I’ll Be Back
「しっかし…………どうすっかな、コレ」
デロリと不気味に横たわる死体の上で、溜息をつく。
バケモノに巻き込まれて大穴に落ちたが、なんとかコイツをクッションにして生き延びた。
コイツの体があっちこっちにぶつかってくれたおかげで衝撃が殺されたのと、フッカフカの毛皮に助けられたのだが………………上を見上げれば、遠くかすみ、やたら小さく見える入口。
少なくとも、容易に戻れそうにはない。
というか、どうやって復帰しろと。
この状況からでもはいれる保険があるんですか。
ありませんかそうですか。
それはともかく。
「…………腹が減ったな」
クルクルと唸り、空腹を訴える俺の胃袋。
辺りを見渡せば、洞窟じみたいくつかの横穴と、黒と緑色の水晶に覆われた大空洞。
薄緑色の謎鉱石が燐光を発してくれているおかげで周囲の視界は確保できているが、それも、俺の周りにしかない。
奥の方は、見通そうとするだけ無駄だろう。
下手に動いてヤバいバケモノ、それこそ、コイツの親玉みたいな怪物と出くわしでもしたら、今度こそ死ぬ。
手ごろなところにある食えそうなものは、一つだけ。
諦めて口をつけた。
「……………チクショウ、納得いかねぇ」
怪物は、めっちゃ美味しかった。
食感こそ、まるで分厚いゴムタイヤを噛んでいるようだったが、それを補って有り余るほどの圧倒的な旨味と満足感。
塩気の薄いジャーキーのような肉と、牛筋の煮凝りのような内臓。
少しばかり生臭さいが、そんなことが気にならないくらいに旨い。
結局、骨と毛皮以外の全部位を、かなりの短時間で腹に納めてしまった。
どうやら、この体は質量保存の法則が適用外らしい。
俺自身、わけのわからない生物なわけだし、そのあたりを気にしても意味はないだろう。
体積を超えて喰ったせいか、少しではあるが、体が成長したように感じる。
ほんの少しだけ鋭くなった爪と、厚くなった甲殻。
若干ではあるが、目線も高くなった。
これが成長期って奴か。
そんなことを考えながら、咥えた緑鉱石を運ぶ。
鉱石の破片をそっと降ろし、後ろを振り返れば、ヘンゼルとグレーテルのパンくずよろしく、等間隔でおかれた鉱石片。
大空洞の壁面に埋まっていた鉱石を砕いて横穴に並べ、視界を確保する。
暗闇から急襲でも喰らってそのままお陀仏とか、シャレにもならん。
ヤバげな怪物───恐らくは生物───がいた以上、同じ種族の、それもアイツより強力なのがいてもおかしくない。
アイツが成長途中の幼体でないと言う保証はどこにもないし、さらに言えば、アイツより強い別の種族の怪物がいる可能性もある。
しきりに周囲を警戒していた辺り、圧倒的な頂点捕食者というわけでもないだろうし、それこそ、食物連鎖ピラミッドの最底辺かもしれないんだ。
もしそうだった場合、今の俺に対抗手段はない。
できるだけ慎重に、だが余力が残っているうちに活動するしかないのだ。
「なら、やるしかないよな?」
重たい体を引きずって鉱石を運び、明かりを確保して、また鉱石を置く。
終わりの見えない作業を繰り返すこと、しばらく。
鉱石を取りに行こうとして、後ろ脚が空を蹴った。
重心が揺らぎ、バランスを崩し、後はもう、なし崩し。
体育マットの上に飛び降りたような衝撃を2度、3度と感じ、顔面から着地。
足を滑らせて崖から落っこちた先は、黒水晶とビルに覆われた大空洞だった。
「いやはや………なんなんだろうな、コレ」
痛む体をこらえて起き上がる。
幸いにも、フカフカの毛皮とまんまるボディのおかげで目立ったダメージは無し。
行動するのに、さして問題にもならないだろう。
黒水晶の群れを見上げてため息を零し、誰もいない無人の街を行く。
天井からビルが生えているという奇景だが、なんだかんだファンタジーに慣れてきたせいかそこまで驚きがない。
構造的には、俺が最初に起きた場所から大穴を降って横に進んで、更に落っこちて辿り着いた感じか。
ふと思い出したのは、どこぞの新世紀のジオフロント。
SFならよくある光景だが、違いを上げるとすれば。
「ッ…………くっせぇなぁ」
さっきから鼻を衝く、圧倒的な死臭。
何世紀も堆積したヘドロか、さもなくば腐乱した古代の墳墓を想起させる悪臭。
ここが地獄か。
救いがあるとすれば、その臭いの元凶が俺の目の前にない事だけだろう。
あったら間違いなく卒倒してる。
「というか、マジでどこなんだよ、ここ」
多分ほぼ間違いなくきっと地球ではないと思いたいが、それすらも確証がない。
それこそ、世界が核の炎に包まれて3000年後とか、ファーストインパクト後とか、バイオなウィルスがばらまかれて人類が滅亡した後とか。
…………それにしては、俺の体がファンシーすぎる気もするが、ここがどこかわからないことに変わりはない。
できるだけまともな感じの世界であってほしいところだが、周りの状況からして期待はしない方がいいだろう。
どうあがいても絶望的に臭い以上、ここから脱出するのが最善策。
はやくこの破滅的悪臭から逃れないと、俺の鼻が死ぬ。
なんというか、もはや可視化しているのではないかと思えるほどに濃密な悪臭を可能な限り避けて、わき目も降らずに突っ走る。
地獄じみた空間だが、都市型の構造からして、出口がどこにもないなんてことは無いだろう。
ならばさっさと逃げるのみ。
本能のまま、臭気がわずかに薄まったところへと、全力で駆けて。
閃光。
「あっぶなぁっ!?」
槍のように繰り出された黒の一突きを、スレッスレで躱す。
わずかに刈り取られ、宙を舞う自慢のフサフサ。
グルリと反転して突きこまれた切先を避け、眼前で開く大顎。
口腔の中央で血走った眼玉が俺を睨みつけている。
粘ついたように動きが停滞した世界の中で、必死になって思考を巡らせ。
「おっりゃぁあ!!」
身を翻して後ろ脚で目玉を蹴りつけ、反動で後ろへ跳ぶ。
相当痛かったのか、よくわからない悲鳴を上げてのたうち回る目玉お化け。
粘液状の体のあちこちから牙だけが生えている辺り、真っ当な生物ではなさそうだ。
というか、どんな進化したら口の中に目玉ができるのかものすごく気になる。
気になるが、ここは逃げ一択。
踵を返して回れ右、全速力で走りだし。
「おっぶぇあ!?」
チュドーンと放たれたレーザービームを紙一重で回避。
ビル群の隙間から顔をのぞかせる、例のバケモノ。
一瞬アイツかと思ったが、流石に別個体であってほしい。
骨から全身を再生させる怪物とか悪夢でしかない。
前門のゲテモノ後門のバケモノ。
臨戦態勢の怪物どもを前に、灰色の脳細胞が回転し。
ゲテモノの触手がバケモノの巨体を穿ち、それとほぼ同時に、バケモノのレーザービームがゲテモノを貫通して爆ぜさせた。
急所をやられたのかぐったりと動かなくなったゲテモノを、ジョリュジョリュジョリュと凄まじい音を鳴らして啜るバケモノ。
ものすごい勢いで正気度が削られていく。
………………なんにせよ、奴さんの興味が俺にないのなら好都合か。
息をひそめ、ゆっくりと後ろへ下がり、直後、俺を捉えた金色の瞳。
……………まぁ、そうやすやすと見逃してくれないか。
どうやって逃げようか思案を巡らせ、視界の端に映る、地面に空いたマンホールのような穴。
チャンスは一瞬、選択肢は1つ。
覚悟を決めて。
「─────ッ!!」
爆速の頭突きをギリッギリで躱し、力任せに振るわれた爪を跳び越える。
勢いあまってビルに叩きつけられた巨体が、落下してきたガレキに押しつぶされる。
もうもうと舞う土煙に、気持ち悪く藻掻く四肢。
奴が復帰する前にマンホールへ飛び込む。
曲がりくねった道を突き進み、せまっ苦しい裂け目に頭をつっこんで辿り着いたのは、これでもかとばかりに金銀財宝が詰め込まれた宝物庫だった。
「しっかし…………なんなんだ、ここは?」
大きな体育館ほどもある広々とした空間に、これでもかと積み上げられた金貨の山と、数を数えるのもバカらしくなるような宝冠や腕輪、刀剣などの装飾品の数々。
金で作られたと思わしき大杯には、見たこともないほどに巨大な宝石が雑に盛られている。
壁に掛けられた翡翠の小盾と、一目しただけで安物ではないとわかる漆黒の大鎧。
華美な装飾の施された棚に置かれた薬瓶と、なみなみ注がれた薄桃色の液体。
部屋全体に金でメッキの施された空間を、天井の縞瑪瑙から降り注ぐ透き通った麗光が照らしていた。
……………雰囲気から察して、宝物庫にでも出たのか?
ともかく、ここからでは部屋の中がよく見えない。
横穴────宝物庫の壁に空いた亀裂から身を乗り出して、歩き出す。
金貨をかき分けながら這い進み、宝箱を乗り越える。
動くたびに白い煙のようなものがまき散らされ、盛大なクシャミ。
嫌な予感がして俺の腹を見れば、黒色の毛皮が灰色に染まっていた。
なんというか、思っていたより埃まみれだ。
後ろを振り返れば、床に積もった埃の上に俺の足跡がくっきりはっきりついていた。
不思議な力で保護されているのか、宝物には経年劣化の様子も見受けられないが……………ここを根城にするのは、いささか無理がありそうだ。
そのわりに天井の明かりはちゃんと点いているので、別電源か、そもそも動力を必要としない光源なのかもしれない。
……………どっちにしろ、あまり深く考えなくてもいいのか。
深く考えるだけ、あほくさくなってきた。
大事なのは、ここに置かれている物品が食用に適さないであろうことだけだ。
もしかしたら食えるのかもしれないが、大博打をうつ気にはなれない。
どうしようもなく追い詰められた時の最終手段でいいだろう。
そんなことを考えながら歩き回り。
「うぉわっ!?」
細く乾いたナニカに足を取られた。
下を見れば、誰かさんの頭蓋骨。
仕立てのいい深紅の貴族服と、恨めしそうに俺を睨むがらんどう。
腰抜けバックステップで距離を取り、柔らかいものを踏んですっ転ぶ。
骨だけとなった腕に握られた、革張りの日記帳か図鑑らしき書籍。
ここに来て初めての、人間らしきものの残骸と、知性の痕跡を見た。
………題名も書かれていないが、見てみる価値はあるか。
どうせ文字は読めないのだろうが、ある程度内容の推測ぐらいはできるだろうと目を凝らし。
「…………なんだこりゃ?」
見開きページに白黒で描かれた、巨大なバケモノの姿。
地を掴む四足と鋭い鉤爪。
全身を覆う頑強そうな鱗と、頭頂に捻じれた大角。
細長く、蝙蝠のように折りたたまれた両翼に、強靭な筋肉を内在した尾。
世間一般に言う、ドラゴンというやつだろう。
それよりも、問題なのは。
「…………なんで日本語で書いてあるんだよ」
日記の文字が、なぜか日本語で書かれていた。
こんな、明らかに日本ではない場所の宝物庫に倒れていた仏さんの日記が、日本語。
意味が分からない。
意味が分からないが、そこにある以上納得するしかない。
おとなしく諦めて、読み始めた。
「灰龍グラン、か」
宝の山の上に寝そべり、大きくため息をつく。
日記に書かれていたのは、仏さん────この国の国王だったらしい────の回想と、この国の滅亡についてだった。
日本で一度死んだ仏さんは、この国の王家の11男として転生したらしい。
なんやかんやで現代知識をフル活用して王位を簒奪したまではよかったが、資源を求めて領地の拡大に乗り出し、龍の子供を捕獲した結果、灰龍グラン…………あたり一帯を支配していた親龍の怒りを買って国ごと全てを焼かれたのだとか。
持てる全戦力で迎撃に出るも、龍鱗と魔術障壁を突破してダメージを与えることはできず、龍の魔術と龍の息吹で、王国の防衛本部────第二次世界大戦後相当レベルの近代化を遂げていた大国の正規軍────が蒸発。
いざという時の要塞兼地下壕として造られた宝物庫にかろうじて逃げ込み、居座った灰龍に出口を塞がれ、備蓄の食糧が尽きて餓死したらしい。
日記の最後の方に書かれていたのは、振るえる文字で書かれた『龍にだけは手を出すな』という妄執じみた一節と、龍を描いた精密画。
それが。
「…………どう見ても俺なんだよなぁ」
鹵獲したという子龍の絵図が、どう見ても俺だった。
5頭いたらしい灰龍の子のうち、捕まえたのは3匹。
残りの2匹は王都突入戦の際に討ち死に。
3匹の内の一匹が俺だと考えて、間違いないだろう。
本来なら龍であるはずの俺の自認識がなぜ人間なのかはわからないが、そんなことはどうでもいい。
大事なのはこの世界が地球ではないということと、俺が恐らく龍の子供であるということだけだ。
そこに、帰還の可能性がある。
矢弾を防ぎ、トムキャットを撃ち落とし、一撃で大国を焼き払い滅亡させるような魔術があるのなら、ひょっとすれば、次元を超えて別の世界へと跳躍する術だって、あるのかもしれない。
日記の後方に書かれていたのは、龍の魔術式と人間の魔術式の対比図だった。
これを学べば、俺もきっと魔術が使えるようになる。
仏さん日記の内容では、人に化けて人間社会に潜伏して生活する龍もいたようだし、力をつけて人間の間に隠れられば、世界の隔たりを乗り越える魔術を体得できる可能性は十分にある。
脳裏に浮かんだのは、『向こうに着いたら連絡しろ』と、しつこく繰り返してきた妹の顔。
…………あぁ、そうだ。
そうだよ。
俺は、連絡しなければならない。
人間以外の体に入ったからって、そう簡単に、『はいそうですか』なんて諦めてやるもんか。
ほんのわずかでも帰還できる可能性がある以上、諦められるわけがない。
何千年かかろうが、何万年かかろうが、知ったこっちゃねぇ。
必ず、必ず元の世界へ帰ってやる。
次回予告
地球に帰還し、妹の頭をナデナデするため、魔術の習得にいそしむ主人公。
長きにわたる研鑽と鍛錬の果て、彼は、ある一つの魔術を編み出した!!
「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法、エクスプロージョン!」
次回「ジョンッ!!」