マンホール・マンホール
人類が一番早く飛ばした物体はマンホールのフタらしい。
「ざっとこんなもん…………か」
自分の目の前に広がった破壊痕。
焼け爛れて砕かれたような地面を見て、満足感たっぷりの溜め息を吐く。
本格的に魔術の勉強を始めて、もうどれぐらいたったか。
この体は睡眠の必要性がないらしく、時間感覚がだいぶあいまいになる。
…………もっとも、そのおかげで魔術を覚えられたのだが。
口の中で一言二言呪文を紡ぎ、自身の血管に流れる血に意識を集中させる。
血の中から力を汲み上げ、眼前に凝縮させて。
「鎔鉱炉」
俺の咆哮を喰らった地面が赤熱し、沸き返ったように弾け飛ぶ。
火炎系中位魔術・鎔鉱炉。
火炎、水氷、風塵、岩石、雷霆、暗闇、光芒、龍種の9属性の内、俺に適性があったのは、火炎、岩石、暗闇、龍種の4属性。
それぞれ下位、中位、上位、禁呪の4階級があり、位階が上がるごとに威力や効果範囲が上昇する代わりに、魔力消費や発動までの溜めも大きくなる。
禁呪に至っては、複数人の熟練した魔術師が魔力欠乏による絶命を前提としないと撃てないレベルというから、悪燃費にも程がある。
もっとも、俺のような龍種は保有魔力量がけた違いに多い。
仏さん日記の記述によれば、龍の肉体自体が高密度の魔力結晶体────つまりは魔力の塊────のようなものなのだとか。
発動までの溜めはともかく、中級程度の消費なら3秒あれば回復できる。
ドラゴン万歳。
ドラゴン最強。
そんなバカなことを思いながら、土に魔力を流して練り上げ、黒水晶の壁に潜り込む。
場所は、最初にバケモノと開講して俺が落っこちた大空洞。
魔術の鍛練を続けた結果、壁を溶かしてモグラのように地中を移動できるようになったのだ。
魔術名は潜地龍。
用途はもっぱら壁からの奇襲と緊急回避用だが、自分の真下の地面を流動させることで、疑似的なエレベーターを作ることもできる。
……………のだが。
「…………やっぱ、無理か」
一定高度まで登ったところで、ギチギチと軋むような音が鳴り、潜地龍が無効化された。
それどころか謎の反発力が発生して、そのまま地面まで押し出される。
ここを登って大空洞から脱出をもくろんでいたのだが、どうにも謎の力が働いて上手く行かない。
別のやり方を模索してはいるが、はっきり言ってどん詰まりだ。
俺が空を飛べれば話は早いが、あいにくと俺には翼が生えていない。
グラン………俺の親であろう灰龍にはしっかりとした蝙蝠状の翼があったので、年を経れば自然と生えてくるのかもしれないが、それまでじっと待っているわけにもいかない。
やはり、努力を積むしかないだろう。
溜息をつき、諦めてねぐらに戻った。
「おっっぶべらばぁ!?」
大空洞に間向けな悲鳴と爆発音が響き、天井から黒水晶のかけらがパラパラと落ちる。
若干すすけた俺と、地面に空いた小規模のクレーター。
今日は、魔術による飛行の可能性を模索していたのだが……………実験、失敗。
地球の悪友が教えてくれたジェットエンジンによる飛行の真似をしてみたはいいものの、燃焼と魔力供給と姿勢制御の3つを同時にこなすのは、なかなかに骨が折れる。
掛け算と引き算と因数分解を同時に暗算でこなすようなものだ。
俺にそんな器用なことができるはずもなく。
地頭が圧倒的に足りていない以上、後は創意工夫しかない。
とはいえ、実験を繰り返したおかげで分かってきたことも多い。
あの大穴、3分の2ほど行った辺りで魔法の発動が阻害され、さらにそこから少し進んだところで、魔術による推進力に応じた反発が生じるようになっている。
どこぞの一方通行さんがよくやるベクトル反射のようなものだろう。
ならば、やりようはある。
問題は、俺の予想が外れていた場合だが………………それならそうで、どうにでもしてやる。
決意を抱いてありったけの魔力をかき集め、周囲の黒水晶に伝播させる。
一瞬だけ地面が波打ち、軋みながら渦を巻く。
限界を超えて圧縮した黒水晶を溶融させ、粘土細工のように一つの構造物を具体化させた。
地面に黒々と空いたマンホール状の穴と、俺を包みこむ、15メートルほどの高さの金属円筒。
穴の直上に設置した円盤に乗り、万が一体が吹き飛んだりしないようにしっかりと固定する。
本当に大丈夫なのか心配になるが、仏さん日記が正しければ、魔力を帯びていない物理攻撃は、龍にダメージを与えられない。
ならば、これだって問題ないだろう。
覚悟を決めて、魔力を練り上げ。
「爆破」
最近になってようやく覚えた、火炎・岩石系混合上位魔術。
魔力による不可視の爆弾が炸裂し、あたりの景色がグニャリと歪む。
凄まじいまでの重圧と風圧の中、一瞬だけビル群が映った気がして。
「…………よし、生きてるな」
埃まみれのままうつ伏せに寝っ転がり、あくびを零す。
俺の体そのものを銃弾に見立てて射出してみたが、存外どうにかなったものだ。
魔術による直接の推進が無効化されるなら、圧倒的な慣性で突っ切ればいい。
龍体万歳。
いつ振りかわからないぐらい久しぶりのビル群を眺めつつ、寝床の用意に取り掛かる。
魔力を捻り出してあたりの土を操作し、鳥の巣型の棲家を作成。
鹵獲してきたレーションをぱくつき、眠りについた。
「────────ッ!?」
急速に膨れ上がった殺気に飛び起きて、俺が寝ていた巣が、閃光に撃ち抜かれた。
噴き上がる白煙と、立て続けに連射される閃光の群れ。
姿勢を崩した俺に向けられる六眼と大口。
あからさまなまでに俺を威嚇するバケモノ。
警戒を続けながらも横目で見れば、黒水晶がドロッドロに融けていた。
いくら龍の防御性能が高いからと言って、あれを喰らうのは、少しばかりまずそうだな。
辺り一帯を薙ぎ切るレーザービームを躱し、真上から叩きつけられる蹄の一撃。
大ぶりのソレを前に出て避け、少しばかり意識を集中させて。
「牙」
魔力で編まれた不可視の牙が、奴の腹に風穴を開けて食い千切る。
燃費のいい下級魔術にしてはなかなかの威力だ。
悲鳴を上げて暴れるバケモノの真下から離脱し、すれ違いざまに後脚に牙を叩きこんで、二本とも食い千切っていく。
ぐらりと体勢を崩し、倒れ伏す寸前のバケモノ。
その直下、黒水晶の床を照準して。
「召喚・穿剣」
圧縮された土塊の切っ先が、ちょうど落下した奴の首に食い込み、半ばまで切断する。
噴水のように血を流しながら元気に暴れるバケモノの爪が、魔術の反動でわずかに硬直していた俺の脇腹を捉える。
鈍い衝撃と、わずかな痛痒。
並の人間なら即死だろうが、この程度の攻撃は龍に通じない。
とはいえ体格差はいかんともしがたく、勢いよく吹っ飛ばされてビルにめり込む。
顔面が口になったと錯覚しそうなほどに顎を開いたバケモノが、血走った目で俺を照準する。
喉の奥で溢れ返る、黒紫色の光の粒子。
閃光が瞬き、その口腔から零れ。
「刺突撃」
まっすぐに射出された土剣が、首を刎ねた。
「やっぱ、コレ、うっまいな」
バケモノの肉の最後のひとかけらをもっちゃもっちゃと咀嚼して飲みこみ、大きく背伸び。
前に生で食った時も旨かったが、ちゃんと火を通したらさらに旨くなった。
とろけるような脂の甘みがたまんねぇ。
俺のこの小柄な肉体に、よくあれだけの肉塊が入るものだ。
その割には体も重くなっていないあたり、質量保存の法則は休暇中らしい。
まぁ、便利だから別にいいか。
深く考えずに体を捻り、ゆったりと眠りにつこうとして。
「いッ、てぇあぁああああ!?!?」
寝返りを打った瞬間、突き刺すような痛み。
反射的にその場で飛び上がり、わき腹をかすってまた激痛。
例えるなら、皮がめくれるまで日焼けした直後のシャワーみたいな痛さだ。
おもわず、自分の腕に鋭くとがった爪を立て、食い込ませる。
ぼろぼろと皮がはがれ、剥離していく。
全身が、酷くかゆい。
床に転がり、うまく動かない二本足で体を搔きむしる。
何か硬いものでもあったのかビキリと音がして、爪が根元から砕けた。
結晶が成長するように、断面から新しい爪が生えてくる。
頭の方でミチリと皮が裂けて、瘤状の物体が伸びる。
酷く、全身がむず痒い。
拷問じみた痛痒さを伴う変容は、そのあと4,5時間ほど続いた。
「あぁ~…………くっそ痛ぇ」
地面に散らばった俺の残骸をみて、溜め息を吐く。
唐突過ぎる事態に少し驚いたが、どうやら脱皮だったようだ。
びりびりに千切れた鱗や砕けた爪、散乱する皮膚片に根元から抜け落ちた牙。
黒水晶を隆起させて作った即席の鏡には、いささか変わり過ぎた俺の姿が映っていた。
大型の短刀ほどはある黒鋼の爪に、黒曜石の厚板を思わせる鱗。
フワフワの毛皮は抜け落ち、変わりに生えた黒水晶が関節部を覆う。
兜のように頭を覆う黒壇の甲殻と、額に生えた二本の角。
ワニのようだったはずの尻尾は、いつのまにか、黒く鈍い光沢を放つ十文字槍の穂先のように変わっていた。
なんというか、やたらとごつくなってしまった。
前の体ならまだ、善良なモフモフ生物で通ったかもしれないが、流石にこれは無理だ。
明らかに討伐対象にされてしまう。
まぁ、並の人間相手なら負けることは無いと思うが、仏さん日記には気になることが書いてあった。
この世界、勇者がいるらしい。
膨大な魔力と術者本人を生贄にして異世界から呼び出された、超常の力を持ち、龍の牙から削り出した聖剣で魔物を屠る、人類の守護者。
なんでも、一度だけではあるが龍を討伐して見せたんだとか。
…………もっとも、討伐した龍は下級だったうえに、同族を殺されて激昂した龍種の群れに抹殺されたとのこと。
あまり警戒する必要はないかもしれないが、龍の防御を抜ける存在がいるというのは覚えておくべきだろう。
防御力にあぐらをかいていたらうっかり聖剣で切られて死亡とか、シャレにもならん。
安全策と戦闘準備は、十二分に備えておいた方がよさそうだが………あいにくと、もう遅い。
目の前には、俺を睨みつけ、臨戦態勢のバケモノ。
先ほどぶっ殺したバケモノより二回りほど大きい辺り、親玉か何かだろう。
子分を殺されてブチぎれたのか、なわばりを侵されてブチぎれたのか。
どっちにしろ、俺がやることは一つしかない。
二匹の獣が互いに睨みあい。
「ッ、シャァア!!」
ドンッと地面を蹴って跳びかかるバケモノ。
繰り出された蹄に正面から鉤爪を叩きつけ、腕ごと砕く。
ひるむことなく目からビームを撃ってきたバケモノに組みつき、ズタボロの腕を噛み千切る。
腹に爪を抉りこんで引き裂き、体をひねりながら尾の槍を撃ちこむ。
全力で切り上げ、反転して首の付け根に振り下ろす。
血飛沫と悲鳴、自分の体が相手の肉骨を砕く、確かな感覚。
ヤケクソのように千切れかけの頭を振り回したバケモノが、巨体に似合わぬ軽快さで後ろへ跳んだ。
ボコリと傷口が泡立ち、粘液まみれの脚が生えてくる。
魔術を使ったようには見えなかったから、プラナリア的な再生能力だろう。
別のバケモノが使ってこなかった辺り、なにか条件があるのか?
とりあえず。
「呪い噛み」
暗闇と龍種の複合中位魔術。
奴の胴体に黒く細い無数の線が奔り、一瞬の後、寸断される。
傷口を蝕み、再生を妨げる呪詛を孕んだ一撃……………の、はずなのだが、なぜか普通に再生されてしまった。
よくわからないが、効かなかったのなら別のやり方で殺せばいい。
地面に魔力を注ぎ込んで。
「大地剣」
勢いよく振るわれた大剣が、奴の腹から背中までを貫いて縫い留める。
流石にヤバいと思ったのか、悲鳴を上げて逃げようとしたバケモノが、螺旋回転する黒水晶の刃に引き裂かれた。
「あらっ、よっとぉおお!!」
叩きつけられた頭突きを躱し、腹を食い破る。
首を狙って尾を突き上げ、十文字の横刃を側頭部に埋めた。
踏み込み、額に刃をめり込ませ、噛み千切った傷に爪を突き刺す。
奴の眼が鈍く煌めき、放たれた謎レーザーを真っ向からの息吹で相殺。
赤と黒の火花が散る中、ズンと地面を踏みしめてタックル。
頑丈な甲殻と鱗が奴の肉を砕き、吹き飛ばす。
背骨に爪を叩きこんでねじ伏せ、体格差ゆえに撥ね退けられた。
今の俺の体長は、おおよそ15メートル。
相手のサイズが4,50メートルはあることを考えれば、こっちが圧倒的に押している時点で異常。
つくづく、龍に生まれてよかったと思う。
悪あがきの突進を、すれ違いざまに掻っ捌いていなし、反転して放った【息吹】が、奴の胴体のど真ん中を貫いた。
最近、ようやくこのバケモノを狙って狩れるようになってきた。
レーザービームの直撃を受ければそれなりに痛いが、鱗を突破するほどの攻撃力はコイツラにはない。
まともな戦闘経験がなくても、格下相手なら余裕で狩れるのだ。
仕留めたてホヤホヤの獲物に喰らいつき。
「ッ!?」
ドッと噴出した黒粘液に遮られた。
臨戦態勢の俺に対し、ガレキの隙間からズルリと這い出てきた目玉。
粘液の中から放りだされるように現れた無数の牙。
逃げようとして、自分と目玉を囲うように張り巡らされた粘液に気づいた。
鞭のようにしなった粘液触手が、ビル群を割断しながら迫り────────
「鱗」
魔力で編んだ不可視の鱗群が、粘液を弾き飛ばした。
一瞬だけめっちゃ焦ったが、何とか防げたな。
跳び退り、全力で息吹。
粘液の高波をどす黒い力の奔流が消し飛ばし、背後から放たれた牙の一撃を鱗で受ける。
振り返れば、案の定ぴんぴんしてる目玉お化け。
叩きつけられた篠突く牙の雨を防ぎ、突貫。
張り巡らされた触手を前に、魔力を練り上げて。
「剣山」
大量の剣の群れが、奴の全身を貫く。
並のバケモノならコレで死んでいるだろうが、相手は粘液。
端から、これで殺せるとは思っていない。
意識を集中して。
「鎔鉱炉」
ドロッドロに溶融した土剣が、黒粘液を蒸発させる。
腐肉を燃やしたような悪臭が漂う中、充血した目玉を踏み潰した。
「コレ…………どうすりゃいいんだろうな」
目の前に聳え立つ灰色の壁を眺め、溜息をつく。
当ても何もないきまぐれ探索中に偶然見つけた、廃都の果て。
上の方が霞んでよく見えないほど高く反り立った形状から察するに、巨大なドーム状になっているのだろうか。
しばらく前に発見してから、あれこれやって通り抜けられないか試してみたのだが……………
「潜地龍」
足元を溶融させて壁を通り抜けようとして、不思議な力に弾かれる。
なんというか、魔術の構成がグチャグチャにされて上手く行かない感じだ。
魔術で結界でも作ってあるのか、それとも何か別の理由か。
どちらにせよ、通れないことには変わりない。
少し距離を取って牙を撃ち、あっさりと弾かれた。
周りの地面に魔力を流して大地剣を叩きこみ、硬質な音がして切っ先がへし折れる。
爪でひっかいても噛みついても、まったくの無傷。
一体、どんな硬度の壁なのやら。
魔術も通じないあたり、正攻法で壊すのは無理そうだ。
……………とはいえ、出口があるのは間違いない。
意識を集中して、目の前に魔術の火を生み出す。
もし仮に、この空間が完全に密閉されているのなら、そもそも火が点くはずがない。
ひょっとしたら、魔術の火は酸素を使わずに燃焼するのかもしれないが、だからと言って行動しない理由にはならない。
そんなことを考えて、少しでも壁の薄そうな場所を探して。
「やっぱり、あったか」
目の前には、洞窟のように見える大穴。
奥の方からわずかに漏れる光と、巨人の喘鳴のように響く風音。
この穴の向こう側に、外の世界が、探し求めた帰還の手掛かりがある。
意気込みながら、一歩踏み込んで────────
次回予告
ついに娑婆に出た主人公。
しかし、彼を待ち受けていたのは、非常にして冷酷な現実だった。
「おい、もしかしてアンタ、日本人じゃ」
「今から貴様を殺す。特に理由はない」
「!?」
襲い来る勇者を過剰正当防衛で散☆滅し、一息つく主人公。
そんな主人公の前に、1人の老婆現る!!
「あんた、誰だ?なぜこんなところにいる?」
「阿修羅ババア。お前を殺す者の名さね」
「!?」
特に理由のない理不尽な暴力が主人公を襲う!!
次回「燃えよドラゴン」、「戦慄!阿修羅ババアの恐怖!!」