怒髪天お兄ちゃん
短いって?クソ長かったのを分割したんだよ、俺は悪くない。
学院本校舎裏のほとんど人気のない場所に、そいつらはいた。
ズタボロのナナを取り囲む、赤服12,3名。
鼻を殴られたらしく、膝をついてだらだらと血を零すナナのこめかみに、容赦ない蹴りが放たれる。
ゴッと鈍い音が鳴った。
ほとんど無抵抗に草むらへ倒れ込み、赤服連中を見上げる目に映っていたのは、怯えと恐怖、諦観。
……………俺はずっと、ナナが人並み外れて優しくて不器用な奴なのだと、そう思っていた。
だが、違った。
アレは、あの目は、徹底的に屈伏させられた人間の目だ。
打ちのめされ、心が折れて、逆らうことなど考えることもできなくなった人間の目。
無力感に押しつぶされた、負け犬の目。
散弾銃も当てられないほど不器用なのではなく、どのような形であれ、他人に歯向かうのがどうしようもなく恐ろしいのだ。
相手が自分よりも弱いからとか、立場が下だからとか、もう理不尽な思いを我慢する必要はないとか、訓練だからとか、そんな理屈でどうにかなる問題じゃない。
恐らく、相手が薄汚い物乞いの爺だったとしても、恫喝されたらナナは抵抗できない。
高圧的な態度や理不尽な暴力が、アイツの意識の根幹に、根本的な恐怖の象徴として根付いている。
それに抗う手段は1つ。
頭を丸め、言いなりになり、歯向かわないこと。
俺が兄と呼べといった時にやたら嬉しそうだったのも、なんてことはない、ただ単に、庇護者が欲しかったから。
ずっと欲しかった自分を守ってくれる存在がやっと手に入ったことが嬉しかったからだ。
そんなことにも気づかずに、なにが、「身の危険を感じる」だ。
まったく。
「テメェのどこが兄なんだよ、ダボが」
「あん?なんだよお前、なんか文句あ」
ガンつけてきやがった間抜けの顔面に一発叩きこんで、剣の柄を握ろうとした右の手首を砕く。
悲鳴を上げたソイツのタマを蹴り上げて、前かがみになりかけた顎に一発。
首根っこを引っ掴んで横に放り投げ、ナナを引き起こし、抱きしめた。
「………あの、クロ兄さ」
「悪い、ナナ。ちょっとだけ辛抱してくれ」
キョトンとしたナナの目を掌で覆い、地面に干渉。
何やら罵声を上げて突っかかってきた連中の体を音も無く地面に沈め、そのまま口と鼻に土を詰めた。
後で日常生活に支障が出る程度に精神破壊しておこう。
今は、ナナのフォローが最優先だ。
「ナナ。大丈夫だったか?」
「えっ、いや、その」
「とりあえず、傷を治した方がいいな。むず痒いのは我慢してくれ」
無詠唱で無痛と疑似再誕を発動し、ハンカチで血を拭う。
制服の汚れと損傷が目立つ。
帰ったら修復しないと。
頬を拭ってやっていると、ナナと目が合った。
どこか怯えの混じった、戸惑いの眼。
…………少し、雑過ぎたな。
呼吸を整えて。
「あの、クロ兄さん。何を」
「…………すみません、ナナ。もっと早く、助けに来るべきでした」
「口調変わり過ぎじゃないですか!?」
「そうでもないかと。……………ナナ、貴女なら、あの程度のチンピラを蹴散らすぐらい、どうということもないはずです。なぜ、抵抗しなかったのですか?」
正面からナナの瞳を見据え、どこか後ろめたさを感じたように目が背けられた。
…………やっぱり、俺の考えは正しかったらしい。
「……………俺は、ナナの過去に何があったのか知りません。ですが、助けを求められれば助けることは出来ます。リーンお嬢様やカティア様、ミカ様やアサカ様、フィリアも、貴女が助けを求めるのなら、手を貸してくださるはずです。貴女はもう少し、自分の気持ちに自由になるべきかと」
「………?」
「あの程度の実力も権力も財力もない輩に委縮する必要はありません。血みどろになるまで叩きのめして磨り潰すくらいでちょうどよいのです。実際、1人くらい殺しても問題ないんですよ?」
「いや、殺しはダメでしょう」
「バレなきゃ犯罪じゃない。以前、リーンお嬢様が仰っていました」
「なに言ってるんですかご主人様!?」
実際、素晴らしい言葉だと思う。
どんな凶悪犯罪をしても、証拠が無ければ捕まらないのは当たり前の話。
当然のことではあるが、その当然に気づける人間は驚くほど少ない。
ある女憲兵が言ったセリフとのことだが、きっと、とても賢い人間だったのだろう。
それはともかく。
「………………そうですね、自分の嫌なことは拒否するくらいでいいと思いますよ?リーンお嬢様は、自分の家族が傷つくことを望んでおられません。自分がどうしたいかわからないのであれば、自分の身を守ることを第一に考えるべきでしょう」
「家族…………ですか?」
「ええ。その証拠というわけではありませんが、貴女は俺のような首輪をしていないでしょう?身分がどうであれ、リーンお嬢様は貴女のことを、奴隷ではなく家族だと思っていられるのではないかと………………お話はこれくらいにしておきましょうか。皆様を医務室で待たせてしまっていますし、帰ったら夕食の準備と書類整理もしなければ。ナナ、手伝っていただけますか?」
「………なんていうか、クロ兄さんって働き過ぎじゃないですかっ!?」
呆れたような笑顔を零したナナが立ち上がり、透明化してある尻尾を踏んですっ転んだ。
草むらにぽすっと尻もちをつき、照れ隠しのようににへらと笑うナナ。
……………運動神経が壊滅的なのが素じゃないことを祈ろう。
手を取って助け起こして。
「あの、おんぶしてもらって、いいですか?」
「…………かしこまりました、ナナ」
自分で歩けるだろと言いかけて、自由にしろと言ってしまった手前、口を噤む。
手を取った体勢からお姫様抱っこして、そのまま1回転させて背負う。
背中に押し付けられる柔らかな感触に若干ドギマギしつつ、そのまま校舎の方へ歩き出し。
「クロ兄さん。私、家族の記憶が何もないんですよ」
「………そう、でしたか」
「ものごころがついた時には、研究施設に収容されていたので。同族─────私以外の夢喰い狼を見たこともないですし、お母さんとかお父さんとかと一緒に居た記憶もなくて。だから、その、なんて言うか………………クロ兄さんやご主人様が私の家族になってくれるなら、とても、嬉しいです」
「ありがとうございます、ナナ。…………今日の夕食で、何か食べたいものはありますか?要望があれば作りましょう」
「…………なんか、クロ兄さんって、お兄さんよりはお母さんみたいですよね」
「屋敷の管理業務はこなしていますが、俺はあくまでもリーンお嬢様の道具です。どちらかというと、家政夫の方が近いように思います」
「………あの、冗談をまじめに返されると、いろいろ困るんですけど」
「すみません、ナナ。冗談だとは思いませんでした」
「ちょっと酷くないですか!?」
俺の背中で悲鳴を上げるナナ。
どこかわざとらしい、楽しそうなソレをBGMに、足を進める。
…………なんというか、妙な気分だ。
どこかむず痒いような、懐かしいような、不思議な感覚。
だが、悪い気はしない。
………まぁ、守るべきものがリーンお嬢様以外に1つ増えただけの話だ。
俺が全員守ればそれで済む。
「遅いじゃない、クロ。どこで油を売っていたのかしら?」
「申し訳ございません、リーンお嬢様。少々、遅れま」
「ご主人様!!」
待ちかねたのか、わずかに表情を歪めながらもこっちへ来ていたお嬢様が、俺の背中を蹴って跳び込んだナナに押し倒される。
一瞬、大型犬にじゃれつかれる飼い主が重なって見えたのは、ナイショの話。
一応、ナナの種族は狼系だったはずなのだが………まぁ、犬も狼も大差ないか。
「おやおやおや?ワンコ君、暗い顔してどうしたの?もしかして嫉妬?」
「…………それは、誰に対しての嫉妬でしょうか、カティア様」
ニヤニヤ笑いを浮かべて俺の隣に立ち、そんなことを言うカティア様。
視線の先では、リーンお嬢様とナナが戯れていた。
ミカ様とアサカ様は…………匂いから判断するに、すでに学院内にはいないようだ。
それぞれの家庭の事情もあるのだろうし、帰宅されたのだろう。
唾を飲み、わずかに乾いた唇を湿らせて。
「そりゃあもちろん、ナナちゃんへの嫉妬だよ。ほら、シロ君もナナちゃんもおんなじペット枠なんだしさ、可愛がられてる後輩に対して、妬みとか」
「誰が、ペットだと?」
こめかみの辺りで、何かがブッちぎれた。
軽くキレかけた脳味噌を精神力で強引に冷やし、呼吸を整え。
「…………カティア様。俺は、あくまでも、リーンお嬢様の道具です。断じて、ペットではありません」
「君もナナも、同じ奴隷なのに?」
「愛玩犬と番犬の違いです」
「というと?」
「俺は、リーンお嬢様の道具です。あの方が望まれた通りに働き、必要とあれば、あの方のために自分の命を差し出すのが、俺の役目です。ですが、ナナは違います。ナナの役目は、リーンお嬢様のお傍にいることだと、俺は思っています」
唯々諾々と命令に従う俺とも、対等な関係になるミカ様やアサカ様、カティア様やフィリアとも違う、互いに信頼を抱きつつも対等ではない、半ば家族のような関係は、きっと、リーンお嬢様の糧になる。
俺のような道具ではなく、リーンお嬢様の一番傍で支えになってくれる存在は、かけがえのない価値を持つ。
「……………つまり、君はナナちゃんに嫉妬してるわけではないと」
「ええ。自分のことを兄と呼んで慕ってくれる人間を嫌えるほど、腐っておりませんので」
「わかった。疑ってゴメンね?」
「いいえ、こちらこそ、疑念を抱かれるような事をしてしまい、申し訳ございません」
「それに、ワンコ君って仕事に私情を挟むタイプじゃないでしょ?」
カラカラと愉快そうに笑うカティア様に頭を下げた。
ふと、ナナの方に視線をやれば、リーンお嬢様とまだ遊んでいた。
………そろそろ、屋敷に帰った方がいいだろう。
2人に声をかけようと、歩き出そうとして。
「…………カティア様、1つだけ訂正させていただきます」
「どうしたの?」
「俺は、リーンお嬢様の盾です。お嬢様を守り、庇護し、障害となる全てを退けるのが、俺の存在意義です」
お嬢様に仕え、血の一滴、魂の一欠けらまでもを、あの方のために使い切って死ぬ。
俺のような愚図には身に余る栄誉だ。
リーンお嬢様の目的の礎となれるのなら、あらゆる要害は苦しむに値しない。
自分の本懐を果たして壊れる道具ほど幸せなものは、この世に存在しないだろう。
だが。
「道具は皆、俺こそが主の最優の道具だと思うものなのではないでしょうか?」
「…………君は、何を言っているのかな?」
「一番頼れる道具として主に信頼される以上の誉れなど、はたしてあるのか?………答えは、否でしょう。主の敵となる全てを粉砕し、蹂躙し、喰い尽くす、お嬢様にとって一番優れた道具でいたい。それが、俺にとっての私情です」
俺自身、この感情が薄汚いものであることは理解している。
御伽噺の老魔女のような、醜悪で、粘ついた、どうしようもない汚穢に塗れた、独占欲じみた悪感情にすぎない。
だが、だからどうだというのだ。
最も大切なのは、お嬢様をお守りすること。
それだけだ。
「…………なんていうか、リーン、めんどくさいのばっか引き寄せるよね」
「あら?呼んだかしら?」
「呼んでないよ」
呆れ混じりの溜め息を吐くカティア様を見て、リーンお嬢様が不思議そうに首を傾げた。
その後ろで、追従するように首をかしげるナナ。
可愛らしい。
いや、そうじゃなくて。
「お嬢様。そろそろ屋敷に帰るべきかと」
「わかったわ?カティ、また明日、会いましょう?」
「また明日。…………リーン、ちゃんとワンコ君に優「また明日です、カティアさん!!」………まっ、別にいいか」
相変わらず表情の読めない微笑を振りまいて校門の方へ行くリーンお嬢様。
カティア様が何か言おうとして、ナナに遮られて苦笑を零す。
…………割と真面目に、ナナに最低限のマナーを教えておくべきかもしれない。
どれから仕込んでいくか頭を悩ませながら、お嬢様の後を追った。
次回予告
一睡もせずにお嬢様の武器を続ける主人公!
疲労と徒労感に塗れながらも作業する彼は、1つの天啓を得て──────!?
「出来ました。コレが、汎用人型決戦兵器、ヱヴァンゲリヲンです」
「なにやってんですかクロ兄さん」
「あら?意外とスムーズに動くのね?気に入ったわ?」
「なにやってんですかご主人様」
「お嬢様のシンクロ率が、400%を超えています!」
「クロ兄さん!マズいですよ!!(著作権的に)」
次回「お嬢様強化パッチ」




