新たな出会い
といっても、いつも通りなんですけどね。
「それで…………本当に何も覚えていないのですか?」
「覚えてないというか…………何かあったんですか?」
ヴァルハリエ家、ナナの私室。
ベッドに腰掛けて、コテンと可愛らしく首をかしげるナナ。
突然暴れ出したナナを止めて家に帰ったはいいものの、結局、あの暴走の原因は分からなかった。
何か覚えていないかとも思ったが、手掛かりはなし。
「えっと、クロ兄さん。私、何かやらかしちゃいました?」
「いいえ。強いて言えば、お嬢様に血を吸われたぐらいですね」
「そうですか。ならよかっ……………今、なんて言いました?」
………正直、俺はナナを殺すべきかどうか、だいぶ悩んでいる。
お嬢様の身の安全を第一に考えるなら、こんな、いつ暴走するかもわからないバケモノは、早急に駆除するべきだ。
だが。
殺せる気がしない。
もし仮にナナがお嬢様を裏切ったとして、俺は、おそらくナナを殺せない。
きっと、何もできない。
お嬢様を守れない。
守れない。
守れない。
守れない!!!
俺の役目は、お嬢様をお守りし、お嬢様のために死ぬことだ。
それだけが俺の存在意義だ。
それを守れないのに、俺は、なぜ生きている?
俺みたいなグズでも、お嬢様のためにすべてを投げ打って死ねるのなら、それは、生きていた価値があるということだ。
それすらも失ったのなら、何故、生きている?
自分の本懐を果たせない道具に、存在価値などない。
ならば。
いっそ。
この場で死んでしまえばいい。
「クロ兄さん!!しっかりしてください!!」
「─────ナナ?」
「大丈夫ですか!?顔が真っ青ですよ!?」
肩を揺さぶられて、目が覚めた。
縋りつくように俺の肩を掴み、涙目で見上げるナナの姿。
綺麗な銀色の髪の向こうで、同じ色をした尻尾が不安そうに揺れる。
息を吸って。
「いい加減、少し仕事を休んでください!!」
「大丈夫です、ナナ。ただの体調不良で」
クラリと眩暈がして倒れ込み、きつく抱き止められた。
思わず気の抜けそうな人肌の温もりと、眠たくなるような甘い匂い。
抜け出そうとして、視界が回った。
わずかに熱を帯びた枕に感じる、ナナの体温の名残。
俺の背中に手を回し、絡みつくように抱きしめられる。
耳元に吹きかけられた熱く湿っぽい吐息に、心臓が早鐘を打つ。
ごく至近距離で、優しく、少し困ったような蒼色の眼が俺のまっすぐ見据え。
「ねぇ、クロ兄さん。クロ兄さんと私、背が高いのはどっちですか?」
「………それは、ナナですが」
「だったら、クロ兄さんは今日から弟です」
一瞬、へんな沈黙がベッドの中を跳ねまわった。
フリーズした脳味噌が再起動し、フフンと鼻を鳴らして自慢げに笑うナナ。
「……………は?」
「ですから、クロ兄さんはクロ兄さんじゃなくてクロになるってことですよ、クロ兄さん」
「ナナ、そうはならないかと」
「そうじゃないでしょ?」
「………?」
「ナナじゃなくて、ナナお姉ちゃんって呼んで?」
俺に抱き着いたナナが、笑ってそんなことを言う。
ガツンと脳を揺さぶられるような衝撃。
逡巡して、口を開き。
「ナナ、冗談は顔だけにしてください」
「…………酷くないですか?」
バァンと部屋の扉を吹っ飛ばしてお嬢様が入ってきた。
「…………オッケイ。とりあえず、1つだけ言わせてもらおうか。…………リーン、キミはバカだ。もうどうしようもないくらいバカだ」
「泣くわよ?」
「泣きたいのはコッチだ!バカ!!」
「…………あの、本当に、何があったんですか?」
「ナナちゃんは黙ってて!!」
「ひゃいっ!!」
マルチリルダ家、カティア様の工房。
頭を抱え、声を荒げるカティア様と、泣きそうな顔でうろたえるナナ。
いつも通りなリーンお嬢様はともかく。
「カティア様。何か問題があったのでしょうか?」
「問題があったというか、問題しかないというか…………結論から言うけど、ナナちゃんが新種の生物になった」
「………え?」
「そもそもの話、ナナちゃん自体が、希少な獣人種をベースに造られた、自己修復、自己進化する生物兵器だったんだよ。それがさらに半吸血鬼の眷属になったとか、はっきり言って前例なんてものがあるとは思えない。何が起こってもおかしくない、未知の塊みたいなものだ。他に知られれば、どれだけめんどくさい事になるか………」
「えっと、つまり?」
「とりあえず、採血だけしてもいいかな?大丈夫だとは思うけど、一応、検査しておきたいからさ」
「はい。わかりました」
「んじゃ、そこに座って、腕まくっといて」
「………?」
小首をかしげたナナが、傍の椅子に座って服の袖をめくる。
カティア様が、注射器を持って近づき。
「ちょっと、カティア様、まさか、注射するんですか?」
「いや、注射しなかったら採血できな」
「イヤですよ!!注射嫌ですよ!痛いんだもん!!」
きらきら光る透明な雫をまき散らしながら、ジタバタ藻掻くナナ。
子供かよと言いかけて、ナナが子供だったことに気づいた。
………仕方ない、か。
懐をまさぐり、目当ての物を掴みだして。
「ほら、ナナ。注射が終わったら、飴をあげますから」
「子ども扱いですか!?」
「………ワンコ君、なんで、飴玉持ってるの?」
「以前お嬢様が、子供はこうすれば大人しくなると仰っていましたので」
「リーン?」
「………そんな昔の事、覚えてないわ?」
「リーン?」
「………私は悪くないわ?」
そっぽを向いたお嬢様がカティア様に問い詰められて、冷や汗を流す。
皆様の注意がナナから外れた隙をついて、注射器を強奪し。
「もう終わりましたよ、ナナ」
「いつの間にっ!?」
無痛をかけてから針を刺し、素早く血を抜いた。
驚愕するナナの口に飴玉を押し込み、「もぎゅっ!?」という悲鳴と、幸せそうにゆるむ表情。
さらさらの銀髪を撫でて落ち着かせ、狼の尾がぱたぱた揺れる。
なんていうか、大型の小動物と触れ合っているような気分だ。
「って、そうじゃなくて!!子供扱いしないでください!クロ兄さんは、私をなんだと思ってるんですか!?」
「かわいい妹、です」
「だとしてもです!頭を撫でたり飴で釣ろうとしたり、小さい子を相手にするみたいに」
「大きさの話をするなら、カティが一番小さいんじゃないかしら?」
瞬間、部屋の空気が凍りついた。
室温が急激にさがったような錯覚を覚え、振り向けば、まるで悪鬼のような形相で佇むカティア様。
冷や汗を浮かべたリーンお嬢様が身を翻して逃げ出し、肩を掴まれる。
吊り上がった口元が、ゾッとする笑みを浮かべ。
「ねぇ、リーン。一体、ナニの大きさなのかな?」
「…………さぁ、何の大きさなのかしら?」
「しらばっくれんなよ、小娘。ナナちゃんに、お前の黒歴史ノートを晒してやろうか?」
「ちょっと、カティア様、そのくらいに」
「誰がちっぱいだ!ぶっ殺すぞ!!」
「誰も言ってないですよ!?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!ご立派なものをぶら下げといて、わかったような口をきくな!!」
「醜い僻みね。こんなもの、肩がこるだけよ?」
「聞いたか!?今の聞いたか!?これだよ、これが持つ者と持たざる者の差だよ!!」
「カティア様、なんか違う気がします」
「いいや違わないね!これが格差社会の本質だ!!」
「胸なんて、脂肪の塊に過ぎんのです。エロい人にはそれがわからんのですよ」
「そう思うなら!その肉と夢と希望の塊を私に寄越しやがれ!!」
「あの、カティア様。一ついいですか?」
「なんだよ、ふざけたこと言ったらマジでキレ」
「豊胸薬くらい、自作したらいいんじゃないですか?」
部屋の空気が凍りついた。
ストンと、感情の抜け落ちた顔になったカティア様が、怖気を感じさせるような笑みを作り。
「ナナちゃん、何を言ってるのかな?」
「いや、カティア様ならそれくらい作れるんじゃないですか?」
「それは、その…………なんていうか、負けた気がするといいますか…………」
「なんでですか?」
「胸が小さいのを気にして豊胸薬自作して投与って、それだとボクが胸の小ささを気にしてるみたいじゃん!!」
「悲しい生物ね?」
「うるさい!グラインダーで削ってやろうか!?」
「……………皆様。1つ、よろしいでしょうか?」
「なに?ワンコ君までボクの敵なの?」
「その程度のことを気にされても、仕方がな」
「くたばれ、クソ野郎!!」
「がふっ!?」
開いた口の中に、万年筆をぶちこまれた。
女性陣全員から私刑にされた翌日の学院。
授業開始前のいつものバカ騒ぎではなく、何かを警戒しているような、不穏な空気。
「あのぉ、クロ兄さん、何かあったんですかね?」
「ねぇ、ナナ。なんで、私に訊かないのかしら?」
「いや、それは、その、ちょ、まっ!?」
不思議そうに俺に尋ねたナナがお嬢様に絡みつかれて嬌声をあげるのを傍目に、記憶を掘り返して。
「………おそらくですが、交換留学生が来るのかと。たしか、神国の王家の傍流の人間だったはずです。かの国と帝国の関係を考えれば、妥当な人選と言えるでしょう」
神国………アルトヘイム神教国と帝国は、現在、冷戦状態にある。
近代化に伴い、神の不在を根拠に魔導技術の開発を推し進めてきた帝国と、神の名において奇跡なる技術を行使する神教国の間で大規模な戦闘が幾度か繰り広げられ、周囲の小国連合による仲裁と調停により、停戦。
現在の皇帝に代わってからは、特に混乱もなく国交停止状態が続いていたが、最近になってそれが復活。
今回の留学は、停戦以来初の正式な交流でもある。
………潜在的な反帝国勢力である神国の、傍流とはいえ王家の人間なら、それなりの権力はあるはずだ。
利用、あるいは協力関係を築けるような人間ならよし、それが無理なら放っておけばいい。
もし仮に、お嬢様の敵となるようであれば。
「ズタズタにぶっ殺して、喰っちまえばいい」
「クロ兄さん。独り言が物騒です」
「…………リーン、マジで一度、ワンコ君の頭を検査した方がいい。なんか変な病気かかってるよコレ」
「あら?クロは元からイカレてるわよ?」
「ダメじゃん。ダメな奴じゃん」
カティア様が絶望しきったような顔になったタイミングで、担任教諭──────薄らハゲが入ってきた。
相変わらず幸薄そうな顔で教室を見回した中年男が、俺を睨み。
「クロ君。大至急、校長室へ向かうように。学院長がお呼びだ」
「かしこまりました。お嬢様、可及的速やかに戻ります」
急に呼び出された理由がわからないが、まぁ、別に大したことじゃないだろう。
お嬢様に一礼して、席を立ち。
「…………学院長。今、なんと?」
「もう一度言おう。君には、彼女の護衛を依頼したい」
「アルトヘイム神教国王位継承権第96位、ユリウス・シーザーです。よろしくお願いします」
悠々と葉巻を燻らせる学院長と、俺に頭を下げる法官服の少女。
脱色されたような白髪の奥で不安そうに揺らぐ灰緑色の瞳。
年齢的には13,4くらいのガキにしか見えないが、内在している魔力の量がやたら多い。
大体、リーンお嬢様の3割増しってとこか。
人間はずれした量だが、まぁ、殺そうと思えば殺せる程度だ。
そこまでの脅威じゃない。
………いや、そうじゃなくて。
「申し訳ありませんが、お請け出来かねます。そもそも俺は、リーンお嬢様の奴隷です。お嬢様以外に仕える気は」
「皇帝陛下直々の命令だとしても、か?」
「それは……………」
あの皇帝、やりやがった。
大方、この前城で暴れた時に目をつけられたのだろうが、めんどくさい事になった。
とはいえ、皇帝の命令を断るわけには行かない。
「…………わかりました。引き受けさせていただきます」
「………すまんな、本当に助かる。だが君以外に適任がいなかったのだ。……………時に君は、対抗戦の事は知っているかね?」
灰皿に葉巻を押し付けて揉み消し、嫌みな顔で笑う学院長。
とても、とても嫌な予感がする。
「ええ。知っていますが…………それが何か?」
「今年の対抗戦も例年通り、学年クラス関係なしに6人の戦隊でのトーナメント方式で行われる。それにシーザー君も参加するのだが…………どうか、一緒に組んでやってもらえないか?防御とサポートに優れる君になら、安心して任せら」
「お断りいたします」
「頼む、お願いだ。なにか不祥事でもあったら、最悪、私の首が物理的に飛ぶんだ。君が一番、信用できる」
「ですが、学院長」
「頼むっ、お願いだぁ!!」
「ですが」
「た゛の゛む゛ぅっ、お゛ね゛か゛い゛た゛ぁあ!!」
「……………わかりました。引き受けます」
引き受けさせられた。
「アッ、ぎぃっ…………」
「ねぇ、クロ。なんで、なんで、寄りにもよって女連れで戻ってきたの?」
「ちょっと、ご主人様、そのくらいにした方が」
「なにか、言ったかしら?」
「ひゃうんっ!?」
「ヴァルハリエ様、折檻はその程度に」
「泥棒ネコは黙ってなさい?」
「どっ、どろぼ」
戻ってくるなりリーンお嬢様に拉致された医務室。
昆虫標本のように壁に磔にされたまま腹を蹴り潰される俺と、嫌悪感と憤怒に染まった眼で俺を見据えるお嬢様。
目をグルグル回して混乱するナナの側で、泥棒ネコ呼びに驚愕する留学生。
医務室勤務の老医は、食べかけのアンパンを喉に詰まらせながら出て行った。
また今度、なにか差し入れに行こう。
いや、そうじゃなくて。
「お嬢、様。弁解が」
「黙りなさい、クロ。私は、今、すっごく怒っているのよ?」
「ガァッ!?」
口を開き、革靴の爪先にみぞおちを抉られる。
ぐちゃりと肉の潰れる音がして、喉の奥から血が溢れ出す。
鉄錆臭い呼吸を繰り返し、こめかみを砕く裏拳の一撃。
目の前に、星が散った。
「クロ。貴方のご主人様は、誰なのかしら?ナナ?カティア?それともまさか、そこの小娘かしら?」
「…………」
「貴方の主人は、私だけよ。それ以外の人間に仕えることなんて、絶対に認めない。貴方が流す血の全ては、私のために流れなきゃいけないの。それなのに、他の人間を守るだなんて、許せるわけないじゃない。貴方は、私の奴隷なのよ?」
「………申し訳、ございません。お嬢」
「次はないから、そのつもりでいなさい?」
頭の中でミチリと音が鳴って、頸動脈を噛み千切られた。
冷たく、生温かい血に濡れた床に顔面から倒れ、肉を咀嚼しながら俺を見下すお嬢様。
根性で疑似再誕を使って損傷を修復し、お嬢様が、赤く艶めく唇を拭う。
と、リーンお嬢様が留学生に歩み寄った。
悲鳴を上げて留学生がしりもちをつき、お嬢様に押し倒され。
「貴女の子守は、引き受けてあげるわ。でも、私の所有物を奪おうとしたことは、絶対に許さない。次、同じことをやってみなさい?生きたままドブネズミに齧らせてあげる」
「ここっ、殺さないんですか!?」
「利用価値がある間は、生かしておいてあげるわ?」
「…………なにを、する気なんですか?」
「帝国をひっくり返すのに協力しなさい」
「………へ?」
「気に入らないからぶっ壊すのよ。その手伝いをするなら生かしておいてあげるし、出来るだけ要望も叶えてあげる」
「………もし断ったら、どうす」
「脳味噌を弄って従順なお人形にするわ?」
「まさかの即答!?ていうか、顔、近」
お嬢様のセリフに留学生が悲鳴を上げ、湿った音がやたら鮮明に響いた。
牙が血管を穿ち、熱く柔らかい舌が肌を蹂躙する音。
たっぷり30秒ほど吸血が続き、お嬢様が上体を起こした。
「ちょっと、なにを」
「私と貴女の間に、一時的なリンクを作ったわ?貴女がどこで何をしても、私はすべて把握できる。もし貴女が攫われたりしてもすぐ助けれるし、貴女が悪事を企んでもムダ。互いを信頼するための情報共有と考えれば、悪くないでしょう?」
嬉しそうに弾んだ、どうしようもない愉悦に塗れた声。
位置的に見えないが、きっと、すごく良い顔をしていらっしゃる。
羨ましいぞ、留学生。
そこを代わりやがれ。
「………えっと、つまり?」
「体のいい監視ね。もちろんだけど、24時間365日、全てのデータは共有されるわ?」
「私のプライバシーは」
「そんなものはないわ?」
「その、お風呂とか………トイレとか着替えとか」
「諦めてちょうだい?」
「…………ひぐっ」
無音の室内に、すすり泣く声が響いた。
ぽろぽろと涙をこぼし、子供のように泣く留学生。
どうしたものかと悩み、お嬢様と目が合った。
目くばせに頷き返して。
「シーザー様。少し、よろしいでしょうか?」
「ひっ、なっ、なにを」
「暗転蝕」
眉間に触れて、一撃で眠らせた。
「お嬢様。いかがいたしましょうか」
「学院側に預けて帰るわよ。ナナ、今日も一緒に寝てちょうだい?」
「はい、ご主人様」
学生鞄を引っ提げて医務室を出ていくお嬢様と、鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気でついていくナナ。
ぐったりと死んだように眠る体をベッドに横たえて、部屋を見渡し。
「コレ、俺が片付けるのか」
血みどろに汚れた床と、壁に刺さったままの、磔に使った五寸釘。
べったりと赤く湿ったカーテンには、すでにハエが集り始めている。
殺人現場もかくやと言った惨状だが、ほったらかしておくわけにもいかない。
溜息1つ、制服の袖をまくった。
次回予告
新しく仲間()を手に入れた主人公たち!
諸々不安要素が満載の状況で、目指すは大会戦優勝!!
物騒な活気に満ちる学院の裏に、不穏な影が蠢き──────。
「キャッツ☆アイ」
「お嬢様学院に侵入はヤバいですよお嬢様」
「ごっ、ご主人様!なんで私、こんな恥ずかしい恰好なんですか!?」
「私の趣味よ?」
「ご主人様ぁ!?」
次回「怪盗ウルフ、参上」




