実家に帰らせていただきます
セキロ!!
「それじゃあ、皆の無事を祝って!乾杯!!」
「無事…………なんですかね?」
「あんなバケモノと殺し合って、誰一人として欠けずに済んだんだ。十分だろう」
「主にクロが大丈夫じゃなかったわ?」
「………なぁ、ペット。お前、マジで大丈夫なんだよな?」
帝都ヴァルハリア邸、大食堂。
新しく仲間………というか、メイド兼工房管理者としてヴァルハリエ家に雇われたフィリアも加わっての、打ち上げ会。
5人分のパーティーの用意は、なかなか楽しかった。
色々とたまった勤務に取り掛かりたいところだが、とりあえずは、フィリアのフォローが最優先だろう。
「心配は不要です、フィリア。あの程度、どうということはございませんので」
「タフかよ」
戦闘終了後、岩石系魔術で即席の籠を作成して皆様に乗り込んでもらい、それを背負った俺が壁を這いあがる、文字通りの荒業。
推定1,5キロのノンストップ絶壁クライミングは、なかなかどうしてハードだった。
もう二度とやりたくねぇ。
「………これ、アレだね。ワンコ君、少し休息を取った方がいいよ」
「休、息………?」
「リーン!!君、どんなブラック労働させてるのさ!?」
「年中無休の24時間365日連勤よ?」
「外道!悪魔!鬼!人でなし!!」
「半吸血鬼よ?もとから人でなしだわ?」
「うっさいよ!?」
休息…………はて、どこかで聞いたことがあるような言葉だ。
だが、どこで聞いたのか思い出せない。
一体、どこで。
「…………ねぇ、クロ。1つ、いいかしら?」
「どうかなさいましたか?リーンお嬢様」
「貴方がいなかったら、きっと、私たちは死んでいたわ?パンタロネにも、あのバケモノには勝てなかったでしょうし、フィリアも、きっと、組織に縛られたままだった。今回の第一功労者は、間違いなく貴方よ。誇りなさい?」
「……………光栄です、お嬢様」
………ヤバい。
なんというか、もう、感情がぶっ壊れそうなくらいうれしい。
リーンお嬢様に褒められたという事実だけで、あと1000年ぐらいは戦える気がする。
色々グラついて爆散寸前の心境を抑え込み、平然を装う。
「そう…………ね。クロ、貴方に、何か一つ、ご褒美をあげるわ?」
「褒美………ですか?」
「何を望んでもいいのよ?」
褒美、か。
正直言って、今の俺に、欲しいものはほとんどない。
強いて言えばカメラのフィルムが入用なことぐらいだが、屋敷の家計を含めた万事を俺が回している現状、褒美として頂戴するには不適切だろう。
屋敷の備品や食品医薬品などの消耗品も、褒美に貰う品として適切とは思えない。
が、
早急に返答するべきか。
…………よし。
「リーンお嬢様。もしお許しいただけるなら……………二週間ほど、お暇させていただけないでしょうか?」
「…………へ?」
「死ぬ………マジで、死んじまう」
「フィリア。洗濯とベッドメーキング、まだかしら?」
「ふぉあぁああああああああ!?!?!?」
フリーズしたオレ達を放置したままペットのボケがフェードアウトして、2週間。
ここは、ヴァルハリエ家は、地獄だ。
屋敷全体の掃除と洗濯、ゴミ処理と料理、そして何よりも、圧倒的な量の書類整理。
影通りの店舗からの収支売上報告と、帝国財務管理局への提出書類。
管轄区域の住民から寄せられる苦情の処理に加えて、影通りに送られてくる犯罪者の受入検査と、他の区域と影通り間での衝突の仲介。
娼館へ斡旋する用心棒の審査をして、既存のバイヤーの利権の保護と、やり過ぎるバカを出さないための間引きの兼ね合い。
諸々の書類仕事が終わったと思えば、次は屋敷の警備と清掃。
忙殺、忙殺、忙殺に次ぐ忙殺。
そして書類。
終わらない書類。
書類、書類、書類、書類。
そして何よりも問題なのが。
「お嬢。頼むから、マジで、物を散らかすのをやめてくれ」
「あら?クロならそれくらい、5分で片づけてくれるわよ?」
「オレはあのペットじゃねぇんだよ!というかお嬢、生活力なさすぎだろ!!」
「仕方ないでしょう。もしかしてフィリアは、大公爵家の令嬢に、家事ができると思っているのかしら?」
「思ってねぇけど!何でここまで荒れてるんだよ!!昨日掃除したばっかだぞ!?」
「なんでなのかしら?」
「ふざけるな!!」
愛すべき我が主の介護。
お嬢の生活能力は、限りなくゼロに近い。
それこそ、一人じゃ何もできないレベルで低い。
あのペットを飼うまでどうやって生きていたのか、本当に不思議だ。
朝に片づけたお嬢の寝室が、昼過ぎには元の木阿弥を通り越して混沌になった時には、本気で発狂しかけた。
ああ、うん、まぁ、なんというか………………。
「ハハッ………やっべぇ、ヤニ、切れてきた」
しなびてくたびれた煙草を咥え、火を点ける。
肺から取り込んだ煙が血流に乗り、脳髄に沁み込んでいく感覚。
燻る煙を吐き出して、深呼吸。
……………よし、少しだけ、精神力が回復した気がする。
「フィリア、煙草を吸うなら庭で吸ってちょうだい?ケムリ臭くて仕方がないわ?」
「真面目に、タバコ吸ってないと動けなくなるんだよ、オレは」
「………ひょっとして、その手足に関係してるのかしら?」
「まぁな」
万能義肢。
俺が発掘、修復した遺物の1つ、自在義肢をベースに、連鎖崩壊線、不可視の刃、千里走りなど、無数の遺物を組み込んで作った特別製だ。
義肢を装着する際に四肢を全部切り落としたのと、数種類の冷却用特殊薬液を浸み込ませた煙草を定期的に吸わないと疑似神経が焼き切れて動けなくなるのが欠点だが、それを補って有り余る戦闘能力がある。
……………薬液を直接摂取すればタバコを吸わなくてもいいというのは、ナイショの話。
どこまで行ってもどんな状況でも、タバコを吸う奴は吸うということだ。
「というか、お嬢。マジで散らかしすぎだろ」
「そうなのかしら?私にはよくわからないのだけれど…………」
「カティアとかデコボココンビの反応を見ただろ。アイツラがああなるぐらいには汚いんだよ」
ペットが逃亡した次の日、心配したのか屋敷に訪れた3人組が、お嬢の私室へ入った次の瞬間に全力で逃走した。
………正直言って、オレだって逃げたい。
でも逃げられない。
組織から逃げた末路がコレとか、お笑いにもならない。
「とにかく!お嬢はもう少し、身の回りを散らかさないようにしろ!!少なくとも、庭には出るな!!」
「私は少し庭を散歩しただけよ?」
「少し歩いただけで、庭がジャングルになるわけねぇだろ!!いいか?オレは昨日、あの地獄みたいな庭を整備するのに丸半日かけたんだ。これ以上荒らすんなら、相手がお嬢でもオレは容赦しな」
轟音、閃光、衝撃波。
屋敷の窓がビリビリと震え、ひびが入って砕けた。
屋敷の庭で土煙が吹きあがり、飛散して砕ける植木や雑草の群れ。
啞然とするオレの目の前で、屋敷の壁が吹っ飛び。
「お久しぶりです、リーンお嬢様。このような帰還になってしまったこと、深くお詫びいたします」
「久しぶりね、クロ。やりたかったことは出来たのかしら?」
半壊した長机に頭からめりこんだまま、場違いなセリフを吐くペット。
爆風で乱れた髪を掻き上げ、紅茶を飲み干したお嬢の眼前で、シャンデリアがペットを叩き潰した。
「で、ワンコ君、君は、何をやらかしたんだい?」
「皆様の武具に加工する用の素材を収集しておりました」
鎖でグルグル巻きの状態で雑に転がされた俺と、それを見下ろす皆様。
帰宅早々この状態というのもアレだが、オレがやらかしたことを考えれば、仕方ない事なのだろう。
自分のこめかみをコツコツ鳴らし、不機嫌そうに溜め息を吐いたフィリアが、口を開き。
「おい、ペット。1つだけ聞くぞ、お前、何をした?どうやったら、庭にクレーターができるんだ?」
「かなり遠方まで出向く必要がありましたので、空を飛んで帰ってきました。速度、方角は完璧でしたが、少々勢いがつき過ぎたのが敗因かと。次はもっと上手く飛びます」
「ふざけるな。半日かけて手入れした庭を一瞬で荒れ地にされて、腹の虫がおさまるかよ」
ギロリと剣呑な輝きを帯びた目が、俺を睨みつける。
お嬢様に早く会いたくて気が急いだ結果というのは、言わない方がよさそうだ。
とはいえ、素材も十分な量が獲得できた。
これだけあれば、流石に足りるだろう。
「というか、クロ殿は飛べたのか?飛べるなら、あの迷宮から脱出するときもそうすればよかったんじゃ」
「俺のやり方で飛行した場合、皆様が死亡する可能性がありました。少なくとも、あの状況では不可能かと」
「…………一体、どんな飛び方したんですかね」
「どうせ、ロクな飛び方じゃないでしょ。このワンコ、頭おかしいし」
怪訝な目で俺を睨む、ミカ様とアサカ様。
無茶をした自覚はあるが、頭がおかしいといわれるのも心外だ。
少し、話しておいた方がいいな。
「俺の飛び方ですが、まず、目的地の方角と距離を測定し、岩石系魔術で砲身を作成、爆発を起こして自分を撃ちだす方法です。細かい軌道修正や方向の微調整は、適宜、火炎系魔術による爆発で行い、耐久値に任せて強引に着陸します。速度と突破性能はありますが、俺以外に同伴者がいる場合選択できる方法ではないので、不便ではありますね」
「曲馬団の見世物みたいだな」
「私、知ってるわよ?人間大砲でしょう?」
「流石です、リーンお嬢様」
以前、リーンお嬢様がお話しくださった人間大砲をモデルにしたが、存外に上手く行った。
龍種の感覚をもってしても目をつぶりたくなるような風圧は辟易物だったし、途中で飛竜に襲われもしたが、俺単体で長距離移動を行う際は、役立ちそうだ。
とはいえ。
「皆様。1つだけ申し上げますが、これはあくまで、俺の耐久力が高いことを生かした力業です。皆様がまねされるようなことは無いと思いますが、お気を付けください」
「誰もしねぇよ、ボケナス」
「…………いや、速度のコントロールさえ可能なら、意外とアリかも。ありがと、ワンコ君、参考になったよ」
「光栄です」
何かを黙考しながらそんなことを言うカティア様に返事をして、鎖を引き千切って抜け出す。
苦虫をかみつぶしたような顔のフィリアは放っておくとして、とりあえず。
「カティア様。俺が回収してきた素材の確認をお願いできないでしょうか。持って帰ってきたはいいものの、加工設備がなかったせいで、鍛錬が出来ず」
「わかったよ。2週間もリーンをほったらかしたんだ、相当いいものを持ってきたんじゃなけりゃ話にならな……………」
宝物庫から取り出した素材を見て、カティア様が絶句した。
ちょっとした盾ほどの大きさの漆黒の鱗と、鎧の胸当てのような形の甲殻。
大きく湾曲した琥珀色の爪牙に、螺旋状の角。
十文字槍の穂先を思わせる尾の先と、大びんに納められた大量の血液。
丁寧になめして折り畳まれた、ワニのそれに似た皮と、純白の毛で編まれたロープ。
………………まぁ、早い話、俺の体だ。
「ワンコ君、これって」
「カティア様。マルチリルダ大公爵家の工房をお貸しいただけないでしょうか?」
先日のパンタロネやバケモノとの戦闘で皆様が攻めきれなかった要因のは、経験不足と装備の質が低かったことだろう。
経験不足はこれから解消していけばいいとして、問題は、装備の質だ。
ある程度上位の魔術の中には、攻撃してきた相手の武器を腐食させたり、防御を貫通して広範囲を焼き払うようなものもある。
なら、手っ取り早く強力な装備を与えればいい。
そして、ここに強力な装備の素材となりえる龍がいる。
爪を剥いだり牙を折ったりするのはかなりきつかったし、修復に魔力を回したせいで消耗が激しいが、問題ない。
しばらくは、それほど大きな戦闘も起きないだろう。
「…………おい、ワンコ。お前、どこでコレを手に入れた?」
「申し訳ございません、カティア様。企業秘密、という奴です」
「あぁ、そうか」
「…………カティ。何を」
「なら、吐いてもらおうか!!」
高速で繰り出された刃を、一歩進んで首筋で受けた。
押し込まれる切先を指先で摘み取り、顔をゆがめるカティア様。
行動の理由はなんとなくわかるが、とりあえず。
「カティア様。この状況で刃物を振り回すのは、いかがなものかと」
「違う。ワンコ、コレ、中位龍の素材だよな?どこで手に入れた」
「秘密です。……………ですが、入手先は信頼できる相手です。カティア様が心配なさっているような問題はないかと」
「………わかった。今は、君を信じさせてもらうよ」
カティア様が心配していたのは、龍からつくられた武具を装備することで、皆様に危害が及ぶことだろう。
龍の武器、それも中位龍の武器ともなれば、そこらの国の国宝など、はるかに上回る価値を持つ。
いくら俺たちが秘匿したところで、素材を売った大本が情報をばらしてしまえばそれまで。
文字通り、常に刺客に狙われることになる。
幼いころから大公爵家の令嬢として育てられたカティア様は、きっと、そういったものが絡んだ貴族間のどす黒いアレコレを、目の当たりにしてきたはず。
………まぁ、この場合、素材を売った大本など存在していないのだが。
「それに、龍製の武器の秘匿法も、考えております。こちらの飛竜の鱗や牙をコーティングすれば、ある程度の隠蔽ができるかと」
宝物庫から竜の鱗と牙の実物を取り出す。
龍になり損なったニセモノとはいえ、龍種の端くれ。
それなりの武具の素材にはなるし、メッキとしては十分だろう。
「…………ちなみに、その飛竜の出どころは?」
「飛翔中に襲撃を受けたので狩りました」
「………リーン。もうちょっとでいいからさ、ワンコ君を丁寧に扱った方がいいよ?こんな逸材なかなか居ないから」
「あら?ペットとして大切にしてるわよ?」
「せめて人間扱いしようよぉ!!」
「いや、人間扱いという意味でなら、ワンコ呼びしているカティア女史の方が」
「アサカ君、今、何か言ったのかな?」
「いえ、なにも」
スッと目を逸らしたアサカ様はともかく、俺の遺物の能力的に考えても、人間扱いされない方が都合がいい。
とはいえ、お嬢様以外の人間に痛めつけられて喜ぶような悪趣味は持ち合わせていないし、被虐首輪にしても、主以外に人間扱いされなかった経験は蓄積されない仕様になっている。
大公爵家の奴隷として、ある程度の自衛はした方がいいのか?
…………まぁ、ソレは後回しだ。
今はまず。
「カティア様。武具を作成したいので、工房を貸していただけないでしょうか?」
「いや、別にいいけどさ………道具は使えるの?」
「一通り頭に叩きこんであります。問題はないかと」
素材の加工法を考えれば、俺一人で作業できる環境でやりたい。
最悪の場合、手伝ってくれた人間全員の記憶を飛ばしてもいいが、リーンお嬢様の友人に手を出すのは気が引ける。
これまで通り、俺が龍だとバレることは全力で回避すべきだろう。
「………ワンコ君さ、マジでボクのとこで働かない?色々優遇するよ?」
「カティ、それは引き抜きかしら?」
「ちょっ、リーン、まっ」
冗談めかした様子で呟いたカティア様が、リーンお嬢様に押し倒された。
抵抗虚しくもみくちゃにされるカティア様と、気まずそうに顔を逸らすアサカ様。
頬を赤く染めながらもガン見するミカ様が、フィリアにわき腹をつつかれて奇怪な悲鳴を上げた。
わずかに覗いた肌色から、目を逸らし。
「申し訳ないのですが、リーンお嬢様以外の主人を仰ぐ気はございません。遠慮させていただきます」
「今言うことじゃないだろ!おい、ワンコ君、助け」
「フィリア。もうしばらくの間、屋敷のことは任せます。頼みましたよ?」
「…………はぁっ!?お前、マジでふざけんなよ!?お前が抜けた後、オレがどれだけ苦労したと思って」
「安心してください、フィリア。3週間後に屋敷に戻ります。頑張ってください」
「テメェ、マジでブッ殺」
「……………こんなもの、か」
マルチリルダ家の工房にこもって作業を続けること、およそ3週間。
全員分の防具と武器の作成を終えた俺は、装備の最終点検をしていた。
籠手、甲冑、兜、鎧、エトセトラ。
いろいろ作ってみたが、傷やひびが入った様子もないし、ゆがみも見えない。
初めて作ったにしては、割合に上手くできたんじゃないだろうか。
水洗いして布で拭きあげたそれらを宝物庫に収納して、工房から出て。
「──────フィリア。刃物を振り回すのは危ないのでやめましょうか?」
「ガキ扱いしてんじゃねぇよ、ボケ。殺すぞ?」
ぶん回されたバールを後頭部で受け、次の瞬間、銀色の切っ先が繰り出された。
人さえ殺せそうな眼付きで、俺の首筋へギリギリとナイフを押し込んでくるフィリア。
……………ふむ。
「メイドとしての仕事を体に叩きこむいい機会だと思いましたが、少し、負荷をかけ過ぎたようですね」
「すこし、だぁ!?あの地獄が少しとかふざけんな!!というか、確信犯だったのかよ!!」
「おや、うっかり口が」
「死ねぇ!!」
メイド服の胸元から拳銃が引き抜かれ、顔面と喉仏に3発ずつぶち込まれた。
先ほどから硬直していたメイドが、目の前で行われた凶行に悲鳴を上げて逃げていく。
まったく。
「ナイフならともかく、他に人目のあるこの状況で拳銃を使うのは、あまりいい判断ではありませんね」
「うるせぇんだよ、爆弾!」
「物理結界」
俺の顔面にめりこんでいた弾丸が爆ぜ、それを見越して張った結界が爆破の衝撃による周囲への影響を抑え込む。
ノーダメージの俺を見て、フィリアが、気持ちの悪いものを見たような顔をした。
俺の耐久性を考えれば、この程度無傷で済むと分かるだろうに………
相当頭に血が上っているようだが、防御貫通系の遺物を使わない程度の冷静さは残っているようだ。
やっぱり、もう少し負荷をかけた方がよかったのかもしれない。
「とにかく!今ここでぶん殴んねぇと、気が済ま」
「フィ~リ~アちゃん。来てもいいけど、ボクの家で騒ぐのはやめてって言ったよね?…………お仕置きされたいのかな?」
「うぉあっ!?」
顔面直撃右ストレートを放とうとしていたフィリアが、後ろから胸をもまれて悲鳴を上げた。
慌てて距離をとるフィリアと、作業途中だったらしい、ツナギを着たカティア様。
その視線が自分の胸部とフィリアのメイド服の胸元を行き来しているのは、気にしない方がいいのだろう。
格差社会とは、実に残酷なものだ。
「おい、ワンコ。今、何考えた?」
「いえ、なにも…………申し訳ないのですが、お嬢様とミカ様、アサカ様をお呼びいただけないでしょうか?装備の試着と、出来れば、実際に訓練をしていただきたいのですが………」
「呼んだかしら?」
唐突に響いた鈴の鳴るような声音に振り返れば、工房の入り口にリーンお嬢様がいた。
いつの間に来たのかはわからないが、声をかけようとして。
「ちょっと借りるわよ??──────強制転移」
空間が歪み、ねじ切れて、気づけばヴァルハリエ家の地下訓練場にいた。
歯磨きを咥えたまま呆けるミカ様と、床で眠る、パジャマ姿のアサカ様。
頭が痛そうにカティア様がこめかみを抑え、状況が飲みこめていないらしくフリーズしたままのフィリア。
風切り音に振り返って、俺が作成した武器──────片刃の特大剣を肩に担ぎ、半身に構えるリーンお嬢様。
なんだか、ものすごく、嫌な予感が。
「命令するわ、クロ。全力で抗いなさい?………………でないと死ぬわよ?」
真っ黒い切っ先が、俺の首を刎ねる軌道を描いた。
「こんなもの、かしら?」
「あッ、ガァッ…………っ」
四肢がバラバラの状態で床に転がった俺を、絶対零度の眼で見下すリーンお嬢様。
フリーズしたままの3人と、頭が痛そうなカティア様。
俺がお嬢様相手に抵抗できないのを忘れていた。
なすすべなくバラッバラに切り刻まれ、ゲームセット。
…………とはいえ、切れ味耐久度ともに問題はなさそうだった。
少なくとも、龍素材であるという利点は生かし切った。
これならきっと、お嬢様もお喜びに。
「クロ。作り直しなさい?」
「…………」
「リーン!ワンコ君、捨てられた犬みたいな顔してる!流石にかわいそうだって!!」
「へっ、ざまぁみろ、だ」
「フィリアちゃん!?」
作り直し…………オッケイ、つくりなおし。
理解、把握、つくりなおし。
「かしこまりました、リーンお嬢様」
「クロ殿、しっかりしろぉ!傷は深いぞぉ!」
「アサカ君、それ、シャレになってないよ」
「フィリア。また、しばらくの間、屋敷の管理を頼みます。ざっと半年ほど」
「はぁん!?」
奇妙な悲鳴を上げたフィリアはともかくとして、作り直しを命令されるとは思っていなかった。
強度、切れ味、重量、重心、形状、振り心地。
どれが悪かったのかはわからないが、お嬢様に納得いただけるまで、何度でも作り直せばいい。
「とりあえず、重量から見直してみるか」
「…………クロ。何か勘違いしているようだけれど、武器の性能に問題はなかったわよ?使いやすくて手に馴染むし、威力の割には扱い勝手もよかった。間違いなく強い武器だったわ?」
「じゃあなんで作り直し命令を出したよ、お嬢。ただの気まぐれなら、いい加減に、ペットを屋敷の業務に復帰させて」
「でも、強いだけだった。この意味は分かるかしら?」
疑似再誕を発動して顔を上げ、愉快そうに笑うリーンお嬢様。
地面に突き刺さった切先に写るのは、陰鬱に歪んだ俺の顔。
強いだけ…………か。
強いだけ、とは、どういう意味だ?
こと武具に関して、それ以外の条件が求められるとは思えな。
「面白くない武器は、それだけで良い武器たり得ない。この剣は、つまらなかったわ?」
薄桃色の唇が三日月のように吊り上がり、バキリと鈍い音がして、特大剣が砕け散った。
粉微塵にひび割れて、刃の破片が床に落ちる。
…………リーンお嬢様の仰る、つまらない武器とは、なんだ?
おもしろい武器とは、なんだ?
わからない。
まるでわからない。
「………然様にございますか」
「ねぇ、クロ。貴方は、もう少し気を抜いたほうがいいわ?愚直さと従順さは貴方の美点だけれども、愚直過ぎても動けなくなるだけよ?」
「………は、ぁ?」
「私の道具として、大公爵家の奴隷として在りたいのなら、もう少し人間らしく考えなさい?」
人間らしく………か。
人間らしく考えろと言われても、そもそも人間の思考回路がわからない。
だからこそ、お嬢様の仰る面白い武器がよくわからないのだろう。
時間感覚も精神構造も価値観も、人間と龍には差があり過ぎる。
「……………俺に、それができるのでしょうか?」
「出来るに決まっているわ?貴方は怪物でもなんでもない、ただの人でしょう?」
「はい………かしこまりました、リーンお嬢様」
「それと、屋敷の仕事を全部フィリアに任せるのはやめなさい?皆が皆、貴方ほど頑丈じゃないのよ?」
「承知致しました、お嬢様」
「オッシャア!これで労働から解放され」
「とりあえず、しばらくはクロの補佐をしなさい?仕事を覚えたら、本格的に業務を請け負ってもらうわ?」
「クソがっ」
バカなことを叫んだフィリアが、頭を抱えて崩れ落ちた。
これが人間性だというのなら、俺は龍のままでいた方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、破損した特大剣を回収した。
次回予告
なんやかんやあって苦労の結晶を菓子粉砕機グルメ☆スパイザーされた主人公!!
試行錯誤を重ねる日々の中、お嬢様が拾ってきたのはまさかの新人で──────!?
「クロ、新しいペットよ?仲良くしなさい?」
「ハッハッハッハ」
「飼ったのか………俺以外の奴を」
「メーデーメーデー!!ヤバい、ワンコ君が切腹しようとしてる!!」
「介錯なら任せてくれ。趣味だ」
「ふざけろ!!」
次回「主人公、死す」
デュエルスタンバイ!!




