第5話 白髪令嬢と兄弟の正体
アステルの言っていた通り、翌日には領内から人が続々と集まってきた。伯爵の出した知らせを聞いて来たのだろう。
領地の危機となればそれも当然だろうと思っていたが、その中には『白髪令嬢』である私に一目会いたくて勝手に集まって来たという人も多かった。
「東方平原の戦いに兵として参加していました。あの時、敵陣を突破できたのはセレーネ様のおかげです!」
「北部海岸の防衛戦で孤立している我々をセレーネ様が助けに来て下さって……!」
「遥か西の果てに出征した我が息子が無事に帰って来られたのはセレーネ様に救われたからだといつも申しております」
集まってきた人々が口々に私に感謝してくれた。戦場で見知った顔もたくさんいる。
彼らや、その家族が喜んでくれるのは嬉しいが、私はそこまで感謝をされるような人物ではない。
同じ戦場で生き残る事が出来なかった命もあるのだから。
「それにしてもすごいな! どれだけ多くの戦場で戦ってきたんだ、セレーネは」
私の周りに集まった人たちの波がようやく一息ついたところで、ロベルトが話しかけてきた。ロベルトは集まってきた多くの人々が一気に私に殺到しないよう、私の隣で上手く誘導をしてくれていた。
「参加した戦場は216ですね。小さい戦場も含めているし、ほとんど戦わずに終わった場合もありますが」
「216!? そうか、そんなに……」
「子供の頃から戦っていましたから……そういえば、ロベルトさんとアステルさんも子供の頃から伯爵ご夫妻のお世話になっていると昨日言っていましたよね」
「俺と兄様は孤児だったんだ。両親を失っていた俺たちを伯爵夫妻が保護してくれたんだよ」
「ご両親を……そうでしたか。辛いことを聞いてしまって」
私も小さい頃に母を失っていたから、少しだけ気持ちはわかる。
親が居ないというのは寂しいものだ。
「気にすんなって! それに、ここで働いてなきゃセレーネとも出会えなかったしな」
「え? それはどういう……」
「ロベルト! 伯爵のご家族が到着した。出迎えるぞ」
アステルが遠くから呼びかけてきたので、会話は中断した。
その後、領内の別の屋敷に住んでいるという伯爵の息子夫婦や領内の村の長たちとも挨拶を交わした。
伯爵は、集まった人々に向かって話す。
「今日は皆様と、『白髪令嬢』セレーネ様を歓迎する宴を催させて頂きますぞ」
昼間にも関わらず、屋敷の庭にて盛大な宴が始まった。
アステルとロベルトを含む屋敷の使用人たちは忙しく、しかし手際よく動いている。
こういう時に宴など悠長な、と思う人もいるかもしれない。
しかしこういう時だからこそ、飲み、騒ぐものだ。戦場でもそうだった。
「セレーネ様。本当にこの領地は攻め込まれてしまうのでしょうか」
誰かが不安そうな声を上げた。
「まだわかりません。ですが、帝都からすれば私の生死は不明のはず。今すぐということはないので安心してください」
人々が安堵したような表情をする。
「ですが、領地の境界――特にグラスブルク公爵領との境界の警備はより厳重にすべきでしょう」
「わかりました。我々の村からも兵を出します。ですが、その後は? いつまでも守り続けるのは難しいのでは」
他の参加者からも声が上がる。その不安は当然だった。
私は、やるべきことを話す。
「私が帝都に戻って、皇太子と、グラスブルク公爵、その娘ヴィオレッタの3人を討ち取ります」
その場が静まり返った。そして、一斉に人々がざわつく。
モーゼン伯爵が私の前に来て焦りを隠さず言った、
「皇太子を討ち取ってしまっては、セレーネ様は本当の反逆者になってしまうではないですか!」
「あの者たちこそ、内乱を起こそうとして帝国の平和を乱す反逆者です。それにあちらが私を殺そうとした以上、もはや話し合いで解決できる段階ではありません」
「し、しかし帝都に攻め入るならば犠牲は避けられませんぞ」
「帝都には私が1人で戻ります。あそこの警備は戦勝により緩みきっています。私なら難なく突破できます。この領地から兵士を出す必要はありませんので、私には馬と武器だけ貸していただければ結構です」
「では、皇帝陛下はどうされるのですか」
「皇帝陛下まで殺しては帝国そのものが崩壊しかねませんから、軟禁して皇帝を続けていただきます。陛下はご高齢なので跡継ぎは探さなければなりませんが、今はこれしかありません」
私と伯爵の会話を聞く人々の表情は再び不安そうになってしまった。
そんな中、アステルとロベルトが伯爵に近づき、何かを話す。
伯爵は頷き、人々に呼びかけた。
「皆様! 我が屋敷の優秀な使用人の兄弟が歌と踊りを披露します。楽しんでください!」
どんよりしてしまった雰囲気を一旦、持ち直そうとしてくれたのだろう。
人々は庭の中心に出てきたアステルとロベルトに注目した。
「良いんだな、ロベルト。もう後戻りはできないぞ」
「ああ、兄様。そうしなきゃ、一生後悔することになる」
すごい意気込みだ。どんな歌と踊りをするつもりなのか。
アステルが大きく息を吸い、声を上げる。
「私たちは、帝国の属国である隣国、カノーラ王国の王子だ!」
ロベルトも続いて声を上げる。
「そして俺たちの父、国王ペルカシュルツは前皇帝の息子であり、前皇帝の弟である今の皇帝の陰謀でカノーラ王国に婿として送られた人物である」
「つまり私たちは前皇帝の孫! 皇位を継承できる血筋だ」
私もモーゼン伯爵も、他の人々も、唖然としていた。
ロベルトは私の前に来て、私の目をじっと見つめて言った。
「セレーネ、俺たちも協力する! 共に帝都に行こう!」