第2話 白髪令嬢と兄弟の出会い
私が乗り込むと馬車が動き出した。
4人の騎士もそれぞれ騎乗し、左右を護りながら並走している。
馬車の旅にしてはかなり速い。
私は御者に話しかけたが、全く返事をしなかった。
仕方なく、隣で馬を走らせる騎士に話しかける。
「モーゼン伯爵領までは、仮に一切休まなくても馬車で1日かかる距離だったと記憶しています。このペースでは馬も人も持たないのでは?」
「道中で万事手配しますので、ご心配には及びません」
「モーゼン伯爵領に向かうには、グラスブルク公爵領を通過しますよね?」
「当然です。帝都の西のグラスブルク公爵領のさらに北西に向かうのですから、それが最短の道になります。それが何か?」
そういうことか。
夜が明けないうちに急いでグラスブルク公爵領に入り、そこで私を殺すつもりらしい。
最初から長旅などしないつもりなら、このペースで馬を走らせるのも納得がいく。
皇太子の新たな婚約者となったヴィオレッタの父が治める領内なら色々と都合が良いのだろう。
出発から数時間後。
一行は森の中の暗くて狭い道を進んでいた。
おそらく、すでにグラスブルク公爵領内だろう。
「おい」
騎士が御者に話しかけると、馬車が急停止した。
4人の騎士が下馬して、全員が剣を抜いてこちらに近づいて来る。
「セレーネ様、降りてください」
騎士に言われた通り、馬車を降りる。
「悪いが、セレーネ様にはここで死んでもらう」
騎士たちが私を取り囲んだ。
「皇太子の命令ですか。ヴィオレッタ嬢とグラスブルク公爵も関わっているのでしょうね」
「察しが良いな。まあ、アンタの態度次第では助けてやっても良い」
騎士の1人がニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらこちらに剣先を向けてきた。
助けるつもりなど無い癖に。悪趣味な者達だ。
「偽物の聖女だったとはいえ、あの『白髪令嬢』をあっさり殺してしまうのは惜しいからな。さあて、どうやって命乞いしてもらう……がっ!」
私は向けられた剣を蹴り上げ、弾き飛ばし、そのまま騎士の顔面に掌底を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
倒れ込む仲間を見て残り3人が呆然としている。
反応が追い付いていない。実戦経験のない、帝都の貴族の子はこの程度なのか。
落ちた剣を私が拾う事を止めもしないとは。
「か、返せっ……」
剣を失って倒れていた騎士が起き上がろうとしたので、拾った剣で右脚を斬った。
悲鳴を上げて再び倒れる。
「貴様ぁ!」
残りの騎士たちがようやく私に斬りかかってきた。
が、まったく連携が取れていないので、1人ずつ順番に余裕をもって斬り伏せることができた。
背後で御者が悲鳴を上げ、馬車を捨て逃げ去っていく音が聞こえた。
「な、なぜだ……奇跡の力は無いはず! なぜこんなに強い……!」
右脚を斬られて倒れている騎士が声を上げる。
3人はすでに絶命したようだ。
「奇跡の力が、無いからですよ」
私は答えた。
聖女としての奇跡の力を持たない私が戦場で生き延びるために、必死に戦った。必死に鍛えた。
それを繰り返し、何度となく戦場を経験し、強くなっていっただけだ。
「その出血では、助かりません」
騎士はもう声を出すことはなかった。
私は北西に向かって歩き出した。
グラスブルク公爵領内に留まっていては、どこに敵が潜んでいるかわからない。
かといって私を殺そうとした皇太子らの居る帝都に戻るわけにもいかない。
まずはモーゼン伯爵領に入るべきだろう。
夜通し歩き続け、朝日が昇った頃に小さな集落を発見した。
外に干してあった村の娘の物と思われる簡素な服を盗み、着替える。
その場にドレスと身に付けていたアクセサリーを置いて来たので、どうか許してほしいと思いつつ、再び北西に向かって進む。
また夜になり、そして夜が明けた。
もはやどれだけ歩いたか分からなくなった頃、グラスブルク公爵領とモーゼン伯爵領の境界である川に辿り着いた。
川の流れはそこまで速くない。泳いで渡れそうだ。
なんとか泳ぎきって対岸に着いた所で、私の体力は限界を迎え、その場に倒れ伏した。
ここまでか。
そう思って目を閉じた瞬間。
「アステル兄様、あそこに人が倒れてるぞ!」
「おい、大丈夫か!」
2人の男の声が聞こえて、足音が近付いて来た。
だが私は答えることも動くこともできない。
意識を保つのが精一杯だった。
「よし、息はある。君、しっかりしろ」
肩を揺すられる。
「綺麗な白髪だ……」
「そんな事言ってる場合か。ロベルト、お前が屋敷まで運んでやれ」
「わかった。兄様は?」
「私は先に屋敷に戻って、御主人様に頼んで医者を呼んでおく」
2人の男は兄弟のようだ。声の感じからして若い。
助けてくれるつもりらしい。
「よっと……軽いな」
ロベルトと呼ばれた弟らしい男は、私を抱えあげ、背負う形になった。
「頼んだぞ。怪我をさせるなよ」
アステルと呼ばれた兄らしい男の声が離れていった。
「よし、しばらく辛抱してくれよ!」
力強く語りかけてくる声を聞きながら、私は背負われながら眠るように意識を失った。