表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

第6章 追跡

2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました



「封鎖要員の配置完了」


 突入班以外の配置が完了した事を報告する部下の言葉に頷き、作戦が開始される。

 即座に法定速度のバンが発進し、数分も経たずに目標のビル前に停車。即座にそれぞれから都市迷彩服の突入要員が降り立ち、突入を開始する。


『一階クリア』


 個々に取り付けられた現在地発信器により、3Dで表示された戦況図がリアルタイムに更新される中、突入した要員の輝点が階段で次々と登っていく。

 その様は手慣れたもので、次々と警戒と進行を入れ替えつつ、ものの十数秒で三階に到達する。


『準備よし、です』

「……解った。突入を開始」


 一瞬の躊躇の後、雨宮は命じる。

 そして、輝点が階段からフロアに突入していき、


「――ッ!?」

「ぅおっ!?」


 轟音が空間を震わせ、指揮所の面々は住良木を除いて即座にその場に身を伏せた。


「……ぅん?」


 小さく唸り、周囲で伏せる雨宮達を無視しつつ、彼女は端末を操作し、輝点が消えた戦況図から監視カメラを用いた映像に切り替える。


「あ、え? あの、住良木さん、何が――」

「理由は解らないけど、バレてたみたいね」


 真っ先に気を取り直した雨宮が顔を上げると、住良木は目標ビルを映した監視カメラの映像を指し示す。


「な……」


 ビルが崩れる程では無いにしても、ワンフロア一つを吹き飛ばしたと思わしき黒煙。

 爆薬がどの程度かは解らないものの、爆風で吹き飛ばされた破片等を見ても、少なくとも該当のフロアに居た人間は全滅だろう。


「自爆、ですか?」


 考えられない事ではないが、タイミング的にはこちらの襲撃を事前に知っていたとも考えられる。だが、該当の漫画喫茶のネットワークは事前に監視しており、外部からの警告等も含めてそんな事は起こらない筈なのだが。


「憶測より前にする事は?」

「……警戒班に連絡! ビルから出た人間は!?」


 生徒に諭すような住良木の問いに、雨宮は理解するまで一瞬の間を置き、次いで状況は理解出来ないものの爆発の衝撃から立ち直りつつあった指揮所要員に指示を飛ばした。


 突入要員は全滅だろうが、シェルシティ内なら中央棟にリスボンするだけだ。装備一式は惜しいがそんな事を悔やんでも仕方が無い。

 即応、とまでは行かないまでも、混乱からのまずまずの速度で立ち直った指揮所要員達は、次々と状況が理解出来ずに報告を上げられなかった警戒要員達に指示を飛ばし、状況を把握。

 行動に移すまでの反応速度は、流石に救難社の面子に比べるべくもないが、警備社としては優秀と言って良い速度ではある。


 そう、自身が育て上げた部下の行動に満足しつつ、その彼らが返してきた報告により、次々と周辺地図の路地に×印が着けられていく。ほぼ全ての逃走経路が潰れていくのを確認した雨宮は、口元を抑えつつどう判断すべきか倦ねていた。

 逃げた者が居ない、となると、やはり自爆だろうか。と理性では感じるものの、どこか違和感が拭えない。

 理屈では自爆なのだが、直感は別で有ると警鐘を鳴らしているのだ。


「警戒班は路地だけ見てたの?」

「え? ……いえ、周辺の路上を警戒していた筈ですが――」

「そう」


 住良木の言葉の意味が理解出来ずに雨宮は首を傾げる。

 だが、その真意を聞き出すにも住良木は顎の下を華奢な指で擦りながら周辺地図を眺め、そしてもう片方の指は何かを書き記すかのように、細かく動かされていた。


「ふむ……」


 吐息のような呟きを一つ吐くと、腰から中型拳銃を取り出し残弾と薬室を確認。そのまま、何も言うこと無く、軽い足取りで走りながら、出口に向かっていった。


「先輩?」


 その唐突な行動に、雨宮は引き留めようか一瞬躊躇し、直ぐに理由を思い至って指揮所を振り返る。


「三人は私と、残りは警戒を続けつつ、救助作業に当たれ! ……急げ!」


 自身も拳銃を引き抜き、残弾と薬室を確認。そして住良木の後を追おうとして、理解が追いつかないまま硬直している指揮所の面々に檄を飛ばした。




 爆発地点から数棟のビルを介した路地裏。そこに面した一階の窓からのっそりと人影が這い出ると、何時から溜まっているのか解らない汚水の水溜まりの上に降り立った。


「ったく。念のために用意してた逃走経路が役に立つなんてな」


 愚痴りつつ、周辺を警戒。

 流石に、数棟とはいえ現場のビルに通じてなく、複数の路地裏に囲まれた袋小路裏の監視は居なかった。

 爆破の直前、数十cm空いた隣のビルに窓伝いに逃げ出し、同様にして複数のビルを横断し、袋小路で滅多な事では人が訪れない路地裏に逃げ込んだのだ。地図の上ではこの路地に到達可能とは見えないので、実地を実際に見て可能かを確認しなければ、逃走経路からは外される盲点だった。


「全くだ。気付かなかったら自爆する羽目になってた所だ」


 次いで二人目、三人目が窓から這い出ると、それぞれが拳銃を構えて周辺を警戒。


「経路は頭に入ってるな?」


 一人が問い、残りも頷く。

 今は兎に角、路地を抜けて通りに出た後、複数用意している拠点のどこかに身を潜めなければならない。


「折角あのクソ共の鼻を明かせる情報が手に入ったんだ。何としても広めてやらんと」


 だが、漫画喫茶のネットから流そうとしたが、監視されている表に公表してもブロックされることは確実なので、同志が運営しているアングラで流そうとしたのだが、セキュリティの解除等の細工に時間がかかり、ようやく送信出来たと思ったところで『回線異常』だ。

 これで異常を感じなければ、レジスタンスなどやってられない。

 しかし、いざという時の為に入念に逃走計画を作っておいた漫画喫茶を使ったが、役に立ってよかった。

 爆破で死体が散乱すれば、三人程度消えていることは中々気づかれないだろうし、注意が爆破したビルに注目されるから、そのビルに繋がっていない路地裏から近道目的で出てきた三人に注意を払う人間は少ないだろう。

 今は兎に角、身の安全を確保して、しかる後に再度情報の発信方法を考えないと。

 送信と回線切断がほぼ同時だったため、送信出来たかどうかはいまいち自信が持てないのだ。


 そう、決意にも似た意志を持って行動を開始した三人は、路地裏から移動を開始。

 警戒しながら何度か路地を曲がり、車が一台通れる程度の――初見の一般人が隣の通りに移動するための近道に使う程度の――道に出ると、周囲の視線を確認しながら、拳銃をホルスターに戻しつつ何事もなく通りに出る。


「……」


 そして、注目を浴びてないか注意しつつ、努めて自然な動きで通りへと向かおうとしたところで、向かうのと反対側の通りから、一人、道に走りこんできた。


「焦るな」


 一瞬反応しかけた仲間に、もう一人が気付かないふりをして静かに警告。少なくとも、男三人で歩いている集団より、急いで居るらしき、小走りの女性の方が目立つだろうと考える。

 そうして、背後から走ってくる足音に集中しつつ、雑談しつつゆっくり歩く男三人を装い、女性が横を通り過ぎるのを待つ。

 それでも、焦りから足音が嫌に大きく聞こえるが、必死に振り返るのを我慢する。


 ようやく女性が横を通り過ぎる頃になり、張り詰めてた緊張が緩和するその一瞬、ふと通り過ぎる女性に視線を向けたところで、彼は目を見張った。

 瞬間、立て続けに乾いた音が7発鳴り響き、自身の胸に鋭い痛みが走る。

 だ、彼が『撃たれた』と自覚するより前に、喉と両目に一発ずつ命中した仲間は既に息絶え、彼もまた、いつの間にか鋭利な刃を抜いていた女性に無防備な首を半ばまで切り裂かれ、大量の血を吹き出しながらその血泡に溺れながら意識を消失した。




「先輩、大丈夫ですか?」


 大量の血液を切り裂かれた喉から噴出させつつ、倒れた男の傍らから返り血を避けて離れる住良木の姿に、大柄な雨宮は大丈夫なことは確信しつつも問いかけた。


「まあね。……そんなことより――」

「三人の身元確認、急げ!」


 言い終わる前に、雨宮は連れてきた三人に身元確認を命じる。

 すぐに網膜認証機で身元の確認に入る部下を尻目に、雨宮は死体の服でナイフの血を拭う住良木の隣に立つ。


「今日は、ありがとうございました」

「別にいいわよ。あんた達はツイてなかったけど、仕事には成功した。それだけ」


 恩を着せるわけでもなく、全部彼らの成果だと言わんばかりの発言に、雨宮は苦笑を浮かべた。

 別に、この人は人助けをしたわけではなく、単に問答無用で暴力を振るえる機会に振るっただけの認識なのだ。昔からそういう危険人物ではあるのだが、自分たちが『暴力を振るえない』側でいる限りはこれほど頼もしい人間はいない。


「とりあえず、鏑木社長や宮川隊長にお礼言っときます」

「あ、それは宜しく。あいつら、今日なんて監査官の目の前で人を犯罪者予備軍みたく言い出してさ。さすがに腹立ってたのよ」

「あ、あはははは……」


 笑うしかなった。自身が鏑木の会社に居た時から、彼女が男女問わず酔い潰したり等の強引な同意で肉体関係を迫っていた事は有名だった。というか、雨宮自身も被害者であるのだ。

 犯罪者呼ばわりに関しては擁護しようが無かった。




「本日はどのような服を御所望でしょうか?」


 武器の調達を終え、今度は本当に高級ブティックに入る。まあ、あくまで救難保障社や警備保障社御用達のブティックであるため、揃えているのは対燃性や抗弾性を持つ戦闘服なのだが。


「私のサイズに合わせた戦闘服を。……色やデザインの指定は出来る?」

「可能です。ただ、デザインを重視する場合は、その分性能は据え置きになりますが……」

「防弾繊維でフードは作った場合の耐久性は?」


 否定はしないまでも、お勧めしないといったていでの返答に、即座にデザイン優先の注文が飛ぶ。こちらの担当者は銃砲点と違って動揺を見せ、そして背後の監査官に確認の視線を向けた。


「姫様の言うとおりに」


 その一言で、無理矢理に納得した担当者は、アルバムに纏められた各種防弾生地のリストをめくり、最適と思われる生地のページを差し出した。


「カーボンナノチューブとアミラド繊維の組み合わせです。ただ、現時点でフードとして用を為す薄さと柔軟性となると、拳銃弾が関の山かつ、場合によっては衝撃で頭蓋骨骨折の可能性があります。」

「流石に無理か。ヘルメットを常時被ってるのも暑いだろうし」

「姫様。流石に頭部の防護は万全にお願いします」

「……ふむ」


 『ヘルメット』の下りで何かを思いついたのか、担当官は少し考え、そして頭の中でデザインを思い浮かべた後、少女に切り出した。


「若干、首回りがゴツくなりますが、ライフル弾防御は可能かもしれません」

「生地じゃ駄目じゃ無かったの?」

「いえ、頭部の形状に合わせて、首回りに防弾セラミックの束を纏め、ソレを引き上げて被る事で簡易的なヘルメットとすれば小銃弾は耐えられるかと。何分、今思いつきなので接合部の耐久性や、全体の重量は不明ですが」

「へぇ……。宇宙服みたいな見た目になりそうだけど面白そうじゃない? ねえ?」

「……。今から生産とテストをしたとして、どのくらいかかります?」


 アボウは頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えつつ、簡潔に問うた。


「それほど、時間はかからないかと。可か不可かに関しては三日頂ければ」


 既にアイデアをどう実現するかの段階に入っている担当者は、アボウが発する空気を全く読むこと無く答えた。


「それで大丈夫そうなら採寸して実用化って事で良いかしら?」

「はい、そこまでになりますと、今から一週間後には用意出来ると思います」

「……」


 必死に知恵を巡らすモノの、乗り気になった少女を止める手段をアボウは思いつかなかった。




 靴や電子機器類等の店を巡って必要な装備を調達し終えた所で、このシェルシティ随一の権限を持っている筈のアボウは、割り当てられた自室に護衛を伴って少女を見送った後、疲弊し尽くした表情をその端正な顔に浮かべ、助手席に乗り込んでダッシュボードに突っ伏した。


「あの、シートベルトを締めて貰えないと発車出来ないのですが……」


 彼の疲弊を知ってか知らずか、ひたすら運転手に徹していた二等監査官が困った様子で声をかける。


「……。すまん」


 そして、突っ伏したまま大きく深呼吸をすると、何とか立場に合わせた態度を取り直すと、シートベルトを締めた。


「流石に、コレが連日続くとは思いたくないが――」

「……」


 最早現実逃避じみた上司の呟きを聞く二等監査官は、『そう都合良くは行かないだろうなぁ』と確信に近い予感を覚えたが、それを素直に口に出す事はしなかった。


「……そういえば、西地区で爆破騒ぎがあったみたいですね」


 情緒不安定な上司に耐えられず、二等監査官は話題を変えようと待機中に起こった事件の話題を振ってみる。


「西? ……ああ、雨宮君達に依頼した件か」


 僅かな間を置き、現実逃避から僅かに戻ってきたアボウは疲れた頭から記憶を引っ張り出しながら呟いた。


「一時逃げられかけましたが、何とか補足して全員射殺。タワーにリスボンしたところで身柄を確保したそうです」

「動機は解ってるのか?」

「典型的な反体制派ですね。何らかの要人が来ていることが解って、その情報を同志に流そうとしていたようです」

「自身では何も出来ない口だけの輩か」


 単独では脅威でも何でも無いのだが、彼らが流した情報が強行派に渡ると途端に面倒臭いことになる。

 兎に角行動的な狂信者という者は厄介なのだ。それがどんなに微力であっても、数が多ければ「ちょっとしたミス」で命取りになりかねない。

 ましてや、広範囲を破壊出来る「爆弾」程度は作り出せる技術があれば尚更だ。


「まあ、ネット上に広める前に確保出来ましたからご心配は無用かと」

「それはまだだな。心配、というなら連中がどうやって姫様の情報を知ったのかまで調べてからでないと。水漏れが一カ所だけと限るまい」

「それは、まあそうですが……」


 アボウの基本的な能力は人間と比較してもかなり高い。それこそ、この世界に居る人間達で最高の部類に属する鏑木の救難保障社の者達全員と戦っても、正面から圧倒出来る位だ。

 だが、だからといって自由意思を持つ知的生命体を侮るという気は更々無かった。どんなに頭が悪くても、ちょっとした思いつきで上位者を屠ることが可能だ。

 事実、彼ら監査官にとって都合の悪い急進派の勢力圏が広がっていることがその証左でもある。


「ともあれ、どれだけ対処しようとも、姫様が居る限りは警戒態勢は最大のままだ。暫くは休み無しになるだろうから覚悟しておけ」

「……承知しました」


 返事を返しながらも、彼はこの重責を一身に背負う一等監査官が、果たして休み無しで保つのだろうかと疑問に感じつつも、その責任の一端も背負いたくない一心でその疑問を飲み込んだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ