人喰い狼はお嬢様の夢を見るか~下~
続きです。
「…………みんな、どうしてるのかな………」
村のはずれの隠し洞窟に潜み、1人で呟く。
あれから、どれくらい経ったのかもわからない。
外から聞こえてきていた騒音は、とっくに止んでいた。
………すごく、すごく、嫌な予感がする。
父さんは、どうしてるんだろう。
勝てたのか、それとも、負けて。
「………ううん、そんな事、考えちゃダメだ」
まずは、状況を整理しないと。
お腹はペコペコ。
喉もカラカラ。
ついでに私は弱い。
うん、ダメかもしれない。
でも、諦めようとは思えない。
何もせずに諦めるなんて、それこそ、父さんに叱られる。
獲物に見つからない歩き方も、誰にも気づかれずに逃げるやり方も、父さんから教わってる。
まずは村を偵察して、ダメだったら逃げる。
私1人でも小動物を狩って食べるくらいはできるし、リスクはあるけど森を超えた先の砂漠なら、岩塩だって手に入る。
夢喰い狼は、もともと狩猟民族だ。
必要があればどこでも生きられるようにできてる。
意を決して、洞窟から這い出す。
わずかな血の臭いと、焦げたような臭い。
嗅ぎなれた皆の匂いは一切しない。
目に見える範囲には歩哨はいないみたい。
ほとんど4足歩行で茂みに潜り込み、這うようにひた走る。
いつも水を汲んでいた川で喉を潤して、木のうろに隠していたとっておきの干菓子を食べる。
硬く焼き締めた生地の、香ばしい味。
少しだけ、元気が出た。
「とりあえず、父さんを探さないと」
「◆◆、ちゃん?」
聞きなれた、わずかにかすんだ声に振り向いて、ボロボロの○○ちゃんがいた。
血だらけ汚れだらけのまま、小柄な体が、力尽きたみたいにへたり込む。
駆け寄って、血と膿の腐敗した臭い。
抱き起し、頬っぺたの汚れを拭い落して。
「○○ちゃん!?何があ」
「…て……」
「いいから、喋らないで!!すぐに手当てを」
「にげて」
思いっ切り突き飛ばされた私の目の前で、○○ちゃんが弾けた。
私の頬を熱いものが掠めて、赤が噴出する。
パチパチと、拍手の音。
「いやはや、実に素晴らしいものを見せていただきました。自らの死の際で同族を庇って死ぬとは………。存外、獣にも友愛や親愛の情があるのでしょうか?」
「な、に?」
「申し遅れました。私は護帝六騎士第三位、狩騎士・輝けるエストノールと申します。短い付き合いにはなりますが、どうかお見知りおきを」
木の陰から現れたのは、黄色い外套を羽織った、奇妙ないで立ちの男だった。
銀色の弓と刺剣を携え、気取った動きで一礼し、どこからともなく取り出したシルクハット。
「そうそう、私がここまで足を延ばした理由、でしたな?皇帝陛下から直々に、この村の殲滅を仰せつかりまして。せっかくの狩りを堪能するべく、同僚を置いて、1人楽しみに来たと、そういう次第です」
「父さんを、どうしたの?」
「ふむ…………残念ながら私は、アナタの父君が誰かは存じ上げません。ですがご安心を。恐らく、そこの戦利品置き場に、首の一つでも転がっているはずです。そこを探せば、見つかるかと」
男が指さした方を見て、死体の山があった。
バラバラに解体された、大量の肉片が。
眼も口も鼻も耳も腕も足もハラワタも、全て等しく、気持ち悪いくらい丁寧に解体されたソレの中に。
見慣れたバンダナ。
次期族長候補しか身に着けることを許されない、満月と四本爪の紋様。
去年の誕生日に父さんがお兄ちゃんに渡して、それ以来、お兄ちゃんは、これを肌身離さずつけていた。
死体の一つと、目が合った。
少し困ったような、優し気な顔つきの、首から上だけのソレ。
私が何か失敗したときに、いつも優しく頭を撫でてくれた、小さくて温かい手。
喉の奥から、ナニカ酸っぱいものがせりあがって。
「オ、エェエエェェェ………ッ」
「ああ、忘れるところでした。実は1つ、面白い戦利品を手に入れたのです。ぜひ、ご覧になってください」
半分くらい消化された焼き菓子と胃液のカクテルを地面にぶちまけ、胸の焼けるような感覚。
ビチャビチャと音を立てて汚物があふれ、潤んだ視界に映ったのは、ボウリングの玉くらいの物体だった。
傷つき、ズタズタに引き裂かれ、半壊した、穏やかな死に顔という言葉からは到底縁遠い死骸。
銀髪と、片側が欠けた狼の耳。
「題して、『蛮族の王の首』………といったところでしょうか。いやはや、お恥ずかしい話ですが、仕留めるのに随分と手間取ってしまって。もう少し完璧な形で殺していれば、剝製に出来たのですが……」
「…………あぁ、そうですね。辺境の獣人共の中には、殺した相手の頭から頭蓋骨を抜き取って、干し首というものを作るものがいるそうです。こう見えて私、社交の場で蒐集家として知られていましてね。ぜひ、欲しいと思っていたのですが、ちょうどよい機会です。アナタ、手伝ってはくれませんか?なぁに、皮を剥いで乾燥させ、詰め物をするだけの簡単なお仕事で」
「死ね」
頭の奥でナニカが爆ぜた。
振るった爪を熱いものが濡らし、くぐもった悲鳴。
血の臭い。
血の匂い。
獲物が傷つき、血を流す匂い。
体が、酷く熱く疼く。
脳味噌のど真ん中で、獲物の喉を噛み千切り、喰い殺せと、獣が声高に叫ぶ。
気が狂いそうだ。
心臓と思考が渦を巻き、秘色に染まっていく。
割れそうなくらい痛む頭を抱え、咆哮し。
「やれやれ。獣にしては話が通じると思っていたのですが、やはりこの程度の理性しかありませんか。陛下のお許しをいただければ、ペットとして飼ってあげようかとも思いましたが………みずから死を望むというのなら、そうして差し上げま」
「狂人の夢」
吐き出した言葉が、実を結んだ。
目の前の獲物と私を取り囲むように滲み出たのは、見上げるほど大きな、無数の古時計。
次々と滲み出るソレを拘束帯が連結し、ドーム型の狩場を作り上げる。
体の中のエンジンが、燃料を喰らって動き出す。
燃えるように熱い吐息を零し、大きく息を吸って吐く。
低く、低く、ケダモノのように。
構えて。
「まさかとは思いますが…………無力な獣が、このエストノールに狩りを挑むつもりで?いささか、無謀と言わざるを」
煩い、黙れ。
「戸喰眼喰」
「ッ………!?」
両目と口があった場所から血を垂れ流しながらも、ナントカが矢を射った。
ものを言うことも、見ることも禁じられてなお、私の位置に矢を撃ってくるバケモノを相手に、油断するような趣味は毛頭ない。
ないけれど、奴は獲物で私は狩人だ。
その差は、絶対に埋められない。
裏拳の一撃で矢をへし折って弾き、そのまま手を掲げて。
「無為に死ね」
虚空に出現した棘付き鉄球の振り子が、奴を轢き潰す。
意外とタフなのか木の幹と衝突し、血反吐をぶちまけてギリギリ生きてるナントカ。
頭の中で渦巻いたイメージを、殺意で塗り固め。
「指向性対人地雷」
両耳に指を突っ込んでしゃがみこみ、倒れ伏すナントカの前に出現した箱型爆弾が、即座に起爆。
700個の鉄球を爆破力によって射出するこの地雷は、直撃した人間をミンチに変える。
………はずなんだけど、普通に生きてる。
生命力だけは大したものだ。
念入りに殺さなきゃ。
「M61」
創り出したのは、重量112キロ、長さ1,827メートルのデカブツ。
最大発射速度毎分7200発、その反動は2トンを優に超えるモンスターマシン。
前世の私なら扱うなんて夢物語にすらならない代物でも、この空間では関係ない。
相手の頭に、銃口を突きつけて。
「ちょっとちょっと?なんでこんなボッコボコにされて」
「M24」
キンッと澄んだ音を立てて飛んだ手榴弾が炸裂し、くぐもった悲鳴。
煙をかき分けて現れたのは、華奢なフォルムの白銀鎧を着た騎士。
見た目以上に堅そうだけど、それがどうしたってんだ。
殺してやる。
気合一発、機関砲を取りまわして。
「死ね」
「わっ、たっ、ちょおっ!?」
間抜けな悲鳴を、轟音が塗り潰した。
木も岩も無関係に抉り、砕き、消し飛ばす、弾丸の暴風雨。
思いっ切り踏ん張って。
「見え透いてるんだよ、ド三流」
「うげっ!?」
引き金を引いたまま振り向き、背後から迫っていた騎士を乱れ撃ち。
防御を抜くことは出来ずとも、バカげたエネルギーを消すことは出来ない。
しばらく耐えていた騎士が、ついに吹っ飛んで。
「どっ、せい!!」
突撃。
超重量の銃身を蹴り上げ、叩きおろす。
担ぎあげ、反動を利用した蹴りが、騎士の体をたやすく宙へ打ち上げる。
直剣を腰だめに構え、照準して。
「処刑人の剣」
跳躍。
月を背負って跳び、騎士めがけて刃を振り下ろす。
因果律を無視して首を刎ねるようイメージした一刀が、無抵抗な首を刎ね。
「へぇ?意外と賢いじゃん」
発動途中のイメージをむりやり掻き消して、空を蹴って跳び退る。
木の幹に着地し、熱いものが滴る感覚に首を撫でれば、ダラダラと血が流れていた。
…………今の攻撃を続けていれば、間違いなく、死んでいた。
おそらくは、私の知らないカウンター系の魔術か道具。
この人、たぶん、私なんかよりよっぽど強い。
だから、覚悟を決めた。
「ねぇ、この場は見逃してあげるって言ったら、どうする?」
「お前が担いでるグズを殺させろ。それが条件だ」
これでどう返事されても、関係ない。
単なる、鬼札を切るまでの時間稼ぎだ。
そもそもの話、生き延びる気のない人間に見逃すだのなんだの言ったところで意味はないし、それに気づいていないというんだから、ちゃんちゃらおかしい話だ。
「あ~………そうさせてあげたいのはやまやまだけど、私も仕事なんだよね。………まぁ、キミが私の物になってくれるなら?考えなくもな」
「ふざけろ」
「あっ、そ。残念だったね」
バカみたいなことを言ってきたバカに爪牙を剥き出しに唸り、冷徹な声音。
どこからともなく双剣を取り出した相手が半身に構えるけど、もう遅い。
爪跡を残すように、大きく、これ以上ないくらい口角を吊り上げて嗤い。
「GBU_43/B」
直径1メートル、全長約9,1メートル、重量9800キロの大規模爆風爆弾兵器。
MOABと揶揄されたコレは、爆心地から900メートル圏内の全てを消し去る。
狂人の夢の結界は、外部から内部へは通しても、内部から外部への通過を妨げ、密閉空間で発生した爆発は、威力を急激に上昇させる。
脱出も防御も生存も出来ない、必殺コンボ。
当然、私も死ぬだろうが、だからどうした。
お前ら全員、
「道連れにしてやる」
「自爆!?ウソでしょ!?」
降ってきた金属柱が、地面に激突し。
「な~んてね」
「………は?」
そのまま消滅した。
何が起こったのか、まるで分らない。
「いや~………マジでビビったよ。普通、あの状況で自爆………いや、まぁ、するか」
「おい!早くこの餓鬼を殺せ!!聞こえないのか!!」
虚空に向かて何事か呟く女騎士と、荷物みたいに抱えられたまま喚くナントカ。
もう一度MOABを作成しようとして、脳味噌をグチャグチャに掻き混ぜられたみたいな激痛。
………少し、無理をし過ぎたか。
しばらくの間は、大型のものは作れないと考えた方がよさそうだ。
マズいかもしれない。
どうにかぶっ殺してやるべく、隙を窺い。
「貴様!私の命令に、逆ら」
「うっさいなぁ!!私がしゃべってるでしょ!?」
「ぎゃふっ!?」
「………あ、やっべ」
銀騎士がナントカの顔面に拳をぶちこみ、ゴキャリと嫌な音。
しばらく痙攣し、脱力して動かなくなるナントカ。
天を仰ぎ見た銀騎士が、こっちを向いて。
「えっと、キミが殺したってことにしてくれないかな?」
「………お好きにどうぞ」
「ゴメン、ありが」
「太陽の光の剣ッ!!!」
「どわわっ!?」
不意打ちで繰り出した刺突は、ギリギリで躱された。
まるでネコみたいな動きで飛び退り、鎧の上から冷や汗を拭う騎士。
「ねぇ!さすがに、今のは卑怯じゃないかな!?」
「うるさい黙れ死ね、感謝するなら腹掻っ捌いてくたばって感謝しろ」
「………キミさ、口悪いってよく言われない?」
「言われない」
互いに軽口を交わしつつ、リボルケインを腰だめに構え。
「ていうか、キミ、80年代の人なの?ひょっとして、若作りなだけで私より年上?」
「誰が年齢詐称だ、ブッ殺…………は?」
「だから、キミ、仮面ライダーブラ〇クみてたんでしょ?…………あ、そっか、再放送とか円盤で見てた可能性もあるか」
「お前、何言って」
「キミさ、元日本人でしょ?私と同郷じゃん」
「…………え?」
………待て、今、ナニカ、とてつもない事を言われた気がする。
元日本人?
同郷?
「ねぇ、それって」
「やったーー!!ようやくっ、同郷者に会えた!!ねぇねぇ、キミはどこに住んでたの!?関東、関西!?ひょっとして異邦!?まさかの留学生とか!?どの時代に生きてたの!?ワンピース完結した!?私が死んだとき、ホールケーキアイランド編終わる前だったからさ!どうなってるのか気になっ」
「まって、あなたも日本人なの?」
「さっきからそう言ってるじゃん。私はジェスター、前世の名前は『陌ッ隹キ邨オ驥』、よろしくね?」
弾んだ調子で銀騎士が口走ったのは、砂嵐に塗れたような、薄汚い、吐き気を催すような怪音だった。
聴覚が理解することを拒んでいるような、不快感。
「………今、なんて?」
「だから、『陌ッ隹キ邨オ驥』だって。………もしかして、聞こえてない?」
「文字化けした字をむりやり復元したみたいな音がする」
「えぇ~………なんていうか、ショックなんだけど」
「知るか」
「ちょっと!?さすがに冷たくないかな!?」
「そうでもない」
「絶対冷たいって!そんなんだから友達出来な」
「生贄の羊」
気づいた時には、一撃を放っていた。
盛大に飛びのいた銀騎士の右腕が、不可視の刃に斬られたようにずれて落ちる。
………夢喰い狼の権能を使っていて、分かったことがある。
どうやら、何らかの儀式、あるいは一連の過程を再現した場合、私の攻撃はその通りに執り行われるらしい。
ギリシアの酒神へ捧げられる生贄は、手足を切断されたうえで供されたという。
なら、このあとやることは決まっている。
「このっ、何を」
「生贄の羊」
粗末な鉄斧を振り抜き、銀騎士の右脚が飛ぶ。
「生贄の羊」
「ぎゃっ、ぁあ!?」
取り回し、振り下ろし、銀騎士の左腕が飛ぶ。
「ちょ、待っ」
「生贄の羊」
担ぎ、薙ぎ払い、銀騎士の左脚が飛ぶ。
バラバラの腕を拾い上げ、口を開き。
「マイナスの聖餐」
齧りついた。
鎧を嚙み砕き、肉を引き裂き、喰い千切り、咀嚼し、嚥下する。
やわらかくて甘い肉を喰らい、血を啜り、骨さえも残さず喰らう。
皮膚の一片も残さず喰い尽くし、次は右足。
鋭敏化した聴覚に、ピチャピチャと血の滴る音が響く。
錆臭い血の匂いと、脳の奥が甘く疼くような快感。
左腕を掴んで噛みつき、丸飲みして、飲み下す。
残った腕を噛み砕き、喰らい尽くして。
「………マズい」
マズいけど、とても気分がいい。
体の奥が、熱い。
火が燃えるような感覚と、全能感。
爪牙が音を立てて伸びて、視界が、真っ赤に染まる。
炎じみた息を吐き、拳を構え。
「串刺しヴラド」
ザンッ、と音が鳴って、私のお腹に槍が生えた。
喉の奥で熱いものがあふれて、ゴポリとこぼれ出る。
「いやはや………ほんと、酷い目に遭ったよ。軽い任務のつもりだったのに、こう何度も異能を使わされるとはね」
「っ、ぁ………?」
「だいぶヤンチャだったけどギリギリ拘束できたし、お姉さまへのお土産も出来たし、エストノールは死んだけど…………まぁ、別にいい、よね?」
元と変わらない鎧姿で、のんきに呟く銀騎士。
ネジくれた槍を掴み、引き抜き、血が噴き出る。
焼けつくような激痛と眩暈。
かまうもんか。
ろくに力も入らないけど、そんなの関係ない。
もとから、生きて勝とうなんて思ってない。
相討ちでもなんでもいい、殺してやる。
殺してやる。
殺してやる殺してやる殺してやる!!
あと一撃でいい、それで殺してやる。
大上段に構え、大きく息を吸って。
「死ね」
「神経切断」
頭の中で、ブツっって音がした。
熱くも寒くも痛くもないし、何の匂いも感触もない。
暗い。
何も見えない。
何も。
「さて、と…………お土産も出来たし、さっさと帰りますか。お姉さま、喜んでくれるかな?」
何も聞こえなくなった。
タイトルの元ネタ、アンドロイドは電気羊の夢を見るか。
原作を読んだことはありませんが、これを映画化した『ブレードランナー』はすごく面白いです。
まさしく、SFの金字塔と言っていい作品なんじゃないでしょうか。
まだ見たことのない人は、ぜひ。
次回予告
危機を乗り越え、つかの間の日常を満喫する主人公たち。
そんな彼らの次の目的は。
「大会戦、ですか」
「ええ。優勝賞品は、龍国産奉納用白米、50俵分。是が非でも手に入れるわよ?」
「あの、それ、そこまでして手に入れなきゃダメなんですか?」
「ダメに決まってるじゃない。殺してでも奪い取るわよ?」
「ロマサガですか、ご主人様」
「ろま、さが?」
「クロ殿、もし米がいるなら、自分の実家から持って来ても」
「アサカ君、この状態のリーンに理屈は通じないから、おとなしくしておこっか」
次回「な なにをする きさまらー!」




