第9話 白髪令嬢と帝都潜入
ついに帝都へ向けて出発する日がやってきた。
グラスブルク公爵領からも、他領からもモーゼン伯爵領への侵攻の気配は無かったが、領内から集まった兵を要所に配置し、万が一の事が起こっても当分は守り切れるようになっている。
「皆様にはお世話になりました。行ってまいります」
見送ろうと集まってくれた人々へ挨拶した。
「皆様、どうぞお気を付けて。必ずや目的を成し遂げると信じております」
モーゼン伯爵が人々を代表して私とロベルトとアステルの3人に言葉をかけた。
「伯爵、私とアステルを助け、育ててくれたご恩は絶対に忘れません」
「俺たちにとっては、伯爵と伯爵夫人も両親のようなものです。この地は絶対に侵略させません」
ロベルトとアステルは口々に伯爵夫妻に感謝した。
夫妻は感激したのか、眼に涙を浮かべている。
「では、伯爵。後は計画通りに」
私たち3人は馬に乗り、最低限の武器と食糧を持って出発した。
モーゼン伯爵領から帝都へは、グラスブルク公爵領を抜けるのが最短の道だ。敵地だが、迂回すると膨大な時間がかかってしまうので仕方がない。
馬を休ませつつ、1泊だけ森の中で野宿し、出発から1日半後には帝都に着いた。
私たちは帝都の中心部へ向かって歩き出す。
「ここが帝都か! 確かに大きいけど、もっと賑やかなもんかと思ってたな」
ロベルトが活気の少ない帝都の街並みを見渡しながら言った。
「戦争が終わったばかりで、疲弊しているのです。帝都の民衆も労役を負担したり税を上げられたりと、生活に苦しんでいます」
「何の苦労もしていないのは皇族と取り巻きの貴族だけ、というわけか」
アステルが苦々しそうに言った。
「ええ。なんとか改善したかったのですが」
話しながら歩いているうちに、帝都中心部の大通りに着いた。
「この道を真っすぐ行けば皇帝の宮殿。その東に皇太子宮殿があります。ここからは、ゆっくりと歩きましょう」
帝都であれば私を見たことのある人間もたくさんいるが、私は髪も顔も一切隠さずにアステルとロベルトと共に大通りを堂々と歩き出した。
帝都全体の活気が少ないとはいえ、大通りともなると往来する人は多い。
人々は、私の姿に気付いて遠巻きに見ながら、困惑する。
「あの白髪、まさか白髪令嬢のセレーネ様では?」
「まさか! モーゼン伯爵領でで亡くなったと聞いたぞ」
「だがあの神々しい容姿はセレーネ様しかおらんて」
「それにしても一緒にいる美しい殿方たちはどなたかしら」
人々が口々に騒ぎ始めた。
私たちは何も言わず、ゆっくりと、着実に歩きながら皇帝の宮殿へ向かう。
大通りから周囲へ混乱が広がっていくのを感じる。
すぐに宮殿にも伝わるだろう。
「そこでお止まりください!」
たまたま巡回していたと思われる1人の武装した若い騎士が現れて、私たちの前に立ち塞がった。
「白髪令嬢セレーネ様とお見受けします! 貴女は巡察使としてモーゼン伯爵領に向かい、そこで殺されたはず! これはどういうことか!」
周りを見渡す。
騒ぎを聞きつけて、大通りにはすでにかなりの数の群衆が集まって来ている。
「セレーネ、そろそろ良いだろう」
アステルが言い、私は頷いて騎士へ答える。
群衆にも聞こえるように大声で。
「私はヤーレスツァイト侯爵の娘、セレーネ! 貴方の言う通りモーゼン伯爵領に巡察使として向かうよう命じられ、そこで命を狙われました! 私の命を狙ったのは皇太子です!」
「なっ! そんなわけが……」
騎士が驚いている。様子から見て、どうやら本当に知らないらしい。
陰謀に加担していない者は極力殺したくない。
私は剣を抜き、一瞬で間合いを詰めて若い騎士の喉元で剣先を止めた。
「宮殿に戻って伝えなさい! 私はこれより、己らの欲望のために内戦を起こし帝国の民を犠牲にしようとした大逆人を討伐します!」
「大逆人……!?」
剣を突きつけられた騎士は力の差を理解したのだろう。身動きがとれずにいる。
アステルとロベルトが私の言葉に続く。
「私たちは前皇帝の孫、アステリケリオンとローベルタルノス! 正統な皇帝の血筋である!」
「皇位を継ぐはずだった俺たちの父を殺し、皇位に居座り続ける今の皇帝こそが最初の大逆人だ!」
ふたりの王子の発言に群衆がどよめく。
私は再び発言する。
「そして、その息子である皇太子はグラスブルク公爵とその娘、ヴィオレッタと結託してモーゼン伯爵領を我が物にしようと企てました! よって、我々はこの4人を討ちます!」
私がそう言って睨みつけると、騎士は怯えた顔をして踵を返して宮殿へ走っていった。
すると入れ替わるように大勢の騎士たちが宮殿の方向からやって来た。
人数は約30といったところか。
「白髪令嬢よ! モーゼン伯爵と結託して帝国に反逆した罪で捕縛する! そっちの男どもも! 今すぐ武器を捨てろ!」
騎士は高圧的に言ってきた。
「良いのですか? 群衆の前でそんな大嘘をついても」
「黙れ! 我々は貴様が従わないなら殺して良いと命じられている!」
この者たちの動きでわかる。実戦経験も無く、鍛錬も怠っている。先程の若い騎士のほうがよほど優秀だろう。
どうやら最初に護衛と称して私を殺そうとした騎士と同類の、皇太子を取り巻くことで甘い汁を吸ってきた配下の騎士たちのようだ。
「セレーネ!」
騎士たちが剣を抜いて私にじりじりと近づいてくる。
ロベルトが心配そうに声をかけてくる。
「この程度の相手と人数ならば私ひとりで問題ありません。さあ、命じてください」
今まで私は、自分の力をわざわざ誇示するようなことはしなかった。戦いの中で仕方なく鍛えられただけで、自慢するものではないと思っていたから。
だが今回は違う。
群衆の前で白髪令嬢の力を見せ、その私と共にいるこの兄弟こそが皇位を継承するに相応しいということを、多くの人に直感的に理解してもらわなければならない。
騎士たちが一斉に私に襲いかかってきた。
アステルとロベルトは息を吸い、2人同時に言った。
「セレーネよ! 逆賊に味方しているその者たちを倒せ!」
「仰せのままに!」
私は勢いよく返事し、騎士たちを迎え撃つべく剣を構えた。