波乱
遅くなってすいませんすんません。
学院、いつもの教室。
ご機嫌な鼻歌を歌うリーンお嬢様と、酷くおびえる留学生。
さっきから「助けてください」とでも言いたげな目線を向けてくるナナの側で、カティア様が気まずそうに苦笑いを浮かべる。
ミカ様とアサカ様は、身の危険を察したのか早々と、教室の隅の方に移動していた。
賢明な判断というべきだろう。
問題は。
「朝食はパンケーキ」
「っ」
「テディベアの名前はプータロー」
「っ!?」
「ブラックコーヒーが飲めない」
「~~~~!?!?」
「下着の模様は水」
「ちょっと!いい加減にしてください!!」
度重なるリーンお嬢様の言葉攻めに、留学生がキレた。
ガタッと椅子を鳴らしてお嬢様に掴みかかろうとした留学生を抑えようとして、思いっ切り顔を引っかかれる。
「べぇっ」と舌を出して挑発するお嬢様。
混沌としだした場をおさめるべく、頭をひねり。
「ねぇ!リーンさん何とかしてよ!!」
「お断り致します」
「なんでぇ!?」
「俺はリーンお嬢様の奴隷です。お嬢様の意に反することは出来ません」
「そこのメイドさん!助け」
「すみません。ご主人様の邪魔をするのはちょっと」
「………コレが孤軍奮闘って奴ですか」
「少し違うかと」
「ああっ、もう!!こんなはずじゃなかったのにぃ!!」
「ねぇねぇ、いいこと教えてあげようか?」
絶叫する留学生の肩を抱き、悪い笑みを浮かべるカティア様。
ネズミをいたぶって遊ぶネコのような、嗜虐趣味を多分に含んだ表情。
わずかに怯んだ留学生が、口を開き。
「………なんですか?」
「リーンに目をつけられたんだ、おとなしく諦めた方が楽だよ?」
「救いはないんですか」
「ないね」
「その、助け」
「ドンマイ。生きてりゃいいことあるって」
「薄っぺらい!?励ましが薄っぺらいぞ!?」
「毎日寝る前、メイドに絵本を読んでもらっている」
「もうやめてぇ!!!」
短い手足がバタバタ暴れ、混沌としだす教室の一角。
入ってきた教師が溜息を吐いて、黒板に『自習』と書いて去っていった。
「………それで、なんで、私まで参加させられてるんですか?」
「貴女も対抗戦に出るのよ?」
「聞いてないんですけど」
「言ってなかったわね?」
「またですか!?」
2限目の訓練場、錫杖を構えて不安そうに震える留学生とリーンお嬢様の問答を尻目に、装備を点検する。
いつも通りの壁盾に、試しの軽機関銃。
長さ2メートルほどの戦槌を担ぎ、大きく息を吸って吐く。
「リーン女史、こちらのチームの方が頭数が多いが、大丈夫なのか?」
「こっちにはボクがいるからさ。実質5対4になるわけだし、問題ないでしょ」
「できれば、ご主人様と一緒に戦いたかったんですけど…………まぁ、仕方ないですよね。クジですし」
心配そう………というよりは不満げに眉を顰めるアサカ様と、2体の人形兵を繰り出して臨戦態勢のカティア様。
身の丈をゆうに超す薙刀を振り回し、恨みがましい目を向けてくるナナ。
………念動力でクジの結果を操作したのは、秘密にしておこう。
留学生、お嬢様、俺、そして隅の方で遠い目をしているミカ様のチームと、ナナ、カティア様、アサカ様、人形兵の、4対5のチーム戦。
先に相手チームを全滅させた方が勝ちというシンプルなルールだが、油断はできない。
防御不能攻撃をノータイムで放ってくるアサカ様と不確定要素満載のナナのコンビは、相当なものだ。
皆様を庇いつつ、最優先撃破目標はナナとアサカ様、といったところか。
まぁ、仕留めるならナナからだな。
盾を突き出し、戦槌を担ぎ。
「試合開始!!」
「うっ、りゃぁああああ!!!」
可愛らしい気勢と弧を描く切先。
鋼鉄の盾が一撃で切断されて、続く横薙ぎに戦槌を砕かれる。
下段から掬い上げるように伸びた斬撃が、俺の首を捕らえた。
「そぉ、れっ!!」
「67点、ですね」
衝撃を堪えて踏みとどまり、ズバンと空を裂いて放たれる回し蹴り。
あえて逆らわずに吹っ飛び、空中で撃墜された。
地面に叩きつけられ、拳の連撃。
執拗なまでに顔面を狙った拳を受け止めて起き上がり、首に柔らかいものが絡みつく感触。
俺を押し倒して、そのまま首を折る算段か。
だが。
「この程度じゃ、合格点はあげれませんね」
「うわぁ!?」
背筋で耐え、抱きかかえて叩き伏せる。
地面にめりこんだナナに、暗転蝕をかまそうとして。
「どこでもわんわんお!」
「………へぇ?」
足元に転がっていた戦槌の破片から生えてきたナナに、思いっ切り殴られた。
捕まえようとした手が空を切り、脳天に拳を叩きこまれる。
直後、喉に迫る肉厚の刃。
ほとんど倒れるように仰け反って躱し、視界の端で火が瞬き。
「炸裂徹甲杭!!」
薙刀を振り切った体勢から即座に鉄塊を打ち下ろし、爆薬の炸裂で鉄杭を撃ちだす連撃。
腕を掴んで巻き込むように押し倒し。
「はらぺこ狼」
「危ないですね。俺以外の人間に使ってはいけませんよ?」
バグンと音がして、空間が抉れた。
ギリギリで躱せたが、今のはマジでヤバそうだった。
呼吸を整えて。
「それで、さっきのは一体?いつの間に、あんなものを使えるように?」
「対クロ兄さん用に編み出した必殺技です!あっさり避けられましたけど!!」
ふむ。
どうやら、暴走状態じゃなくても夢喰い狼の権能を使えるようになったらしい。
十全に使いこなせるわけではなさそうだが、以前と比べれば大幅な進歩だ。
だが。
「不意打ちの一発芸ならともかく、実戦では使い物になりませんね。威力はともかく、攻撃範囲が狭すぎます」
「安心してください!必殺技はあと107個あります!!」
「よくそれだけ作ってきましたね。後でご褒美に、クッキーでも焼いてあげます」
「ごめんなさいウソつきました!実は2つしかできてないです!!」
「謝れて偉いですね。後でクッキー焼いてあ」
「M2!武装現象・刈鎌!!」
会話の隙をついて放たれた弾丸の雨を受け、ゼロ距離から首を刈る鎌の一撃。
刃が砕け、脳天に振り下ろされる銃身。
受け止めてナナを投げ、軽機関銃の銃口が俺を捉えた。
閃光と激発、衝撃。
正面から突っ込んで組みつき、すり抜けられた。
俺の顔面を蹴って跳躍したナナが、純白の大鎌を構え。
「刈り取って殺せ──────」
「ちょっと、ナナ」
「────死神の鎌!!!」
間一髪で身を翻し、右腕をざっくりと切られた。
が、この程度どうということは無い。
即座に疑似再誕を発動して、拳を。
「無駄ですよ、クロ兄さん」
ザクリと嫌な音がして、腹を裂かれた。
零れたはらわたを修復し、左腕を切り落とされる。
「一度振り上げた死神の鎌は、必ず何者かの魂を獲る──────死神の伝承をもとに作った武器です。私にこの技を使わせた段階で、クロ兄さんの敗北は確定していました」
「よく頑張りましたね、ナナ」
両足を深々と切り裂かれ、再生し、片眼を抉られた。
直感に従って横に跳び、左手首が空を舞う。
………避けなければ、首を刎ねられていたな。
だが。
「ナナ。2つほどいいですか?」
「なんですか?ギブアップなら聞いてあげ」
「1つ。貴方は確かに強くなりましたが、油断し過ぎる悪癖があります。敵は仕留められる時に仕留める事を覚えてください」
「………だから何なんですか?この状況じゃ、私の勝ちは揺るがな」
「2つ。生命力の高い魔物の中には、切断された自らの肉体を操作して不意打ちを仕掛けて来る物もいるそうです。覚えておいてください」
「何を言って」
切り飛ばされた手に暗転蝕を発動して念動力でナナの頭にぶつけ、気絶させた。
戦闘力的にはだいぶ成長したが、精神的な弱さが目立つな。
そこを克服できなければ、実戦で働くことは出来ないだろう。
とはいえ、精神的なものをどうにかするのはかなり難しそうだ。
時間をかけて矯正していくしかない、か。
ぼろぼろの服を羽織り直して、後ろを振り返り。
「ムダムダムダムダムダァ!!」
「ちょっ、それ、やばっ」
「ウリィイイイィィィ!!!」
「おわぁっ!?」
「………なぁ、ミカ。アレは、流石に卑怯じゃないか?」
「そう?アサカ君も結構暴れてたと思うけど?」
「それは、その………なんていうか、ごめんなさい」
「もうやだ………おうち帰りたいよぉ………」
けたたましく笑いながらラッシュを決めるお嬢様と、巻き込まれて吹っ飛ぶカティア様。
なぜか簀巻きにされた状態で談笑するアサカ様とミカ様。
留学生が見当たらないことに気づき、訓練場の隅の方でうずくまって泣いていた。
どうしたものかと思案し、溜息をついて。
「まっ、気にしなくていいか」
「ワンコ君!避け」
横を見て、ゴチンと鈍い音がした。
「………ご主人様。コレ、しんど」
「誰が、喋っていいなんて言ったのかしら?」
「ひぅっ!?」
「珍しいな、お嬢がナナにキレるなんて」
「それだけ、ナナがゆるんでいたということです。いい薬になるかと」
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません。シーザー様」
「見苦しいモノって………」
放課後のヴァルハリエ家、リビング。
正座したまま両手を後ろで縛られ、涙目のナナ。
猫じゃらしで足の裏をくすぐられて、艶めいた悲鳴が上がる。
愉快そうに笑ってくすぐり続けるリーンお嬢様と、呆れたように煙をふかすフィリア。
そして、不安そうな留学生。
留学生のホームステイ先で問題が発生したらしく、急遽、この屋敷にお泊めすることになったのだが。
「お入りのものがございましたらお持ちいたしますので、遠慮なくお申し付けください」
「いえ、結構です。お気遣いなく」
「クロ、お茶を用意しなさい?」
「かしこまりました、リーンお嬢様」
「お嬢。もうちょっと、マナーを覚えた方がいいぞ?」
「いずれひっくり返す国のマナーなんて知ったとこじゃないわ?」
堂々とそんなことを言うお嬢様に一礼して、キッチンへ。
手早く紅茶を淹れて戻り、少し焦ったようなナナの叫び声。
吐きかけた溜め息を飲みこんで。
「僭越ながら申し上げます。そろそろ解放した方が」
後ろからナナに抱き着いたお嬢様が、メイド服の中に手を突っ込んでまさぐっていた。
両手首を頭上で1つに縛り、ジャンプしたようにわずかに折り曲げた片足立ち。
どこからどうやっているのか、全身を絹糸で拘束されたナナが、吊るされていた。
内面に不相応なまでに発達した体が、刺激を与えられるたびに艶めかしく蠢く。
拘束から抜け出そうと強調されて歪んだ胸を絹糸が弾き、薄い唇から嬌声が漏れる。
涙で潤んだ青い眼と、興奮に上気した頬。
呻くような声が零れて、赤い舌が銀狼の耳を舐る。
剥き出しの首筋を吸い、白い牙が白い肌を傷つけ、吊るされた肢体がビクンと痙攣した。
混乱の中に情欲を孕んだ、煽情的な顔。
服の中に潜り込んだ指が双丘をまさぐり、服の上からそうと知れるほどに揉みしだく。
パニック状態の頭を殴りつけて、むりやり思考を整えて。
「お嬢様。客人の前です、少し抑えてください」
「もうちょっと虐めていたいわ?」
「ご主人様!?」
「寝室でなら、煮るなり焼くなりお好きなようにしていただいて構いませんので」
「わかったわ?」
「ちょっと、クロ兄さうきゃぁ!?」
絹糸が切れてナナがすっ転んだ。
壁で盛大に額を打ち、頭を抱えて悶絶するナナを抱き起し、しっかり立たせる。
汗の臭いに混ざって、わずかに甘い香りがした。
興奮と狂乱に至る直前の、独特の匂い。
やわらかく湿った肌の感触と、不安そうに俺を見上げる、黒い瞳。
短く切りそろえた黒髪を撫でて、落ち着かせようとして。
フラッシュバック。
脳味噌を叩き潰されたような激痛と、猛烈な吐き気。
よろめきながら立ち上がり、喉の奥からせりあがった苦く酸っぱいものが口腔に充満した。
吐いて、吐いて、額に浮いた脂汗を拭い。
鏡に、見知らぬ男が映っていた。
品のないニヤケ笑いと、油っこく粘ついた、逆立った黒髪。
嘲笑と見下し、侮蔑をごちゃまぜにした黒い瞳が、俺を捉える。
しゃがんでいた男が立ち上がり、咥えていたタバコを踏みにじりながら近づいてくる。
わざわざ俺の真横で座った男が、下卑た笑いを浮かべ。
「べぇっ」
と、舌を出した。
「…………なにが、あった」
「さぁ、何があったのかしら?」
ベッドで目が覚めた。
ほのかなに甘い残り香と、右腕に感じる柔らかい感触。
横を向いて、赤い瞳と目が合った。
口を開こうとして、抱きしめられ。
「お嬢様。離してください」
「クロ。体の調子はどうかしら?」
「…………特に異常はありませんが」
「そう。ならいいわ?早く仕事してちょうだい?」
「かしこまりました、お嬢様」
ベッドから身を起こして周りを見渡し、いつも掃除しているリーンお嬢様の寝室。
………情けないことに、どうやら、気絶してしまったらしい。
一礼して、部屋を出て。
「どうでもいいですが、覗き見は感心しませんね」
「………ばれてましたか。結構本気で隠れたんですけどね」
曲がり角からにじむように現れた留学生が、悪びれもせずに言うのを尻目に、監視用らしい魔術の残滓を握りつぶした。
感触からして、観測した光景を術者に共有する物のようだ。
幸い、大した情報は抜かれていないようだが………探られた可能性がある以上、生かしておくわけには行かない。
どう処分したものか。
欲を言えば、留学を終えて帝国から帰る途中で龍の息吹で殺したいが、それまでに情報を送られる可能性は非常に高い。
十中八九、神国と揉め事になるだろうが、今ここで殺して。
「今、私を殺そうって思いましたよね」
冷たい手で、心臓を鷲掴みにされたような気がした。
目の前の、ともすれば拳の一撃で殺せそうな少女から、バケモノじみたプレッシャーが噴出する。
肺一杯に、空気を取り込んで。
「戯れはご遠慮ください」
「冗談でこんなこと言うと思います?」
嗤うような声音と、挑発的な翡翠色の瞳。
心の奥を見透かされるような、背筋の冷たくなる凝視。
見開かれたその目の奥に、底知れない、深く暗いモノを幻視した。
目を逸らして。
「申し訳ございませんが、屋敷の仕事がありますので」
「あのメイドさん、夢喰い狼ですよね?」
気づいた時には、留学生を叩き伏せていた。
押し倒し、両手首を片手で掴んで固定し、懐剣を喉元に突き付ける。
そのまま刺殺しようとして、目が合った。
死体のように濁った、嫌な目。
自分の生き死にをカスだとも思っていないような、死人の眼。
思わず、拘束がゆるんで。
「クロ兄さん!?何かあったんですか!?」
「何でもありません。こけて倒れそうになったところを支えてもらっただけです」
「その、えっと、お怪我は」
「大丈夫です、妹さん。心配してくださってありがとうございます」
いけしゃあしゃあと惚ける留学生と、軽くパニック状態のナナ。
事情を知らなければ微笑ましいだけの光景だが、俺は見逃さなかった。
一瞬だけ俺の方を見た留学生の、ネコがネズミを弄んで殺す時のソレと、同じ笑顔を。
次回予告
不穏な様相を見せ始める留学生とその周囲。
たとえ望まずとも、全ては流転し、移ろいで行く。
暗雲と陰謀の渦巻く対抗戦が迫る中、龍は何を想うのか。
「クロ、SMプレイしましょ?」
「何言ってんですかお嬢様」
「何を言ってるのかしら?」
「あの、ご主人様。あまり無茶はしないでください(投稿ガイドライン的に)」
「ナナ。時代はエログロナンセンスなのよ?」
「なるほど!そうだったんですね!!」
「ナナ。騙されないでくださ、ちょっと、それはさすがにまずっ」
次回「異世界式ドグラ・マグラ」




