第10話 ヴィオレッタ
公爵令嬢ヴィオレッタは、皇太子の部屋に入るなり大声で騒ぐ。
「殿下! 大変ですわ! セレーネが……!」
「大丈夫だ、知っている。今、騎士どもを向かわせたところだ。奴がいくら強くても30人相手では手も足も出まい。セレーネの運命は、あの場で死ぬか捕まって罪人として処刑されるかのどちらかしかない」
皇太子はヴィオレッタをなだめるように言った。
「ですが、本当にセレーネを殺してしまえば外国から攻められるのではありませんか?」
ヴィオレッタは不安そうに言ったが、皇太子は平然と答える。
「そんなもの、辺境の貴族どもに戦わせれば良い。今までだってセレーネが強かったのではなく、敵が弱すぎたから勝ってきたに決まっている。我が帝国が負けることなどありえん」
「そ、そうですわね」
「外国を追い払ったらその勢いでモーゼン伯爵も倒して金山を手に入れるぞ。そしてヴィオレッタと私のために金で飾られた豪華な離宮を建てようではないか! はっはっは!」
「嬉しいですわ、殿下」
ヴィオレッタは取り繕った笑顔で答えた。
そこにグラスブルク公爵も入室して来た。
「殿下! 一大事です!」
「親子揃って慌ただしい奴らだ。公爵よ、セレーネには騎士どもを向かわせて……」
「それは存じております! その騎士たちがセレーネ嬢に敗れて全滅したようなのです!」
「なんだと!? 30人もいたのだぞ!?」
皇太子は大声を出して驚く。
グラスブルク公爵は報告を続ける。
「しかも、セレーネ嬢だけではなく、カノーラ王国の王子と名乗る者たちが共にいるそうで、恐れ多くも皇帝陛下と皇太子殿下、私とヴィオレッタまでも討ち取ると宣言していたとの報告が先程ございました……!」
「なんだそれは……私はそんな奴ら知らんぞ! おい、公爵! 貴様の配下の者をとっとと迎撃に向かわせろ! そうだ、帝都の平民どもにも命じてセレーネを襲わせるのだ! 従わなければ処刑すると言え!」
グラスブルク公爵は深いため息をつく。
「はあ……どこまでも頭の悪いお方だ。もはや勝ち目は無いというのに……」
皇太子は公爵の言葉に驚き、激怒した。
「き、貴様! 今、何と申した! 私に向かって……!」
「殿下、お父様。お水を用意しましたわ。これを飲んで一旦落ち着いてくださいませ」
いつの間にか居なくなっていたヴィオレッタが、水を持って現れた。
皇太子はヴィオレッタから水を奪うように乱暴に取ると一気に飲み干した。
「ふん、ヴィオレッタに免じて今の発言は聞かなかったことにしてやる。さあ、私に従って……」
皇太子の言葉が途切れた。
体が麻痺して動かなくなっている。
「大丈夫。この毒で死ぬことはありませんわ。まあ、セレーネに殺されるでしょうけど」
ヴィオレッタが皇太子に冷たい目を向けながら言った。
「あ……あ……」
皇太子は唸りながらヴィオレッタに驚愕の目を向ける。
「こうなった以上、我々が皇太子殿下と結託する理由は何もありませぬ。皇族と共に滅びたくないのでね。ヴィオレッタ、よくやった。行くぞ」
「はい、お父様」
ヴィオレッタと公爵が部屋を立ち去ろうと歩き出した。
皇太子は麻痺しながらも言葉を絞り出してヴィオレッタに問いかける。
「なぜ……私を愛していたはず……」
「あら。セレーネを騙しておいて、ご自分は騙されないと思っていたのかしら? 本当に救いようのない人ね」
ヴィオレッタは皇太子の方へ振り返りもせず言い捨て、グラスブルク公爵と共に退室した。
「お父様、これからどうなさいますの?」
「すぐに帝都を脱出して我々の領地に戻る。カノーラ王国の王子兄弟はおそらく本物だ。カノーラ王国で起きたことや彼らの存在を知る者など一部しかいないからな、もはや皇位が奪われることは避けられん」
ヴィオレッタと公爵が皇太子宮殿を出て、足早に自らの邸宅に向かっていた。
数分ほど歩けば着く距離だ。
「領地に戻った後は?」
「奴らが『内戦を起こそうとした罪』で皇太子を裁くならば、我らの領土を攻めて内戦を起こすようなことはせぬはず。帝都の騒ぎが落ち着いたらこちらから領地の一部を献上するなり、領民を奴隷として差し出すなりして兄弟の機嫌を取り、帝国の中心へと返り咲くのだ」
公爵が今後の計画を自慢気に披露するが、ヴィオレッタは返事をせず、前を見て絶句していた。
やや遅れて公爵も気が付く。
見えてきた自分の邸宅の前に誰かがいることに。
「ごきげんよう。グラスブルク公爵。そしてヴィオレッタ様」
2人の行く道の先に、セレーネが立っていた。




