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戦う高校生シリーズ

読み慣れてない人が紙芝居をするとこうなる

作者: 一木 川臣

 

 どうも皆さんこんにちは。この近所で売木うるぎと名の付く高校生は俺ぐらいしかいないのだが、今日はとある公園に向かっている。


 右手には紙芝居を持っており、お察しの早い方はもう気づいたんじゃねえのか?


 なんと、俺が公園で紙芝居を披露することになってしまったのだ。


 さて、例の如く事の発端の説明に入るが、近隣に在住している紙芝居のお姉さんがノドを痛めたということで俺の元に突然やって来たのだ。


 もうこの時点で色々とおかしいところがあるのかも知れないが、かなり省いた説明をすると喉を痛めてしまったお姉さんの代わりに俺が公園で紙芝居を読んでほしいという依頼があったのだ。……本当にワケの分からない話だよな。


 まぁ、滅茶苦茶抵抗したけど最後には「コーンフロマイティ10個あげるから!」とお願いされてやむなく折れたのだ。俺の大好物のシリアル食品『コーンフロマイティ』が10個もくれるというのであれば悪い話ではない…… 悪い話ではないのだが……


 ──そこまでして紙芝居を外せない理由があったのか?


 と思ってしまう。なんてったってただの紙芝居だぞ、紙芝居。馬鹿にしているワケじゃねえけど、そんなの病気を理由に『今日の講演は中止』としておけば良かったんじゃねえのか? それで終わりだと思うのだけど……


 ただ、あの姉ちゃん最後には「絶対紙芝居を披露しないといけないからこうして頭を下げて頼んでいるんじゃない! お願い、私を助けると思って!」と滅茶苦茶必死に頼み込んでいたし、そんなに必死になる理由があるのか……? 本当に謎な話である。



 まぁ、そんなこんなで今に至るということだ。


 しかしなあ…… なんで俺みたいな一般高校生が休日を潰してまで紙芝居を披露しないといけないのか本当に腑に落ちねえな。柄にもなく右手に紙芝居を持って公園に向かうだなんて、歩いている間『俺は何をしているんだろう』と虚無を感じてしまう程やる気がないのは当然の話だ。


 『コーンフロマイティ』10個が無ければ絶対に引き受けなかったけど、それでも面倒くせえなと思ってしまう。


 第一俺なんてまず人前で紙芝居なんて読んだことがない。ましては朗読ですらも怪しいと思うのにどうして俺なんかにお願いしたんだ? 他に当たる先がなかったのか……?


 まぁ、あれもこれもフロマイティのためだ、適当に流して終わらせておこう。紙芝居なんて文字を読みながら画用紙めくるだけだからそこまで難しい事じゃねえだろう。


 ちなみに今日披露する紙芝居は『不思議の森のリーフ』という話だ。森の中に住む小さく気弱で一人ぼっちな妖精『リーフ』が勇気を出して友達を作り、最後には皆で宴をして終了という…… いわゆるほのぼのした心温まる児童向けファンタジーだ。

 一応昨夜練習で1回通して読んでみたのだが、わりとメッセージ性が高く奥深いと感じた。特に一人ぼっちの『リーフ』が森の悪ガキ大将に向かって反論する姿は心打たれる子供も少なくないんじゃねえのか?

 俺もどちらかというとこういった心温まる系の話が好きだ。ぶっとんだバトルや異次元みたいな超能力より日常系の方をたしなむことが多いかな。


 っと、そろそろ公園に到着だな。場所はここであっているよな…… え〜っとお姉さんから預かったメモを見てみるか。

 『中町第二公園』、ここで間違いねえな。


 俺の住む町には大きな公園がある。野球やサッカーもできるくらいの広さがあり、休日達には子供達が集まって色々遊んでいるのだが……



 それにしても……



「人集まりすぎじゃねーのか!?」



 モニュメントを抜け広場へと足を運ぶと物凄い数の子供達が集合しており、思わず声が出てしまった。


 な、なんなんだこの人数…… やべえだろ、こいつら全員紙芝居の観客だというのか!?


 一瞬何かのイベントかと勘違いしていたけど、お姉さんのメモと場所が一致しているあたり間違いない、あいつら紙芝居の観客だ。


 顔を上げて辺りを見渡しても子供だらけ。子供子供子供で、ざっと見ても500人ぐらいはいるんじゃねえのか!? 


 とりあえず俺は指定された舞台まで恐る恐る歩いていく。俺の姿を見つけた子供達がテンション上がってしまったのか声を上げ始めた。



『うおおお! 来たぞーー!!』

『紙芝居の時間だーーー!!』

『紙芝居!! 紙芝居だあああああ!!』



 なんなんだよこいつら。紙芝居楽しみにしすぎだろ。なんで俺の姿を見ただけでこんなに声が上がるんだよ、すげえ恥ずかしいじゃねーか。


 歓声が湧き上がる中俺は急足で子供達の前にある小さな机まで行き、紙芝居を取り出した。


 振り返れば物凄い量の子供達が俺に向かって視線を向けているのが見える。幼稚園児から小学校高学年と思える男女がずらあああっと立ち並んでいるけど、マジで何人いるんだよ、聞いてねえぞ、こんな人数が紙芝居を見に来るだなんて。てっきり来ても10人ぐらいだと思ってたぞ、ふざけるな。



「えー、皆様お集まりいただき──」

『『『うおおおおおお!!!』』』


 俺の挨拶が大音量の歓声によって一瞬にしてかき消されてしまう。テンション上がりすぎだろ、たかだか紙芝居でこんな大声で叫び倒しやがってよ。

 こんなんじゃやってられねえぞ、全然俺の声が届かねーじゃねえか!


『そこにマイクがありますよー!!』


 最前列の坊主が俺の思惑を察したのか、大きな声でそう言って来る。よく見れば坊主の言う通り机の中にマイクが置いてあった。

 マイクを手に持ち、電源を付けて俺は再度大きな声で挨拶をする。


『すっげえ集まってるじゃねーか! お前ら暇人しかいねーのか!!』


 声を出して分かったのだがこのマイク、公園に多数設置してある放送用スピーカーと接続されているもののようで、俺の声が広い公園中に響き渡ってしまった。


 おい、流石にやりすぎだろこれは。公園で遊んでいる奴どころか、近所中に聞こえちまうじゃねーか、俺のお粗末な紙芝居が! 紙芝居用のマイクなんて簡易スピーカー1個で十分だろ。放送用のマイクなんて音がデカすぎるだろーが。


『ねー、お兄さん誰? いつものお姉さんは?』


 最前列で立っているメガネ男にそんなことを聞かれた。


『いつもの姉ちゃんは喉を痛めちまったみたいで今日は代わりに俺こと売木が代打でやってきたぞ。すまねえな、姉ちゃんを期待していた奴がいたかも知れねえが今日は俺の紙芝居だ』


 俺の言葉を受け一瞬だけ静まり返る会場。


 だが、すぐに大歓声が湧き上がり手拍子が始まった。


『売木!? お兄さん売木って言うんだ!』

『売木お兄さんだ!!』


『『『U・R・G!! U・R・G!! U・R・G!!』』』


 500人ぐらいの子供達が一斉にコールを始めたため滅茶苦茶うるさい。こいつら、別に誰が読んでもかまわねえんだろうな、俺程度でこんなに盛り上がれるんだから。


 にしても、なんだこの人気は。あの紙芝居お姉さんが培った人気といえば相当だと思うのだが、ここまで紙芝居で盛り上がれる奴も少ないんじゃねえのか? 他にやることねえのかよ、ゲームとか動画見るとかよ。熱心に外出てわざわざ紙芝居見に来るだなんて現代の子供がやる事じゃねえだろ。


 しかしこのURGコールいつになったら終わるんだよ。俺が止めねえと永遠に続くやつなのか?


 永遠にコールされるのもたまったもんじゃないので、俺はさっと右手を上げる。するとコールは直ぐに止んだ。


『えー、もうだるいからとっとと紙芝居始めるぞ』


『『『うおおおお!!!』』』


 なんとかならねえのかこの歓声。子供のくせに息の合った歓声を上げやがって、俺はスーパースターか。初めての紙芝居披露がこんなことになるなんて思いもよらなかったぞ。

 とりあえず、とっとと話を終わらせることに専念しよう。居心地が悪いったらありゃしない。


『今日の話は『不思議の森のリーフ』、お前ら黙って聞いておけよ』

『『『あーーーよっしゃいくぞー!! タイガー!! ファイヤー!!──』』』



 ダメだ、こいつら日本語が通じねえ。 開幕のお決まりでコールするのかも知れないけど前述通り黙って聞いてくれって感じだ。もう、付き合ってられないので遠慮なく話を進めるとするか。


『ここはとある不思議の森、小さな小さな女の子の妖精『リーフ』が暮らしていたらしいぞ、俺は知らねえけど』


 一枚捲ると小さな妖精が森の中で佇んでいる絵が現れる。辺りには緑の木々が鬱蒼うっそうしげっており、絵師の力の入れようが伝わってくる絵だ。


『ちょっと売木さん、とある不思議の森ってどこですか!?』


 読んでいる最中、最前列にいるメガネ小僧が挙手しながら質問をしてきた。いかにも勉強ができそうな風貌をしており、話の曖昧な部分が許せなくて聞いてしまったのだろう。

 にしてもこんなのありかよ、聞いたことねえぞ紙芝居中に質問をしてくるだなんて。普通終わった後じゃねえのか?


『はあ? んなこと知らねえよ。特定したところで話に関係ねえんだから気にしなくていいだろ』

『困りますねえ売木さん。そんなに場所が不確ふたしかですと皆困惑してしまうじゃないですか! ちゃんと場所を伝えてください』


 メガネを光らせながら俺を追い込んでくる。本当に知らねえんだって、それでいいじゃねえか。『不思議の森』以外詮索すんなや、リーフのプライバシーのことも考えろ。


『んじゃ長野とかじゃねえの? こんだけ木が生えてるんだからどうせ長野あたりだろ』

『『『長野!! 長野!! 長野!!』』』


 俺の言葉に続く長野コール。何の意味があるのかは分からねえが、当のメガネ小僧は『なるほど、承知しました』と納得したようで何よりだ。もう二度と質問するんじゃねえぞ。


 しかし、咄嗟に長野って言ってしまったけど、よくよく考えてみれば絶対違うんだろうな。そもそも妖精がいるあたり作者は西洋の森をイメージして作ったんだろうけど、そのあたりはご愛嬌だろ。すまねえ作者、俺の好きな通りにやらせてくれ。


『そんなリーフだけど、ずっとある悩みを抱えていたらしいぞ』


『えっ!? そんなことが!? 一見呑気そうに見えるリーフに悩みがあったの!?』


 最前列丸坊主が衝撃を受け顔を青ざめる。共感しすぎだろ、そんな親族が亡くなったような深刻な顔を浮かばせる程の悩みじゃねえよ。


『売木さん、教えてください!! リーフの悩みを!!』


 続きを読めば直ぐに分かる内容なのに、坊主頭が俺の言葉をさえぎって急かすので俺はなんだか腹が立ってきてしまった。なんてせっかちな奴なんだ、癪に触るので少しだけいじわるしてやろう。


『はあ? それを考えるのがお前ら紙芝居の観客の役目じゃねーのか!? そうやすやすと人に悩みを暴露すると思ったら大間違いだぞ! お前らも少しは自分の頭で考えろ』


『ええ!? リ、リーフの悩み…… 一体なんだろう……!?』


 坊主頭が毛のない頭を抱え始めた。まぁ、こういうのもアリなんじゃねーか? 話の続きを色々想像するのも読者の権利であり醍醐味だろ。


 当然、大音量マイクを通した俺の言葉を受けて、他の観客たちも一緒に考え始めることに。


『うーん、恋人がいないことかな?』

『違うぞ、勉強ができねえんだよ!』

『それはねえな、お前が勉強できないからと言ってリーフと一緒にするんじゃねえ!』

『は? てめえ、言わせておけば!!』

『絶対ねーな、遺産相続で争ってるんだろ! おめーらの悩みみてえなちっせえ事でリーフは悩まねえよ!』

『んだと!? やるかこのやろう!!』

『くたばれ!!』


 考えていく中観客のヒートが高まってしまったのか、あちらこちらで取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 なんだこいつら…… 大人しく議論もできねえのかよ。仲良く紙芝居を鑑賞してくれって感じだ。ほのぼの系の紙芝居の前で喧嘩勃発だなんてシャレにもなんねえよ。


『うるせえ! 喧嘩するんじゃねえ! 友達がいねえことだよ、友達がいねえこと! リーフは気弱な性格だから周りに中々友達ができなかったんだよ! 遺産相続で争う話なら今頃法律事務所に行ってるわ!!』


 回答が分かった子供達500人は『『『ああ〜』』』と腑に落ちたような声を漏らした。こいつらの相手をしているとつい大声を出してしまうから気をつけねえと…… もう手遅れだけど結構俺の声が公園中を木霊こだましている。


『んで、リーフはあることを決意するんだ。友達を作るために、自分の気弱な性格を変えるために、外に出て近くの妖精に勇気を出して声をかけてみようとな。偉いだろリーフ、紙芝居でごった返しているお前らとは大違いだな』


 話を進めるとまたも坊主がはっとした顔つきになり『そうだったのか!? リーフは友達がいないことで悩んでいたのか!? それなら僕と友達になろう!』と俺に向かって叫んできた。

 俺に言われたって困るぞ、そんな真剣な顔で言われてどう反応すればいいんだよ。


 けれど、その坊主の声を聞いた他の観客が共感を得たのか


『リーフ! 一人なら俺たちの仲間になろう! 誰でも歓迎さ!!』

『俺達は家族ファミリーさ、誰も一人にはさせやしない!!』

『そう、俺たちの絆は何よりも固く決して離れない!』


『『『ようこそ俺らのチームへ〜! 俺たちは家族ファミリーさぁ〜! この歌をリーフに捧げよう〜! バモ、バモ、バモリーフ!!』』』


 と肩を組んで歌い始めた。

 もう色々とやってられない。こんなのが紙芝居の最中で多発するんだぞ、紙芝居ビギナーにとってはあまりにも厳しすぎる現状だろ。紙芝居の前で讃歌を歌う光景だなんて後にも先にもねえんだろうな。プロの紙芝居家だったらこういった時どうするんだろうか? ガチで助けてくれって感じだぞ。


 しかもこいつらさっきまでしょーもない事で取っ組み合いの喧嘩をしていたのにも関わらず、今度は肩を組んで一緒に歌っているんだぞ。切り替えが早いのか、仲が良いのか悪いのかよく分かんねえ奴らだな。そんだけ仲間意識を主張するなら喧嘩なんてすんなや。


 ついでに言うとなんで長野の森なのに『バモ』ってスペイン語なんだよ。その歌声がリーフの元まで届いているかどうかは謎だけど、通じねえかも知れねぞ。応援するにしても設定背景考えてくれ。面倒だからわざわざマイク使ってツッコまねえけどさ、うるさい思いをしているのは俺なんだから文句の一つも言わせてくれと思う。


『んだからうるせえよ、黙って話聞けや! リーフだって誰でも友達になってほしいとまでは思ってねえよ。リーフにも友達選ぶ権利あるんだから、勝手にお前らの仲間にされたらリーフが困惑するだろーが!!』


 新手の宗教勧誘かよ。リーフだって逃げ出すぞ、こんな騒がしい奴らを前にしたらよ。


『んで、リーフは友達を作るべく近くの妖精に声をかけたらしいぞ。「こ、こんにち……」でも、リーフはそこまで喋り慣れてねえから緊張して声が思うように出ねえみてえだな。うるさいお前らとは違ってリーフはお淑やかだから無理もねえだろ。けど声が届かなかったのか妖精さんはどっかへ行っちまった…… まぁ、そういう時もあるよな』


『『『こんにちは!!!』』』


 『俺には届いているぞ!』って言いたいのか知らねえが俺が話終えた後に勢いの良い挨拶が飛んできた。突然そんなことされるとびっくりするから勘弁してくれよ…… ヒーローショーじゃねえんだからそこまで気合い入れて挨拶すんな。


『中々思うように喋れないリーフはついに萎えてしまい近くの木陰で泣き始めちまったらしいな。「どうしてわたしだけ上手にお話できないんだろう」と気弱な自分を責めてしまう、いわゆるブルーな気分ってやつだ。周りで楽しそうに遊んでいる妖精達を見るとなんだか悲しくなってしまいました……と。ほら、物悲しい展開だからもっと感動しろよ』


 ここは気弱なリーフが必死に自分を変えようともがき苦しんでいるシーンだ。涙不可避なシーンなだけに皆聞き入っているな。なんだかんだでこういうお決まりな展開が一番なんだよな。涙を誘うぜ。現に最前列の坊主野郎がすげえ号泣しているし……感情豊かな野郎だな。


『でも、萎えて諦める前にリーフは目の前で楽しそうに遊んでいる4人の妖精グループに声をかけようと決めました。悪あがきじゃねえぞ、一世一代の大勝負なんだからここを読み間違えるんじゃねえぞ。それでもダメだった時は潔くボッチライフを一生涯まっとうするという覚悟を持って今度は大きな声で「わたしも一緒に遊びたい!」と言いましたとさ。すげえ覚悟だな、お前らじゃとても真似出来ねえだろ』


『な、なんという覚悟!! そんな覚悟僕にはできないっ!』

『わたしもできないわ! リーフ頑張って!』

『泣かせてくれるぜ、男気溢れた奴だ、気に入った!!』

『頑張れリーフ!』



『『『リーフ!! リーフ!! リーフ!!』』』


 凄まじい音量のリーフコール。紙芝居でここまで盛り上がることができるだなんて本当に幸せな奴らだな。けれどリーフは女の妖精だから男気なんて無えぞ。


『そしたらグループの中で一番体のでけえ大将妖精が前に出てこうほざきました「一緒に遊ぶ? 笑止! お前は弱虫リーフじゃないか! 誰が弱虫リーフと遊ぶもんか! ガッハッハッ」。うぜえ奴だな、お前ら間違ってもこんな奴になるんじゃねえぞ。まぁ、こんな感じでリーフは悪ガキ大将妖精に臭い物扱いされて仲間に入れてくれませんでした』


『『『BOOOO!!!』』』


 一斉にブーイングが鳴り出すことに。そりゃそうだよな、これはボスの素行が悪すぎる。のけものにするなんて陰険な野郎だことだ。


『酷すぎる! 許せない! 俺がとっちめてやる!!』

『俺も加担するぜ! あの生意気な奴を成敗してやる!』

『リーフを仲間はずれにするなんて、このゴミクズ野郎! 地獄に落ちるといいわ!!』


『『『GO TO HELL!! GO TO HELL!! GO TO HELL!!』』』


 ブーイングは次第に手拍子と共に地獄へ堕ちろコールへ変わってしまった。しかも興奮したファン共が前に乗り出そうとするから一部がモッシュ状態に…… もうすっちゃかめっちゃかだ。この話、そこまで頭に血が上るような展開になっていないハズなのになんでこんなに興奮できるんだよ。ほのぼの系児童用ファンタジーだろ。普通に読んでいたら『GO TO HELL』コールなんて起きねえよ、こいつらの感性が狂ってるんじゃねえのか? 興奮して暴れるのは良いけど怪我しても知らねえぞ。



『売木さん、許せません! リーフを助けたいです! あのにっくき大将妖精を懲らしめたい!』

『分かった、お前らの気持ちは痛いほど分かったから一旦落ち着けや。フーリガンじゃねえんだからそんなに暴れるな! ったく、話を続けるぞ。ボス妖精にそんなこと言われたリーフはじっと俯いたまま黙り込んじまったぞ、お前らが過剰にうるさくするから…… そんでリーフは心の中でこう思いました「わたしは弱虫リーフなんかじゃない」と』


『そうよ、弱虫リーフじゃない、戦うのよ!』

『負けないでリーフ! 戦って勝つんだ!』

『いっけええ、リーフ! ぶっ飛ばせ!!!』

『うおおおお!! たかぶってきたあああ!!』


『『『FIGHT!! FIGHT!! FIGHT!!』』』


 空中にゲンコツを作り上げ、今までで一番大きいであろう声援を紙芝居に向けて送り続ける子供達……


 なんだよファイトコールって……コロシアムじゃねーぞここは。この話は何度も言う通りほのぼの系だからそんな物騒な決闘シーンなんてねえよ。こんな可愛い妖精たちが血生臭く戦うシーンがあるとでも思ってやがるのか!?

 こいつらさっきから見ていて思っていたけど闘争を求めすぎだろ。幼い子供達なんだからもう少し穏やかなものを好まねえと親に心配されるぞ。


 それでも500人近くの子供達が容赦なく張り裂けんばかりの声をあげてリーフに声援を送る。正直、耳がビリビリするほど受ける身としてはかなりしんどい。

 こんな血気盛んな奴らなのになんで紙芝居の姉ちゃんは俺に『不思議の森のリーフ』なんてものを預けたのか…… 明らかにバトルシーン大好きっ子の集まりなのにバトルシーンが一つも無え作品をよこしやがって、恨むぞ。


『お前らリーフに怪我させる気か! リーフはお前らみてえな脳筋じゃねえから直ぐに手を出したりしねえの!』


『す、凄い、リーフは大人だ! 僕だったらすぐパンチしちゃうのに』

『そうよそうよ、わたしだってあんなこと言われたら我慢できなくて椅子投げちゃうかも!』

『俺だってついカッとなって飛び膝蹴りするなあ』


 お前らが野蛮すぎるんだろーが。直ぐに手を出すとか蛮族じゃねえんだからやめてくれ。今までこいつらはどんな紙芝居を読まされていたのか気になってしょうがねえぞ。


 大体手を出したところで相手は妖精グループ4人なんだから、4vs1でリーフにまず勝ち目がねえだろうが。ってなんで俺までリーフが戦う事を考えているんだ!? こいつらといると色々毒されちまうな。


『悪ガキ大将にひでえこと言われたリーフはたまらず「わたしは弱虫じゃないわ!」と言い返しました。そしたらクソ大将が「ほう」と腕を組みほざきました。「んだったら、俺と競争しよう。向こうの木まで先についた方が勝ちだ。俺に勝ったら仲間に入れてやる」と』


『『『GO!! FIGHT!! GO!! FIGHT!! GO!! FIGHT!!』』』


 競争というワードに反応してしまったのかまたもヒートアップする会場。もう疲れてきたぞ、一体どうすればこいつらを上手いこと扱えるようになるんだよ。もう俺じゃ手に負えねえよ。


 俺もそろそろお腹空いてきたし後は適当に流して帰るとするか。


『それでなんやかんやあってリーフは競争に勝ち仲間に入れてもらいました。一応歓迎会もやったらしいぞ、よかったなリーフ』


『ちょっと待ってください売木さん! 結局リーフは歓迎会の後どうなったんですか? それにどうやって競争に勝ったのかとても気になります、教えてください売木さん!』


 ちっ、流そうとするとこういうメガネ小僧がいちゃもんつけて来やがる。大体なんでお前みてえなガリ勉野郎が足運んでファンタジー紙芝居を見にきているんだよ。お前みたいな頭良いやつはこんな児童向けの本よりも文学読んだ方が絶対充実した時間が過ごせると思うぞ。


 俺は大きく息を吸い込み大声で言い放った。


『はあ? それも考えるのが読者の役目だろーが! 後はお前らがリーフを幸せに導くんだよ、甘えるんじゃねえ!!』


 その言葉を皮切りに500人達が取っ組み合いしながら熱い議論を交わしたのは言うまでもない。



 ・

 ・

 ・



「凄いよ売木くん! この前の紙芝居大評判だったみたいだね! 子供達大喜びだって聞いたよ」


 後日すっかり喉が治った紙芝居の姉ちゃんが大量のシリアル食品を手に持って家にやってきた。


「マジかよ、あれでよかったのかよ……」

「うんうん、いやあ売木くんに頼んで正解だったなあ〜」


 10個ある『コーンフロマイティ』。その一つだけを俺の目の前で勝手に開封して姉ちゃんは食べ始める。


「うんうん。また来て欲しいって皆言ってたよ。だからまたよろしくね〜」


「はーあ? もう二度とやらねえよ」


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