幕間:人食い狼はお嬢様の夢を見るか~上~
文字通りの幕間です。あと2話ほど挟んでから、第2章に突入します。
それと、書き貯めが尽きました。
だいたい、1週間に1本ほどの投稿になるかと思われますが、どうかよろしくお願いします。
云々。
「おはよう、◆◆ちゃん!今日はなにして遊ぶ?」
背中からの軽い衝撃と、少し舌っ足らずに弾んだ明るい声音。
首に回された手を取って、じゃれついてくる獣人の女の子。
淡い銀色の髪と、ふわふわの尻尾。
とんがった狼の耳が、頭の天辺でピクピク嬉しそうに動いている。
自分の心象風景の具現化能力、なんてとんでもないチート持ちの種族、夢喰い狼。
…………まぁ、私もそうなんだけど。
「そうだねぇ………なにして遊ぼっか?」
「どうする?」
「どうしよっかなぁ…………」
平熱高めの柔らかな体を抱きしめて、草むらに寝っ転がる。
お日様みたいな甘い匂いに、少し混じった青臭い匂い。
見上げた青い空には、わたあめみたいな白い雲。
…………いい天気、だな。
「ねぇ~なにして遊ぶの?」
「どうしよっかなぁ…………」
「もぉ!まじめに考えてよ!!」
プンスコ怒り出した幼馴染をギュっとして、思う存分、抱き心地を堪能する。
まるで、大きな犬を抱っこしてるみたい。
幼女を抱きしめて昼寝なんて前世じゃ絶対に出来なかった事も、この世界ではいくらでもできる。
幸せ過ぎて辛い。
というか死にそう。
「ねぇ、いい加減怒るよ?」
「…………じゃあ、お昼寝しよっか」
「そうじゃなくて!魚釣りとか、カエルを捕まえるとか」
「やめてくださいマジでえんりょしてくださいお願いしますなんでもしますから」
「………◆◆ちゃん?」
生まれ変わってから結構経つけど、まだ、この世界は慣れない。
エサに使った虫が入ってるであろう魚の内臓まで食べたり、カエルを食べたり、色々と、生活レベルが結構アレな感じになってる。
そりゃ、普通においしいんだけどさ?
なんていうか、こう、慣れない。
「というか、昼ご飯の後で遊んでもいいんじゃないかな?」
「今日は前夜祭でしょ?絶対、お手伝いさせられるじゃん」
「あ~………なるほどね?」
前夜祭というのは、謝狩祭の前の日にやる儀式みたいな恒例行事の事。
村の大人たちが森へ入って仕留めた中で、1番大きな獲物を謝狩祭当日に、2番目に大きな獲物を前夜祭に解体して食べることになっている。
ちなみに、去年の1位は気狂い猪とか言う体高6メートルクラスの巨大猪。2位は皇帝三首飛竜っていうキングギ●ラだった。
そんなモンスターを槍とか弓とか斧とかで仕留める狩人たち、マジでヤバイ。
まぁ。
「やったの、うちのお兄ちゃんなんだけどね」
「?」
「いや、去年の1位、お兄ちゃんだったじゃん?すごいなって思って」
「だよね~………一週間も山に篭ってるんだもんね」
「うん。帰ってきたら全力で丸洗いしてやる」
正直言って、狩りから帰ってきたお兄ちゃんとお父さんは笑えないくらい臭い。
私がオオカミ系の獣人だからか、鼻が利くせいで余計に臭い。
血とか内蔵とか頭から被るし糞尿の類の処理も徹底できないからか、しばらく鼻がバカになるくらい酷い臭いがする。
とはいえ、その汚れ仕事が無かったら、私たちは何も食べられない。
世知辛いかな、異世界。
アマゾンはもうちょっと頑張って異世界にも出店するべきだった。
「ねぇ、○○ちゃん。洗濯の準備、手伝ってもらっていいかな?」
「………遊んでくれないのに、私には働けと?」
「ゴメンってば!明日、明日は遊んであげられるから、それで許して!!」
「…………まぁいいや。絶対だからね?」
私にまたがったまま、ジト目で睨む○○ちゃんが、呆れたように笑った。
屈託のない満面の笑みと、柔らかな匂い。
思わずドキリとして、手を引かれて立ち上がる。
鼻が、風に混じるかすかな血の臭いを捕らえた。
大草原の向こう、緑に色づいた地平線と空の境界に、ゴマ粒サイズの影が見える。
噂をすれば影というけど、本当に帰ってきた。
とびっきりの笑顔を見せて、尻尾をパタパタ振りながら走っていく○○ちゃん。
確か、狩人さんたちの中に○○ちゃんのお父さんがいたんだっけ?
私と違って中身は年相応のはずだし、そりゃ、久しぶりに家族が帰ってきたら、ああもなるか。
思いっ切り背伸びして。
「………洗濯の用意しないと」
家に向かって全力で走りだして、足がもつれて盛大に転んだ。
「………なぁ、◆◆。ここまでしなくてもよくないか?」
「そうだそうだ。疲れてるんだから、酒を飲んで寝るくらいはァアイタタタっ!?!?」
「お兄ちゃんも父さんも、文句言わないの!!昼ご飯減らすよ!?」
余計な事を言った父さんの傷口に消毒用の酒を染みこませた布を押し付けて、血を拭う。
大きな背中の中ほどに出来た、結構深めの傷が、わずかに化膿して酸っぱ臭い臭いを放っていた。
膿んでいた部分をナイフで削ぎ、気持ち悪い感触。
磨り潰して糊状にした薬草を塗りこんで布を当てて、包帯で巻く。
お母さんから教えてもらったこのやり方も、最近随分とこなれてきた。
こんな雑なのでいいのかと最初は思っていたけど、夢喰い狼は生まれつきだいぶ頑丈なようで、2日もあれば傷が塞がっていたりする。
「母さんも、何とか言ってくれよ」
「自分の娘にやり込められるような情けない男が何か言ってますね」
「母さん!?」
体長3メートルを超えるであろう大男がコミカルな悲鳴を上げて、妻──────見た目14歳の少女に縋りつく。
あいかわらず、いつ見てもロリロリしい。
この見た目で2人産んだ経産婦っていうのが、この世界で一番のファンタジーだと思う。
………父さんの名誉のために言っておくと、夢喰い狼の女性は、基本的に小柄らしい。
前世でチビだった分、今世で報われてほしいなんて思っているけれども…………なんていうか、軽く絶望している自分がいる。
「大体だな。今回の傷だって、暴食山鯨を仕留めた時の、いわば名誉の負傷で」
「足滑らせて背中から落ちたの間違いだろ、父さん」
「なぁっ!?口裏を合わせろと、あれほど言ったのに」
「あ な た ?」
その瞬間、空間が凍り付いたような錯覚………いや、実際に凍り付いた。
夢喰い狼の能力、心象風景の具現化の暴発だ。
周囲の気温が急激に低下し、空中の水分が凝結して霜が降りる。
ガチガチと音がして初めて、私とお兄ちゃんと父さんの歯が鳴っていることに気づいた。
プレッシャーに負けて、大男が正座。
立ち上がったお母さんが、トコトコと近寄って。
「3カ月の禁酒で、よろしいですか?」
「まっ、待ってくれい!!3カ月は長すぎる!せめて1カ月、いや、2カ月で」
「なにか、文句でも?」
「…………なんでもないです、すんません」
とってもいい笑顔のまま、「5年連続で獲物を逃した役立たずに飲ませる酒はありませんからね」などと言って父さんを追い詰める光景に、少しだけ罪悪感がわいた。
5年前。
まだ幼かった私にせがまれて狩りに連れて行ったお父さんは、私を庇って、紫電纏う大猩々に手傷を負わされた。
それ以来、村長────村一番の狩人だった父さんは、まともな獲物を狩れなくなった。
たまに駆れたとしても、ウサギやヘビ、普通の猪がせいぜいだ。
それでも、父さんは諦めずに、毎年祭りが近くなると、大物狩りの準備をしだす。
狩りの指南や知識の伝授なんかできちんと村の皆の役に立っているし、腐ったりもしてない、立派な村長だ。
よその人からたまにかけられる酷い言葉も、ひとしきり笑い飛ばした後に殴り飛ばしてる、立派な父さんだ。
働き盛りの年で引退を余儀なくされるどころか感染病で死にかけて、そんな状況でも娘を一切責めずに、ただ笑って「無事でよかった」と抱きしめてくれた父さんが、私は好きだ。
ふと思い出したのは、一度死ぬ前、私がまだ幼かったころ。
前世の親父なら、きっと、折檻じゃすまない。
根性焼きとか冷水ぶっかけて放置とか飯抜きとか、もっと、えげつない事もされた。
記憶に鮮明に焼き付いているのは、喉の奥に、アンモニア臭くてしょっぱいモノをねじ込まれる感触。
よくわからないゴミに埋もれた部屋の隅で、顔と股座の穴という穴から体液と体液の混合物を垂れ流し、死んで腐った眼で天井を見上げてトリップする、下品な服の女。
息が詰まり、薄い喉の肉に肉が叩きつけられ、思わずえずきそうになったのを、必死になって堪える。
目の前がチカチカと明滅して、荒い息遣いと、ヒートアップするピストン運動。
唸るような悲鳴を最後に、口の中に、青臭いものがぶちまけられて。
「おい、◆◆!!しっかりしろ!!」
痛いくらいに肩を握りしめる、太く分厚く、節くれ立った指先の感触。
………少し、意識が飛んでた。
ふるふると顔を振って、心配そうに私を見つめる皆の顔。
家族の顔。
1つ、深呼吸をして。
「ゴメン。父さんの体臭がキツくて、つい」
「………なぁ、酷くないか?」
うなだれる父さんと、それを見て笑うお兄ちゃんと母さんに釣られて、思わず笑ってしまった。
思いっ切り笑って、笑って、お腹がよじれて息が出来なくなるくらい笑って、少しだけ、救われた気がした。
調子に乗ったお兄ちゃんが父さんの真似をして拳骨を喰らい、更に笑う。
安心、しているのだと思う。
今の私は、これ以上ないくらい安心している。
この世界には、私を傷つけるものなど何もない。
酒と薬と賭博に嵌って、自分の娘を暴力と獣欲のはけ口にしたあげく、ヤクザに沈められるような人間も。
そんなクズに依存して娘を嬲り、行為中のオーバードーズでくたばるようなアバズレも。
6歳の子供を追いかけまわすような反社もいない。
養子だからというだけで火のついたタバコを押し付けてくるような同級生も。
私を犯人に仕立て上げて、学級費を自分の懐に入れるようなクズも。
そんなクズの言葉を真に受けて、私の言い分を聞きもせずにぶつような養父も。
人の事を散々に弄んだあげく、片玉を切り落とされた程度で泣きわめくような腑抜けも。
金をやるから抱かせろと、豚を見るような眼を私に向けた、薄らハゲの上司も。
背後から刺されて交差点の真ん中で呻く私を、助けようともせずに録画するカスも。
電車の来る駅のホームに私を突き落として薄ら笑いを浮かべる、気弱そうなメガネの学生も。
誰も、この世界にはいないんだから。
「ほら、◆◆さん、お肉いりますか?」
「だからもうお腹一杯だってもきゅっ!?」
夜を照らすかがり火にパチパチと脂が弾け、食傷気味の嗅覚を遠慮なく揺らす、肉の焦げる匂い。
ギブアップしようとして、トングで掴んだ肉を口に押し込まれた。
前夜祭、儀式終了後の宴会。
大甕に入ったお酒を回し飲みする大人たちと、少し離れたところで焚火を真ん中に輪になって暇をつぶす子供たち。
口の中の肉を咀嚼し、飲みこんで。
「あの、アキュードさん。私、もういいです」
「何言ってるんですか。好き嫌いしてると背が伸びなくなりますよ?」
「だからそんなんじゃなくて」
「いいからいいから。どんどん食べてください」
さっきからやたらとお肉を推してくる、ひげ面の中年。
ベレー帽みたいなデザインの帽子と、ダボダボした麻の服。
頑丈そうな靴を履いて、背中には、普通の大人2、3人分はありそうなビックサイズのリュックサック。
アキュードっていう名前の、たまに村に来る行商人さんだ。
強力な魔物の牙や爪など、あまりかさばらずに高値で売れるモノを買って、物々交換で塩や胡椒、本や雑貨、たまに砂糖なんかも置いて行ってくれる。
前世の日本ならいざ知らず、この世界では、塩や砂糖、特に香辛料なんかは、同じ重さの金銀に匹敵するほどの価値を持つ。
それでも私たちの狩る魔物の素材の方が高価だというのだから、夢喰い狼がこの世界でどれだけ強いのか、空恐ろしい気分だ。
というか、前に一度人間の街まで行った時、私たちの村の側をうろついてる弱めの魔物の素材で作った大剣が、バカみたいな値段で売られてた。
なんでも、年上の男の子たちがカブトムシを捕まえるノリで狩ってるような魔物が、他の場所じゃ、そのあたり一帯の主を張れるような連中らしい。
もうね、どこの戦闘民族かと。
そんな魔境………辺境に位置するこの村に定期的に来てくれるアキュードさんもたいがいだけど、まぁ、それだけ商魂たくましいってことなんだろう。
ブドウ───みたいな植物系の魔物───のジュースをチビチビ飲みながら、そんな事を考えて。
「おう、アキュード。めじらしいな、お前がこの時期に来るなんて。いつもは、あと1月はおそいだろ」
背後からガシッと肩を掴まれた。
振り返って、ぐでんぐでんに酔っぱらった父さんに抱きかかえられる。
子供がされるみたいに肩車されて、あぐらをかいて座り込む父さん。
上下に揺れて、気分が、悪。
「どうにも、帝国中央の方がキナ臭くて。逃げてきました。忠告ついでに、しばらくは、この村に厄介になろうかと」
「きな臭い、だぁ?だったらなおの事、稼ぎ時じゃねぇか。残った方がよかったらろ」
「…………ここだけの話ですが、皇帝陛下が、亜人種族に対する宣戦布告をなさいました」
「………続けろ」
「あと半年もすれば、このあたりにも帝国軍が侵攻してくるかと。国外に逃げるべきです」
「証拠はあるのか」
「大樹海の妖精族たちを中心とした反帝国同盟が、モーン帝国北部の草原地帯に築かれつつあります。彼らから、同盟への参加を依頼する旨の書簡を」
「見せろ」
ゆるみ切った赤ら顔から一瞬で狩人の顔に戻った父さんが、アキュードさんに渡された手紙の封を爪で掻き切って、中身を検める。
目を通し終えたのか、鷹揚にうなずいた父さん。
「………なるほど。確かに、エルフの秘印が捺してあるな」
「はい。族長の娘殿から直々に印を戴きました」
「わかった。急ぎ、出立の準備をしよう」
「…………どういうこと?」
「祭りは中止だ。できるだけのメシと武器だけ持って逃げなきゃいけなくなった。◆◆、母さんの準備を手伝ってやってくれ」
「うん、わかった」
「それなら、私も手伝いますよ。荷造りは得意なんです」
母さんの所に行こうとして、一緒についてくるアキュードさん。
ベーコンと干し肉はマストとして、塩と砂糖も持っていくはず。
頑張って作ったぬいぐるみは………流石に持っていけないかな。
………いや、待てよ?
アキュードさんに交渉したら、持って行ってもらえるかもしれない。
テントへ向かう道中、アキュードさんの方を振り向いて。
「ガッ、ァアアああぁぁアアァァアァァ!!!!!」
獣が吼えた。
大音声の咆哮と、ズドンと地を揺らす震脚。
まさしく獣そのものといった様子で父さんが跳び、すれ違いざま、アキュードさんの胴体を半分以上抉っていった。
反転し、振り回すような拳が、アキュードさんの首をへし折る。
わけがわからないといった顔のまま、クラリと地面に倒れ込むアキュードさん。
「父さん!?なにやって」
「おい、お前、生きてるだろ。タヌキの死んだふりの方がまだマシだ」
「………おかしい、ですね。完璧な擬態のはずだったのですが」
私の目の前で、アキュードさんが立ち上がった。
全身から血を零したまま、いつもと同じ、でもどこか寒くなるような笑顔。
「お前から受け取ったあの手紙に捺してあったエルフの秘印ってのはな、いくつか種類があるんだよ。新月と蛇、アザミの花の紋章の意味は、致命的な敗北と非常事態、そして危機の知らせだ。多分だけどよ、反帝国同盟なんざ、最初っからありゃしないんだろ?おおかた、エルフの族長を拷問かなにかして吐かせたんだろうが、それくらいの事は想定済みだ。…………てめぇがなんだか知らねぇが、家族のためだ。おとなしく死んでくれ」
「待って、お父さん、この人、アキュードさんじゃ」
「この皮の持ち主なら、とっくに腐ってますよ。かわいいかわいい、狼のお嬢さん?」
「ひぃっ!?」
気持ち悪い事を言ったアキュードさんが、取り出したナイフで自分の顔を剥ぎだした。
べり………べり………と嫌な音を立てて、アキュードさんの皮が、剥がれ落ちていく。
背中が凍りそうなおぞましい光景に、口から変な悲鳴が漏れた。
おもわず、脚が竦んで。
「死になさい、賢く愚かな、半獣の王よ」
「◆◆、早く逃げろッ!!」
跳びかかってくる怪人と、タテガミを逆立てて牙を剝く父さん。
激突音が響く中、全力で逃げだした。




