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第8章 防衛戦_2

2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました




「クソッ! やりやがった!」


 宮川の悪態に、全員の視線が原因となった射撃を行った住良木に向かう。


「私のせいじゃ無いでしょ、今の。ちゃんと護ってあげたんだから」


 護ってあげた、と言っても、目の前で獣が弾け飛ぶ様を見せられればパニックを起こすのは仕方の無いことだろう。


「幸い後2輛だ。下りて入れるぞ!」


 だが、責任を問うても今は意味が無い。即座に宮川は背後のロープを手すりに着けると、反対側を蹴り落として身体に装着。そのまま地面へと降下、同時に他の仲間も次々と降下していき、最後に鏑木が下りたところで、上で待機していた警備保障社の面子がロープを切り離す。


「一小隊は事故った車輌を戻せ! 第二小隊は外で止まっている車輌の援護だ!」

「急ぐぞ! トレイン本隊はもうすぐそこだ!」


 鏑木の指示と、宮川の発破と共に即座に行動を開始。秋月は住良木に着いて、宮川達と共に門の外に出ると、正面衝突で前面ガラスが割れた車輌に駆け寄る。


「助かった! 何処に逃げればいい!?」

「その中で大人しく待ってろ。19号車が入らないとこっちも動かせん!」

「門の中に逃げ込められないのか!?」

「門の中で食い殺されたいなら好きにしろ! 今門に行っても壁の上には上がれんぞ?」


 食い下がるドライバーを即座に黙らし、視線を背後に。数を増してくるトレイン本隊に顔を顰めつつ、号令を発する。


「第一小隊が19号車を動かすまで防衛戦闘だ! 弾は惜しむな!」


 と、全員が壁の反対方向へ銃口を向け、発砲を開始した。

 既に壁上部の銃座からは発砲が開始され、森から突撃してくる獣たちを漸減していくが、それでも最初の発砲がキャラバンへの防衛に専念された事や、街道から離れた森からも次々獣が飛びだしてく事もあり、全く弾幕が追いついていなかった。

 なので、


「前方20!」


 荷台の影から飛び出してきた獣をフルオートで頭部へ複数発撃ち込み、転がった所を確認して視線を前方に。交互に射撃して警戒を切らすこと無く、第二小隊は瞬く間に最後尾のトラック周りの獣を掃討する。


「援護する! 中を確認!」


 既に車体の反対側で機関銃をバースト射撃で近づく獣を薙ぎ払っている宮川に従い、即座に住良木が機関銃の重量を感じさせぬ軽やかさでトラックの窓に飛び上がると、中を確認した。


「全員生きてる?」

「あ、ああ! だが運転は――」


 事故の時点で出来る事が無くなったと判断したのだろう、運転席裏の居住スペースから顔を出した男が見てわかる程顔を青ざめながら応えた。


「それはこっちがやる。あんた達は邪魔にならないようそこで待機! ……五色!」

「了解!」


 声を掛けると同時に、トラックの扉を開け放った住良木の動きの意味を即座に理解した五色は、スリングから小銃を外すと車体内に放り投げて運転席に乗り込んだ。

 トラックのエンジンが始動した事を音で確認しつつ、近づいてきた獣をフルオートの単連射で仕留めていく。


「リロード! 新人、弾!」

「了解!」


 その中で、一際短いタイミングで単連射していた住良木は、早々に100発を撃ち切り、傍らの秋月に指示しつつ、空になった弾薬箱を外してフィードカバーを開く。

 すぐに秋月は背負っていた弾薬箱の内の一つを肩から外し、開いて彼女に渡そうとして、視界の隅の違和感に気付く。

 トラックの下が、僅かに動かなかったか?

 僅か一秒にも満たない躊躇。違和感と言うには胸騒ぎが大きいそれに、一瞬だけ対処が遅れ、


「――ッ!?」


 次の瞬間には、目前で発砲炎が荒れ狂い、彼の目を眩ませた。


「今の感覚を覚えておいて。そして、同じ感覚を感じたら直ぐに動くように」


 いつの間にか引き抜いたMP7に持ち替えていた住良木に諭されて、漸くそれが車体下面に張り付いていたゴブリンだったことに気付く。


「まあ、ご尤もだが、ソレがどこに居るかもしっかり確認しろトリガーハッピー」


 もっとも、宮川からの指摘と共に、ゴブリンが居た場所が燃料タンク直下だった事に気づき、血の気が引いた。軽油だからと言っても、数千kmを走る超長距離トラックの巨大な燃料タンクである。

 穴が空いて火がついたら、それこそ洒落にならない大惨事になり得た事実に、足から力が抜けそうになる。


「……。あ、早く弾頂戴」


 数秒、秋月と一緒に燃料タンクを見下ろしていた住良木だったが、即座に記憶からその事実を消去したかのような脳天気な笑顔で彼に弾を要求していた。




「よし! 19号車は中に入った! 20号車も入れろ! コントロール!」


 切り返し、何とか関門の中に入れた19号車を確認し、門から動き出した20号車を確認して鏑木は通信を門のコントロール部門に通信先を変える。


『了解、20号車が入り次第閉門しま――』

「それじゃ襲い! 今閉めろ!」

『は? それでは――』

「急げ!」


 既に動いている以上、門が閉じるより先にトラックも隊員も入ることは出来るだろう。

 門は大型の獣でもびくともしないように分厚いため、開閉に時間がかかることもあるので、間に合うのならば先に閉じさせておいた方がいい。


「第二小隊。聞こえたと思うが――」

『ひっどーい、アンタ私達を外に――』

「馬鹿は放っておけ。こっちが入るまで獣を中に入れるなよ」

「了解。同士討ちには気をつけろ。 ――総員、周辺警戒しつつ門のから獣を入れるな!」


 解りやすい住良木の茶化しを無視しつつ、閉門が始まった門にトラックと、それに着いた第二小隊の面々は近づく獣を連射で排除しつつ門へ突進。

 余裕を持って門に全員が入った所で、重低音の響きと共に、閉門が完了した。


 残りの仕事は気を抜けないものの楽なもので、見える範囲は早々に掃討し終え、後は見えない、車体下部を念入りに掃討した所で完了した。


「よし、全員集合」


 車体下部を確認し終え、運転手達を頑丈な扉と地下構造の通用口から脱出させた所で、鏑木の号令が響き、全員が集合する。

 勿論全員無事で、だ。


「一旦弾薬を補給してから壁の防衛戦に参加する」

「えー、流石に防衛ぐらい警備の連中で何とかなるでしょ」

「何とかなるだろうが、サボる理由には弱いな」


 門の防衛は救助業者も動員される最優先事項だ。故に、相応の理由が無ければ差ポタージュは不可能である。


「諦めろ。……それに、壁の上から鴨撃ちにするだけの簡単な仕事で金が貰えるんだから、楽で良いだろ」

「まあ、それはそうなんだけど、気分が乗らない以上面倒臭いのよ」


 ものの見事な手前勝手な理屈ではあるが、楽な仕事を殊更嫌がる住良木に、宮川は違和感を覚える。


「何か嫌な感じがするのか?」

「……まあね。今回のトレイン、妙じゃ無い?」

「まあ、トレインが起こること自体希だな」


 肩を竦めつつ、宮川は視線を運転手達が逃げていった通用口に向ける。


「何かやらかした、と思ってるが」

「でしょうね。それも、監査官に言えない類いの」

「だからって俺達じゃどうしようもない。このまま契約違反して逃げたところで、違反金を払うか、最悪丸腰で崩壊した壁から突っ込んでくる獣に食われるだけだぞ」

「む……」


 そう、実際選択肢は無い。無いのなら出来る事をするしか無いとなる。

 その事実を前に、住良木は暫く躊躇しつつも、最終的には説得に従い、戦闘に参加する事を受け入れた。




「状況は?」


 階段が下りてないので、ロープで壁の上に登った鏑木は、弾薬集積所で弾を補給しつつ、隣の指揮所に踏み入れて問いかけた。

 既に太陽は沈みかけており、サーチライトで煌々と照らされた草原を走る獣たちが次々と殲滅されていく様が見て取れる。


「数は減っては無いが、今のところ問題はありませんね。ある程度壁に取り付かせて機銃で処理、で何とかなってます」


 壁から張り出した機銃座からは、壁の面に張り付いた獣に対して一直線の射線が通る。

 何も考えてない獣だからこそ、ある程度壁に取り付いた後に、機銃で全頭を薙ぎ払うという戦法は最適解と言える程有効だった。


「死体の数は?」

「かなりの量です。状況次第では吹っ飛ばす事も視野に入れる必要も有りそうです」


 例え死体でも、ソレが何重にも積み重なれば壁の上にも到達しかねない。最悪、壁面下部に仕掛けられている高性能爆薬の一斉起爆で無理矢理に引き剥がす必要が出てくるのだが、そうなると今度は事後処理が面倒な事になる。

 何せ、何tに達するかも解らない肉塊の山を吹き飛ばす威力である。反対側の壁も無事でいられる保障は無いのだ。


「そうならないよう、なるべく中距離で仕留める量は増やしておいた方が良いか」


 溜息を一つ、鏑木は追加戦力の面々に次の仕事を伝えるために弾薬集積所に戻った。




 胡座をかいた座射の姿勢で狙撃鏡越しにバースト射撃を行い、肩に小気味良い連続した反動を感じつつ、狙撃鏡の向こうに居るグリズリー型の獣への着弾を確認。

 一瞬動きが弱まるものの、すぐに再突進の体勢に戻るのを確認し、今度は動きが止まるまで連射を継続。

 頭蓋への連続した狙撃に、たまらずグリズリーも朦朧とした様子を見せると、そのまま地面へと倒れ込んだ。


 そして、直ぐに動かなくなった獲物を目敏く見つけた獣たちが寄って集り、生死も定かでも無いグリズリーは肉として食料になっていく。

 その様を良い気分とは言えない感情で眺めつつ、直ぐにクロスヘアを一心不乱に食いついている狼種に向けてバースト射撃。

 こちらは胴体から首元、耳付近と三カ所の着弾で完全に死んだ。

 そして更にクロスヘアを動かし――


 門の上のキャットウォーク上、土嚢が敷かれた前面に2脚を載せて安定させつつ、秋月は小銃の熱に気をつけつつ、チェストリグから新しい弾倉を抜き出し、空になった弾倉と90度の角度で持ち直し、抜くと同時に手首を90度回転させて新しい弾倉を挿し直す。

 そして、最後に銃を左に傾け、ボルトストップで止まっているボルトの槓桿を僅かに引いて放してボルトを戻し、装填を完了させると、空になった弾倉を腰のダストポーチにねじ込んだ。


 アサルトライフルというカテゴリの中では、緩衝撃ピストンとマズルブレーキを持った89式は、その連射サイクルの遅さも相まって安定した連射を確保しつつ、頑丈な構造を以てその連射に耐えていた。

 また、全員メインで使う小銃の他に、予備の小銃も持っていたため、ある程度の発砲で熱を持ったら予備に切り替えて発砲を継続する。


 壁の上では、彼ら以外にもFALを持ったここを担当する警備会社の人間や、SVDを持った応援要員の警備会社の人間が弾補充や機関銃の予備銃身の回収などで往来する中、鏑木救助保障社の者達は見るからに面倒臭そうに、淡々と獣を数百mの距離で仕留めていた。


「新人、弾――はもう無いか」


 そして、残弾が心許なくなってきたところで、傍らで盛大に7.62口径を発砲していた住良木も弾薬箱を外しつつ、自身の周りに撒き散らされた空薬莢を邪魔そうに蹴って足下から離しつつ、Mk48を担いで秋月に向き直った。


「宮川、あたし達弾補充に行くけど、他に居る?」

「ちょっと待て。……鏑木、第二小隊は一旦弾補充に向かうが良いか?」

『こっちはまだ余裕があるから構わんぞ』

「了解。全員、残ってる弾は第一小隊に渡して弾補充だ」


 一斉に弾補充に向かっても困るので、半数ずつになるよう調整。既に日没し終えているが、一向に獣の数が減る様子は無い。

 散々撃っても減らない様子に辟易しているものの、それだけ脅威度が高いと言うことなので無視するわけにはいかず、面倒臭いが対処するしか無いのである。


「にししても、この数はおかしいだろ……」


 既に、門の下には重機関銃で文字通り肉塊になった獣達の山となっており、吐き気を催す濃厚な死臭と共に、壁の最上部までの距離が3割程度短くなっている程だった。

 複数箇所に分散しての結果がこれであるので、もし最初のトラックの収容が遅れて一カ所に集まってでもいたら、もしかしたら乗り越えられていた可能性だって有り得たのだ。

 そんな事を考えつつ、最寄りの弾薬集積所に移動。少し前には山と積まれていた弾薬だったが、警備保障社の無駄撃ちもあって、相当数が目減りしていた。


 もっとも、それでも100発弾帯が収まった7.62口径の弾薬箱や、小口径の5.56口径弾はまだまだ余裕がありそうだった。


 全員、ダストポーチから取り出した樹脂製弾倉に10発クリップで収まっている弾を次々と装填して行きつつ、第一小隊に残弾を渡した者達は箱から新しい弾倉を取り出してそちらに装填していく。

 数分とかからず、弾を装填し終え、ついでに宮川や住良木用の弾薬箱を持った所で、全員の準備は完了する。


「んじゃ、戻――」

『宮川、緊急だ。集積所から無反動砲を持ってきてくれ』

「……何?」

『何が来たかはそっちで確認しろ。そしてなるべく急いでくれ』

「……」


 全員が、確認したくないという現実逃避に浸りたく感じたものの、そんな余裕など無く、すぐさまゴーグルの液晶で状況を確認。

 とんでもなく大柄な獣が複数、縁取りされた。


「言って良い?」

「現実逃避出来る状況か?」

「前回はAレックスの群れ、破砕デモリッション級の三角竜とか私達呪われてない?」


 三角竜は、堅い甲殻で覆われたトリケラトプスのような見た目の大型の獣だ。攻撃力で言えば随一であり、特に大型になると壁すらも容易く粉砕可能な突進力は防衛においては脅威であった。

 そして、問題はその数である。

 破砕級はその見た目に反して雑食で有り、草以外にも肉も食う。だが、体躯の大きさが災いしてカロリーの大半は草食で補われているが、狩りをする場合は大型の獣をターゲットにするため群れる事も多い。

 そして、この場合の彼らの『狩り』は壁の向こうに居る人間達である。


「破砕級が12匹か……。おかしいだろ流石に」


 それはそれとして、破砕級の多さに頭を抱えた宮川は、溜息と共に弾薬集積所を一望する。


「持てるだけのカールを持ち出せ! 弾はHEATだ!」


 指示が飛ぶよりも早く、弾薬箱を投げ出した隊員達はカールグスタフ無反動砲が収まったコンテナを引っ張り出して中身を取り出し、他にもその弾薬が収まった弾薬ケースの種類を確認してから引っ張り出す。

 とりあえず、有るだけのカール10門を取り出すとそれ以外に持てるだけの弾薬ケースを持って集積所から門の上のキャットウォークに戻った。


「状況は悪化してないか?」

「今のところはな。見ての通り、今にも突進してきそうだが」

「とりあえず有るだけで十門だ。破砕級に対抗出来るかは解らんが、残りはライフルグレネードでも撃ち込むか?」

「無いよりマシだろう。それに、運良くカールで開けた穴に飛び込むかもしれん」


 と、そこで重機関銃の火線が、壁沿いでは無く地面と平行に、破砕級に向かって発砲される。


「……あいつら何やってるんだ?」

「デカブツを見て気が立ってるんでしょ。焼け石に水にしかなってないけど」

「むしろ、デカブツを刺激してるように見えるんだが……」

「……」


 僅かな思案の後、二人は同時に同じ結論に思い至り、鏑木に視線を向けた。


「――発射準備! 急げ!」


 理由は解らなかったものの、宮川と住良木、二人の古参兵の視線で、直ぐに鏑木は指示を投げ、彼の指示に従って直ぐにカールを持った隊員は肩に担いで構え、同時に弾薬を持った隊員は弾薬ケースから砲弾を取り出し、カールの砲尾をスライドさせて開き、砲弾を装填した砲尾を閉じ直し、射手のヘルメットを叩く。


「準備良し!」


 全員からその返答が返ると、射手以外の隊員は腰に装着したライフルグレネードを銃口に装着。地面にストックを当てて擲弾砲の構えを取る。


「射撃体勢のまま待機!」


 そして、煩わしい50口径機銃に痺れを切らした一頭が前脚で地面を蹴立て出す。

 突進が間近と判断出来るその動きに、全員が気を入れ直す。

 1回、2回、3回、と地面を蹴立て、そして4回目に突進を開始。


「正面だが300まで引きつけろ!」


 カールグスタフは射程は停止目標で500m、移動目標で300mとされているが、正面から突進してくる相手ならば停止目標とさして変わらない。それでも300mとしたのは確実性を求めてのものだが、同時にそれ以内だと勢いが収まりきれずに壁までの突進を許す可能性もあったからだ。


「まだ、まだ、まだ……発射!」


 出来るだけ接近を待った後、一斉に無反動砲を発射。

 次々と後方爆風で反動を相殺しつつ、弾頭の成形炸薬弾を射出していき、次々と破砕級の頭部に命中。その角や50口径弾にも耐えうる表皮と頭骨を貫通し、余ったエネルギーをメタルジェットとしてその内部に撒き散らした。

 破砕級の巨体とはいえ、ソレを動かしているのは頭蓋の中にある脳である。そして、その脳がメタルジェットでミンチ肉にされた瞬間に、巨体はただの運動エネルギーの塊となり、50m程自重で転がった所で停止した。


「再装填!」


 そして、直ぐに無反動砲の砲尾を開いて発射で燻っている薬莢を取り出し、新しい砲弾を装填し直す。

 だが、最初の1匹目と同様楽には行かなかった。


「2匹が突進準備中!」

「左右で撃ち分けろ! 5門で狙うんだ!」

「突進開始! 左から!」


 突進を開始した破砕級は、防衛ラインに突入すると同時に次々と頭蓋に砲弾を着弾させ、転倒。直ぐに装填作業を開始する傍らで、右側を担当する砲が発射。

 残り9匹。各個撃破が出来る現状ならば問題にはならないものの、別の問題が眼前に広がりだしていた。


『拙いぞ! 破砕級の死骸のせいで射線が通らん! 壁近辺での戦闘が中心になる!』


 転がった高さ数mにも達する死骸が転がってしまったため、直線距離での射線の大半が妨げられてしまっていた。


「そうは言うが――クソッ! 残り全匹来るぞ!」


 同時に最悪の知らせこちらの砲門数とほぼ同数の突進という事態に、鏑木と宮川は顔を顰める。


「二門ずつ、左右2匹ずつ狙って! 中央は私と共に5匹を担当! 死骸が有るから、あの5匹は真っ直ぐ来れない筈! 左右は自身の担当が終わったら再装填の後中央の援護!」

「――それしか無いな。全員、住良木の指示に従え!」


 即座に発した住良木の指示に、数瞬の間を置いて宮川が賛同を示す。

 破砕級はその図体故に跳躍は難しく、自身の体高の半分近い仲間の死骸を飛び越えられるものではない。その為、死骸にはバリケードの役目も期待出来るのである。

 ちなみに、1匹1発で数えれば砲門数は足りるのだが、確実性を考えると1匹に1門は難しい数であった。


 次々と阻止線に侵入した破砕級と、ソレを迎撃する火砲が交叉。中央部は最初の1匹が先に倒れた3匹を縫うように突進しようとするも、住良木の一撃で頭蓋を穿たれ転倒。

 次いで来た一匹がまともにその死骸に突っ込んで動きが止まり、その次が即座に軌道を変更、大回りに壁に突進しようと再加速する所で、住良木の装填役をしていた秋月が彼女のヘルメットを叩いて装填完了を知らせる。

 再度の後方爆風と共に再加速中の破砕級の頭部に命中。それ以上の加速を許さずに転倒させる。


「ああ、クソッ!」


 再々度の装填をしていた秋月が悪態を漏らすのを無視して、更に大回りする破砕級に視線を向けたまま、住良木はヘルメットを叩かれる感触を待って照準を調整して発射。


「誰か弾を!」


 秋月が持ってきた砲弾ケースは2発入りが2つのみ。今ので4発目を撃ちきったので撃ち尽くした計算になる。

 流石に、特定の射手だけ発射数が多くなるのは予測し辛いもので有るため、秋月のミスという訳では無いのだが、この時点で装填に遅れが発生するのは致命的だった。


「じゃ、私が」


 だが、耳障りの良い小気味よい声が聞こえたのと同時に背後から『何か』が跳躍。

 瞬く間に100m程を詰めると、衝突と言える勢いで破砕級に飛び乗る。そして、ハードケースのボディバックから取り出した一際ゴツい銃を足下の破砕級の首筋に向け、発砲した。


 破砕級といえど、間接部は他の表皮と違い、動かすために柔軟な皮膚で構成されている。

 だが、そこを狙ったとはいえ、頑丈な筋肉をm単位で穿ち抜き、その上で巨大な頭骨を支える頸骨を粉砕するというのは通常は考えられない。

 その考えられない威力を発揮した弾頭は、そのまま破砕級の命を奪い取り、力を失った破砕級はそのまま地面を滑るようにして倒れ伏した。


 しかし、勢いがついた死体は、至近距離で横に転がり、そのままその巨体を獣の死体でスロープになっていた扉のすぐ前に乗り上げ停止した。

 衝突こそなかったものの、死体に乗り上げた際の衝撃はそのままキャットウォーク上の彼らにも伝播しており、不気味に軋みを上げて揺れる足場に冷や汗を垂らしたが、辛うじて扉はその衝撃を受け切れた。

 が、


「……暗視モードに切り替えろ」


 電装系統までは衝撃に耐えられなかったらしく、扉周りのサーチライトは全滅。即座にLEDパットを下ろして暗視モードにした各員は、カールグスタフの弾や砲から、肩に掛けていた小銃へと主兵装を切り替えた。


 そこで見えたのは、乗り上げた破砕級の位置。

 破砕級そのものは既に事切れてはいるが、問題は、破砕級が獣の死骸に乗り上げているため、その死骸からキャットウォークまで5mも無い事だ。大型の獣ならまだしも、狼の類いならば容易に乗り上げられる距離だった。

 そして、問題と言えばもう一つ。


「――何故ここに?」


 暗視ゴーグル越しに周辺を見回し、いつの間にか傍らに立っていた少女の姿を認め、秋月は素直な疑問を問うた。


「止めはしましたが、私では止めきれず……」


 そして、今にも死にそうな表情の一等監査官のアボウが現れ、大体の理由は察せられた。

 大方、トレインという一大イベントに、楽しそうだから、と言う理由で飛び込み参戦したと言うことだろう。


「でも、助かったでしょ?」


 そう言い、彼女は自信の身長の3割はあろうかという巨大な単発拳銃の中折れの固定具を外し、90度回転させる事で尾栓を開放。野太い薬莢を排出すると、胸元の弾帯に収まっている弾丸を装填。手首のスナップで拳銃の固定を戻すと、ハードケースのボディバックを前に持ってきて、その中に収めた。


「まあ、事実ですが――」

「秋月、話は後にして!」


 この場に少女が居るという非常事態に鈍っていた思考は、声を掛けられ再活性。直ぐに漆黒に染まった草原を暗視ゴーグル越しに確認すると発砲する。

 現在、電源が死んだのは門周りのみで、他はサーチライトが生きてるものの、逆に言えば門付近は暗視可能な者でないと戦闘が出来ないと言うことでもある。

 警備保障の者達は、数が多い分、暗視装置などという高級品は支給されておらず――だからこそ、強力なサーチライトを使っていた訳で――この状況下で、闇に包まれた門付近で戦闘が可能な者は鏑木救助保障社の面々だけになっていた。


「一番やばい場所なのに、護るの私達だけって酷くない?」

「それもそうだが、弾薬どうするよ?」


 住良木の愚痴に同意しつつ、宮川も状況の悪さに溜息を吐いた。

 小銃の弾薬は既に補給済みではあるものの、半数の一小隊はまだ補給しておらず、機銃手に至っては手持ちしかない。有るだけ持ってこようとしたが、その直後の破砕級の突撃で弾薬集積所に置きっ放しである。

 予備としてMP7は持ってきてはいるが、流石に獣相手では一匹相手に弾倉一個使うつもりじゃ無いと足りない上、オープンボルトでは無いために、獣相手にフルオートで撃ち続ければ早々に熱で銃が駄目になるか、勝手に弾が出るコックオフ現象が発生するだろう。


「最悪、俺達だけ抜けて補給に向かう必要も……っと? どうした?」


 一人で大量の弾薬箱を運ぶ様を想像し、一人でうんざりしていた所で、キャットウォークをこちらに来る一団を見つけ、声を掛ける。


「警備保障の予備隊です。社長から、こちらに弾薬を届けろと」


 そう言い、両手に持った弾薬箱を置きつつ、続く者達が弾薬を一纏めにしてある木箱を降ろした。


「おっと、それは助かる! 今手が離せないから、そっちの社長に礼を言っといてくれ。……暗いから気をつけて戻れよ」

「ガキじゃないんですし大丈夫ですよ。それじゃ、弾薬届けましたよ」


 そう言い、一瞬少女の方に視線を向けた警備保障の面々は、来た道を戻っていった。流石にここの防備を担当してあるだけあり、暗闇でも勝手知ったると言いたげな確かな足取りだった。


「……所で、どうされるんです?」


 そして、彼らが戻っていった所で、LEDパットを一旦外し、置いていった弾薬箱を一つ確保しながら、所在なさげに立っていた少女に向かって彼は問うた。


「ちょっと調べ物をね。でもまあ、忙しそうに見えるから後ででも良いわよ」


 肩を竦めつつ言う少女だが、無視された事で割とお冠らしい。やばそうな空気に、視線でアボウに相談するも、彼の返答は無し。

 恐らく、彼女の好きにさせるように、と言いたいのだろうと当たりをつけ、一つ深呼吸をして視線を住良木、そして鏑木、最後に秋月と巡らせ、三者三様に視線を逸らされた事で――秋月に関しては、住良木の命令で弾薬箱の補給を優先させられたからだが――自身で判断しなければならないと判断した宮川は、溜息と共に少女に頭を下げた。


「いえ、必要があればこちらから人手を出しましょう」

「じゃあ秋月君を」

「そうなると、もう一人必要ですね。装備は何を?」

「さっきのニトロエクスプレスが後6発に、MP7と45口径のSIG220が2丁と、レバーアクションショットガンだけね」


 まだ成長前の薄い胸を張って言い切る少女に、そんな近距離用の装備で何をする気だろうか、とアボウに視線。同時に、象撃ち銃で使われる『ニトロエクスプレス』という単語は記憶しない事にする。


「ご安心を。姫様ならその装備で問題ありません。……一応、目的は今あそこに停車しているトラックについてなので」

「成る程。何となくだが、あんたらの目的が解った気がするよ」


 トレインが発生することは滅多にないが、その分発生原因は限られる。

 最も有り得る可能性として、『途中で停車し、獣に襲われる』事だ。巨大なトラックである以上、走っている限り大抵の獣は襲うことはないが、何らかの理由で停車し、そして乗員が降車さえすれば、『襲い辛い鉄の塊』から『脆弱な獣』へと成り下がる。

 そして、そんなリスクを負う輩は、ただの考え無しでなければ一つしか無い。


「雨宮から一応聞いている。こちらにも関わることだからな」

「なら良かった」

「ただ、人員は二人出す。一人だと配置が面倒だ」

「了解です。まあ、一応安全な作業になるはずなので、技量も問題ありません」


 そう言うアボウは完全武装だった。所々でカスタムが施され、メッキか特殊合金のパーツが使用されているM4系のライフルに100発のCマグ、そして、弾倉が見えるだけでも10個。装備自体は救助保障とさして変わらないものの、モデル体型のアボウの佇まいもあって絵になっていた。


「……と言うことで五色、お前もだ」

「ぅえ? 私ですか?」


 即座に、自身の弾持ち役だった五色に命じる。一番経験が不足している一人と、二番目に経験が不足している一人という組み合わせである。

 まあ、単純に居なくなっても問題無いトップと二番目、という組み合わせという案配である。


「面倒をかけることになるが――」

「まあ、その程度の面倒なら許容範囲内ですよ。それに、既に掃討は終わっているのでしょう?」

「まあな」

「なら、マシです……」


 一瞬だけ疲れを色濃く滲ませたアボウの表情に、宮川は同情を禁じ得ないものの、巻き込まれるのは御免なのでそれに関して追求することはしなかった。




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