ニュービー!!
タイトル通りです。
「………これもダメだったか」
ヴァルハリエ家の地下に作成した、簡易工房。
お嬢様の奴隷として学院に通い、屋敷の管理をする傍らで武器を作り続けたが、どうもうまくいかない。
槍、刀、小剣、直剣、大槌、双剣、弓、拳銃、他にも色々。
面白い武器というのがどういうものなのか、まるで分らない。
「おい、ペット。根詰めるのもそんぐらいにしとけ。体壊すぞ?」
「問題ありません、フィリア。俺は基本的に眠らなくても活動できるので」
「……………お前、マジで大丈夫なのか?」
「ええ、まぁ」
やはりというか失敗した武器─────薙刀と呼ばれる極東の槍──────を壁に立てかけ、手渡されたサンドイッチを一息に食べた。
………タマネギと牛肉の煮物のサンドか。
甘辛いソースは少し食いなれないが、不思議と懐かしい味がする。
「美味しいですね、コレ」
「だろ?アサカのボウズから習ったレシピでな、確か…………ギュードンだったか?変わった料理だったが、パンに挟んでも旨そうだと思ったんだ」
フフンと鼻を鳴らし、自慢げに言うフィリア。
俺が飯を喰わなくても生きていけるというのは、言わない方がよさそうだ。
「…………で、それが新しく作った武器か?」
「はい…………ですが、どうもお気に召さなかったようで」
「ふ~ん………なんていうかよ、アプローチが間違っているんじゃないか?」
「というと?」
「お嬢は確かにイイ奴だが、まともじゃない。お前も薄々気づいてるだろうが、ありゃあ、狂人の類だ。頭のおかしい奴にマジメな武器を渡してもつまらないだけだろ」
「…………なるほど?」
言われてみれば、確かにそうだ。
お嬢様の圧倒的センスに、俺のような人擬きの龍が追い付けるはずもない。
要するに、まともな武器ではお嬢様の御眼鏡に適わないということ。
………よし。
「フィリア。しばらくの間、武器の製作は中断します。今まで迷惑をかけました」
「諦めるのか?」
「いえ、どのような武器がお嬢様に面白いと思っていただけるのか、しばらくの間設計に注力します。やみくもに突っ走っても、ロクな成果は挙げられないでしょう」
「自分でそうした方がいいと思ったのなら、そうしろ。お前も、たまには休んだ方がいいだろ」
気だるそうに背伸びをして、「んじゃ、オレはもう寝るわ」と工房を出ていくフィリア。
立ち上がり、壁に立てかけた200近い数の失敗作を眺め、工房の明かりを消した。
「……………リーンお嬢様。1つ、よろしいでしょうか?」
「なにかしら?」
「得意教科が偏り過ぎです」
学院から帰宅して、夕食後。
近々、中間試験があるというので、お嬢様の学力がどれくらいなのか調べてみたのだが…………
「数学の正答率が一割、帝国史が一割。魔術学が一割、工学に至っては一問も正解していません。少なくとも、このままでは成績は絶望的でしょう」
「文学と兵法は九割取れていたでしょう?問題ないわ?」
「筆記試験の結果は、全科目の成績の平均で決まります。この意味が分かりますか?」
「私が一位ね?」
「下から数えた方が速い程度の順位になるかと。…………数学はともかく、帝国史と魔術学は本格的に学ぶべきでしょう。いずれお嬢様が行動を起こすときに、間違いなく役に立ちます」
人民の心を掴み、皇帝に反逆するのならば、歴史と魔術に関する知識は、お嬢様の力になる。
お嬢様が直接行わなくてもいい事は俺ができるが、表舞台に立って動くのはリーンお嬢様だ。
俺ではない。
「…………わかったわ。学院の成績はどうにでも操作できるけれど、実戦ではそうはいかないのよね?」
「そういうことです、リーンお嬢様」
「とりあえず、お散歩に行ってくるわ?お留守番は頼んだわよ?」
「かしこまりました、お嬢……………は?」
次の瞬間、ひとりでに開け放たれた窓からお嬢様が飛び降りた。
夜のスラムの街並みへ、絹のような金髪が消えていく。
10秒ほどフリーズし、硬直し、お嬢様を追おうとして、心臓に走る動悸に似た痛み。
…………命令違反の罰則か。
これ以上追いかけようとしたら、ダメージが凄まじいことになりそうだ。
部屋に備え付けの呼び鈴を鳴らして。
「お嬢、こんな夜遅くに何の用だ………って、ペットかよ。用がないならさっさと寝かせて」
「お嬢様が脱走されました。追ってください」
「はぁ!?んなもん、お前が行けば」
「お嬢様に留守番を申しつけられました。俺は動けません」
「あぁっ、なんでこうなるんだよ!おい、ペット!事と次第によっちゃ、マジで給料上げてもらうかんな!?」
「リーンお嬢様を頼みます、フィリア」
「クソが!」
盛大に悪態をついたフィリアが、窓の外へ飛び出す。
毎度のことではあるが、リーンお嬢様の奔放さと行動の予測不能さは、目を見張るものがある。
だからこそお嬢様を慕うものがいるのだろうが、それが同時に、帝国転覆に対する妨げとなることもあり得る。
早急に、どうにかせねばならないだろう。
わずかに肌寒い夜の外気を吸い込み、ため息をついた。
「あの、リーンお嬢様。ソレは一体…………?」
「拾ったわ?」
「お嬢。ペットが聞きたいのは、そういうことじゃねぇと思うぞ?」
夜が明ける寸前で帰ってきたお嬢様は、なにか、汚れ切ったズタ袋のようなものを抱えていた。
屋敷のソファーを丸々占領して置かれたソレは、間違いなく。
「獣人、ですか」
灰色のボブカットから覗くオオカミの耳と、粗末な布切れ以下の貫頭衣の腰から生えた、これまた灰色のオオカミの尾。
剥き出しの手足に刻まれた鞭と思わしき青あざに、無数の切り傷。
特に酷いのがわき腹に出来た裂傷で、傷口が膿んだのか腐りかけている。
ぐったりと横たわったまま動く気配はなし。
体型から判断して女だとは思うが、腐敗臭と汚れがひどすぎてよくわからないことになっている。
とりあえず。
「お嬢様、元居た場所に帰してきてください」
「捨て犬扱いかよ!?」
「首輪をつけていない獣人ということは、密入国者か、違法な奴隷のいずれかです。見なかったふりが最適かと」
一七年前の獣狩り令以降、帝国内にいる獣人の6割が奴隷、残りの4割は違法な奴隷というのが、この国の現状だ。
獣人の移入を禁止してある以上、首輪をつけていないということは、違法な奴隷の可能性が高い。
あまり、関わるべきではないだろう。
「クロ。治せるかしら?」
「可能ですが…………よろしいので?」
「いいから、早くしなさい?」
「………かしこまりました、リーンお嬢様」
わずかにまぶたを震わせ、覚醒の兆しを見せていた獣人に無痛と酩酊をかけてしっかり眠らせる。
腐敗していた部位を、出力を限界まで落とした牙で切除、疑似再誕で再生させ、魔術で焼いて処理完了。
落ちた体力や感染症の類までは戻せないが、応急処置なら、これくらいで十分だろう。
「フィリア、この人をお風呂に入れてあげてください。俺は服とパン粥の準備をします」
「わかった。結構汚れてっから時間かかるぞ?」
「しっかり丁寧に洗ってあげて頂戴?それとクロ、温かい毛布と柔らかいベッドも忘れてはダメよ?」
「承知致しました、お嬢様」
頭を下げて一礼し、支持された命令を実行しに行った。
「うぅ………」
「お嬢様、いかがしましょうか?」
「………うん。可愛いわね?すごく可愛いわ?」
居間のソファーにちょこんと腰かけた獣人と、それに注視するお嬢様。
なぜか着せられたメイド服と、肩口の少し上で切りそろえられた銀髪。
不安げな表情と正反対に、のんきにピコピコ動くオオカミ耳の間で揺れるホワイトプリム。
灰色だと思っていた髪は、どうやら、汚れのせいで変色していただけのようだ。
それなりに整った顔立ちではあるが、リーンお嬢様には数段劣る。
とはいえ。
「やはり、絵にはなるな」
獣人を抱きしめて頭を撫でるリーンお嬢様を写真に収める。
いいものが撮れたな。
この写真一枚で、コイツを助けた価値は十分にあったように思う。
「あの、リーンさん。この子は一体」
「屋敷の前に捨ててあったから拾ったわ?」
「リーン女史、彼女をどうするつもりだ?」
「この屋敷で飼うわ?」
「またペットが増えるのか…………」
困惑するミカ様とアサカ様と、その隣でため息をつくカティア様。
リーンお嬢様がこの獣人を飼うつもりだというのは想定していなかったが、まぁ、問題はないだろう。
少しばかり頭が足りていないような気もするが、獣人という種族は、純血の人や妖精系の亜人を含めた人型の生物の中でトップクラスのタフネスを誇る。
俺やカティアの補佐、肉体労働の手としてみるなら戦力になってくれるはずだ。
とりあえず。
「今日皆様をお呼びしたのは、この獣人の扱いをどうするのかを連絡するためです。一応、非合法の奴隷商から購入した奴隷として扱い、学院には連れて行かないようにするのが最適だろうというのが、ヴァルハリエ家の結論ですが…………」
「確かに、それが一番よさそうではあるな。クロ殿だけでも騒動の元になるのに、獣人も一緒に連れているとなれば、今以上の厄介事を呼びかねない」
「そもそも、この子、話せるんですか?さっきから一言も発してませんし…………」
「えっと、わたし、しゃべれます、よ?」
ミカ様の疑問を、怯えたように揺れる声が遮った。
一斉に視線を向けられて、「ひうぅ!?」と悲鳴を上げる獣人の少女。
お前話せたのかとか、それならもっと早く喋れよとかいろいろ思うところはあるが。
「もしよろしければ、お名前をお教えいただけないでしょうか?」
「なまえ………ですか?」
「……………アナタが何と呼ばれていたか、です」
「………?」
名前が何かわかっていないらしく、コテンと小首をかしげた少女に問いかける。
ムムッと眉をひそめ、なにやら考え出す少女。
どうやら、名前がないらしい。
見殺し同然の状態で大公爵家の前に捨てられていた違法奴隷らしき獣人の少女。
文字にすると、いよいよきな臭く。
「ななじゅーななごー………です」
「………はい?」
「いのーせーたいへーきななじゅーななごーって、よばれていました。わたしのなまえ、だと思います」
少女が不安そうに呟き、場の空気が完全に凍り付いた。
いのーせーたいへーきななじゅーななごー。
異能生体兵器77号。
きな臭いとか、そういう次元じゃないな。
明らかな地雷な予感がする。
「お嬢様。いかがしま」
「クロ。早急に、管轄下の武器商人と奴隷商、研究者たちへの尋問をしなさい」
「承知致しました、お嬢様」
「カティア、悪いけど、この子の身体検査を頼めるかしら?」
「もちろん。ボクの屋敷に連れて行ってくれ」
「あの、リーンさん、なにが」
「ミカ、アサカ、この件は他言無用よ?」
「………わかった。なにか、マズい事があったんだな?」
「そういうこと。クロ、車を出しなさい?」
「かしこまりました、リーンお嬢様」
静寂から一転してガヤガヤと騒がしくなる居間。
獣人の少女を肩に担ぎ、出来るだけ揺らさないように気を配りつつガレージへ全力ダッシュ。
場が混沌としだす中、獣人の少女が泣き出しそうな顔をして。
「なんなんですか…………!?」
と、悲鳴じみた声を出した。
「いやはや…………凄いね、キミ。いや、ほんとに」
「すごいんですか?」
マルチリルダ家の工房、精密検査室。
動揺を隠しきれていないカティア様と、それ以上に動揺している少女。
「カティア様。何かわかったので?」
「わかったというか、何から話したらいいか……………まず、この子はまともな人間じゃない。いわば……………改造人間だ。それも兵器としての用途に調整された、ね」
「兵器、ですか?」
「うん。体のほとんどが自己増殖可能な半流体の有機合金に置き換えられているうえに、それを利用して武装を展開する機構まである。極めつけが心臓。この子の心臓は、全身に血液を流すための機関じゃなくて、機械類を維持・稼働させるためのエネルギー発生装置に置換されている。血液に何か別の液体を混合して、それを媒介に魔力を循環させているんだ。その気になれば、体表を硬質化させたり、体の形を変えることも可能だろうね」
回転いすに腰掛け、背伸びするカティア様。
よくわからなかったが、ヤバい兵器という認識で十分だろう。
「そもそも、人間に魔導兵器を搭載する研究は、法で禁じられているんだ。30年前くらい前の人造人間を使った試作実験で大規模な暴走事故が発生して、それ以来、あらゆる研究が全面的に凍結。利益に貪欲な闇社会の人間たちも、流石にソレを商売にしようとはしなかった。…………考えられる出身地は、他所の国の研究施設ぐらいかな」
「……………つまり、その研究施設関連の人間が奪取に来る可能性があると」
何やら思案していたアサカ様が、そんな事を言った。
他国の戦闘員か……………やっかいだな。
「そういうこと。…………というか、それだけだったらまだマシなんだよ。問題は、この子の種族だ」
「オオカミ系の獣人ですよね?」
「………夢喰い狼。17年前の獣狩り令で絶滅したはずの、稀少種だよ」
「それは………また」
17年前、帝国は、あらゆる獣人種に対して一方的な宣戦布告、および、人としての権利の剝奪を宣言した。
相次ぐ他国との戦争で指数関数的に拡大する軍事産業を支えるためだとか、獣人に対する皇帝の逆恨みだとか色々と言われているが、原因は定かではない。
多種多様な獣人族と帝国との間に開かれた大戦は、帝国六騎士上位序列3名の参戦をもって、大勢の予想を裏切ってわずか一年で終息。
人間側、獣人側、双方に尋常でない被害をもたらした獣狩り令の中で、いくつかの種族に対して、奴隷としての使役ですらなく、徹底的な殲滅が命じられた。
反抗的過ぎたり、あるいは奴隷に適さないほどの貧弱だったりと、処分の理由は様々だが、夢喰い狼が殲滅対象にされた理由はただ1つ。
「心象風景の具現化能力を持ち、その異能故に、大粛清の対象にされた種族…………まさか、生き残りがいたとは」
「17年前の生き残りかどうかは知らないけど、他の人間に知られれば、まず間違いなく面倒なことになる。……………リーン、見捨てるなら、情の移らないうちにするべきだ」
「わふっ?」
カティア様に見つめられ、不思議そうに首を傾ける少女。
本人に悪意がなかろうと、お嬢様の害になりうるのなら、排除せざるを得ない。
魔術で眠らせて首を刎ねるか、一撃で蒸発させるか。
どちらにせよ、早急に死んでもらうのが最適だろう。
「……………あいにくだけど、カティ。それは出来ないわ?一度助けた以上、自分の都合で見捨てる気はないし、なにより、この子は価値がある」
「………価値?」
「ええ。いずれ帝国へ反旗を翻す、その時に、この子は、きっと私の役に立ってくれる。何の理由もなく助けるほど、私はお人よしじゃないわ?」
「………わたし、役にたてるんですか?」
「もちろんよ?」
「………えと、うれしい、です」
にんまりと頬を緩めて笑う、銀髪の少女。
……………なんというか、深く考えるのが馬鹿らしくなってきた。
そもそもの話、暗殺者がこようが襲撃されようが、俺が完封すれば済む話だ。
力イズパワー、暴力イズジャスティス。
全てを解決する神代の呪文だと、前にお嬢様が仰っていた。
「とりあえず、ちゃんとした名前がいるわね?」
「77号でよいのでは?」
「それは呼びにくいでしょ、ワンコ君」
「クロ殿。女性を呼ぶ名前としては、いささか不適切だろう。ここはシンプルに、シチ子でいいのではないか?」
「アサカ君。その名前もかわいそうだよ」
「………そうなのか?」
啞然とした様子で硬直するアサカ様はともかく、流石に77号は安直過ぎたか。
もうちょっとひねるべきだったのかもしれない。
「そうね、ナナっていうのはどうかしら?」
「ナナ………ですか?」
「そんなにひねった名前ではないけれど、名前なんて、考えすぎるものでもないでしょう?………もしかして、あまり気に入らなかったかしら?」
「いえ、そんな!…………ただ、こんなにやさしくしていただいた上に、名前まで貰えるなんて、おもわなかったので」
「このぐらい、当たり前のことよ。…………でも、そうね?貴女が恩に感じているのなら、さっそくだけれど、1つ、命令を聞いてもらおうかしら?」
「ひゃうっ、あの、なにを」
獣人………ナナの前にしゃがみこみ、色の薄い頬に指を添えたリーンお嬢様が、うっすらと、三日月のように裂けた笑みを浮かべた。
なんというか、すごくイヤな予感がする。
というか、お嬢様がこの笑い方をしたとき、たいてい俺がひどい目に遭ってきた。
状況を好転させるべく、口を開こうとして。
「ナナ。クロと一戦交えなさい?」
「………お嬢様?」
想像の斜め上の命令が来た。
「あっ、あの!本気でやるおつもりなんですか、ご主人様!!」
「もちろん本気よ?」
ヴァルハリエ家、地下訓練場。
血色の良かった頬を真っ青に染めて、可愛そうなくらいにブルブル震えるナナ。
なんというか、憐れだ。
「ご主人様!」
「なにかしら?」
「クロさん、目がすっごく怖いです!!完全に私を殺す気ですよ!!」
ほとんど涙目の状態で必死に叫ぶナナ。
なんというか、俺はそこまで目つきが悪いのだろうか?
懐から鏡を取り出して確認するが、いつも通り。
ナナが異常に怖がりなだけだろう。
いつもの装備一式ではなく鉄製の壁盾だけを携え、深呼吸。
「ナナ。今から始める模擬戦のルールを説明します。よろしいでしょうか?」
「よろしくないです!」
「制限時間は30分、それまでに俺の防御を貫いて傷を負わせるか、致命傷、もしくはそれに準じるだけの負傷を与えられたら、貴女の勝ちです。簡単でしょう?」
「こっちの話は聞いてくれないんですね!?わかりましたやりますよやればいいんでしょう!?」
ヤケクソじみた勢いで叫ぶナナ。
目じりから零れた雫が何なのかは、気にしない方針で。
壁際で見守る皆様、特にカティア様から向けられる視線がひどく冷たいように感じるが、気のせいだろう。
壁盾を、突き出すように構えて。
「あの!クロさん!!」
「ギブアップは聞き入れませんよ?」
「武器ください!!せめて、武器ください!!でないと理不尽にもほどがあります!!」
「……………それもそうですね。わかりました、好きな得物をお使いください」
万有引力を発動し、お嬢様に却下された武器群を取り出す。
武器としての出来はいいはずだし、戦闘慣れしていないナナでもそれなりの攻撃力は出せるだろう。
あとは、夢喰い狼としての権能がどれくらいのモノか。
もし使えるようだったら、戦闘員として徹底的に鍛え上げてやろう。
床に散らばった武器群を前に、オドオドキョドキョドするナナを見守り。
「………あの、コレを使っても、いいですか?」
「構いませんが………本当によろしいので?」
選ばれたのは、1m半ほどの長柄の先に、反り返った肉厚の片刃を拵えた武器………薙刀だった。
俺も試しに使ってみたが、斬撃に特化した形状と重心のせいで、槍に比べて圧倒的に扱いが難しく、正直言って手に余る代物だったはず。
素人が使いこなせるような武器ではないが、本人が選んだのなら止める必要もないだろう。
自分にあった武器を選ぶ能力も、戦闘員としての資質の1つだ。
一振り、二振りと、感触を確かめるように素振りをしたナナが、何か合点が言ったようにうなずいた。
「大丈夫そう………です。心配してくださってありがとうございます、クロさん」
「リーンお嬢様。試合開始の合図を」
「わかったわ。2人とも、位置につきなさい?」
ヒュオンと風切り音を鳴らしたナナが、やけに堂に入った下段に薙刀を構えた。
彼我の距離は、およそ7メートル。
この間合いなら、向こうが何をしてきても余裕で対応できる。
先ほどとは打って変わって、俺を突き刺すような、狂猛な殺意を宿した青色の眼。
視界の端で、お嬢様がゆるりと手を振り上げ。
「試合開始────────健闘を祈るわ?」
「トッ、リャァアア!!!」
絞り出すような気迫が鳴り、直感に従って飛び退る。
粗雑な安物とはいえ、厚さ3センチの金属盾が、まるでバターのように割断された。
独特の形状をした肉厚の切先は、つい数瞬前に俺の腹部があった辺りを貫通し、並々ならぬ高硬度と頑強さを誇るはずの訓練場の床に深々と突き刺さっていた。
滑るような動作で引き抜き、まるで獣のように体を沈めるナナ。
俺の頬を、イヤに冷たい汗が伝った。
「シャッ、ダリャア!!」
十文字を描いた2連撃を紙一重で躱し、喉笛を狙った刺突を払いのけた。
身を翻し、即座に斬り返して下段から首刈りの一閃。
荒々しい神楽のような連撃を躱し、受け流し、弾き飛ばす。
ふと、眼が合った。
飢えた狼のソレと同じ眼が、俺を刺し貫く。
隙間風が吹くような呼吸音がして、切っ先が、こめかみをカチ割る軌道を描いた。
咄嗟にしゃがみこんで避け、顎を狙った蹴りを右腕で受ける。
そのまま足を掴んで投げ飛ばそうとした俺の眼球を、ためらいなく繰り出された石突が穿つ。
目を潰される寸前で頭突きをかまし、打撃部を額で受けて堪える。
反動でするりと抜けだしたナナが、音もたてずに着地した。
…………正直言って、ナナの動きはそれほど早くない。
早くないが、やたらと動きが読みにくいせいで、龍の動体視力をもってしても、躱すのが精一杯になっている。
ぬめるような動きでいつの間にか距離を詰められ、予備動作なしに死角から振るわれる薙刀。
八双からの斬撃を避けて、真下から顎を砕く石突を右手でつかみ取る。
直後、視界が乱回転し、俺の体が宙に舞った。
あの一瞬の接触で、投げられたか。
空中で身動きの取れない俺に対し、大上段に薙刀を構えるナナ。
刃が、弧を描いて振り下ろされ。
「重圧の腕!」
「それッ、ずるくないですか!?」
暗闇属性の重力の腕で自分をぶん殴って強制離脱。
着地し、足首を刈るような薙ぎ払いを前に出て防ぎ、ナナの肩を掴んだ。
咄嗟に薙刀を手放しての掌打を顔面で受け止め、懐に潜り込み、跳ね上げる。
このまま、投げ飛ばして。
「ところがぎっちょん!!」
後頭部を床で強打し、直後、俺の額を叩き潰す落下膝蹴り。
投げられた瞬間に自ら着地し、投げ返したのか。
喉に踵落としを喰らいながら立ち上がり、筋力に物を言わせて吹き飛ばすも、まるで手ごたえがない。
風を受けた木の葉のように浮いたナナが壁に着地し、爆発的加速で突っ込んできた。
驚異的な技術ではあるが、圧倒的に筋力が足りない。
徒手空拳を受けて、カウンターで終わらせよう。
右拳を握りしめ。
「武装現象・刈鎌!!」
「!?」
まるで荒ぶる鷹のような構えをとったナナの腕から、巨大な大鎌のような刃が生えた。
空中で身を翻して放たれた3連撃をかろうじて躱し、刃を切り離しての投擲を跳び越える。
腰を低く落とし、左腕を突き出したナナが、目を細めて。
「死んでください!M2!!」
とうとう死ねと言い出したナナの掌からゴツイ銃身が生えて、放たれる弾丸の雨。
身動きの取れない俺に鉛玉が連続で命中し、鈍い音を残して弾かれる。
眼を丸くして硬直したナナが弾かれたように横へすっ飛び、その足元が泥上に変化。
無底沼での拘束を狙ったが、見事に避けられた。
感知力と運動神経、戦闘能力は十分。
突発的な事態に対する反応はさほどでもないが、それを加味しても戦闘員として十二分に能力があるといえるだろう。
…………そろそろナナの実力も読めてきたし、終わらせるか。
盛大に魔力を噴き上げて身体強化。
全力で突っ込んで。
「こっちに、来ないでっ!?」
悲鳴を上げたナナが表皮を波打たせて武装を繰り出そうとして、鎖に絡まれて更に悲鳴を上げた。
魔力を煙幕代わりに使った陽動作戦は、存外に上手く行ったようだ。
相手が実戦慣れしていないことが要因だろう。
床面を操作して発生させた鎖をナナの全身に絡ませて、拘束して引き倒す。
ジタバタ藻掻いて抜け出そうとするが、その程度で抜けられるような、やわな拘束じゃない。
さっさと気絶させるべく、右手に暗転蝕を展開して。
「なんなんですかそのキモいの!?こっち来ないでください!!」
「……………」
「なんなんですかその目は!?」
涙目のナナの右腕がありえない方向へグニャリと曲がり、鎖から抜け出すと同時、鈍色の触手群が俺目がけて殺到した。
そっちの方がキモいだろといいかけたのを飲みこんで、全弾回避。
乱れ舞う流体金属を潜り抜けて突撃し、ナナの口元がニヤリと吊り上がった。
「この状況で不意打ちを狙うメンタルは、尊敬しますよ?」
背後から高速で迫った薙刀をノールックの後ろ蹴りで弾き、続く触手の連撃を回避して前へ。
意識奪取の魔術を付与した拳が、ナナのこめかみを捉え。
「真理性空間跳躍!」
空間が歪み、ねじ切れ、ナナが消失────────いや!!
「初めからっ、計算して!?」
「チェックメイトです!!クロさん!!!」
俺の後ろでクルクルと宙を舞う薙刀を、色白の指先がつかみ取った。
振り向き、カウンターを叩きこもうとして、右足の小指に走る大激痛。
足元に目をやれば、石突が足の小指を圧し潰していた。
思わず硬直した俺の首に、薙刀の切っ先が吸い込まれ。
「……………クロさん、それは、反則です」
「そうでしょうか?」
必殺の気勢を籠めた一撃は、俺の首にわずかに食い込むこともなく、静止していた。
まぁ、なんてことはない。
意図的に下げていた耐久度を元に戻しただけだ。
手加減していたとはいえ、俺にここまで食いつけるというのは、ある種の才能だろう。
戦闘員としての素質は十分、メンタル面の脆弱性が少し気になるが、それも矯正していけばいい。
というわけで。
「ナナ。何か言い残すことは?」
「……………その、痛くしないで、ください、ね?」
涙目でプルプル震えるナナの頭に、そっと右手を添えた。
次回予告
お嬢様が新しくペットを飼い、思いっ切り気落ちする主人公。
そんな中、主人公はある衝撃的な光景を目にして──────!?
「オラァ!!もっと鳴きなさい!!!」
「ブヒィイイイ!!」
「お嬢様、一体何を………!?いや、違う!コレは夢だ!!悪い夢に決まって」
「しっかりしろ!ワンコ君!!傷は浅いぞ!!」
「いや、カティアさん、普通に致命傷なんじゃ」
次回「悪夢は巡りそして終わらないものだろう?」




