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第6話 皇太子


「一体どうなっているんだ!私の騎士どもはいつ戻ってくるんだ!」


 皇太子宮殿の自室にて、皇太子が苛立ちながら机を叩いた。


「落ち着いてくださいませ。殿下。きっとそろそろ帰ってきますわ」


 ヴィオレッタが皇太子をなだめるように言うが、顔は笑っていない。


「すぐにでもセレーネが殺されたと発表せねばならないのに!遅すぎる!女ひとり殺すのにどれだけ時間をかけているのだ!」


 皇太子の苛立ちは収まらない。

 その時、挨拶と共にヴィオレッタの父であり大臣であるグラスブルク公爵が入室して来た。


「皇太子殿下。私の領地から報せが届きました。何から話せば良いものか……」


「おお、公爵よ! セレーネの死がやっと確認できたか!」


 皇太子の表情は明るくなるが、公爵の表情は焦燥そのものだった。


「それが……領内の森の中で、騎士4人の死体が発見されました。装いからして殿下の配下の騎士に間違いありません。4人とも剣傷を負っていたそうです。そして、セレーネ嬢の姿はどこにも無かったのです」


「馬鹿な……! まさか野盗に襲われて、セレーネが連れて行かれたのか?」


 皇太子は言うが、公爵が首を横に振る。


「実は馬車の御者は無事で、領内に隠れているところを捕らえました。その者は、セレーネ嬢が騎士4人を斬り殺すのを見たと申しております」


「そんな訳があるものか! 野盗に襲われた失敗を隠したくてそんな嘘を付いているに決まっている! その御者は牢に入れておけ!」


「し、しかし殿下……」


「セレーネは今頃、野盗に殺されているはずだ! 計画通りセレーネはモーゼン伯爵に殺されたことにし、伯爵を討伐する! ヤーレスツァイト侯爵を含む各地の領主に出兵を命じよ!」


 皇太子は聞く耳を持たず、言い捨てた。





 数日後、グラスブルク公爵の報せに皇太子は更に苛立つことになる。


「誰も出兵に応じぬとはどういうことだ!」


 グラスブルク公爵は疲れ切った顔で答える。


「わかりませぬ。各地の貴族を帝都に召集しているのですが未だに誰ひとり来ません。セレーネ嬢の父のヤーレスツァイト侯爵でさえも動く様子がありません」


「くそっ! 何を考えているのだ! ならば仕方ない。公爵よ、貴様の領地から兵を出せ!」


「そんな。それはあんまりです殿下。それでは私の領地だけが疲弊して、グラスブルク公爵家の力が相対的に他の貴族より落ちてしまうではないですか。代わりに帝都の騎士たちを行かせるというのはどうでしょう」


「馬鹿か貴様は! 騎士どもが帝都から離れたら私と皇帝陛下を誰が守るのだ!」


 皇太子とグラスブルク公爵の雰囲気が険悪になる中、ヴィオレッタが入ってくる。


「殿下、お父様。朗報です。バルミッシュ伯爵が帝都に到着したそうですわ」


「おお、それは素晴らしい! 殿下、バルミッシュ伯爵は東部の領主で、何度も戦争に参加している武闘派の実力者です」


「そうか! よし、すぐにこちらへ呼べ!」





 バルミッシュ伯爵が現れ、皇太子への挨拶を済ますと、皇太子が早速命令を下す。


「バルミッシュ伯爵よ。良くぞ参った!  貴様を討伐軍の将軍に任命してやる!」


「お言葉ですが皇太子殿下。私はモーゼン伯爵を討伐するために参上したわけではありません。あの白髪令嬢(はくはつれいじょう)セレーネ様が簡単に殺されるとは信じられず、確かめに来たのです」


「なんだと! 私の言うことが信じられぬと言うのか!」


「セレーネ様のご遺体はあるのでしょうか?」


「そ、そんなものは無いが、巡察使として派遣された先のモーゼン伯爵領で消息を絶ったのが何よりの証拠! モーゼン伯爵は税をごまかすためにセレーネを殺したのだ!」


「モーゼン伯爵の兵たちは戦場で何人もセレーネ様に救われています。感謝こそすれ、殺すとは思えませぬ」


「セレーネは奇跡の力を持たぬ偽物の聖女ではないか! 戦場で何の役に立つと言うのだ!」


「役に立つどころか、セレーネ様の戦場での獅子奮迅の戦いぶり、その活躍たるや父君たる大将軍ヤーレスツァイト侯爵をも上回りますぞ」


「戦いだと? 女が戦場で戦っていたと申すのか!」


「なるほど。戦いに参加せず、安全な帝都で暮らしている方々はご存知ありませんでしたかな。私も含めて、戦争に出兵していた貴族でセレーネ様に感謝していない者はおりません」


 皇太子は顔を真っ赤にして叫んだ。


「貴様!皇太子の私に向かって無礼だぞ!  討伐軍を出さないのならば貴様も反逆者として処刑してやる! 」


「セレーネ様に救われた命の数に比べたら、私の命など大したことはございません。セレーネ様を裏切るくらいなら喜んで処刑されましょう。ですがよろしいのですか? 東の国境を防衛する者が居なくなっても」


「戦争は終わったのだ。敵国が攻めてくることなど当分無い!」


 その時、グラスブルク公爵が息を切らしながら駆け込んで来た。


「はあ、はあ。バルミッシュ伯爵! 今すぐ領地に戻れ!」


  皇太子は怒りをあらわにする。


「勝手なことを申すな公爵! この者は処刑するのだ!」


「殿下! いくつもの諸外国が我が帝国との国境付近で兵を集めるなどの不穏な動きをしているのです! バルミッシュ伯爵領と接する東の国境も同様です! このままでは攻め込まれるかもしれませぬ!」


「な、そんな……!」


 唖然とする皇太子に、バルミッシュ伯爵は当然のように話す。


「敵にとってもセレーネ様は最大の脅威でした。セレーネ様を恐れて停戦に応じた国もあります。セレーネ様が亡くなったかもしれないという噂が外国にも伝わったのであれば、当然こうなるでしょうな」


「だから各地の貴族は領地を動こうとしなかったのか……」


 グラスブルク公爵がやっと理解したように呟く。


「すでに国境の守りは固めさせておりますが、私もすぐに領地に戻って有事に備えるとしましょう。では」


 去っていくバルミッシュ伯爵に、皇太子は何も言えなかった。


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