2:これは確かにモテるかも知れない。
「ただいま戻りました。――花嫁様をお連れしましたよ」
暴れる私を問答無用でスライムはその身体の中に閉じ込め、馬車から引き摺り下ろして城まで運んできた。エロ本展開のお約束、服だけが溶けて裸になったりがなくて本当に良かったと思う。不思議と息苦しさもなくちょっと気持ち良いとか思ってしまった自分が憎い。
「まぁなんて美しい娘だろう」
「美味しそうだ」
「でも駄目よ。あれは魔王様の花嫁なんだから」
城に入った途端、あちこちからそんな物騒なやり取りが聞こえてくる。でも誰もというか、どんな見た目のモンスターも私の容姿を褒めているのが妙に不気味だ。もしかして私、これ容姿も別人になってる、んだろうか。
いやまぁ転生だって話だったしその可能性は高いんだけど。でもそれならいっそのこと、記憶は失くして欲しかったな。今のところただただ悲しい。この世界の女の子にとって魔王の花嫁になる、がどれだけの酷い話かは分からないけど少なくとも私はこの状態についていけてない。
「花嫁様。此処が花嫁様のお部屋になります。まぁ多分直ぐに寝室は魔王様と同じになると思いますけど」
「お願いしますからこれ以上とんでもない情報与えないで下さいキャパシティーオーバーです」
「まぁまぁ。慣れますから。少なくとも魔王様は今は貴女を殺すつもりはありませんし、私たちにも決して手を出すなと命令が下って居ます。この城で魔王様に逆らう愚か者は居ませんから安全ですよ」
「全く以て安全ではないのだが!?」
大きくて広い場内をスライムに取り込まれたまま移動され散々他のモンスターたちの見世物にされてもう私の精神状態はかなりすり減っているのにもっと追い詰めないで欲しい。魔王と寝室同じとかいつ食べても良い非常食ってやつですか?
私の必死の抵抗も空しくスライムに部屋の中に連れ込まれる。ばたん、と無情にも閉じる扉。いや外にも中にも味方なんて一人も居ないんだけど。
「さぁ、花嫁様。お着替えをしましょうね」
ぬるぬる。スライムが動き始め何やらこう、服の隙間に何かが流れ込む感触が。これは、もしかしなくとも脱がしにかかっているのでは!?
「じ、自分で脱ぐから!」
「あぁ、ご心配なく。私に性別と言う概念はないので。それに魔王様の花嫁に手を出す愚か者でも」
「そういう問題ではないんです!!」
「ではご自分で着替えられますか?」
あまりにも暴れる私にスライムは渋々、と動きを止めてその身体の一部を伸ばしてドレッサーから一枚のドレスを持ってきた。白を基調としたそれは私の知識にもあるウェディングドレスで間違いないと思うが、確かあれって一人で着替えられたか? そもそも未婚だったので全く知識がないんだけど。
「き、着替えます!」
だからってこのままスライムに着替えさせられるのは絶対に嫌だ。取り敢えずはそう返事をして、何とか解放されたかった。
そうすると、漸くスライムは私をその身体からちゅぷん、と音を立てて解放してくれる。不思議と衣服にも肌にも一切粘液っぽいものが纏わりついてない。うん、感触だけながら気持ちが良いというかそれが余計やばい感じしかしなかったんだよなぁ。
「じゃあ着替えが済んだら声を掛けて下さい。一応廊下にいますので」
スライムさんは一応こう、紳士的というか。物腰は柔らかい。人間だったらもうすんなり信用してしまうレベルで丁寧な彼、彼女か分からない物体が外に出るのを見送って、私は改めて手に持ったウェディングドレスを眺める。
本当は、これだってもっとまともな状況で着たかったのにな。
「えっと、鏡は……」
色々豪華そうに見える家具ばかり揃った室内を見渡して、姿見を見つけ出した。どうやら私が使う前に掃除はされているらしくぴかぴかなそれを少し引っ張り出して、そこで漸く私はこの世界の私の容姿を見たのだった。
「……これは、確かに美しい、かも」
そこには女の私から見ても美人としか言えない、綺麗な女の人が立っていた。