第7話 白髪令嬢とロベルト
アステルとロベルトの告白から2日後。
賑やかだったモーゼン伯爵の屋敷には静寂が戻っていた。
私もモーゼン伯爵も、この兄弟が隣国カノーラ王国の王子だったことに驚きはしたが、不思議とすんなり納得できた。
2人の持っていたどことなく高貴な雰囲気がそうさせたのだろうか。
「ただいま戻りました」
私が偵察を終えて屋敷に戻り馬から下りると、庭で木剣を振っていたロベルトが笑顔で出迎えてくれた。
「おかえり、セレーネ! 様子はどうだった?」
「川の向こうのグラスブルク公爵領は、こちらから見た限り変化はありませんでした。ローベルタルノス・ペルカシュルツ王子殿下」
私がロベルトの『本名』を恭しく呼ぶと、苦笑いされる。
「そういうのはやめてくれって俺も兄様も言っただろ。前のままで良いって」
「ふふ、そうでしたね。ごめんなさい、ロベルトさん」
少し前とはまるで逆のやり取りで、可笑しくなってしまった。
「そういえばアステルさんは一緒に訓練していないのですか?」
「ああ、兄様はモーゼン伯爵と一緒に近くの村に行ったよ。俺たちは帝都に行くまでは使用人の仕事を続けるつもりだったんだが、伯爵はそうもいかないみたいで『新しい宮殿を建てる』なんて言い出すから困ったよ」
それはそうだろう。王子とわかった以上、例え本人たちが望んでも使用人を続けるなど伯爵は許さないだろう。
「宮殿を建ててもらうのはさすがに止めたが、村にある古い小さい屋敷を借りて住まわせてもらうことになったんだ。兄様と伯爵はその下見ってわけさ」
「そういうことでしたか。おふたりの最初の離宮というわけですね」
「ああ、ところでセレーネ。帰ってきたばっかりで悪いんだけど、少し休んだら戦いの訓練相手をしてくれないか?」
「そのくらいでしたら喜んで。今すぐにお相手しますよ」
私は近くに置いてあった訓練用の木剣を手に取った。
「ありがとう! よし、本気で頼むぞ。せいっ!」
打ち込まれる木剣を受け止めながら、ロベルトを観察する。
何度か打ち合った後、私はロベルトの横腹に木剣を叩き込んだ。
「いってぇ!」
「ロベルトさんは力が強く勢いもあって、正面から押し合うだけなら並の兵士より強いでしょう。ただ、横も後ろも隙だらけです。戦場では全方向を意識しなければ」
ロベルトは痛そうにしながらも元気に答える。
「やっぱ強いなセレーネは! もう一回頼む!」
再びロベルトが木剣を打ち込んでくる。
先程よりも両脇の隙が目に見えて減っている。学習能力がとても高いようだ。
何度か受け止めた後、ロベルトの強い一撃で私の持っていた木剣が弾き飛ばされた。
「よっしゃ! 勝った!」
「いえ、まだです」
私はロベルトの背後に素早く回り込み、体を密着させて両腕で彼の首を絞め上げた。
「なっ……!」
私はロベルトの耳元で語りかける。
「武器を持たない相手だからと油断してはいけませんよ」
「わ、わかった! 参った! 離してくれ!」
ロベルトがあわてたように言うので、私は腕を解いて体を離した。
きつく絞めすぎたのか、ロベルトの顔が真っ赤になっていた。
「ごめんなさい。やりすぎましたね」
「敵わないな、セレーネには……」
しばらく訓練に付き合った後はロベルトが飲み物を用意してくれて、一息つく。
「帝都へ出発するのはいつ頃になりそうだ?」
「集まってくれた兵たちを領内の各所と他領との境界に配備して、守りが万全になってからですから、あと数日ですね。おふたりが来るかどうかはそれまでに決めて頂ければ大丈夫です」
「いや、俺も兄様もすでに決心してる。皇帝を討つんだ!」
私は皇太子とヴィオレッタ、グラスブルク公爵の3人を討ち取るが、アステルとロベルトは彼らの両親の仇である皇帝を討ち取ろうとしていた。
前皇帝の直系の孫である2人がいれば皇統が途絶えることもない。
「ええ、それだけ心を決めているのなら協力しますよ。やっと恩返しができますね」
「恩があるのはこっちのほうさ。セレーネが機会を作ってくれたから俺と兄様は正体を明かすことができたんだ」
「ずっと、ご両親の仇を討つために鍛錬していたんですね」
ロベルトの木剣は良く使い込まれていたし、手にもまめの跡があった。
「実はさ、俺は父の事も母の事もよく覚えていないんだ。殺されたのは15年前。俺は3歳だったからな。皇帝は親の仇だ。でも深く憎んでるわけじゃない」
アステルとロベルトの父は前皇帝の第一皇子だった。
前皇帝が崩御した時にまだ子供だったため、いずれ皇位を譲るという約束で、一時的な措置として前皇帝の弟である今の皇帝が即位した。
だが皇帝に約束を破られ、属国のカノーラ王国に婿入りさせられてしまったのだ。
そしてカノーラ王国の王位を継承し、アステルとロベルトが生まれ、善政を敷き民に慕われていたが、カノーラの国力増加を恐れた皇帝により王妃と共に暗殺されてしまったという。
「では、どうしてそうまでして皇帝を討とうとするのですか?」
「そりゃあもちろん、兄様のためだ! 子供の頃からずっと俺を守ってくれた兄様に報いたい。俺は、兄様を皇帝にする。そして今度は俺が兄様を守るんだ!」
ロベルトが拳を強く握りしめて言った。