第7章 防衛戦_1
2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました
そして一週間後、休暇が終わったヒラサク救難保障社の面々は、数日のブランクを解消するために『壁』の上にある射撃訓練施設に整列していた。
「皆も聞き及んでいるだろうが、UZIの供給元が途絶えたので短機関銃は別の装備に切り替わった。今日は、兎に角撃って扱い方に慣れて欲しい」
鏑木の短い訓示と共に、背後のガンロッカーが開かれ、社員達はどこか浮かれた様子で新しい短機関銃を取り出していく。
まあ、仕事の道具とはいえ、新しい装備というのは誰にしろ嬉しいものである。
ほぼ全員が取り出した銃がなんで有るのかを知ると同時に、驚きの表情を浮かべる中、新人だからと最後列に居た秋月は、同様の理由で待っていた五色に続いてガンロッカーからその銃を取り出した。
「え? 本当に?」
思わず五色が零した呟きに、彼も声には出さないが同意していた。
大まかな形状は今まで使っていたUZIと同様、グリップ内に弾倉を差し込むタイプだ。だが、外装が金属丸出しのUZIに比べ、樹脂がメインに構成されており、排莢口は上部ではなく右側であり、何より重量がUZIの半分ぐらいに軽い。
オプションパーツを取り付ける為のピカニティレールが銃身周りの上下左右に存在しており、高い拡張性が伺える。
「MP7、最新の弾薬を使うPDWだ。装弾数は四〇発。射程は理想的な状況で200m。クローズドボルトだから今までのUZIに比べて排熱に難があるから気をつけろ。……それと、間違っても銃でぶん殴るんじゃ無いぞ?」
説明する宮川が、最後に語気を強めて言い放つと同時に、その場の全員が一斉に住良木を振り返った。
好きこのんで銃で殴っている訳ではないだろうが、救助やら何やらで最前線に向かうことが多い住良木は、接近しすぎた結果銃での打撃を多用する傾向がある。
実際、旧式の固定ストックで着剣装置着きのUZIがメインになっていたのは、彼女の推しに寄る所が大きい。
だからこそ、以前の使い方で濫用すれば、高性能化した代わりに高価になったMP7は早々に買い直す羽目になるだろう。
「私に文句を言う前に、私が前線で頑張らなきゃならない状況に陥らないでくれないかな?」
だが、彼女が最前線に居るのは、誰かが孤立したり、殿が必要になったとき等で、とどのつまりは異常が起こらなければそんな使い方をする事は無いのである。
それを誰よりも理解しているからこそ、彼女は子供っぽく唇を尖らせて反論するのだが、見た目は兎も角実質的に最年長の彼女がそんな表情を浮かべたところで絆される者は居ない。
辛うじて、迷惑をかけている自覚がある五色や、ちょくちょくコスト面で見合うだけの無茶な仕事を請けてしまう鏑木が申し訳なさそうな表情を浮かべるだけである。
「お前、それだけの金は貰ってるだろうに。嫌なら給料下げて貰えば良いだろうに」
「……。ま、殴る方法は銃だけじゃないしね」
半眼で指摘する宮川の言葉に、彼女は即座に意見を翻す。
秋月や五色は知らされていないが、鏑木救難保障社は実力に応じて給与が上がる仕組みで、大黒柱に当たる彼女と宮川の給与は社長の鏑木よりも高額な上、一般の社員の数倍貰ってる高給取りである。
なので、多少の無茶は『給与の内』に入っている訳である。
「まあ、いつものおふざけはその位にして、弾もパーツも十分に持ってきてある。壊さない範囲で新しい銃に慣れてくれ」
背後の机に並べられた、照準器やライト、グリップ類を指差し、鏑木は社員全員に伝えると、社員達は弾倉に弾を込めて発砲するなり、適当な照準器を取り付けるなり、思い思いに新しい銃の使い心地を試し始めた。
「おう、どんな調子だ?」
数発撃ち、発砲の感覚を確かめてから必要そうなパーツを取り付けた所で、秋月に宮川が話しかけてきた。
「とりあえず、フォアグリップとダットサイトを取り付けて左側にフラッシュライトを取り付けました。……余り取り付けるのもどうかと思うので」
パーツをできる限り取り付けようとも思わないでもないのだが、せっかく半分近く軽くなったのに、またいろいろ取り付けて重くなるのは如何なものか、と思い直し、必要最小限のものに限定したのだ。
それでも、合計で2kgにまで重くなってしまったが。
「優等生じみた返答だが、まあ良いだろう。まだ暫くは撃ちっ放しだ。サイトやライト、グリップ等は種類がある。重量バランスを考えてレーザーサイトを取り付けたっていいから色々やってみるといい」
「はい、そうします」
「ならいい。……間違っても、『アレ』の真似をするな」
『アレ』とは聞くまでもなかった。
伸縮ストックを伸ばし、両手でしっかりと握って構えている社員達の中で、一人片手で拳銃のようにMP7を構え、もう片方の手に何を思ったのかナイフを握っている姿は意識して見なくてもどうしても視界に入ってしまう。
「……。出来ると思います?」
「『出来る』と思ってやらないのなら構わないが、たまに冗談でも真似する奴がいるからな」
実際の所、やろうと思えば出来るだろう。だが、近距離へ乱射するなら兎も角、実戦で拳銃のように扱うなら頭の問題を疑われるだろう。
「ですが、筋力は変わらない筈なのに、何であそこまで軽々と扱えるんでしょうか?」
「発射の反動を利用して腕の負担を軽減しているからな。流石にああいった使い方は年の功だ」
宮川はそう言って肩を竦め、装填済みの弾倉を渡してくる。
「まあ、兎に角撃て。撃って感覚を身体に馴染ませろ」
「了解。そうします」
受け取った弾倉を差し込み、槓桿を引いて弾を装填。安全装置を単発に。
始めて使う筈なのに、慣れ親しんだかのような身体の動きに口元に苦笑が浮かぶが、この世界に『転生』した段階で強制的に頭の中に埋め込まれている情報である。
MP7を発砲しながら、漠然とした疑問を思案する。
妙な話ではあるが、この世界において、人間とはほぼ日本出身の転生者の事を指す。
そもそも、転生した事は漠然とした記憶ではあるが、各々が生前に死んだという自覚を持っていたからであり、ついでにこの世界に『この姿』で生まれ落ちるわけでは無く、シェルシティの中央の『SHELL』内に『この姿』で目覚める為、全員の共通認識となっている。
もっとも、転生したからと言ってそれは平等では無く、転生した時点で『スキル』と冗談交じりに呼称される能力が個々人に分け与えられる。『スキル』との呼称だが、実際は何の仕事に就けるかという『技能』の事だ。
大半はシェルシティ内での工業や農業に就くためのモノだが、酷いと危険なシェルシティ間の運輸関係にしか就けなかったり、逆に自分達のように武器や戦術等の専門知識を得て高給取りの警備業務に就くことが出来る。
一応転生後に技術を身につけることは可能なので、転職は一応可能らしい。が、転生時に適正が決められているせいだったり、忙しすぎる事もあり、転生者は滅多な事では転職する事は無いらしい。
どういう仕組みかは解らないものの、転生の時点で頭を弄られるとのことで、勉強の効率が待遇が悪い職種に就くほど悪化するらしい。
その辺りは、転生直後にこの鏑木救助保障に誘われた時に聞かせて貰った。だからこそ、救助業務に就けるスキルを持って転生できた事は幸運らしく、その時点でシェルシティ外周を警備している人間が数年か十数年がかりで習得するような技能を始めから持っているとのことだ。
確かに、今現在も思案している間、殆ど無意識に引き金を引いて複数の的を撃ち抜きつつ、撃ちきった弾倉を流れ作業のように交換して発砲を再開出来ている他、ある程度射撃したところで放熱の為に時間をおきつつ、弾倉に弾を装填するなどの思考を並列で行えていた。
転生前の記憶は死因と思しき階段を転落する所しか無いが、少なくとも生前の職業はこんな事が出来るような人間では無かったという自覚はあった。
だからこそ、意識上の自分の動きと、実際の身体の動きがなかなか一致せず、それが『気持ち悪い』という感覚を生んでいるのだ。
「……ん?」
あらかた新しい銃の感覚に慣れてきた所で、周囲が何か慌ただしい事に気付く。
「全員! 訓練中止!」
同時に響く鏑木の声。既に違和感に気付いて訓練を中断していた面々が彼の前に集まる。
「面倒事だ」
鏑木の単刀直入の一言に、全員があからさまに不満げな表情を浮かべていた。
「今回に関してはこっちも逃げたいところだが、規定に応じた協力義務だ」
だが、不満げな表情はその一言で絶望に近いものへと変化した。『規定に応じた協力義務』という事は、救助保障社だけで無く、警備保障社に所属する上での義務であり、『壁』の安全保障上の問題が起こった際に、現場に居合わせた者に無条件で発動されるものだ。
一応、現場に居合わせなければ良いので、基本壁の外での活動がメインになる救助保障社に発動される事は無いのだが、運悪く射撃練習中の発令だったため、彼らも巻き込まれた事になったのである。
「状況としては、現在こちらに向かっているキャラバンで『トレイン』が発生。三時間程度でここに到達する予定。つまり最悪だ」
トレインは、キャラバンを追跡する獣達の群れで、どの獣なのかは関係ない。最初に亜人種がキャラバンを襲って追撃している間に、それらを食料とする中型大型の動物が加わり、大規模な群れとなる事もある。
本来ならば、機関砲すら装備されている『壁』の迎撃ならば警備保障社でも十分対処出来るのだが、規模が大きくなった結果に対処不能な数や、『壁』すら破壊可能な動物が集まってくることも有り、『トレイン』が発生したと判明した時点で総動員体制となる。
「現在集まっている情報からすると、最悪を想定すべきだろう。襲われているキャラバンは十台級。それほど多くなる筈は無いが――」
「最近の俺達は妙に運が悪い。数千を想定して数万の可能性だって十分ある」
鏑木の言葉を繋げるように、宮川が苦笑を交えながら繋げる。
「ただ、今回の一件の主役はあくまで警備保障社。私達は外様の協力者って立場だから、あまり好き勝手しないように」
そして最後に住良木の言葉。立場で言えば彼女より上は居るのだが、誰も彼女が絞めることに関しては文句は無かった。名称は違うにしろ、歴戦の下士官が将校よりも発言権があるのはいつものことである。
ともかく、ここ最近の運が無い鏑木救助保障社は、なし崩しにトレイン防衛線への参加が決定された。
ここの警備担当である金谷警備保障の面々が、壁内部の武器庫から重機関銃やを持ち出し、壁上の銃架に据え付けていくと共に、両手に弾薬箱を持った者達がその足下に弾薬箱を並べていく。
建造したのが誰なのかは解らない壁は緩いカーブを描いた一直線であるため、集団で来る野生動物相手では射線が通り辛い。そのため、増設された張り出しに銃架を設置し、そこから横方向に壁側面を薙ぎ払えるようになっている。
見る限り、持ち出しているのはM2重機関銃がメインのようだ。ただ、応援に来た部隊がDShKを持ち出して銃架の接続で問答している不毛な争いも起こっていた。
そもそも据え付けは重機関銃に限定させて、軽機関銃のRPKは遊兵として運用すれば良いと思うのだが、所属違いのせいでその辺りの折衝が上手くいかないらしい。
そんなように活気づいていた関門の中で、数の上では小勢の鏑木救助保障社は何をする事も無く、とりあえず射撃練習の装備のまま関門の壁上で警戒態勢を敷いていた。
やる気が無いわけではないのだが、基本的に彼らは射撃練習目的でここに来ていたので、それ以外の装備が無いのだ。なので、指揮所を手伝っている鏑木と宮川以外は、基本的にする事が無く漫然と壁から見える1kmほどの草原と、その先の原生林を眺めている事しか出来ないという訳だ。
周りは忙しそうだが、現状PDWしか持ってない彼らにできることはない。精々が彼らが準備に集中できるよう、警戒を肩代わりしてやるくらいだ。
「……」
「ま、若干動きが鈍いけど黙っておいてあげな。連中はあたしたちとは違うんだし」
警戒を続けつつ、周りの喧騒に意識を向けていた秋月は、心を読んだかのようにたしなめる住良木に驚きつつも彼女に視線を向けた。
「楽をするために警備保障に行った連中も居るけど、基本的に救助保障には耐えられない連中ばかりだからね」
そう、安定した収入が欲しいのなら警備保障社でいい。だが、大半は救助保障社に入れる能力がないから警備保障社に入った者がほとんどなのだ。
だからこそ、まだ足を引っ張っているとはいえ、救助保障社に入れるだけの能力を持った彼が、入れなかった彼らが怠惰に映ってしまうのは仕方が無いが、ソレを口に出してはいけないという事は解っていた。
元から与えられた性能が違かったというだけなのだから、与えられた性能が低い者に文句を言う権利は無いのだ。
「すみません! 鏑木救助保障社の方でしょうか?」
と、駆け寄ってきた金谷警備保障社の制服の男が声を張り上げた。
「その様子だと、ヨウニが来たの?」
直ぐに、その意図を理解した住良木が頬を緩めて問うた。
「はい! 壁内の搬入口でお待ちです!」
「報告ありがとう。ついでに、指揮所にいるウチのボス達にも連絡しておいて」
「了解しました!」
そう言って敬礼すると、男は指揮所に向けて駆けだしていった。
「さて、と。この場に相応しい装備に着換えましょっか?」
住良木はそう言いながら獰猛な笑みを浮かべ、その彼女の様子に全員が似たような笑みで直立し直した。
「本日は、余り良くないお日柄のようですな」
苦笑を浮かべながら、相変わらずの口調の商会の武器売買担当者はガンラックを収めたトラックを降り、そして荷台を開け放った。
「全て持って来ております。……それと、追加の御依頼で、Mk48 7.62mm型6丁とM2重機関銃6丁も納入致します」
そう言うと、ヨウニの武器商は荷台奥に積まれた木箱を指し示す。
「機関銃を? ウチは救助保障だから機関銃は使えない筈だけど?」
基本壁の外で行動する救助保障社は、機関銃の保有を禁じられている。
有ると有益なのだが、シェルシティへの攻撃に使われる可能性を鑑みて携行は禁止されているのだ。
勿論、禁止されているのはシティ外に出る際なので、警備保障の業務で使う分には違法ではないが、救助業務専門のヒラサクにとっては縁遠い武器ではあった。
「一等監査官と話をつけてな。護衛業務の時は銃座込みで使用許可を出させた」
声の方を向くと、宮川と鏑木が走ってこちらに来ていた。
「では、受け取りのサインをお願いします」
「解った」
こんな状況であっても、ヨウニの武器商は場違いなほど慇懃な口調に苦笑しながらも、持ってきたペンで差し出してきた書類にサインを書き込む。
「では、受け取りはこれで完了いたしました。トラックは置いていきますので施錠はしっかりとお願いします」
帰りはどうするかと言えば、一緒に来た追加の弾薬を運んできたトラックで帰ると言うことらしい。
「助かる。……では、全員装備を変更。通常装備と、遠距離狙撃戦装備もだ」
「遠距離? って事は、面倒事を押しつけられたの?」
「警備保障からの要望でな。森からの緩衝地帯での減速中の護衛を任された」
関門は広いと言っても、車輌数十輛が一列に止まれる距離ではない。なので、事前に減速して関門に効率よく並んで入る必要があり、その為に減速する必要があるのだ。
そして、その減速は森に入る前から行わなければならず、その際に後列の車輌がトレインに巻き込まれる可能性があった。
森から関門までは1kmの直線が続いているため、最大射程で車輌に取り憑く獣を排除するためには、通常の狙撃銃では対応仕切れず50口径以上の大口径狙撃銃が必要になってくるのである。
その上で問題として、1kmという長射程の射撃が出来る人材は少ない。唯一集団で保有しているのが、能力が高い人材を大量雇用している鏑木救助保障社という事になったという事である。
「キャラバンの後方を護るまでだから、弾薬はそれほど必要じゃない。50発でも余るぐらいだろう」
「対物用弾薬の50発は相当嵩張ると思うけどね」
彼らが使う対物ライフルはM82という12.7mm、50口径の対物ライフルでは有るが、10発装填の弾倉が辞書並みの大きさがあり、一人五個ソレを持ち出すとなると、相当な量になるのは確実であった。
「それと、Mk48は住良木、お前は確定だ」
「弾持ちを着けてくれるんなら構わないけど」
「リクエストは?」
「新兵君は丁度良いかな。伸び代もあるし」
「……は?」
いつの間にか配置が決定していた事に秋月が理解をする間もなく、話は続く。
「車輌近辺に取り着いた奴の処理は俺と住良木が行い、他は近辺の獣だ。時間としては一時間も無いから、急いで装備を整えろ。……ほら、行動開始だ!」
秋月が抗議を発するより早く、宮川の命令が飛ぶ。拒絶のタイミングを失った秋月は、僅かに口を開閉させるものの、命令の撤回要請は無駄だと判断し、溜息を一つ吐いてガンラックからの装備の取り出しに向かった。
「ほらよ、秋月。お前の銃だ」
直ぐに中で装備の取り出しを行っていた先輩が、ガンラックの中で真新しい小銃と、装備一式が収まったダッフルバッグを取り出し、投げて渡してくる。
ちなみに、真新しい装備を使ってるのはこの救助保障社では新人の秋月と五色だけなので判別は直ぐに着く。
そうして、受け取った小銃を簡単に分解して動作を一通り確認。問題無いと判断し、それ以外の装備一式の装着する。もっとも、装備自体は前回と大して変わりは無い。腹のマガジンポーチがアサルトライフル用の前後五列の計300発になったぐらいだ。
そして、問題は二つ持たされた機関銃用100発の弾帯が収まったコンテナ。重量もそうだが、存外に嵩張るのでただでさえ装備の隙間が無い配置の何処に収めれば良いのか困る。
結局、専用のバックを二つ、肩に掛ける事で妥協する。
行動に制約が出るのは仕方無いが、いざとなれば負い紐を切って身軽になればいいと妥協することにした。
「準備OKです!」
他より僅かに遅れつつも、小銃を負い紐で肩に掛けつつ宮川に声を掛ける。
「じゃコレを壁の上に持ってってくれ」
そう言い、50口径弾が百発収まった弾薬箱を二つ取り出してくる。
「既に弾倉は持って行ってる。こいつを届けたら、弾倉への装填をしておけ。トレイン到達前に試射しておかないといけないからな」
「了解です」
受け取った弾薬箱を両手で持ち、一気に船のタラップのような形状の階段を駆け上がり、壁の上に集結している救助保障社の仲間の元に到着する。
「弾薬です」
「助かる。……直ぐに弾薬を装填してゼロインだ! 急げ!」
既にもう十数分と経たずにキャラバンは到達する。壁より先にある前方監視所の者達は撤退し、風向きの目印になる旗を立て終えて壁の中に戻ってきている。
また、背後では壁に登るための階段に据え付けられたケーブルが巻き上げられ、地上からのアクセスを完全に遮断する。
「準備よし!」
1000mという長距離の射撃は、僅かな環境の変化で目標からかなりズレる。
それが50口径という大口径の弾薬であっても変わらない。だからこそ、射手にはそれらを計算して修正する能力が必要とされる。
ソレが可能な人材というのはかなり少ない。警備保障社だと一社に専門の狙撃手一人が居れば良いくらいだろう。
だが、それは警備保障社の場合だ。
「よっし、OK! さすがヨウニ、ちゃんと調整されてるわね!」
僅か一発で、狙った位置に着弾させる古参の住良木を筆頭に、次々と調整を終わらせる面々。
その姿を見ただけでも、警備保障社と救助保障社の人材の層の違いを理解出来る事だろう。
「何で当たるのかが解らないのに、理解は出来るっていうの、どうにも慣れませんね」
同時に、彼らに並んで照準調整を終えた秋月も、知らないのに出来る、という嫌な感覚に苦笑しつつ照準調整を終え、弾倉を取り外して発砲分の弾丸を装填し直す。
そして、それ以外にも5発装填の弾倉を五個持ち出し、ライフルの横に置く。
「準備よし!」
やはり、最後になった彼が準備を終えた頃には、ゴーグル上にキャラバンの位置が表示される程度には間近に接近していた。
「キャラバンに当てて混乱されると面倒だ! キャラバンから10mは宮川と住良木が対応する! 宮川は左、住良木は右だ!」
「あいよ!」
「他は兎に角獣を撃て! 数を減らして関門への侵入を減らせば後が楽だ!」
今回、彼らに要請された仕事は二つ。
一つはキャラバン到達まで、狙撃による支援。
もう一つは、到達後、関門封鎖までに入り込んだ獣を排除する役目だ。
その為、5mはある壁面上の反対側には、関門閉鎖後に一度下りる為のロープが用意されていた。
『キャラバン! 残り2kmだ! 減速準備!』
通信機から出る言葉に苛立ちを覚えつつ、バックミラーに映る獣の姿に顔を顰める。
「連中、襲われているのが自分では無いからって、こんな状態で減速しろとか無理を言いやがる。前列の奴らは良いが、後列のこっちは減速したら獣に追いつかれちまうだろうに」
交代の同乗者が通信に恨み言を漏らす。
キャラバンは獣に襲われないよう、停止すること無く運転し続ける。
その為に、運転手は三人搭乗し、時間経過で交代するようになっていた。
「俺達が銃を持ってれば、獣なんざ一発なのによ!」
叫ぶが、彼の要望が通ることは無い。そもそも、至近距離ならまだしも、運転中の車輌から撃って当てるには技量が必要な上、彼らには銃を整備するような知識も無い。
ただ撃てば相手が倒れる程度の単純な知識しか持たない故に、彼らに銃が渡ることが無いという原因は、彼ら自身理解出来ていないでいた。
まあ、だからこそ、この世界で最も危険なキャラバンの仕事にしかありつけなかったという事でもあるが。
兎も角、愚痴りつつも彼らは減速のタイミングを計る。
運転はこの世界で目覚めて唯一持っていた技術だ。その唯一の特技で失敗する事など有り得ない。
『よし、減速開始! 順次関門内に停車しろ! 余裕はあるから間違っても事故るんじゃないぞ!』
命令と同時に、前方の車両が減速を開始。合わせてこちらも減速を開始する。
もっとも、元々速度は50kmに満たない速度なので急激な減速にはならないものの、それでも後方を追走してくる獣たちの内、数の早い者達が次々と追いついてくる。
「もうちょっと急いでくれ! 追いつかれる!」
『1km地点で支援射撃を開始する』
同時に森が切れ、森と壁の中間地点になる草原に到達。同時に、併走していた獣が弾けるような血飛沫を上げて吹き飛んだ。
『見ての通りだ。気にせず減速しろ』
「無理言いやがって……」
目の前で、獣とはいえ肉塊になっていく様を見せられて冷静でいられる訳が無い。
『19号車! 荷台に獣が取り付いたぞ!』
20号車からの通信に即座にサイドミラーを確認。コボルトが器用にコンテナに捕まり、こちらににじり寄ってきていた。
「こちら19号車! 取り付かれた! なんとかしてく――ッ!?」
通信の合間にも、瞬く間にサイドミラーを足場に取り付いたコボルトだったが、直後の銃撃で血と肉塊まき散らしてどこかに吹き飛んでいった。
「おい! 減速しろ!」
目の前の惨状に硬直してる間に、前方車両のコンテナが迫る。
咄嗟にブレーキを踏みつつ蛇行で衝突を避けようとするも、今度は背後から衝突の感触と共に、車体が横滑りを開始。
何とか制御を取り戻そうとするが、既に荷台の重量に振り回されている現状では回復は難しく、そのまま滑りながら門に突っ込み、最終的に前方車両と衝突しながら、門で前後を跨ぐようにして停車した。