第5章 悪巧み
2021/03/27 表題・行間を見やすく修正しました
『ああ、丁度良い所でした。先日引き受けた装備の件で御相談に上がりたいことがありまして……』
電話口に出た装備商の声は、申し訳なさを多分に含めたモノであり、外部スピーカーで話を聞く面々に、強烈に嫌な予感を思い起こさせた。
「何かあったんですか?」
『先日整備でお請けしたUZIなのですが、生産していたシェルシティが急進派共に占領されたようで今後の供給が絶望的になってしまいまして、その情報が流れると同時に在庫が至る所の機関に全て確保されてしまったのです』
UZIは特にゴブリンなどの小型のモンスター類には必要十分の火力と装弾数を持ち、構造が単純でトラブルが少なく、何より安価という利点によって各シェルシティの救難保障社や外周警備を主業務とする警備保障社でも大量に運用されている。
その供給が突如止まってしまった為に、膨大とは言え数が限られる補給部品類の奪い合いが発生してしまった訳だ。
「成る程。じゃあ、買い取りを依頼するとして、他に短機関銃の在庫は?」
『まとまった数が残ってるのはそれほど多くは残っていません。MP5やTMPはほぼ抑えられて在庫は無くなってます。PDW系ならまだ在庫は残ってますが』
「あれは弾代がなぁ」
PDWは専用弾を使う銃が多く、補給時の弾薬代が無視出来ないレベルになる。そう考えると、特に対ゴブリンで大量に射耗する短機関銃にはなるべく使いたくない弾種ではあった。
「クリスベクターとかはまだ高いだろうし、残ってないの?」
『残ってるには残っています。が、同じ事を考えた別業者が大量に買い占めたために、現在青天井に価格が上昇中です。まあ、市場の半分を占めていたUZIの供給が消えた以上仕方の無い事ではありますが』
「解った。少し検討するから先にそれ以外の整備を頼む」
そこで一端電話を切り、宮川は鏑木に視線を向ける。
表情から言って、出費の大きさに難色を示しているようだが、出費は確定事項であるため、後はどの程度まで出費するかの問題だった。
とは言っても、安物で想定以下の動きしか出来なければ損害が洒落にならなくなり、かといって大金を払って赤字を積み重ねていくことも宜しくは無い。
「……口利きしてくれるって事か?」
「いいえ、流石にそこまで露骨に優遇出来ませんよ。ただ、今回の件は我々にも打撃がありまして、監査官の正式採用の短機関銃も更新する予定があるんですよ」
「成る程。契約するか否かで『うっかり口を滑らせる』可能性が出てくると」
「我々も完璧では有りませんからね。契約を結べて気が緩んだら『うっかり』も有り得ます。勿論それ以降にも『うっかり』は有り得るわけですが」
とどのつまりは、リスクに見合うよう規定の報酬だけではなく、情報提供を返すと言うことらしい。
「所で、武器が共通だった場合は、弾薬や補給部品は融通してくれるのか?」
「一括購入している以上、ある程度の融通は出来ますよ。少なくとも小規模な救難保障社の一括購入よりは安上がりになるでしょう」
あくまで『偶然彼らと監査官正式採用銃が同じものだったら』の前提の話であるが、それを聞けば十分だった。
「……さて、どうする? 正直、ここまで優遇してくれるなら有りな気がするが」
「感情的には反対だけど、背に腹は代えられないしねぇ。一応ある程度の赤字を覚悟すれば確保出来るとはいえ、ね」
「経営の観点からは渡りに船だから俺は賛成だな」
「中立1と賛成2か。……秋月、お前はどう思う?」
主要人物三人が大凡の結論を着けようかという所で、取りあえず蚊帳の外だった秋月に問いをかける。
「まあ、ここで反対1が加わっても変わらんだろうし、感覚的な感想で良いぞ」
「その、自分は――」
『拒否したい』答えようとして、依頼した本人であろう、少女の姿を思い浮かべる。
「何で自分達を指定したのか、聞きたい気がします」
打算も考えも無く、ただ思った事を答える。どうせ、何を言っても結果は変わらないのであれば、思い立った疑問の解消を優先したいと考えたのだ。
「……ぷ。あははははは……」
その問いたいという答えを聞くと同時に、衝動的に頬を膨らませた住良木は、息を吹き出すと同時に笑い声を上げ始めた。
「成る程。確かに『御方』が何故貴方たちに――いや、貴方に執着しているのか、疑問を抱くのはご尤もです」
「いやいや、確かにその事を念頭に入れ忘れてたな」
全員が、何か面白がった様子で表情を緩ませていた。
「え? いえ、そういう訳では!」
「まあ、可愛い子と一緒に居られるってのは良いことじゃない?」
「住良木さんが言うと凄く犯罪臭いんですが」
「気にするな。こういう時のこいつは犯罪行為しか考えてない」
感情の無い眼で言う宮川を住良木は睨むが、その場の誰もが彼女の味方をすることは無かった。ベテラン仲間としての宮川の今までの気苦労を知る所長は勿論、経験豊富な監査官達も、彼の表情を見て大体の事は察せたのである。
「犯罪歴は無いですが、どうやって我々の目をかいくぐってるのでしょうか」
「大抵は事後承諾で何とかして、それが無理なら精神的に打撃を与えて記憶を飛ばす、とかですかな」
「多分な。俺も付き合いは長いが犯行現場を抑えられん」
「いや、待って、私はまだ欲望に負けたことは」
『まだ』と彼女は良い、秋月を除く全員がその言葉を聞き逃す程甘くは無かった。
「犯罪者予備群として登録しておきます。何かあってからでは遅いですが、何かあってもすぐに対応出来ますし」
「お願いしますね。まったく、長生きすると魂が腐るんでしょうか。私達には理解出来ません」
「いや、多分アレは元からだろう。よく転生前に犯罪を犯さなかったものだ」
「新人食われて台無しにされてはたまりませんからね。ウチは少数精鋭なんだし」
監査官と同僚の意見は一致し、何とも言えない連帯感が彼らを包んでいた。
「え? 何か私の味方居ないの?」
いつの間にか包囲網を布かれていたことに冷や汗を垂らす住良木は、周囲を見回し、そして唯一立場を明らかにしていない秋月に熱い視線を送った。
「すみません、逃げて良いですか?」
「ちょ、違――」
助け船を求める視線は、今朝捕食されかけた被害者から見れば、捕食者のソレであった。
「とりあえず、要人の警護であるので、ある程度綿密に連絡を取り合いましょう」
「ええ、こちらも安全を確保するためにできる限りの情報提供を約束します」
言葉そのものでは大した問題は無いが、この場限りにおいては提供する『情報』が何なのかは決まっていなかった。その気になれば機密情報の類いも提供出来るように、である。
監査官側もある程度――いやかなり無理言っている事を自覚しているためか、かなり融通を利かせていた。
まあ、それは同時に彼らに拒否は不可能だという現実を突きつけているに等しいことなのだが。
「全く、社員の説得が大変だ」
「ま、俺と住良木でどうしようも無いって言えば納得するだろう。それで辞めるようなら仕方無い」
「無理を言ってるのは確かだからなぁ。とりあえず、懇意の同業者に話を着けとこうか。まあ、無駄足になると助かるが」
諦めた様子で、所長と宮川は次の問題である人員の確保を考える。
人手は多い方が良いが、それでも監査官が持ち込んだ仕事を嫌って辞める可能性はある。
気持ちは解るし、地獄を見るよりはとっとと別業者に鞍替えする方がマシなのは確かだ。少なくともこの場の四人が参加することは絶対条件ではあるが、それ以外は別に指定はされてない。
場合によっては人員半減の可能性があるが、そうなると今度は監査官の仕事が終わった後に人手不足に陥る可能性があるため、むやみに放り出すわけにも行かない。
その結果、逃げる社員にはある程度の援助をして下手な悪評が流れないように取り計らい、仕事が終わったら直ぐに人材確保が出来るように良い噂を流しておかなければならない。
人材は意思を持った資源である以上、道理を通さなければ直ぐに枯渇する。特に彼らの救難業務に必要な人材の少なさは折り紙付きだ。無茶を言って人が寄りつかなくなれば会社を畳まなければならなくなる。
彼らには人手不足倒産などという、基本である人材すらも確保出来ない無能の烙印を押される気は更々無かった。
「まあ、その場合はこちらからも口を添えよう。これっきりにしたいが、そうなるとも限らんしな」
監査官側からしても、仕事を請けた企業がそれに端を発した人手不足で倒産する、等という悪評が広まれば次があったときに難儀する。
特例は今まで無かったから特例であるのだが、一度起こった以上似た事例が起こることを念頭に入れなければならず、下手に無理を通せないのだ。
要望した本人に悪気があるのかどうかは解らない物の、少なくとも依頼自体は、関係者全員の胃に穴が空きかねない無茶ぶりであった。
「まあ、我々にできる限りまででしょうけどね。何事も無く済むならそれでよし、面倒事が起きるようなら我々も後始末で地獄を見ることになりますし」
この場で最も高い地位に居る一級監査官ですら、呟きと共にそうなったら起こりえる後始末の山盛り具合に、遠い目を向ける。
権力者のちょっとした思いつきというモノは、何時の世でも下の人間を引っかき回すモノである。
監査官が帰り、漸く人心地着いた秋月は、ひとまず気分転換にコーヒーメーカーのビーカーに残っているコーヒーをカップに注ぎ、味を無視して胃の中に収める。
「お疲れさん。新人だってのに面倒に巻き込んで済まんな」
苦笑しつつ、新しいコーヒーを作る宮川は済まなそうな表情を浮かべていた。
「まあ、我が儘を通して貰った引け目もありますし、構いませんよ」
そうは言いつつ、最終的には新人の自分の意見で話が決まったようなモノなので、秋月はこの場に居ない先輩達に対して申し訳なさは感じていた。
「気にするな、あの時点で俺と鏑木は腹をくくっていた。中立の住良木が何言おうが、新人の一人が拒否しても最終的には請けることになっていただろう」
ついでに言えば、依頼主の少女個人の出自についても気にはなるのだ。実際の所、理屈の上では請けた方が良いという事は理解していたため、最後の一押しが欲しかっただけという事でもある。
「……そういえば住良木さんは?」
ふと、今後を考え必要な物資、訓練等をまとめるために資料棚を漁る宮川と、デスクで消費した物資や修理に回した物資等の他、監査官に提出するための前の仕事の報告書など、一人で全てこなしている所長――ちなみに、実力や判断力で宮川や住良木に劣る彼が所長を務めているのは、ひとえに事務仕事の優秀さ故にである――二人が死んだ魚のような眼で仕事に取りかかっている中、その中に先ほどまで居た住良木の姿は消えていた。
「用事が終わったから街に出て行ったんだろう。切り替えの早さは昔からだ」
きょろきょろと住良木の姿を探す秋月の挙動に、視線を資料に向けたまま宮川は呟くように説明した。付き合いは長いとは聞いていたものの、虚ろな目で資料を見下ろすその姿は、言葉以上に説得力があった。
その様子に『長い付き合いってどの位だろうか?』と突発的な興味が沸いたが、直ぐに今まで苦労させられてきた宮川には禁句だろうと思い至り、開き駆けた唇を閉じた。
「依頼は請けて貰えた?」
アボウが帰還し、報告に来賓室に訪れた所で、部屋の中に居た少女は視線を向けること無く尋ねた。
まあ、来賓室のモニターにゲーム機を接続し、FPSを存分に楽しんでいる最中なので視線を向けられない状態だったからだが。
ついでに机の上に置いたPCからはハリウッド映画が再生されており、全てを見るには眼が足りない情報量が垂れ流されていた。
「……はい。向こう側もこちら側の意図を汲み取って貰えましたので」
「ソレは良かった。『お願い』を聞いて貰えないと悲しくなるし」
悲しくなるだけならまだ良いだろう。問題は、この少女は悲しくなった後で実力行使に出かけない点だ。それも、手を回して依頼を請けざるを得なくするならまだしも、請けるまで物理で『説得』し続ける可能性が高い。
そうなれば監査官側への不満が洒落にならない程高まるだろう。
そう考えれば、グレーゾーン程度の利益供与で請けて貰えるならば遙かにマシだろう。
「それで、その――」
「お婆様には許可を貰ったわ。取りあえず彼らと一緒に行動。機を見て急進派って言う連中の懐に向かう」
「やはり行くことになるんですね」
「当然よ。あそこの様子を確認することが目的の一つだからね」
同時に、アボウの眼から生気が抜けた。何としても安全を確保しなければならない最重要人物が危険地帯のど真ん中に踏み込むつもりなのだ。
何とかして思い留まって欲しいのだが、彼の知る限りこの少女は親の代から正面からの『解決』を好む。
「……解りました。代わりに自分も同行します」
「え? 貴方そんなに暇じゃ無いわよね」
「貴女様に何かあれば、もっと大変な事になりますので。他の監査官では役者不足と思いますし」
実力の面では問題無いかもしれないが、彼以外の監査官では権限が足りない可能性がある。場合によってはシェルシティそのものを相手取る可能性もあるわけで、その事態に対応出来るような権限を持つのはこのシェルシティでも彼ぐらいしか居ないのだ。
「そう。勝手にすると良いわ」
「……ところで、何をなさっているのです?」
積み上げられたBDとゲームの束を死んだような眼で眺めながらアボウは問いかける。
何となく理解は出来るのだが、理性がその事実を受け入れるのを拒絶していた。
「見ての通り、最近の武器の扱い方の習得中」
「……」
当たり前だが、見栄え重視のゲームや映画の挙動を真似たところで意味が無い。
その為に、出発前はドキュメンタリーや兵士教育用の映像ソフトを渡していた筈だが。
「基本的な使い方が解れば良いのよ。それに、貴方が持ってきたのつまらないし」
「そうは言いましても、教養の為の映像はそういうモノですし」
「いずれにしろ、私が使う以上は遊ぶ余裕はあるんだから見栄え重視で構わないでしょ」
「……」
この場にまともな人間が居れば、正気を疑うような言葉ではあるが、この場には『まとも』な人間は居なかった。
実際、わざわざ銃器を使う事無く、彼女が持ち込んだ剣の一振りの方がよっぽど強大な威力を持つ。
「あの剣が強力すぎるからって、わざわざ貴方たちの要望に従って『縛りプレイ』をしてあげるって言うんだからこの位の遊びは許容して欲しいモノね」
「……。解りました。まあ、今更何言っても無駄でしょうし」
「よく分かってるじゃ無い。じゃあ、行きましょうか?」
時間制限と共に終了したデスマッチのリザルト画面には、明らかに異常なキルレを叩き出した『SUSA』のプレイヤー名が表示されていた。
「先方には連絡を取っていますので、無碍な扱いはされないと思いますが、それでも気に成される事がありましたら御下知を」
「少しぐらい荒っぽい方がそれっぽいと思うけどね。まあ、私のせいで店が潰れちゃ申し訳ないか」
そういう気持ちがあるのなら、もう少し『こちら側(監査官)』も労って欲しいと強く願うものの、流石に自制心を持って飲み込みつつ、先導の護衛車に従って目的の店の前に停車する。
本来は後部座席に護衛二人に挟まれる形で座る必要があるのだが、『窮屈で嫌』という言葉で護衛二人分の装甲を後部座席に追加する運びとなった。
本来なら自家用車が認められない町中に停車したセダンの姿に、道行く人々は全員物珍しそうに眺めるのも構わず。停車した護衛車から出た監査官達が手早く人払いを済ませると、先に下りたアボウが少女が乗る後部座席の扉を開いた。
「さて、お買い物と洒落込みましょう」
そう、白の貫頭衣を着た少女は『ぴょん』と擬音が鳴りそうな身軽さで車から降りると、監査官達が開けた歩道を横切り、宝石店のような高級な外装を持った、このシェルシティ最王手の銃砲店へと足を踏み入れた。
「お待ちしていました」
誰一人居ない店内に入ると、礼服を着た支配人が入店して直ぐに頭を下げ、慣れた様子で商談用のVIPルームに案内される。
「確認いたしますが。本日は装備一式をお求めとの事で」
「ええ。ここなら大抵のモノは揃うと聞いてるわ。期待させて貰うわよ」
「ご期待に添えるか解りませんが。……購入に際して何か希望される性能等は?」
「そうね。やっぱり火力かな、それと見ての通り私の手は小さいからグリップ等は細めで。重量は重くても構わないわ」
VIPルームのソファに座り、少女は即座に一通り容貌を並べ立てる。
即座に支配人は背後のラックに手を伸ばし、そこから手慣れた様子で一丁の銃を取り出し、トレイに乗せてテーブルの上に乗せる。
「コルトM1911のミリタリーモデルを元にカスタマイズした『蛇』と呼ばれる逸品になります。弾倉はシングルカラムなので、持ちやすいかと」
「45口径ね」
手に取り、空の弾倉を差し込んで照準や重量バランスを確認。立ち上がって射撃体勢を取りつつ、感覚を確認し、そして暫くして顔を顰めると、拳銃をトレイの上に戻した。
「お気になさらないご様子ですね」
「ええ、グリップセーフティが無いバージョンは無いかしら?」
グリップセーフティは握らないとハンマーが落ちないようにする安全装置であるが、彼女は『握らない状態で撃つ』事も考慮しているのか、お気に召さない様子だった。
「承知いたしました。では……こちらは如何でしょうか? SIG P220の45口径モデルとなります」
次に出されたのはガバメントよりは新しめに見える拳銃。銃口下のフレームにレイルが着き、照準器も蛍光塗料のドットが塗られている。トレイに載せられたソレを即座に手に取り、照準と重量バランスを確認。更に右手と左手でそれぞれ感覚を確認し、右手と左手でそれぞれ弾倉交換を行った後、トレイに戻す。
「カスタマイズは必要でしょうか?」
彼女の雰囲気から、『決めた』と判断した支配人は、下げずにそう問うた。
「ええ、照準はそのままでいい、銃口前にプレートを着けてCQC対応に、アンダーレイル用のアタッチメント一式とグリップ底部はマグウェルに出来る?」
「お申し付けいただければ何でも致します」
「じゃあ、予備も含めて二丁で」
「承知いたしました」
支配人は恭しく頷くと、控えていた男にトレイを渡す。
「サブマシンガンは――」
「MP7を」
次の武器を要望しようとしたところで、アボウに問いの視線を向ける。流石に監査官の次期主力のサブマシンガンを口外するのは憚れた為の措置だが、僅かに支配人の表情が揺らぐ。が、即座に仕事人として感情と機密情報の臭いを忘れ去ると、背後のラックからMP7を二丁トレイに載せた。
少女は、まずは一丁を手にとって構え、左右の調子を確かめた後、ストックを伸ばして構える。肩に着けた際のガタを確認すると、顔を顰める。
「固定ストックに交換は?」
「可能です。伸縮式でしょうか?」
「そうね。ただ、重量は気にしなくて良いから頑丈に。それと、コレの射程は?」
「メーカー公称値の200mは確実になるよう調整してあります」
取り付けてある光学照準器を覗き込み、ドットを点灯させ、最小から最大まで輝度を調整、ロングとショートの弾倉をそれぞれ差し込み、感覚を確認する。
「一丁は固定ストックにフォアグリップ。もう一丁はストックはそのままで、光学照準器を外してアイアンサイトに戻し、レーザー照準器を」
トレイに載せられた二丁が下げられる。
「散弾銃は小型のものを」
「それでは――M870ブリーチャーを」
ストックの無い小ぶりな散弾銃がトレイに載って出てくる。
即座に手に取り、片手で構えた所で、何かに気付いたのかトレイに戻した。
「M1887のソウドオフでスピンコック可能なカスタムモデルはあるかしら?」
「勿論御座います」
完全に趣味の問いに、支配人は満面の笑みで新たな銃をトレイに載せる。
「ソウドオフの他補強を施し、現代の弾薬にも耐えうるようにカスタマイズしております」
細身の銃を手に取ると、まずは両手で持ってグリップに沿って取り付けられたレバーを前に出し、コッキング。それを複数回行った後、今度は銃そのものを回転させてコッキングするスピンコックというテクニックで片手だけでコッキングし具合を確かめ、トレイに戻す。
「これで」
「承知いたしました。……では、他に何かご用命は?」
「……現状だと遠距離といざとなった時のための近距離火力が足りないわね。小型の武器で遠近可能なゴツイのはあるかしら?」
「小型で、遠近可能――そしてゴツイ……ですか」
ある種の無茶ぶりに少し考える仕草を見せた後、支配人はラックではなくその下の棚を開け、装飾が施された木箱を取り出し、テーブルに乗せた。
「アンコールピストルのカスタムモデルとなります。装弾数は一発ですが、象撃ち銃用の600口径のマグナム弾を使用します。……無論、衝撃に耐え切れなければ長距離の狙撃は困難ではありますが」
そう言って開けた箱の中には、巨大なスコープを持ち、銃身に精緻な文様が描かれた巨大な拳銃が収められていた。
「あの、流石にコレは――」
「何だ面白いのがあるじゃ無い。まあ、威力に関しては大丈夫だと思うけど、試し撃ちしたいね」
「……。地下の射撃場に案内いたします」
明らかに過剰威力の拳銃を前に、咄嗟の割り込みに失敗し、顔色が悪くなっているアボウ。そして、そんな彼の姿を視界に捉えているものの、支配人は持ち前のプロ根性を以てその光景を黙殺し、入り口とは逆の専用の試射場に続く扉を開くようスタッフに合図した。
「ねー、何してるの?」
街の中心部の一角、配送業者の倉庫の中にあつらえられた作戦司令室に唐突に響いた声に全員が呆気にとられて視線を挙げた。
作戦司令室と言っても、必要な機材と地図を広げた机があるだけではあるが、その分目立たないように最大限気を配られている。
そうやって周囲に気取られぬように配置した作戦司令室に、予兆無くいきなり踏み込まれれば、全員が反応せずに固まることは仕方の無い事だろう。
「……。攻撃は待て、隊長――」
「楽にして良い。……にしても、いきなりどうしたんですか、先輩」
呼ばれる前に地図が広がる机を見下ろしていた――住良木よりも顔一つ分大柄な女性だった――この場の最高指揮官は、溜息を吐くと共に唐突に現れた先輩――住良木の姿に溜息を吐いた。
「やっぱ雨宮のトコか。いや、何か集まってるみたいだし、私も暇だったから声かけただけだよ」
「そう、ですか……」
無論、わざわざ倉庫を借りて偽装を施している以上、外にそれと気付かれないよう最大限の注意を払っている。何せ、倉庫の直ぐ横の道は、ひっきりなしに人の往来がある道だ。何らかの違和感を感じれば、自然に人の動きが変わり、些細なことでも遠目で見れば波紋のように大きな違和感へと繋がる。
そもそも、本来なら安全なはずであるシティ内部に布陣している以上、かなりの厄介事であるのだ。
「警備会社に鞍替えしたって聞いたけど、何気に大きくなってるじゃ無い」
「そりゃ、まあ、ある程度の規模になれるだけの金とコネを集めたから独立しましたし」
起業は考え無しにする訳にはいかない。起業後にちゃんとした仕事を得られるのか、既にコネを持っている同業他社から仕事を奪う勝算があるのか、その他諸々を考えた上で、失敗すれば自己責任で破滅するのを受け入れていなければならない。
そうで無いまま独立するなら、それは単なる子供の我が儘でしかない。
独立前に口を酸っぱくして警告され、しっかりと準備を重ねていたと自負する彼女は、苦笑しながら答えた。
「まあ、暇なら見ていっても構いませんよ。気が向いたら手伝ってくれると助かりますが」
「別に良いけど。私が手伝う時点で貴方しくじってると思うんだけど」
「だからこそ、安全策として手伝って欲しいんですよね」
苦笑で答える雨宮に、住良木は苦笑を返した。使える者は何でも使え、とあの事務所で叩き込んだ後輩が、しっかりと自分を『使える者』と利用しようと知恵を働かせていることは、見ていて面白い。
「で、今回の目標は?」
「他言無用が前提ですが――まあ、社長や宮川さんになら漏らして構いませんけど――妙な動きをしている外部の人間の確保、ですね。どういった目的かは知りませんが、捕まえてくれとの監査官の依頼がありまして」
「成る程ね。私も昨日帰ってきたばかりだけど、いつもより連中ピリピリしてるみたいだし」
「五日ぐらい前からの話ですね。何が起こったのかは知りませんが」
『まあ、お陰で儲けてますが』と、言外で呟いた雨宮は、机の作戦地図の一角を指さした。
「今は、このビルの三階の漫画喫茶で休息中で十分後にあいつらで強襲、生死を問わず確保して生態データを確保。しかる後にデータを含めて監査官に引き渡しという所です」
そう言って指差した先には、灰色とデジタルパターンの都市迷彩服を着込み、TMP短機関銃を装備した分隊ほどの部隊だった。
「数は?」
「三人」
数を聞いたところで、準備している分隊を確認。三人相手に十二人なら数としては十分だろう。
「退路は?」
「周辺の路地は閉鎖してあります。窓を抜けて逃げ出すことは無いと思いますが――」
「ふーん……」
地図を睨み、少しの間路地を指でなぞると、住良木はゆっくりと顔を上げた。
「模範的解答ね。そこまで準備を整えてるのなら見物だけさせてもらおうか」
そう、生徒を評価する教師のような言葉を返した。
「……よし、全員配置に。十分後に作戦を開始する」
お墨付きを貰ったことで微かに安堵の息を吐くと、雨宮はよく通るこえで全員に命じ、指揮所は途端に慌ただしく動き出す。そして、完全武装の十二人は四人ずつ三台のバンに乗り込み、作業服姿の運転手がエンジンを始動した。
「ま、準備をしたからって確実に成功出来る訳じゃ無いからね。精々頑張りなさいな」
そんな喧噪を眺めながら、住良木は曖昧な笑みを浮かべて呟いた。