最終話 白髪令嬢とプロポーズ
ヴィオレッタはアステルとロベルトに向かって語り始める。
「おふたりとも、とても美男子でいらっしゃいますわね。美しい方には美しいわたくしこそお似合いだと思いませんか? 皇太子と婚約するまでは、わたくしを妻にしたいと願う帝都の貴族たちから毎日のように求婚されておりました。そんなわたくしを妻にすれば、新しい皇帝の威厳を示すことが出来ますわ!」
アステルとロベルトは顔を見合わせた。
ロベルトはヴィオレッタに向き直って不快そうに言った。
「君がどれだけ人気なのかは知らないが、セレーネを愚かだと言うような女性が魅力的だとは俺には思えないな」
「そ、それは謝りますわ! ですが……!」
「そもそも君は内戦を起こすためにセレーネを殺そうと皇太子を唆したんだろう。そんな者を妻にしたい者など、私や弟に限らず、もはや誰も居ないのではないか?」
アステルからも厳しい意見。
さらにロベルトがヴィオレッタに近づき続ける。
「だいたいな、君がいくら美人でもセレーネの美しさには到底及ばない! 特に戦っている時に靡く白髪の輝きには目を奪われたし、もちろん内面の優しさや意思の強さも俺は大好きなんだ!」
え?
どさくさに紛れてすごく恥ずかしいことを言われている気がする。
「あの、ロベルトさん。私を急に持ち上げられても照れるのですが」
「あ! いや、これはその……!」
ロベルトがもじもじと下を向いてしまった。
アステルが見かねたようにヴィオレッタに言う。
「とにかく、私にもロベルトにも君と話すことはもう無いぞ」
「そ、そんな……こんな女なんかに!」
悔しそうにしているヴィオレッタに、私は剣を抜いて告げる。
「では、討ち取ります」
絶望的な表情をするヴィオレッタだったが、突然ロベルトが声を上げた。
「待ってくれセレーネ! 俺は君がこれ以上手を汚すところは見たくない! それに首謀者の1人とは言え、女性を殺すのも良くないように思えてきた。どうだろう、貴族の地位を剥奪し、帝都から追放することで罰するのは」
「うむ……穏便に済ませても良いかもしれないな。私は構わない」
ロベルトとアステルの寛大な処置に対して、ヴィオレッタの顔が歓喜に満ちた。
私はそのヴィオレッタの心臓を剣で刺し貫いた。
ヴィオレッタは歓喜の表情のまま口から血を吹き出して絶命した。
「セレーネ!?」
ロベルトとアステルが驚愕してこちらを見た。
「おふたりとも、しっかりしてください。ロベルトさんの情の深いところも、アステルさんの理性的なところも、素敵です。ですが女だからと言って扱いを変えるような皇帝になるならば私は従いません」
それに、ヴィオレッタだって最後まで生き残るために女の武器で戦ったのだ。
敬意を払って、こちらも厳正に対応しなければ失礼だろう。
「悪かったセレーネ。俺が甘かった」
「すまない。私もこの期に及んで事を荒立てぬようにと考えてしまった」
「いえ、私こそ生意気なことを言い過ぎました。申し訳ありません」
3人が口々に謝る。なんだかよくわからない状態になってしまった。
そんな玉座の間に、誰かがやってくる足音が響く。
私がそちらの方向を見ると、やってきたのは兵を率いたバルミッシュ伯爵だった。
「バルミッシュ伯爵! お久しぶりです」
私は戦場で共に戦って以来、久々に会うバルミッシュ伯爵へ駆け寄った。
「おお、あの人がセレーネの話していた武闘派の伯爵か」
「見るからに屈強そうな風貌だな」
ロベルトとアステルも伯爵を見ている。
伯爵は2人の王子に挨拶をし、報告する。
「帝都にはセレーネ様をお慕いする貴族が続々と参上しております。帝都へ続くすべての道は我々の兵たちが完全に封鎖し、皇族やグラスブルク公爵家に協力していた騎士や貴族連中は1人たりとも逃しておりません」
「さすがはバルミッシュ伯爵。迅速に対応して頂きありがとうございます」
私は、戦場で共に戦ったことがあり信頼できると判断した各地の貴族たちに、モーゼン伯爵の使者を通して、ある書状を送っていた。
それは白髪令嬢の生存と計画を告げて協力を要請するもので、私たちがモーゼン伯爵領を出発するタイミングに合わせて届くようにしていたのだ。
「セレーネ様の父君であるヤーレスツァイト侯爵が国境に増援を送り、外国に睨みを利かせてくれたお陰で我々が安心して自領を離れて動くことが出来たのです。今頃は外国にもセレーネ様生存の情報が伝わり、撤退していることでしょう」
やはり父は私が死んだとは信じておらず、やるべきことをやってくれていたようだ。
「民衆の混乱が収まるまでは、帝都の治安維持もお願いしたいのですが」
「無論です。もっとも、セレーネ様が勝利し、新たな皇帝が即位するとわかれば民衆もすぐに落ち着くと思いますがな。では、失礼」
バルミッシュ伯爵は謁見の間を去っていった。
「さて、伯爵の言う通り、民衆のためにも新たな皇帝の即位を早く宣言しなければなりません」
私はアステルとロベルトを見る。
「どちらが皇帝になるか、決められましたか?」
「もちろん、兄様に皇帝になってもらうさ」
「いや、ロベルト。私ではなくお前が皇帝になるべきだ。お前がセレーネに名乗り出なければ、ここまで来ることはできなかったのだから」
「何を言っているんだ! 兄様こそ皇帝に相応しいんだ! それに弟が兄より先に皇帝になるなんて!」
「そんなことは関係ない。お前の気持ちはどうなんだ。セレーネの夢を叶えたくはないのか? お前はよく出来た弟だが、たまにはわがままを言ってくれて良いんだぞ」
相変わらず言い争って譲り合う兄弟だったが、何故私の名前が出てくるのだろう。
「わかったよ……兄様。じゃあ、良いか?」
「ああ、頑張れ」
どうやらロベルトが皇帝に即位することになったようだ。
「セレーネ!」
ロベルトが私に対して、しっかりと姿勢を正して言った。
「おめでとうございます。ロベルトさん。いえ、皇帝陛下」
「いや、ロベルトで良いって……そんなことより、俺が皇帝になったら皇后になってくれないか! セレーネ、君を愛している! 結婚してくれ!」
「え?」
ロベルトが膝をついて、私に手を差し出した。
これって、つまりは。
「プロポーズということですか?」
「そうだ! セレーネは平和な帝国を築くのが夢だったんだろ? 俺は兄様のために皇帝を倒すことが夢だった。それはセレーネのお陰で叶えられた。だから、これから先はセレーネの夢を一緒に叶えたい」
ロベルトの緑色の瞳がキラキラと輝いて私を見つめてくる。
戦いならばどんな攻撃にも対処できるのに、今はどうして良いかわからなかった。
「ま、待ってください、保留、保留にさせてください」
「保留はだめだ! 断るならきっぱりと断ってほしい! それなら俺は諦める!」
「だ、だったら条件があります。それを達成したら結婚をお受けします」
それから半年が経過した。
結局、ロベルトは私の出した条件を達成できていない。
条件とは『1対1の模擬戦で私に勝つこと』だった。
しかし、新皇帝ロベルトは皇帝としての仕事を果たしながらも、めきめきと戦闘の腕を上達させていた。
腕に覚えのある者たちが私とロベルトを結婚させるために、こぞって指南役となり、バルミッシュ伯爵や私の父までもがロベルトに稽古をつけているそうだ。
新皇帝の兄であるアステルは、高い実務能力で皇帝を補佐している。
だが、新たな政治体制が軌道に乗ったら故郷であるカノーラ王国に帰るつもりらしい。
カノーラ王国は国王が空位のまま、かつて兄弟の命を救った家臣が代理で統治をしていた。
アステルには是非戻って国王になって欲しいと言ってきたそうだ。
「幸運なことに、義理堅い家臣が父の統治方針をしっかり引き継いだおかげでカノーラの民は苦しまずに生活できている。私が戻ったところで役には立たないが、皇帝の兄が帝都にいては次の世代で争いの火種になってしまうからな」
と、アステルは言っていた。
その姿は、嬉しそうでもあり、少し寂しそうでもあった。
だが、弟を心から誇らしく思っているのは間違いなかった。
私はというと、帝国の軍人を養成する学校を作るために奔走していた。
何かがある度に各地の貴族から出兵させていては、民衆の負担になるし効率も悪い。
家柄に関係なく優秀な人員を帝都に集めて訓練し、正規の軍を作ることで将来の帝国を安定させ、平和に寄与したいと考えている。
「セレーネ! 今日こそは勝って見せる!」
「受けて立ちましょう、皇帝陛下。いえロベルトさん」
何だかんだで、どんどん強くなっていく新皇帝ロベルトと模擬戦をするのも最近の楽しみになってしまった。
まだまだ負ける気はしないが。
白髪令嬢には、聖女としての奇跡の力は無かった。
だが、私の髪が白くなければ、こんな人生を歩むことはなかっただろう。
私は、白髪令嬢として生まれてきて良かった。
ロベルトの剣を受け止めながら、視界に入った自分の白髪を見て、そう思った。
完結です!
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