勢の敵を捕らえ。





 彼我の距離は一瞬でゼロになった。
























 全力で繰り出した爪が奴の甲殻を軋ませて抉り、奴の牙が俺の肩を引き裂いた。

 衝突、互いにすれ違い、激突。

 跳躍から突き降ろす尾の一撃が大きく広げられた翼を切り裂いて地面に突き刺さり、タックルをもろに喰らう。

 骨と肉と鱗が衝撃に軋み、ほぼ同時に繰り出した竜巻と火炎の息吹(ブレス)が、中間地点で爆ぜる。

 奴の頭を叩き潰す気で前足を放ち、わずかに頭をへこまして終わる。

 水晶塊じみた尾の薙ぎ払いを潜りこんで躱し、ゾブリと、牙が肉を引き裂く音。

 腹の傷に怯み、直後、雷霆が降り注いだ。

 咄嗟に盾にしたガレキが一瞬で蒸発するが、それだけあれば十分だ。

 最高速度で駆け、魔術を唱え。


鎔鉱砲(メルト)


 大質量の鉄塊が奴の腹にぶち当たり炸裂。

 爆炎と熱風の中を駆け、鉤爪を振るい、逆巻く風の盾に弾かれた。

 少し焦げてはいるが、奴は健在。

 俺の得意な火炎と打撃が膿圧にはあまり通じず、逆に奴の稲妻は俺の装甲をたやすく貫通する。

 こちらの攻撃でまともに通じそうなものといえば、爪と牙、龍の息吹(ドラゴンブレス)くらいか。

 龍の息吹も、一発撃ったらほとんど戦えなくなる以上、まともにやったら負ける。

 なら、まともにやらなければいい。

 ガレキを隆起させて奴の体に纏わりつかせ、全力で封縛し。


呪具創成(クリエイトヴ―ドゥー)逆怨藁人形(リベンジ・ワラドール)!!」


 創り出した親人形を飲みこみ、大量の子人形をばらまいた。

 同時に魔力を噴出させて、疑似的な暴風を発生させる。

 いぶかし気に眉を顰めた龍が、唸り声をあげ。


大地剣(グランドソード)


 カマイタチを内包した旋風を大質量塊で圧殺し、風に乗って突撃してきた龍の脳天に尾の先を叩きこむ。

 そのまま首を横刃で掻き切り、傷口に鎔鉱刀(メルト)で創り出した大量の短剣を突き刺して爆破。

 怯みすらせずに跳びかかってきた龍の顔面に前足をぶちこんで、奴の翼に爪を突き立てて引き千切った。

 血飛沫と肉片の舞う中、奴の爪が俺の腹を捉え。


「バカが、もう少し警戒しろよ」


 奴の腹が思いっきり裂けた。

 逆怨藁人形は、親人形の所持者への攻撃を子人形に触れた相手へズラす効果を持つ。

 本来なら龍種には通じない小細工も、同じ龍が使えば有効に作用する。

 生憎と、奴の土俵で殺し合ってやる気はさらさらない。

 一方的に嬲り殺してやる。

 右腕に魔力を収束させて。


龍爪(ドラゴンクロウ)龍牙(ドラゴンファング)!!」


 装甲の薄い腹を引き裂き、内臓を抉る龍の牙。

 そのまま壁に叩きつけ、傷口に特大サイズの鎔鉱刀(メルト)を突き刺して爆砕。

 身を震わせて跳ね起きた龍が吼え。


無底沼(ボトムレススワンプ)百手捕獲者(キャプチャーズハンド)


 自ら流動して獲物を拘束する岩石の沼が、龍の巨体を捻じ伏せる。

 感触的に10秒も持たないが、それで十分。

 

殺火山(キラーヴォルケーノ)大穿(スティンガー)!!」


 渦を巻いて突き殺すマグマの噴出。

 並の人間なら近づいただけで蒸発するような魔術だが、龍相手だと鱗を貫くのが精一杯。

 同類ながら、呆れた耐久力だ。

 そしておそらくだが、奴の攻撃は俺にほとんど通じない。

 決定打になりうるとすれば、全力の龍の息吹(ドラゴンブレス)くらいだろう。

 奴もきっとそれを狙っているはず。

 何とか動きを止めたいところだが、奴の抵抗力が高いせいで思うように縛れない。

 様子見の息吹(ブレス)ならともかく、渾身の龍の息吹ともなれば30秒近い溜め(チャージ)を要する。

 故に。


「格闘戦に持ち込んでゼロ距離ブレスでケリをつける、だろっ!?」


 俺の肩に太く湾曲した爪が食い込み、肉と皮を引き裂いて血が噴出する。

 横合いから鉤爪を振るい、へし砕いた腕に噛みついて引き千切った。

 至近距離から最高速度の突進で撥ね飛ばし、鞭のように振るわれた尾を龍麟(ドラゴンスケイル)が受け流す。

 頭を撥ね上げて角を叩きこみ、絶叫。

 苦し紛れの噛みつきを尾で受け、振り払った。

 跳躍し、自重と付呪(エンチャント)龍牙(ドラゴンファング)を上乗せした爪の一撃。

 寸前で身を翻した奴の喉笛を、龍の爪が抉り取る。

 鱗も皮も肉も骨も十把一絡げに粉砕し、叩き潰す感触。

 もんどりうって転がった奴に昇天星(ライジングメテオ)の連打をぶちかまし、口を開いて。






 炸裂音。



 極限まで粘ついた視界に映るのは、左の視界を埋め尽くす水晶じみた棘と、煌々と渦巻く翡翠の魔力。

 ごく一部の龍は尾の先に隠し棘を潜ませると聞くが、それがコレか。

 身を躱せば奴の息吹を喰らい、息吹を放てば左目を潰される。


 猶予は一瞬、判断は速やかに。


 やわらかい肉に棘が突き刺さり、左目が潰れる感触を鮮明に味わいながら、喉を振るわせて。





龍の息吹(ドラゴンブレス)!!!」



 黒色の閃光が迸る。

 莫大なんて言葉では足りない量の魔力で編まれた龍の肉体を分解して放つ、窮極の攻撃魔術。

 射線上の全てを問答無用に貫通し穿つ殺意の波動が、灰褐色の巨体を消し飛ばした。


























「申し訳ございません、リーンお嬢様。玉結びは無理でした」

「なんの事かしら?」

「えっ?」


 久しぶりに帰ってきたヴァルハリエ家のリビング。

 ソファーに腰掛けるリーンお嬢様と、その膝の上でだらけるナナと留学生。

 なんていうか、一瞬、2人が飼い犬のように見えた。

 幸せそうにたるみ切った表情からは、一切の野生も獣性も感じられない。

 …………いや、そうじゃなくて。


「あの、お嬢様、なにを」

「そもそも、なんで二日も留守にしていたのかしら?」

「お嬢様が聖剣を回収するように」

「…………私、そんなこと言ったかしら?」

「………ですから、シーザー様に協力していただくために、聖剣を回収して」

「………なんのことですか?」

「ひょ?」


 変な声が出た。

 軽くパニック状態になりかけた思考を精神力で立て直し、深呼吸。

 はやる気持ちを抑えて。


「俺は3日前、リーンお嬢様に命じられて聖剣の回収と中位龍の討伐に向かいました。中位龍の討伐こそ不可能でしたが、聖剣を回収し、目的を達したものと判断して帰投した次第ですが…………」

「ナナ、シーザー。私、そんな命令したかしら?」

「うにゅぁ~………?」

「やふぅ~………」


 不思議そうに首をかしげるお嬢様の膝の上で、半分くらい液化した駄犬が2匹。

 微笑ましい光景だが、生憎とそれどころではない。

 カメラのシャッターを切って、状況を整理。

 考えられる状態としては、俺が何らかの精神攻撃を受けたか、ナナとお嬢様とシーザーが精神攻撃を受けたかの2択だろう。

 だが、精神操作系の魔術には、いくつかの欠点がある。

 まず、精神操作が効くかどうかは対象の精神力の強さ──────砕いていえば()()()()()()()()()に左右される。

 早い話、リーンお嬢様のようなきわめて自我の強固な人間には全く通用しない。

 次に、必要な準備の規模が大きすぎること。

 対象の抵抗力に影響されず、発動さえすれば相手を支配可能な魔術だが、それに必要な儀式はかなり大規模なものになる。

 最低でも半径20メートルサイズの魔法陣に十数人の魔術師が継続的に魔力を注ぎ込み、大量の生贄、上質な触媒──────高位の魔物の心臓や下級龍の鱗の破片──────などを使用して、ようやく発動できる代物だ。

 そう、おいそれと使える類の術ではない。

 そしてこれが最大の欠点だが、精神操作系の魔術は破られる可能性がある。

 人間の精神というものは強かなもので、ある程度の負荷や損傷なら自力で回復できる。

 フラッシュバックや外部からの衝撃、あるいは自己の認識の矛盾に気づくなど、きっかけさえあれば精神操作は簡単に破綻する。

 精神操作など、万能でも無敵でもなんでもない、非常に不安定なものなのだ。

 莫大な魔力量に物を言わせたゴリ押しで解決できる龍種ならともかく、そうでもないただの人間に扱いきれる魔術ではない。

 特殊な遺物ならあるいはといったところだが、そんな可能性を考え始めたらきりがない。

 この場合、お嬢様の記憶違いと考えた方が自然だろう。

 いくつか不審な点はあるが、あまり気にしないでもいいか。

 それよりも。


「ナナ。何やってるんですか?」


 お嬢様の膝の上で寝ていたはずのナナが、机の上に置いておいた木箱のふたを爪でこじ開けようとしていた。


「聖剣がどんなものなのか気になって」

「危ないから触らないでください。死にますよ?」

「うみゃあっ!?」


 素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び退り、「フシャァアアアア!!!」と猫のように尻尾を逆立てるナナ。

 オオカミとしての野生とか本能とか矜持とかそういったものがあるのか小一時間くらい問い詰めたいのを抑えて。


「お嬢様。何をするおつもりで?」


 木箱のふたを叩き壊したお嬢様が、聖剣を手に取ろうとしていた。

 バツが悪そうにそっぽを向いたお嬢様が、ためらうように口を開き。


「噂の聖剣を振り回してみたいわ?」

「どうかおやめください。最悪の場合、命に関わります」

「そんなことあるわけないじゃない。呪われてるわけでもないでしょう?」

「呪われてます」

「………マジで?」

「本気と書いてマジです」


 正確に言えば呪いではないのだが、この聖剣はマジでヤバイ。

 ただそこにあるだけで周囲の魔力を無尽蔵に吸いあげる上に、直接触れでもすれば接触時間に応じてごっそりと魔力を持っていかれる。

 並の人間なら、触れただけで即死だろう。

 英雄と呼ばれ、龍種すらも殺しうる勇者にしか扱えない、まさしく勇者専用武器というわけだ。


「龍の牙で作られたからというよりは、武器そのものに仕組まれた術式とでもいうべきでしょう。まともに扱うには、下級龍に匹敵する魔力を要」

「えいっ」


 俺の説明を遮って、可愛らしい掛け声が響く。

 振り返って、お嬢様が黄金の大剣を高々と掲げていた。

 フフンと鼻を鳴らしたお嬢様が、得意げに笑い。


「何やってんですかお嬢様」

「きゅう」

「お嬢様!?」


 ぶっ倒れた。



























「む、ぅ…………?」

「お目覚めになりましたか、リーンお嬢様」


 呻くような声に振り向いて、ベッドで横たわっていたお嬢様がうっすらと目を開けた。

 むっくりと上体を起こし、何かを確かめるように手をにぎにぎしたお嬢様が、困惑したように首を傾げ。


「クロ。何があったか簡潔に説明してちょうだい?」

「聖剣に触れたお嬢様が魔力欠乏でぶっ倒れました」

「………それは本当かしら?」

「事実です」

「クロ」

「はい」

「さっき見たものはすべて忘れなさい。いいわね?」

「かしこまりました。お嬢様」


 速やかに全てを忘却し、真っ赤な瞳と目が合った。

 薄い唇が裂けるように歪み、笑みを形作る。

 どうしようもなく、嫌な予感がする。

 咄嗟に後ずさり。


「逃がさないわよ?」

「お嬢様、何を」


 思いっ切り肩を掴まれた。

 ぐいと引き寄せられて、世界が回る感覚。

 熱の残った枕に後頭部を押し付けられ、甘い匂い。

 閨のように金糸の髪が降り、蛇の瞳孔が俺を捉える。

 逃れようとして。


「あっ、ぐぅ!?」

「あむっ、んぐっ………ちゅっ、はむっ…………」


 白く艶やかな牙が俺の皮膚と肉を裂き、あふれた血を熱く湿った舌が舐る。

 熱いものが体から流れ出て、水音がピチャピチャと耳に響く。

 脳を侵食するようなソレに背筋が震え、甘く血錆の混じった息を吹きかけられた。

 ネズミを弄ぶネコのと同じ、嗜虐的な興奮を帯びた瞳。

 起き上がろうとした俺の顔を、細長い指が撫でた。

 薄い唇が、避けるように開き。


「………クロ。貴方、()()()()()()()()()()?」

「お嬢様、何故それを」

「血の味が変わってるもの。それくらいすぐにわかるわ?」

「…………申し訳ございません。減少した魔力を回復するための応急措置として、屠った龍の残骸のおよそ8割を吸収しました」


 龍の身体は、それ自体が膨大な魔力の結晶だ。

 欲を言うならば魔力の豊富な辺境の地中で半世紀ほど眠りたかったが、そんな悠長なことは言ってられない。

 質の違う高濃度の魔力を大量に摂取したせいで少しばかり朦朧としてはいるが、この程度なら問題なし。

 むしろ問題なのは。


「それに、左目も見えていないでしょう?」

「………よくお気づきで」

「自分の奴隷の故障も見抜けないようなマヌケになった覚えはないわ?」


 最後の最後で隠し棘に潰された左目の欠損が、いまだに修復する気配すらない事。

 本来、龍に対して物理的な攻撃は意味がない。

 そもそも当たらない上に龍麟を破れないからというのが主な理由だが、龍にとって身体の欠損は些事でしかない。

 龍という生物自体が魔力で構成されている以上、物理攻撃など、その気になれば自在に変形する流体の一部を打撃したようなものに過ぎない。

 ほとんど唯一といっていい例外こそが、同じ龍種による攻撃。

 龍の身体と龍の身体は互いに干渉しあい、魔力結合が脆弱な方が破壊されるのだ。

 問題なのはここから。


 龍の隠し棘は呪毒を孕む。


 究極至高の生物である龍種には、本来、不意討ちめいた攻撃手段など必要ない。

 では何故、隠し棘を持つようになるのか。

 答えは簡単、必要に迫られたからだ。

 敗北を喫し、尊厳を傷つけられ、矜持を粉砕された龍は、そのことを決して忘れない。

 幾星霜もの時を経て蒸留され、腐敗した怨嗟は、やがて棘となりその身に備わる。

 己の恥部を秘めるように隠されたソレは、己が末期、その一刹那に牙を剝く。


 再び自らを追い詰めた怨敵を道連れに屠るためだけの、汚く悍ましく汚らわしい、穢れた道具だ。


 すぐに棘を抜き捨てはしたが、劇毒は確実に俺を蝕み始めていた。

 今は左目が見えないだけで済んでいるが、この傷はいずれ、致命的な結果を招くだろう。

 おおかた、あの龍も何者かに襲撃された傷をいやすべくあの領域に潜伏していたのだろうが………なんていうか、とんだ置き土産を喰らった気分だ。


 それはともかく。


「リーンお嬢様。俺が留守にしている間、何か不都合はありませんでしたか?」

「対抗戦の正確な日時が発表されたわ?3週間後、予定通り行われるのだけれど…………」

「何か不審な点が?」

「優勝チームのメンバーが、龍国への使節団に配属されるそうよ?上手く行けば、龍国内部にツテを作れるわ?」

「………つまり、絶対に優勝しなければならない、と」


 失敗できないミッションではあるが、俺の装甲を抜ける奴がいない以上、ただのワンサイドゲームだ。

 正面からたやすく蹂躙して。





「ああ、それと………貴方の参加が禁止されたわ?」

「は?」








次回予告



チートバグ満載プレイの結果、ついに公式から出禁を喰らった主人公!!

体調不良とか持病の仮病とかいろいろ爆弾を搭載しちまった主人公!!

そんな中、お嬢様からの無理無茶無謀なお願いが主人公に襲い掛かる!!

頑張れ主人公!!

負けるな主人公!!

ヒロインたちとのウハウハ湯煙温泉会はすぐそこだぞ!!!



次回「過労死って怖くね?」


 デュエルスタンバイ!!!


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