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第1話 白髪令嬢と婚約破棄


「『白髪令嬢はくはつれいじょう』こと、ヤーレスツァイト侯爵の娘セレーネよ。貴様との婚約を解消する!」


 帝都にある皇太子宮殿にて、戦勝記念の晩餐会が行われていた。

 その最中に、私の婚約者であった皇太子の口から、婚約破棄が唐突に告げられた。


「え……?」 


 貴族たちの視線が一斉に私と皇太子を突き刺す。

 何故、集まった貴族たちの目前でその様な事を。

 私は一瞬、返答に困って固まってしまったが、理由を聞かないわけにはいかなかった。


「恐れながら皇太子殿下、理由をお聞かせ願えますか? いきなりそのような事をおっしゃられても納得致しかねます」


「わからぬのか?」


 ならば説明してやると言わんばかりに、皇太子は話を続けた。


「誰もが知っている話だが、『生まれながらにして白い髪を持つ女子は、祈りによって奇跡をもたらす聖女である』という、この帝国に語り継がれる伝説がある。貴様はその伝説の聖女であるはずだった」


 皇太子の言う通り、私はこの帝国で数百年ぶりに誕生した生まれつき白髪の女子で、つまり聖女であると言われていた。

 聖女の役割――それは戦場に同行し、後方で祈りを捧げて奇跡を起こし、味方を勝利させること。


「だが貴様は、数々の戦場に同行しながらも、どの戦場でも祈りを捧げていなかったとの報告が複数から届いている! 間違い無いな?」


「……はい。間違いございません」


 その通りだ。私は実際には奇跡の力などを持っていなかった。

 ただ珍しいだけの白髪の少女を、周囲が伝説の聖女として持て囃しただけだったのだ。


「ふん。あっさり認めたな。恥知らずめ」


「ですが……皇太子殿下は私に求婚する時に言って下さったではないですか! 『聖なる力など関係なく、君自身の魅力に惚れたのだ』と! 『君と共に帝国の未来を照らしたい』と!」

 

 皇太子妃となり、いずれは皇后となり、平和な帝国を――戦いで誰も傷つかない平和な国を築いていく。

 それが私の今の夢だった。


「馬鹿が。そんなものは社交辞令に決まっているであろう。皇太子と聖女が結婚するからこそ帝国の威光を世界に示すことができるというもの。貴様に聖なる力が無いのならば皇太子である私が侯爵家ごときの娘と結婚せねばならぬ理由はない!」


 そこまで言われて、やっと気付いた。

 大将軍である父に同行し、幼い頃から戦場にいた私は、あまりにも世間知らずで愚かだったことに。


「それに私にはもう新たな婚約者が決まっているのだ! おいで、ヴィオレッタ」


 私と皇太子の様子を遠巻きに見ていた貴族たちの中から、華やかな女性が現れた。


 公爵令嬢ヴィオレッタ。

 彼女の実家、グラスブルク公爵家は西に広大な領地を持つ、帝国の最有力貴族だ。

 確かに家柄としては私のヤーレスツァイト侯爵家とは比べ物にならない。


「お久しぶり、セレーネ嬢。これからはわたくしが新たな婚約者となりますわ」


 ヴィオレッタは堂々と私を見下すように、薄ら笑いを浮かべている。


「やっと君と一緒になれるな」


 皇太子はヴィオレッタに熱い視線を向ける。

 なるほど。随分前からこの2人は深い仲だったようだ。


「ヴィオレッタは貴様と違って家柄も良く愛想も良い。まさに私に相応しい婚約者だ!」


「うれしいですわ、殿下。もうセレーネ嬢は用済みですわよね? とっとと追い払って下さいませ」


「お待ち下さい。婚約解消はわかりました。ですが、皇帝陛下のご裁可無しにこのようなことは……」


「見苦しいわよセレーネ。貴女が心配しなくても皇帝陛下にはわたくしのお父様が直々にお願い申し上げに参上しているわ。今日中にご裁可を頂けるはずよ」


 ヴィオレッタの父、クラスブルク公爵は大臣として皇帝から信頼されている。

 そして、皇帝は年を取ってから生まれた唯一の男子である皇太子を溺愛していて、大抵の事なら許してしまう。

 ヴィオレッタの言う通り、すでに婚約解消は揺るがない決定事項になっているようだ。


「そうですか。でしたらもう私からは何も申し上げることはございません。自領に帰って父に報告することに致します」


 私が皇太子に一礼し、踵を返して去ろうとすると、後ろから皇太子に呼び止められた。


「待て。お前も顔は悪くないからな。その貧相な白髪を他の色に染めるのなら私の側室くらいにはしてやっても良いぞ」


「殿下! お戯れをおっしゃらないでください。わたくしは他の女が殿下の近くにいるなんて耐えられませんわ」


「冗談さヴィオレッタ。私が君以外の女を側に置くわけがないだろう」


 もうこれ以上、私に惨めな思いをさせないで欲しい。

 一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


「セレーネよ。このまま自領に帰っては恥晒しも良いところ。父君のヤーレスツァイト侯爵はさぞかし悲しむであろう。そこで貴様にはこの私の慈悲によって新たな任務を与えてやる」


 任務?

 他の家に嫁ぐように命じられるのならばともかく、任務とは一体どういうことなのか。


「ヤーレスツァイト侯爵の娘セレーネ。貴様を帝国の巡察使に任ずる。これより直ちにモーゼン伯爵領に向かえ」


 会ったことはないが、モーゼン伯爵は知っている。

 北西にある小さいながらも豊かな領地を治めている人物だ。


「モーゼン伯爵は皇帝陛下に納めるべき税を正しく納めず、ごまかしているという噂がある。セレーネよ、そこで伯爵領を調査し、税を正しく納めさせよ。その任務を果たせば貴様の汚名も少しは挽回できよう」


「あら、良かったわね。殿下の温情に感謝することね」


「私の配下の者を護衛に付けて送らせてやる。すぐに出立せよ」


 婚約を破棄されたと思ったら、今すぐに旅立てと言うのか。

 おかしいとは思ったが、もはやここで反論しても無意味だという事は理解できた。

 私は、貴族たちの視線に晒されながらその場を退出した。





 宮殿の外に出ると、皇太子の配下であろう騎士4人と御者付きの馬車が私を待っていた。

 手際が良すぎる。

 

「お待ちしておりました。『白髪令嬢はくはつれいじょう』たるセレーネ様の護衛を仰せつかり、大変光栄に存じます。これからモーゼン伯爵領までお送り致します」


 騎士のリーダー格らしい男が挨拶をしてきた。

 私はすぐに要望を伝える。


「ご苦労様です。まずは私の家の使用人に会わせて頂けますか? 準備も必要ですし、自領に居る父に手紙を出したいのです」


「申し訳ございませんが、皇太子殿下の命により今すぐに出立しなければなりません」


「私に、このドレス姿のままで馬車の旅をしろと言うのですか?」


「皇太子殿下のご命令です。どうぞ、馬車にお乗り下さい」


 私は半ば強引に馬車に乗せられることとなった。

 騎士たちが発する雰囲気から、私は彼らの狙いを理解できた。 


 皇太子は私を殺すつもりだ。



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