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子熊と怪物

作者: みたち舞

 森の中で、子熊はお腹を空かせていました。お母さん熊とはぐれてしまったからです。

 子熊はまだ自分で狩りができません。短い手足では上手に走ることもできません。

 もし、大きく、怖い動物に襲われたりしたら、ひとたまりもありません。

 子熊は怖くなって、大きな木の根っこの間にうずくまりました。

 この森には、子熊をパクリと食べちゃうような、怪物がいるそうです。だからお母さん熊は、子熊に後ろをついて来るようにきつーく言い聞かせていました。

 しかし、その日に限って子熊は、ちょうちょを捕まえたくて仕方がなかったのです。思わず、追いかけずにはいられなかったのです。

 子熊はしくしくと泣き出しました。


「怖いよ、お母さん。お腹空いたよ、お母さん」


 ガサガサッ。


 突然、近くの茂みが揺れました。

 子熊は茂みを見つめます。もし、僕を食べちゃう、怖い怪物だったらどうしよう……。


 茂みから、両手を大きく上げた恐ろしい怪物が飛び出してきました。


「ひぃ〜!」


 子熊はもう一度木の根元にうずくまりました。


「おや?熊の子供だ。もしかして、親とはぐれたのかい?」


 思っていたより優しい声です。

 恐る恐る顔を上げると、怪物だと思ったその生き物は、大きな角をもったトナカイでした。


「こんにちは。お母さんはいないのかい?」


 トナカイはもう一度聞いてきました。


 子熊はしゃくり上げながら、お母さん熊とはぐれたこと、お腹が空いていること、怪物が怖くて動けないことを話しました。


「なるほど、それは可哀想に」


 トナカイはぐるっと周りを見渡すと、子熊に言いました。


「ついておいで。口に合うか分からないが、君にも食べられるものがあるよ」


 子熊は迷いましたが、お腹はもうぺこぺこです。トナカイについていくことにしました。

 少し歩くと、土だらけのひらけた場所に出ました。


「ここはどこ?なんで土だらけなの?」

「とりあえず、ここをほってごらん」


 トナカイに言われたところを掘り返すと、なにかの根っこのようなものが出てきました。


「ありゃ、はずれか。どれ、こっちはどうかな」


 トナカイが土を掘ると、なにやら丸いものがたくさん出てきました。


「ふむ、大当たり!」

「これはなに?」


 初めて見るものです。


「これは芋と呼ばれるものさ。ここは昔ヒトの畑だったのさ」

「畑?ヒト?」

「畑は食べ物を育てるところさ。ヒトは気難しい者たちでね、自分で食べるものは自分で作るのさ」

「ふーん。よく分かんないけどすごいね」

「そうだね。さ、早く食べちゃいなさい」

「うん!いただきまーす!」


 初めて食べるものなので、少し不安でしたが、お腹がぺこぺこの子熊は思いっきりかぶりつきました。

しゃきしゃきとしていて美味しいです。あっという間に平らげて、もっと食べたいと手を伸ばしました。


 その時です。


 パン!っと鋭い音と共に、トナカイが悲鳴を上げて倒れました。子熊は驚いて駆け寄ります。


「どうしたの?トナカイさん!しっかりして!」

「子熊くん……逃げ……るんだ……。怪物が出たんだよ……。君も……危ない……」


 子熊はおろおろとするばかりです。あまりのことに驚いて、動けないのです。トナカイはうまく立つこともできません。

 突然、後ろの茂みから叫び声と、続いてバタバタと何かが逃げ出すような音がしました。


「坊や!」

「あ!お母さん!」


 茂みからお母さん熊が駆け寄ってきました。


「見つかってよかった……。怪我はない?心配したのよ!あら?このトナカイは?」


 お母さん熊は傷口の匂いを嗅ぐと、途端に険しい顔になりました。


「あいつらにやられたのね……。可哀想に。これじゃ助からないわ」

「お母さん、あのね、トナカイさんがおいも?を食べさせてくれたんだ。トナカイさん、どうなっちゃったの?あいつらって?」

「あら……そうだったの……。あのね、坊や。トナカイさんは怪物……ヒトにやられたのよ」


 子熊の手から食べかけの芋が滑り落ちます。


「え?ヒトって知ってるよ!このおいもを作ったんでしょ?怪物ってヒトのことだったの?!」

「そうよ。ヒトはね、凄いところもあるけど、怖いものなのよ。きっと、さっきのヒトはトナカイさんを食べようとしたのね」


 お母さん熊はあたりを慎重に見回しながら続けます。


「お母さんが追い払ったから驚いて逃げたみたいだけど、まだ近くにいるかも……急いでここから離れましょう」

「まって!トナカイさんはどうするの?!可哀想だよ!」

「それは……」


 お母さん熊が言い淀むと、弱々しい声が聞こえました。


「子熊くんの……お母さん……」

「トナカイさん!」


 子熊が駆け寄ります。


「君たちに……頼みがある……どうか僕を食べておくれ……子熊くんは食べ盛りだろ……せっかくの縁だ……どうせ糧になるなら君たちがいい……」

「そんな!悲しいこと言わないでよ……!」


 子熊は涙を流して嫌がりましたが、お母さん熊は静かに頷くと、トナカイの首に噛みつき、引きずりはじめました。


「お母さん?!」


 子熊はお母さん熊を止めようとしましたが、母の悲しそうな瞳を見て何も言えなくなりました。


「坊やも手伝って。ひとまず茂みまで運ばなきゃ」









 お母さん熊は子熊によく見ておくように言うと、鋭い歯でトナカイの首に噛みつきました。バキバキと骨の砕ける音がします。トナカイはビクッと跳ねるとそのまま動かなくなりました。


 子熊は一部始終をしっかりと目に焼き付けました。泣きそうになりましたが、これは涙を流してはいけないことだと思ったので、目をしっかり開いて、涙がこぼれないように頑張りました。


 二匹は木陰でトナカイを食べました。二匹だと少し多いくらいでした。

 子熊はやっぱり我慢できなくて、泣きながら食べました。トナカイにいっぱいありがとう、ごめんねと言いながら食べました。


 トナカイの骨は、木の根本に埋めました。小さなお花も供えました。


 二匹は少し休むと、ゆっくりと立ち上がり、森の奥へと消えていきました。


ほんわかした童話を書こうとしたつもりがシリアスな話になりました。

お読みいただきありがとうございました。

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