第3話 白髪令嬢とアステルとロベルト
目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていた。
起き上がって周囲を見渡す。窓から日差しが差し込んでいる。
どうやら兄弟が話していた『屋敷』の一室のようだ。
手足を動かしてみる。特に拘束はされていない。
体力も回復している。
「あの、誰かいらっしゃいますか」
敵意がないことを示すためにも、勝手に行動はせずひとまず声を出した。
するとノックの音が聞こえ、聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。
「入って良いか」
私が返事をすると扉が開き、声の主が現れた。
明るい金髪に、綺麗な緑色の瞳を持つ、活発そうな雰囲気の整った顔立ちの青年だった。
私と同い年、18歳くらいだろうか。細身ながら引き締まった体に使用人の服が良く似合っている。
こちらに快活な笑顔を見せると、口元には八重歯が見えた。
「良かった! 元気そうだな。俺はここの屋敷の使用人だが、川で倒れてる君を見付けたんだ」
「助けて頂きありがとうございました。貴方はロベルトさん、ですか?」
すると、驚いた顔をした。
「なんで俺の名前を。まさか、起きてたのか?」
「意識だけはありました。背負って運んで頂き、重ね重ねお礼を……」
「いや、こっちこそ……女の子を抱えたことなんて無かったから、雑に運んで悪かったよ」
ロベルトはこちらから目をそらして言う。
「雑だなんて、とんでもありません。ロベルトさんが優しく背負って下さったから私は安心して、警戒感を解くことが出来ました」
「もう良いって、恥ずかしいから」
彼の耳が少し赤くなった気がする。
「そういえば、私を助けてくれたもう1人のお方……アステルさんというお名前だったと思いますが、あのお方にも感謝を伝えたいのですが」
「ああ、兄様なら君を診た医者を村に送っているところだ。医者は、倒れたのは極度の過労が原因だろうからたっぷり寝て食事を取れば回復すると言ってたな」
確かに、睡眠も食事もまともに取っていなかった。
無理しているのはわかっていたが一刻も早くグラスブルク公爵領から出たかったから。
「よく寝られたみたいだから、あとは食べれば回復するさ。すぐに食事を用意しよう!」
これ以上迷惑をかけたくは無かったが、倒れられてはもっと迷惑だろう。
それに、自分の体も空腹にはもう勝てそうになかった。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「そういえば、君の名前を聞いてなかったな」
「私の、名前は……」
言葉に詰まった。
私の名前と起きたことを正直に話すべきかどうか。
「ああ、いや、言いたくなかったら良いんだ! 気にするな。今食事を持ってくるから待っててくれ!」
ロベルトはそう言って退出した。
私の妙な様子を気遣ってくれたようだ。
しばらくして、再びノックの音が聞こえた。
返事をすると、ロベルトともう1人、使用人の服を着た男性が食事を持って入ってきた。
「ちょうど兄様が帰ってきた所だったから、連れてきたぞ!」
「ロベルトと一緒にここで使用人をしているアステルだ。無事みたいで良かったよ」
優しげな笑顔を見せるアステルと名乗った青年はロベルトより背が高い。
綺麗な緑色の瞳はロベルトとよく似ている。
兄だけあってやはり整った顔立ちだが、こちらは艶のある黒髪で、理知的な雰囲気だった。
「アステルさん。助けていただいて本当にありがとうございました」
「私は医者を呼んだだけだよ。君を見つけたのは弟だ」
「いやいや、兄様が的確に指示を出してくれたからすぐに動けたんだ!」
「大した指示は出していない。感謝はお前が受けるべきだ」
「強情だな、兄様は。俺は感謝されるためにやったわけじゃない!」
「そのくらいわかってるさ、お前の事だからな」
言い争う兄弟だが、険悪な感じは全くしない。
なんだか微笑ましくて、つい笑ってしまった。
「ふふ、お2人はとても仲が良いんですね」
「まあな……って、俺たちの事はいいから食べてくれ! 空腹だろ」
「後でまた来る。ゆっくり食べてていいからな」
兄弟が退出しようと扉の方へ歩いていく。
「ありがとうございます、あの!」
呼び止め、振り向いた兄弟に私は伝えた。
「セレーネです。私の名前」
「セレーネか。良い名だ」
「教えてくれてありがとうな、セレーネ!」
2人とも笑顔を浮かべ、部屋を出て行った。